Fake/startears fate   作:雨在新人

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七日目ー決戦、天にも(ひと)しき大聖者 後編(多守紫乃視点)

ふと、冷たい灰色の(ゆか)で私は目を覚ます

 『おや、お目覚めですか』

 その目覚めは、最悪そのものだった

 「……アー、チャー」

 『残念ながら、彼は此処には居ない』

 くつくつと、目覚めた時には座布団を敷いて座り込み、目の前に居たその銀髪の狐は笑う

 口元に手を当てて、悪戯っぽく

 『今は誰も、貴女を助けになど来ない訳ですよ、多守紫乃(アーチャーのマスター)

 「そんなこと無い!」

 左手甲に今も残る二画の令呪、私とアーチャーを繋ぐたった一つの絆を右手で抱き締めながら、私はそう反論する

 「あなたが誰か知らないけど、アーチャーは……きっと来る

 ううん、絶対に来る。だってアーチャーは」

 『「私なんかに従ってくれるのが可笑しいほどの強い存在だから」

 ああ、全く……正しい事です』

 私の言おうとした事を僅かに言葉を変えて奪い取り、更にはそれを肯定しながらも、銀髪の狐はさも悲しそうにその金の目を瞑り、首を振る

 

 『カカ!しかしてそれは、アレがあくまでも正気である、という前提の元にのみ成立するのぅ……』

 銀髪の狐ではない。何時から其処に居たのかも分からない、机前の椅子に座った老爺が、しゃがれた声でそう続けた

 『貴方がどうして此処に居るのか、どうしてこの者達……』

 と、銀髪の狐は尻尾で器用に隣を指す

 其処には、半分くらい灰色の戒人さん……いや、その体を乗っ取った吸血鬼が、ベッドにふんぞり返り邪悪な笑みを浮かべている

 『彼等に囚われているのか、それを思い出せば解ること、なのですよ』

 

 言われて、思い返す

 いや、忘れる訳がない。あの日、今が何時なのかは分からないけど、恐らくは今日の朝過ぎに……私は、あの吸血鬼の罠に掛かった。血を注がれていたという真実と共に、吸血鬼の血を活性化させられた

 ……なのに、私が多守紫乃で居られるのは……そう、薄れた意識のなか、それでもあの言葉を覚えている。『マスターの背負ってるふざけたモン、まるごと全部、寄越しやがれぇぇぇぇっ!!』という、その叫びを知っている

 

 ……そう、今なら分かる。アーチャーはあの時、最初に出会ったあの日令呪の繋がりを通して無理矢理私に変化という肉体を変身させる力を適用して指を生やしたように、逆に吸血鬼の血による影響全てを今度は自分が抱え込む事で、自分を犠牲にしてまで私を護ったのだ。それで、自分が狂ってしまうかもしれない事も、何もかもお構いなしに

 ……ならば、逆に……

 

 ふと、ホテルの一室ーシンプルなものしか置かれていない事から、恐らくは私が使っているホテルの別の一部屋ーの窓から、外を見る

 灰色の空。まるで時間が止まったかのようなその世界に、二つの星が見える。一つは火星だろう紅い星、そしてもう一つは……

 「アー、チャー」

 『然り!然り然り!既に理性は無く、狂乱するのみ!』

 私の視線を辿り、老爺がさも楽しそうに嘲笑(わら)

 

 まるで星のような高さで魔力の光を風に纏うアーチャーの姿、それは……

 あのライダーというサーヴァントと森で戦った日、アーチャーが最後に見せたあの力、少ない私の魔力を吸いきられて気絶する直前に見たあの星の光そのもので……

 つまりは、そんな全てを吹き飛ばしてしまっても可笑しくない程のものを、今にも振り下ろそうという程に、アーチャーはもう狂っているということ

 「止めてよ、アーチャー」

 ふと、口をついてそんな言葉が零れてしまう

 「この街も、私も、全部無くなっちゃうよ、それは」

 それは、とても怖いこと。アーチャーは原子爆弾と比べられるくらいの威力はあると言っていた。ならば、私も、伊渡間という街も、それはもう、瓦礫しか残らないくらいに吹き飛ぶに決まっている

 そんなものを、異世界だからって大義名分も何もなく、撃ち放とうというアーチャーが恐ろしい。本当に狂ってしまったんだって、そう感じる

 灰色の空は気になるけど……

 

 『はてさて、自身で刻を止めておいて、気がついているのかいないのか

 刻が、半分動き出していることに』

 空の星を見上げ、狐はそう呟く

 「……時間停止?」

 『そう。この灰色の空こそ、あの顎骨を持つ者(ハヌマーン)が、かつて夜を終えぬ為に行使した時間停止。停止したものは、如何なる干渉をも受け付けない。それこそ、核すらも』

 けれどもくつくつと、狐は笑う

 『それはあくまでも刻が止まっているが故。動くもの、即ちサーヴァントとマスター等はその域に無く、半分動き出した世界にも……』

 ふっ、と一瞬だけ狐は考えるように目を閉じて……

 『まあ、かのヒロシマくらいの傷痕は残るでしょう』

 「……そん、な」

 けれども、それでも、私は……

 

 出来なかった。令呪を切って、アーチャーを止めることが。まだ、アーチャーを信じたかったから。ルーラーに止められたとも言ってたし、本当に撃つ訳が無いって。その前に、私を……

 『無理だ』

 底意地悪く、老爺は私の頬を(はた)

 『何故、かの者達はこんなに分かりやすい場に居る儂等を探しあて、貴様を救えなかったと思うておる』

 爺に浮かぶのは、どこまでも邪悪な笑み。笑う事で揺れて見えた、そのハゲた後頭部は、不自然に延びている

 『意識陥穽ぬらりひょん。あやつ等程度に、破れる道理もなかろうて』

 さも楽しそうに、灰色の机を叩きながら、老爺が呟く

 「……ぬらり、ひょん……」

 その言葉を反芻する私に

 

 『そう。儂の名はぬらりひょん。大いなる妖怪の総大将。かく在るべくして在る、最強の……』

 『とまあ、言ってはいますが

 かの彼……S346(ザイフリート)と同類のホムンクルスですよ。単に、其処にあるのにそうと認識出来ない。何をやろうが、それを当然の事として流してしまう。そんなセコい、(オレ)に祓われるのが関の山なチンピラ妖怪。ああ』

 無駄に恭しく、銀髪の狐はその謎の執事服の胸ポケットから、一枚の小さな紙を取り出す。まるで名刺だ 

 『(オレ)はC001、同じくかのホムンクルスのキャスター』

 差し出されたその紙には、C001、ザ・グレイテスト・オンミョージなんて事が大きく書かれている

 他にも何か小さく書かれているけれども、それ読む以前に本当に名刺だった、なんて私は少し呆けてしまう

 

 「ヴァルトシュタインが、私を隠してたとして……」

 ふと、気になってまだ話しやすい狐に問い掛ける

 「あなたは何を?」

 『いえ、単純に……見学は特等席で、でしょう?』

 けれども、はぐらかされたのか、本当にそうなのか……何も、分からない

 

 『星を討て <天斉冥動す三界覇(ブラフマーストラ・ヴァジュラ)>!』

 「破壊せよ <竜血収束・崩極点剣(オーバークランチ・バルムンク)>!』

 そんな内に、遂に……空の星は放たれる。それと同時、遥か地面……いや、低空に浮かぶ何かから、一条の蒼光が放たれた

 

 「アーチャー……」

 本当に、撃ってしまった。あの力を……。軽く聞いたアーチャーの本気、衛星兵器・神の杖(ロッズ・フロム・ゴッド)こと<天斉冥動す三界覇(ブラフマーストラ・ヴァジュラ)>を。それを迎撃しようというのか、墜ちてくる翠の風を纏った流星へと向かう蒼い光のブレスも……本能的な恐ろしさはあるけれども、神の杖を止められる訳がない、そう思える

 

 蒼光と翠星、その二つが遥かな空で激突し……翠星が空で止まる

 いや、止まらない。普通に、光を押し込んで大地へと近付いていく

 止まるわけがない。あのアーチャーの本気なんだから。それほどまでに、圧倒的な死の気配。見たことが無かった、対界宝具というバケモノの恐ろしさを、よーく理解する。それが、蒼光が砕けた次の刹那に、私を殺すとしても

 「……綺麗」

 そんな言葉が、無意識に零れ出る

 

 「……まだ、だぁぁぁぁっ!そんなものか、貴様等の怒りはぁっ!

 もっと、全部、全部!全部寄越しやがれぇぇぇっ!』

 低空に、紅い光が輝く。私が浚われる前に一度だけ見た、かーくんの紅い魔力の翼、そのブースターの三本の骨をを大きく展開、竜の翼のようにして……自分の体よりも倍は大きくなる程に噴かしている

 かーくんが放つらしい蒼光が、怒りをもって……膨れ上がる

 けれども、止まらない。ふと、神鳴が横殴りに翠星を吹き飛ばそうと激突しているのが見えた。真っ向から受けるのが蒼光、その均衡を崩し、斜め上へと吹き飛ばそうというのが、神鳴

 

 それでも、風を纏う翠星は、端から見ればゆっくりと、けれども、恐らくは音の速度を越えて……墜ち続ける

 『馬鹿を抜かせ、悪魔。怒りとは、てめえを討つ金剛杵(いかづち)よ!』

 より強く沸き上がる蒼光ードラゴンブレスを砕くべく、翠星も纏う嵐を膨れ上がらせる。核となる如意棒を、纏う嵐を肥大させ、文字通り……極々小さな星程にまで成長する

 憶測で言えば

 『長さは大体、50mという所ですかね』

 そう、銀髪の狐は呟いた

 長さ50m。ならば、大体…一番太い部分で半径12m程。そんなものが地上に激突したらどうなるか。そんなもの、言うまでもない。例えあれがアーチャーの宝具でなくとも、単なる隕石であろうとも、街一つ地図から消えるなんて当たり前のお話

 『星の流した無数の涙が、怒りとなりて、貴様を討つ!

 滅びろ、悪魔(ヴェルバァ)ァァァァァっ!』

 その叫びと共に、翠星は神鳴を、そして蒼光を撃ち砕き

 「紫乃までも、殺す気かぁぁっ!」

 かーくんのその叫びすらも無視して、地上へと向けて墜ちる

 

 『……この身は真の担い手ならざれど、流れる血、王たる資質に応え……』

 ふと、森から歌声が聴こえる。不思議な音に乗せて、流れてくるこの声は……ライダー?

 『束ねよ、命の息吹』

 灰色の世界で、森から朝日が昇る

 いや、違う。莫大な金色の光が、そう見せただけ

 『使命を、星の聖剣……。目覚めよ(アウェイクン)

 <約束された(エクス)

 一瞬の溜め

 『勝利の剣(カリバー)>!』

 森から放たれた、黄金の光の奔流が、翠星へと激突した

 

 「終わる、ものかぁぁぁぁぁっ!」

 『わたしだって、何も聞かずに終われないからね!』

 更には、神鳴と蒼光、一度吹き散らされたそれらすらも、翠星を止める為に復活する

 重なりあう、神鳴、金光、蒼光。それらが一つになって、爆発し、私の視界を一瞬だけ、光で塗り潰す

 

 目が戻った時、翠星は

 ……尚も健在。大分纏う嵐が弱まり、核である棒がよーく見えるけれども、止まりきらずに半分以上自由落下ながらも、地上に落ちていく。それを

 『……ああもう!やってやるわよ!<悪相大剣・人神鏖殺(バルムンク)>ッ!』

 地上から吹き上がる黄昏の剣気が、遂に吹き飛ばした

 黄昏の剣気に弾かれ、如意棒が遠く空へと飛ばされる。それを追うように、紅い翼のかーくんが、流れる血のように紅い魔力を溢しながら飛翔し、追いかける

 けれども、辿り着けない。その棒は、あれだけのものを放ち、尚も嵐を纏うサーヴァント……アーチャーの手に戻ったから

 

 『潮時ですか。後は……単なる事後処理。(オレ)は去りましょう』

 ふと、銀髪の狐が私の横で空を見上げるのをやめ、此方を見る

 『それでは多守紫乃。また、ご縁があれば』

 ふっ、と立ち上がり、銀髪の狐は扉を開けて出ていった

 

 ……扉を開けて?

 ふと、気が付く。世界の灰色が薄くなっている。世界が色付いて来ていることに

 彼らが言っていた、アーチャーによる時間停止が、解けかけている。世界が、微睡み始めている。きっと、そうなのだろう

 「はっ、面白いミセモンだったなぁ

 そうは思わないか、しーのちゃん?」

 灰色が消えかけ、動かないでいた吸血鬼も、言葉を発し出す

 「けど、流石に飽きた。刻が止まったフリで動かないってのも疲れるしよ」

 きゅっと、左手の令呪を握り締める。だけど

 「ほう。儂等の前で、それが出来ると?」

 無理だ

 日中だって、アーチャーを令呪で呼ぼうとした事はある。だけど、令呪を切る前に、流し込まれた吸血鬼の血が、流し込む牙が、多守紫乃(わたし)という存在を消し去ってしまうだろう

 だから、ただただ、首筋を撫でられながら、気持ち悪さの中で……見ているしかない。戦いにもなってない、一方的なものを

 

 「アー、チャー……お前は……」

 かーくんは、もう翼すら維持出来てない。ほぼ成すがまま、ギリギリで傷口から血と魔力を噴出、何とか致命傷だけは避けているだけ。相手にもならないし、そのギリギリ回避だって、血を撒き散らすもの。直ぐに万策尽きる

 

 こんなの、アーチャーらしくない。こんなアーチャー、見たくない。もう、やだ

 だから……だから私は

 「もう止めてよ、アーチャー!」

 かーくんを殺すために棒を構えたその時、思わず左手を握り締め、そう叫んでいた

 

 もう止めて

 その一言と共に、私の左手が焼ける。アーチャーに止まって欲しい、皆壊さないで欲しい。その思いを、令呪による命令として、聖杯が理解する

 

 その瞬間、今にも如意棒を伸ばしてかーくんの頭を砕こうというアーチャーの動きが一瞬だけブレて

 『やはり、そこかぁぁっ!』

 止まらずに、如意棒はアーチャーの意のままに伸び、振るわれる。かーくんの左耳を掠り、私の居るホテルへと

 

 『なっ!』

 逃げ遅れ、老爺が音速を越えて伸びてくる棒に激突、壁へと叩き付けられる

 『掴まれ、マスター!』

 悩む時間なんて無かった。私はそのアーチャーの叫びに従い、如意棒を掴む

 一瞬の浮遊感。音を越える速度で元の大きさまで戻る棒に運ばれて、私の体は、空のアーチャーの元へ

 

 漸く、アーチャーの顔を、姿を、良く見ることが出来る

 けれども……

 「アーチャー!」

 『全く……気にすんなって』

 戦いは、もう終わり。私を左手のみで抱えて、ポンポンとアーチャーは右手で私の頭を軽く叩く

 「けど、傷が!」

 そう、あの時……私はかーくん相手に止めを刺そうとするアーチャーを、令呪をもって止めた。その結果として、アーチャーはかーくんへの対処を令呪によって封じられ、その胸には……

 紅い光の剣が突き刺さる事になった

 

 『だから気にすんなって、マスター』

 なのに、大怪我してるのに、アーチャーは何時もみたいに笑う

 『元から、今日を越えるなんて思っちゃ居ねぇからよ。どう終わろうが、オレは夜を越えない。この血の呪いを抱えて消える

 だからよ、問題なんてねぇよ』

 笑うアーチャーのその口の端から、一筋の血が流れる

 

 「バカ、な……」

 フラフラと、血のマントで空を飛び、戒人さんの姿をした吸血鬼が、私の元まで飛んでくる

 「アーチャー、貴様は!」

 『なーに、やるべき事は確かにマスターを護る為じゃねぇし、悪魔を倒すことだ。それは……吸血鬼の衝動に呑み込まれても出来る』

 アーチャーは、尚も楽しそうに笑う

 『けどよ、お忘れだぜ、大馬鹿さん

 (ひと)を突き動かすのはもう一つ在るだろ?やるべき事の対、やりたいこと

 ……それがマスターを護る事じゃねぇなんて、オレは一度でも言ったかよ?』

 「きさ、ま」

 アーチャーの言葉に、かーくんは何も口を挟まない。アーチャーにすべてを任せるように、ただただ見守っている

 『オレがカタをつける。その言葉通り……マスターは無事、てめえは地獄行き

 どうやら、詰め(チェック)が甘すぎたな。チェックメイトだ、下郎』

 アーチャーの宣言と共に、戒人さんの体が、何本かの棒に貫かれ爆散……その体全てが、風によって吹き散らされ、跡形もなく消える

 抵抗すら不可能。私という人質が居ないとはいえ、あまりにもあっけない終わり方で、戒人さんを弄んだ吸血鬼は消滅した

 

 『話し難いわ、これ』

 アーチャーが地上に降り立つ。中央公園の……戦いの傷跡が残り、怖いもの見たさの人々すら一度見たからと近寄らなくなった部分に着陸。かーくんも倒れ込むように着地する

 

 「アーチャー!」

 軽く血を吐くアーチャーに、私は何か出来ないかって思って言葉を発する

 『だから、気にすんなってマスター。これは、オレのヘマなんだからよ

 寧ろ、何でこんな所でって怒っても良いんだぜ?』

 茶化すような言葉にも、何処かキレがない

 けれども、私の後悔も何も、アーチャーは許してくれない

 

 『なあ、ザイフリート

 今のお前に言わせてくれ』

 「……ああ」

 何とか立ち上がり、かーくんは神妙な面持ちで頷く。左耳は無くなっていて、それは痛そうだけど……そんなこと感じさせず

 『悪魔になんぞ、なるんじゃねぇよ』

 「イミテーション・ビーストⅡ。それでも、悪魔に魂売らなければ、果たせない事もある」

 『違げぇよ

 ……自覚は無いのかもしれねぇが、お前は……沸き上がる疑問を封殺する為に、ただ、何かの為に悪魔となる、ちょっとだけ好戦的で頑なな自分ってのを持ってる

 それに呑まれるな。疑問を捨てるな

 

 世界は、お前が思ってるほど、お前を拒絶しちゃいねぇよ』

 アーチャーがかーくんにデコピンする

 今のかーくんですら揺れないほどに弱く

 『だから、幸せを噛み締めろ。世界を……神巫のものと思わず、欲望をもって見てみろ』

 「こんな時に何を言っている、アーチャー」

 『今は分かんなくて良い。けれど、御神託って奴さ、言わせろよ。悪魔を倒すために

 お前を、星を滅ぼす悪魔にしないために、さ』

 『……フリットくん、アーチャー!』

 少し遅れて、ミラちゃんまでもやってくる

 「約束通り、返すよ」

 私とアーチャーを二人きりにするように、かーくんはミラちゃんへと話しかけに行く

 

 「アーチャー、何とかならないの?」

 『何ともなんねぇなぁ、流石に』

 そう笑うアーチャーの姿は、何処か透けていっていて

 『何、大丈夫さマスター。あいつもバカだが、誰かを思える良いバカだ。きっと最後にゃ悪魔にならねぇ』

 ミラちゃんと話すかーくんを見て、アーチャーは少し嬉しそうに呟く

 『だからよ、安心しなマスター。ザイフリート・ヴァルトシュタインはマスターの味方で在り続けるはずだ』

 「けど、私は!」

 アーチャーが居ないと……、という続く言葉は、けれどもアーチャーに遮られる

 『おっとマスター、オレ無しじゃ何にも出来ねぇってのはナシな

 そう卑下されちゃ、オレが居た意味が何処にもねぇ。おサル冥利に尽きねぇ話になっちまう』

 少しだけ意地悪くそうにそう言われると、私には何も言えなくなる

 

 『マスター、確かにマスターの火はちっぽけだ』

 アーチャーの大きな右の拳が、私の胸を叩く

 『けれども、確かに此処にある。勇気の火だ

 オレはそれをほんの少し大きくしただけ。もっと大きく出来りゃ、風神ヴァーユの息子って胸張って名乗れるんだが、そんなスパルタはオレにゃ合わねぇ』

 「勇気の火。そんなの……本当に私にあるの?」

 アーチャーが居たから、ここまで来れた。アーチャーが居てくれたから、私は聖杯戦争なんてものに参加出来た

 ……言っては悪いけど、もしも私があの時もしもセイバーを、かーくんに従うでも無いあのプライドの高い少女を呼んでいたとしたら、恐らくはそのまま聖杯戦争を降りていただろう

 アーチャーというあまりにも大きな庇護の元、私はぬくぬくしていただけ。他のサーヴァントや、変わり果てたかーくんの姿を見てそう思ってしまう

 

 『あるさ。どんなに怖くても、それでも希望に向けて一歩踏み出しただろう?

 あの日、森へと向かったのは、オレに出逢ったのは、紛れもなく今にも消えかけた小さな勇気の火。それを道標に、このアーチャーは来たんだぜ?』

 にっ、と消えかけの顔で、アーチャーはまた笑う。私に負い目を感じさせないように

 『火は点けるのが一番難しい。点いてしまえば、消えない限り、後は育てるだけ。そんなもん、点火に比べりゃどうとでもなる

 だからよ、マスター』

 

 『オレが居なくても、マスターは大丈夫だ

 ……ずっと見てるぜ、きっとマスターならその火を消さない。何時か希望に辿り着く。だって、オレのマスターだもんな、って安心してな』

 最後まで笑って、アーチャーは……

 こんな私の為に戦ってくれたサーヴァントは、私へ向けられた吸血鬼の血の呪いと共に消えた

 

 ああ、何かの役に立つだろ、聖杯戦争終了まで貸しとくぜ、って締まらねぇ別れだなこりゃ。先に言っとくべきだったわ、と……伝言と共に象徴の一つたる棒(如意金箍棒)を、私の手に残して

 

 「アー、チャー」

 棒を握り締め、私は呟く

 規格外だから、可笑しいから、とどこか現実と思ってなかったけれども、これで分かった。分かってしまった

 アーチャーは、もう居ない

 

 ぽろりと、涙が溢れる

 けれど、誰も何も言わない。誰も、かける言葉を持たない。かーくんも、ミラちゃんも、そして後から来たセイバーも

 だから、私は……たった一画、左手に残ったアーチャーとの繋がり(令呪)と、アーチャーが残してくれた力(如意金箍棒)を抱き締めて……少しだけ、泣いた




少しひっかかる事があるかとは思いますが、ひっかかる状態で正常です。そのままお読みください

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