Fake/startears fate   作:雨在新人

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七日目ー決戦、天にも(ひと)しき大聖者 中編

複合(クロス)……夢幻召喚(インストール)!」

 その瞬間、さっきと変わらぬ力が、俺を満たした

 

 いや、さっきとは違う点が、一つある。俺の中に、心臓に、一つの怪しく蠢く光を知覚する。恐らくは、それが……神殺し。ミラがくれた、アーチャーという巨大に過ぎる壁を乗り越えるための力

 

 『OooooooRaaaaaa!』

 雷の速度で突き込まれる棒は、軽く空を蹴りステップ、一歩右へと翔んで回避。そのまま右へと俺を追う回転を蹴り、ブーストを全開、一気に駆け抜ける

 光を束ねて剣を作り、狙うはやはり、首筋。さっきのままだというならば、アーチャーは避けないだろう

 だが、アーチャーの取った手は、両の腕での白羽取り。つまりは、対処

 

 『Ruuuuu!』

 咆哮と共に、俺の全身が細かく切り刻まれ、無数の傷から血が噴き出した。剣を通して魔力を送り込まれ、体内で、風を暴れさせられたのだろうか

 「……何だよ、余裕じゃねぇか、アーチャー!」

 だが、即死にはいたらない。その程度。今もまだ、アーチャーは、加減が出来ている

 そして、その血を啜り……血色の魔力は、より輝く。血を媒介にする俺の魔術、限界は近くなるだろうが、傷つけばそれだけ、出力は、上がる!

 「舐めるな、アーチャァァァァァッ!

 <偽典現界・幻想悪剣(バルムンク・ユーベル)>ッ!」

 光翼、反転。最大爆破(フルバースト)

 充満した血色の魔力と、翼から、形を吹き飛ばす勢いで爆発する魔力を束ね、光剣を撃ち出す!

 「終わると、思うな!」

 どうせ脇腹から血は流れ続けている。その血をもって翼を再度形成、噴射して炸裂した光の中へ、光の剣を作り直す暇は無く、千切れた左手代わりの鉤爪を、左斜め上から袈裟懸けに振り下ろす!

 『Gaaaaaaaa!』

 直後、何度目かの暴風が吹き荒れるのを直感し、アーチャーの腰を蹴って更に飛び上がり、暴風圏から離脱

 

 『Gruuuuuuuuu!』

 唸るような咆哮

 アーチャーが、その吸血鬼色に染まった目が、そうなってから初めて俺を明確に見据える

 

 だが、次の瞬間、その頬に刺さりかけた、淡い光を放つ矢を左手が掴むと共に、その瞳はそれた

 「……アサシン?」

 それを撃てるだろう相手に、問う。だが、アサシンは飛べるだなんて一言も言っていなかったはずだ。飛べなければ、上空100mまでまともに威力の残る矢は届かない

 『ライダーさえいれば、「ボク」も……出来る』

 ふと見ると、何時しか再度空まで上がってきたライダー……というか、その獅子の背は大混雑していた。ライダー、その背にしがみつき、片手で機械弩(ボウガン)を構えたアサシン、そして……不満げにライダーの前に座らされた、セイバー

 

 『よそ見したくなるのは分かるけど、隙だらけだよ』

 視線をアーチャーから逸らした瞬間を狙った大上段からの振り下ろしは、ミラが裏拳一発、耐久を重視してない分身だったのか折り砕く

 「ああ、もう大丈夫」

 唇に付着した血を舐めとり、その不味(まず)さで少し朦朧とし始めた意識を保つ 

 『私は大丈夫じゃないのだけれど?』

 『というか、お前ら、重い』

 獅子が、応とばかりに吠えた

 『……あら、ライダー。レディ二人で重いだなんて、随分と失礼ね』

 「セイバー、漫才は」

 後だ、と言いかけて……言えなかった

 

 『『Uryyyyyyy!』』

 そこに、悪魔が待っていたから

 空から落ちる、雷撃のような一閃

 避けきれず、流星になって落ちていくもう一人のアーチャーに引き摺られ、獅子が墜落して行く

 『フリットくん!』

 「悪い、ミラ……任せた!」

 『うん、任されたよ』

 交わすのは、そんな短い言葉だけ。けれども、きっとあのルーラーは分かってくれるって信じて、視線を下へ。そのまま全力でブースト、今度は、さっき登ってきた空を駆け降りる

 

 「アァァァチャァァァァッ!」

 流星のように、ついさっきのアーチャーがやってみせたのの意趣返し。最大速度で、地上へと降りたその長身へと向けて墜ちる

 足の骨を核に、赤い光を纏わせて光の剣化、所謂ライダーキックという空からの蹴りの要領で、そのまま蹴り込む!

 『ッテェナァ!』

 アーチャーの胸に突き刺さる。けれども、大きく傷付けるには至らない

 構わない。これは意趣返し、そして布石でしかない。一度で貫けるなんて、思っていない

 

 「ライダー」

 『悪いが、友は下がらせた』

 「死んでないのかよ」

 『酷い期待だな。悪いが……そんなに脆くはない!』

 俺と最低限の確認の言葉を交わしながら、ライダーが斬り込む

 『ライ、ダー』

 返すアーチャーの言葉は、それなりに意味が通るようになっている。分身しな思考を平行することで、寧ろ正気に近くなりでもしたのだろうか。本当に、ふざけている

 

 『っ痛いわねぇ……』

暗い翠のクッションから、ふらふらとセイバーが立ち上がる

 「セイバー、行けるか?」

 『正直辛いわね。私は別に、戦で名をあげたりしてないもの。宝具で片がつかない相手なんて』

 「喋れるならば、問題ない。アサシンと後方から撃て」

 あまり話している時間はない。ライダー一人でアーチャーを抑え込めというのは、土台無理。というか、俺の知る限り、ミラ以外には無理。ならば俺が行かなければどうしようもなく全員アーチャーに狩られて終わりだ。セイバーのクッションとなってくれたのだろうアサシンは少し気になるが、最悪死んでからまた現れるだろうからと今は無視

 心の中でアサシンに向けて、アイスクリームも付けるから、と謝罪しながら、此方もアーチャーへと斬りかかる。脇腹の、そして限界稼働し続ける心臓の痛みは、必要経費と無視して

 

 

 幾度目かの、剣戟。時折アサシンが援護のようにボウガンの矢で眼を射ることで対処に隙を作らせ、定期的にセイバーの剣気が、確かにすこしづつアーチャーの体力を削って行く

 だが、それだけだ

 「ジリ貧だな、ライダー」

 振り下ろされる棒を左翼を剣のように変えて切り払いながら、俺はそう呟く

 『悪いが、まだ宝具は当てにならない』

 「分かってる」

 ギリギリで顔面へと伸びた二本目の棒を右へのブーストで回避。避けられた俺の後方で待つセイバー達を襲うが、流石にこの……体感として5分ほどを潜り抜けてきたセイバー、当たるわけもなく、横に逸れてかわす

 

 アーチャーの腕は三対。俺とライダーで、前衛は二枚、だが、俺の両の血色の翼で、何とか一人分……とはいかずとも、一対の腕からの一撃を八割方いなせる。何時しか立ち上がっていたアサシン含めて、後衛も二枚

 こうして、どちらも攻めあぐねる。アーチャーは神霊としての本領を出せず、四人でならば抑えきれる。状況は、完全に膠着していた

 「というか、いい加減に探し出せないのかよ、アーチャー!」

 そんな言葉すら、口をついてしまう

 仕掛けるには、俺もライダーも、こらならばという切り札が無い。だから、この膠着を崩さないように、魔力を切らさないように剣を合わせ続けるしかない

 ……その果てにあるのが、規格外そのもののアーチャーではなく、此方の限界だと知っていて、それでも、仕掛けられない。勝てないと知っているから、負けを引き伸ばす

 『ウル、セェッ!』

 此方の挑発を理解して、アーチャーが嵐を纏った如意棒を俺へと降らせる

 が、分かりきった攻撃。すれ違うように翼を噴かせて上昇、そのまま上から降りる威力を乗せ、中段に構えたまま、頭を掠めるように飛翔して、斬る!

 だが、防がれる。三対目の腕に持った、作り物の分身で受け止められる

 構わずブースト、体勢を崩しながらも、強引に体を押し込む。これでも今の俺の光は神殺しの剣、当たりたくはないから、肉を切らせての精神で食らうことなく、押し込まれてくれる

 その隙を突き、ライダーが剣を展開して全力の大上段からの振り下ろし。外刀身に抑えられていた魔力が爆発し、アーチャーの頬に、腕に、新たな傷が増える

 とはいえ、致命傷には程遠い

 けれども、決める手が無い以上、時間を稼ぐしかない

 

 「……ミラ……」

 上の分身を、ミラが何とかしてくれること。或いは

 『せめて、友が万全ならな……』

 ライダーが呟く

 ミラに取り上げられた俺の力、クラスカード……ビーストⅡと違い、傷が癒えればライダーの獅子は何ら憂い無く戦える。あの日俺に向けられた宝具の全力版で、この膠着を切り開けるだろう

 「あの日の力が……どうしようもない今を、破壊する力が、俺にあれば……」

 だが、今ミラからあのカードを呼び寄せ、力を振るえば、詰みだ。二度とミラはこちらを信じない。例えアーチャーに勝とうとも、そこで間違いなく俺は摂理(ゼロ)に還る 

 

 「ぐっ!」

 そんな余計な思考からか、アーチャーの振るった棒を避けきれず、左頬を強打される

 数本歯が折れ、全身が一回転。呆れたようにしながらも、せめてと真の名を解放せず剣気で追撃しようというアーチャーの動きを妨害するセイバーを見て……

 右目の光が、一瞬スパークと共に閃く

 どうして気がつかなかったという、一つの宝具が、頭に浮かび上がる

  

 「ライダー。切り開く術、あったようだ」

 ぺっ、と折れた歯毎口に貯まった血を吐き出しながら、そう呟く

 『へぇ。そんなものがあるなら、早くに使えば』

 後方で、そんな馬鹿な事をセイバーが呟く

 「馬鹿か。お前が撃つんだろうが、セイバー!」

 右手に魔力を収束、一時的に光の翼すら消し、全魔力をもって、権限を底上げする。例えセイバーがあの日の令呪を盾にしようとも、撃たざるを得なくなる程の力となるように願って

 「三画目の令呪をもって命ずる。我等が新しき契約に従い、汝が根底、セイバーたる由縁の宝具を……

 解放せよ、クリームヒルト!」

 

 その瞬間、右手の令呪が灼熱した。元々あった最後の一画の令呪が赤く煌めき、ふっと消える。灼熱は止まらない。令呪の命令が果たされるまで、止まることはない

 

 『嫌よ』

 けれども、セイバーは拒否する。当たり前だ。以降全ての令呪による命を破却せよ、そう、かつて俺は言った。未来をこの手に残すために。その命令盾にするなんて、知っていた事

 だから、撃たざるを得ない程の魔力を、ブーストとして発動させる。宝具で発散しなければ、ならないように

 最悪、代わりに俺が撃てるように隠された宝具を魔力を発させて探し出す。セイバーという誇りある少女相手に簒奪(それ)は、あまりやりたいことではないけれども

 「……撃て」

 ふと、気が付く。神父から貰った令呪が、使えないということに。いや、使えるはずだ、これは正式な令呪である。それは確か

 ……だが、どうしてか、セイバー相手に今重ねて使えない、そんな気がした。何故だろうか、だが、考えるのは後だと切り捨てる

 『……どうして、撃たなければいけないのかしら?』

 「……いいから撃て、クリームヒルト」

 静かに、そう命ずる。右目が、僅かに疼く

 『……私に、彼の誇りを侮辱しろと言うの?流石に聞き間違いよね、道具(マスター)

 「耳は悪くないだろう。悪いが、抜いて貰うぞ、その魔剣」

 苦々しく呟くセイバーに、淡々とそう返す

 『というか、令呪切ったんだろう、早く撃て!』

 俺へと向けて放たれた棒の雨を、剣を展開してライダーが凪ぎ払う。今の俺は令呪解放に全魔力を叩き込んでいる、謂わば狙ってくれと叫んでいるレベルの隙だらけ。ライダーが何とかしてくれるという甘えは正しく俺を護ったが、それも長くは続かない。今までに比べて、刀身展開時に吹き出す魔力の解放量が下がっている。ライダー一人では、そう持たない

 ライダーの叫びはもっともだ。撃たなければそのうちほぼ確実に死ぬ。生死は、ほぼアーチャーかルーラー任せの時の運に任せられる。だが、その現状を切り開けうるとして、何処に宝具をこの段になっても撃たない理由がある。そう、ライダーは思っているだろう

 ……セイバーを知らなければ、その宝具をセイバーが存在すら隠した理由を、不思議と分かっていなければ……俺もそう思うから

 

 「理由は分かる。納得もする。だが撃て」

 セイバーの抵抗にも構わず、ひたらに命令を繰り返す

 命令を破却されることは承知で、それでも事実上撃たざるを得なくなるまで

 『あんなもの撃つくらいなら、此処で死んだ方が余程マシよ』

 『自殺するのは勝手だが、セイバー

 私達まで自殺に巻き込む気か』

 『ええ。悪いわねライダー。私の心を殺さずに生き延びる術がないというならば、巻き込まれて死んでくれるかしら?』

 『ふざけてる!』

 『バカ、ガ』

 何とか聞き取れるレベルの言葉すら交わせない、アーチャーすらもが一時手を止めて唖然とする

 それでも、セイバーは決して怯まず、かつての命令を盾に令呪を完全に無視する。それが、クリームヒルトの誇り……もう居ない夫(ジークフリート)への愛、忠義だからとでもいうように

 「命令は終わってない。喪われた財宝という幻影ではなく、復讐の剣を」

 『嫌よ。……道具(マスター)、本当の話、貴方からそんな言葉を聞きたくは無かっ』

 だが、その言葉は鮮血と共に途切れた

 

 『……何を、するの』

 胸元を一閃、浅く血が滲むくらいに斬られ、セイバーが呆然と呟く

 『アサシン』

 その行動に、意味を見出だせない。どうしてそんな仲間割れをやるのか、俺にもよく分からない

 『……「ボク」の希望だから。死なせない』

 ふっ、とアサシンは俺に向けて小さく微笑み

 『一人で死んで、セイバー。「我」が介錯するから』

 『ふざけないで!』

 セイバーの怒りが、想いが、俺から逸れる

 『……行ける?「僕等」の希望』

 その声に、一拍遅れて気が付く。アサシンの目的が、何なのか。俺に何をやらせようとしているのか

 「有り難う、これで行ける」

 令呪への抵抗、魔力ブーストを抑え込んでいた意識が逸れることで、傷つけられたセイバーの胸に、光が灯る

 その事に気が付いたのか、アーチャーが嵐を纏い動き出す。だが、その一撃は……アサシンが盾となることで防がれた

 『マズ、ヒトリ……』

 少しだけ意志を感じる、どこか悲しげなアーチャーの唸り。だが、振り返らない。アーチャーは知らずとも、俺はアサシンを知っている。二度とやりたくないという死を、俺のためにやってくれたと理解している

 だから、俺がやるべきことはたった一つ。アサシンの願い通りに、今を切り開く事

 

 手が、セイバーの胸元の傷口に届く

 柔らかな感触。だが、気にしない。セイバーの目が更に軽蔑したものになっている気もするが、そんなものは知るか

 傷口の奥にある、硬い柄に手を掛ける

 「……なんだ、此処にあったのか」

 『……最低』

 「後で幾らでも言え」

 勝ってからな、と自分でも信じきれない未来への約束に苦笑しながら、それでもそう覚悟と共に吐き捨てる

 「ジークフリートそのものでは無いが、俺も貴様の担い手の一人。存分に血を啜って貰うぞ」

 『……神ト、人ヲモコロスカ、(ビースト)ォ!』

 「人を殺し、神を弑し、仏を斬り、全ての理不尽(ことわり)を、破壊してやるよ、アーチャァァァァァァッ!』

 柄をしっかりと握りこんだ瞬間に、不思議と笑みが零れる。右目の光がら幾度目かのスパークを放つ。だが、今は一瞬ではない、翼の再形成と共に、常に僅かなスパークが走ったままへと移行する。左腕は、鉤爪を出さずに消したまま。片腕でこの剣を振るうならば、殺すにはあっても無くても変わらない

 精神汚染、ふとそんな言葉が脳裏によぎるが、何の事だろう。俺はこんなにも、奴を殺したいだけだというのに。殺す気無くして、勝てるものか

 

 「……恩讐は途切れず、惨劇は終わらず』

 言霊を紡いだ瞬間に、ふっと右手の灼熱が終わる。セイバーをセイバーたらしめる宝具の解放。その命令の成就の証

 その勢いのまま、セイバーの胸から、一本の剣を引き抜いた

 ……姿は、セイバーが振るい、俺が借りていたかの剣そのもの。ジークフリートの持つ、幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)。だが、纏う魔力は別物

 

 『ルグアアアアアアッ!』

 咆哮と共に、アーチャーが地を蹴り、殴りかかる(・・・・・)。その六つの拳に、莫大な風を装甲して

 「世界は未だ、暁に至らず』

 完全に引き抜いた剣を、左腰下段に構える。全力で振り上げられるように

 

 

 曰く、聖剣と魔剣両方の属性を持つ黄昏の剣。竜殺しを為した呪いの聖剣。原典ともされる魔剣『グラム』としての性質をも併せ持ち、手にした者によって聖剣にも魔剣にも成り得る。柄に青い宝玉が埋め込まれており、ここに神代の魔力(真エーテル)が貯蔵・保管されていて、宝具発動時のブーストに使用される。(ジークフリート)が所有していたからか、対軍に特化しており、真名を解放することで大剣を中心として半円状に拡散する黄昏の剣気を放つ。それが、幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)という武器だと言う

 否や。此剣(これ)はそんな立派な剣ではない。大層な聖剣等でありはしない。ジークフリートという大英雄の存在が、その彼の偉業が、バルムンクという剣を聖剣へと彼の手にある限りにおいて変貌させただけの事。真実のバルムンクは、人から人へと、持ち主を殺し渡り歩いてきた、単なる人を殺し国を滅ぼす魔剣である

 「血飛沫(しぶ)け』

 だから、セイバーはかの剣を胸に封じた。場所が胸な理由は簡単、セイバー自身、復讐の果てにバルムンクに胸を貫かれて死んだ、故にその傷の縁をもって封じたまでの事。真実、復讐というかの魔剣の呪いに抗う正当なる戦いを除き、血塗られた殺人剣(真実の姿)で、ジークフリートと幻想大剣・天魔失墜の名誉を汚さぬ為に。最愛の夫が人殺しの剣を持つ者として貶められぬように、ジークフリートの剣の幻影だけで戦ってきた。ジークフリートの妻(クリームヒルト)の誇りに懸けて

 

 故に、代わりに俺が振るおう。幻想大剣ならざるかの剣を

 叫べ、悪ならざる人を殺す魔剣、その真名()は……

 「<悪相大剣・(バル)……』

 剣から魔力のスパークが走る。本来であればそのまま拡がって行く黄昏の剣気を、唯、確実に殺し抜く為に剣に留め収束し、殺意と共にアーチャーへと振り抜く

 「人神鏖殺(ムンク)>!』

 

 地から天へ、振り抜く魔剣が嵐と激突する

 『ルグゥゥゥゥゥゥッ!』

 「舐め、るなぁぁぁぁぁっ!』

 

 ああ、どうしてだろうか

 こんなにも、心がざわめく。人を護り、人を見守る貴様は人寄りの神。ならば近しい人と共に死ね。破壊せよ、破壊せよ、破壊せよ、破壊せよ

 目前の壁(アーチャー)を破壊し……そして、そして……

 

 紅の魔力が黄昏の剣気と混じりあい、極大のスパークと化す

 その弾ける魔力は、俺すらも巻き込んで傷付ける

 だが、気にする事は何処にもない。持ち主すら殺す魔剣、寧ろそれ位でなければ、アーチャーには届かない

 『ガァァァァァァッ!』

 「ラァァァァァァッ!』

 そのまま、アーチャーの纏う嵐すらも巻き込んで、剣を振り抜いた

 振り抜いたその瞬間に、剣に溜め込まれたすべての魔力が爆発する。それは……端から見れば、紅く、そして蒼い光の螺旋にも見えただろうか。だが、螺旋の端、吹き荒れる嵐がかする位置の俺には、確かめようも無かった

 

 一瞬にも思える数秒の後、アーチャーを呑み込んだ螺旋の嵐はふっ、と消える

 だが……

 『……テメ、エ……』

 刻の止まった世界に、吹き上げられた埃等は何もない。姿を隠す煙など望むべくもない。だから、夢など見られない

 アーチャーは健在。各所から血を流し、六本の腕のうち二本は明らかに人体では曲げようもない可笑しな方向へと曲がり、初めて、膝を付いた

 だが、その瞳は、その肉体は、未だ止まらず、立ち上がる力を残している

 

 『道具(マスター)、それは……』

 『冗談キツいな、その力』

 「まだ、終わってないだろうが……』

 だというのに、追撃をかけない残りのサーヴァント達を急かす

 振り抜いた。全魔力は注ぎ込んだ。そうでなければ、抜けるはずも無かった。それこそが、魔剣というものだったから。立つのすらやっと。最早翼は背に無く、再度形成する事すら難しい

 握力を保てず、手から悪相大剣が零れ落ちる。夢幻召喚を維持出来ず、軽いスパークと共に服が赤いベストといったものから元の黒のシャツへと戻り、二枚のカードが俺の体から弾き出される

 

 そのカードをせめて回収しようと手を伸ばす

 ああ、俺の体はこんなにもトロかっただろうか。そう思うほどに、手は遅々として進まず、黒いカードのみは届けども、金のカードを掴めない

 金のカードが、地面に落ちて、軽い音を立てた

 俺の体も、手を伸ばした事でバランスを崩し、ゆっくりと倒れていく

 

 引き伸ばされた世界で気が付く。要は、俺自身が止まった世界に呑み込まれかけている。リンクしたセイバーも本調子でなく、俺自身はやっぱりボロボロ、魔術的に止まった刻を、魔力で押し通れなくなってきたのだ

 だというのに、セイバーもライダーも動かない。折角切り開いたというのに。今のうちにアーチャーを……

 

 ふと、自分が可笑しな事を考えている事に気が付く。待て、俺は……

 アーチャーを破壊する(止める)為に、この力を振るったはずだ。目的は、アーチャーの消滅(正気維持)。殺す必要も、殺すだけの力も……ある(無い)

 そうだ、故に今、ある程度全力で破壊衝動を解放した直後のアーチャーを見守る彼らは間違っている(間違っていない)

 ああ、こんなにも思考と目的が一致しない。けれども、何故だろうか。今の状況こそが、本来の俺な気がして……少し、気持ちが悪かった

 

 だが、その思考は、空から落ちてきた赤い流れ星にによって中断される

 「うがっ』

 遅くなっていく刻の中で、成す術もなく落ちてくる柔らかいものに額を強打され、逆に仰向けに倒れかけ……

 負けるものかと心臓から僅かに湧き出る魔力を全身に。魔術回路として血管系を起動し、ギリギリで止まりかけた時間から帰還、右手でそれを受け止める

 『っ、御免ね、フリットくん』

 俺の腕に抱き締められるような形で、落ちてきた流れ星……ミラが血の付いた頬を少しだけ赤らめた

 『うん、任されたって言っておいて情けないけど、わたしは大丈夫だから』

 気恥ずかしいのか、一瞬の後には、柔らかな感触は僅かな血の粘りを残して手から消える。正直、元が人間ではあるはずなのに、万全の体勢からセイバーに<悪相大剣・人神鏖殺(バルムンク)>してもらって尚倒せるか怪しい堅さの割に、体は柔らかかったな、なんて馬鹿な事を少しだけ考え、振り払う

 

 軽い音と共に、もう一人のアーチャーが、膝を付いたアーチャーの横に降り立つ。恐らくは、ミラを地面に叩き付けかけ、追い掛けてきたのだろう

 だが、その姿は……寧ろ此方のアーチャーに手助けを求めに来たのでは?と思うくらいには傷だらけ。六本の腕のうち、まともに動くのは最早左腕二本だけ、二本は半ばから吹き飛び、一本はネジ曲がり、一本は明らかに折れている

 流石はルーラーといった所だろうか。情けないと言った割に、かなりの傷は与えている

 

 「……情けなくは、ないだろう』

 口を開くことすら億劫になりつつ、俺はそう、血に濡れた聖女を見て呟く

 『といっても、セイバーさんのあの宝具の柱に叩きつけられなければ、普通に押しきられてたかもしれないし、ね』

 少しふらつきながら、ミラは傷の付いた頬で笑った

 俺相手では何事もなかったかのように治してくるというのに、傷が残っている。やはりというか、激戦だったのだろう

 

 ふっ、とぶれていた像が一つに重なるように、二人のアーチャーが一人になる。三面六臂も解除され、傷の殆ど無い普段のアーチャーに戻る。その瞳は左は紅く、されど右は火眼金睛。半分ほど正気まで、破壊衝動を発散しきったと言えそうな姿

 「アーチャー』

 『……悪魔』

 その声はほぼ正気のアーチャーのもので。けれども、俺が知る限り、最も冷たいものだった

 「紫乃は』

 『……悪魔を、滅ぼす。それが、オレの役目

 悪いな、マスター。何でオレが来れたのか

 

 ……マスターを護るためじゃ、無かったわ』

 僅かな土埃と、風が巻き上げられる

 その次の一瞬には、アーチャーの姿は地上に無かった

 

 ……土埃?

 ふと、気が付く。刻の静止が、解けかけている。僅かにだが、灰色の世界に色が戻り始めている

 やはりというか、傷が無くなったように見えても、ダメージはしっかりと残っていたのだろう。故に、刻止めが揺らぎ始めた

 だが、今それを喜ぶ事は……出来ない。出来る訳がない

 

 遥かな宇宙(ソラ)を見る。止まった刻、灰色の空。けれども、動きかけ、僅かに色付くそこに、二つの輝く星が見えた

 ひとつはここ一月ほど明るく見える星、火星。そしてもう一つは翠の風の星。即ち、アーチャー

 

 『……流石に、冗談……と、言いたいんだが』

 溜め息と共に、ライダーがぼやく

 『アーチャー、何を見たの?』

 呆然と、右手を眺めながらミラが呟く

 そして……

 

 『天の果ての忉利より地の奥底の陳莫へ、三界総てを貫くは

 音に聞こえし如意金箍、神振り下ろす天の雷』

 朗々と、遥かな宇宙からすら響く声

 ……聞かずとも分かる。あの日、意識を失う直前に見た嵐の、その先。アーチャーの本気、宇宙(ソラ)より(きた)る宝具

 「……ミラ』

 『駄目だよ、フリットくん』

 けれども、俺の言葉に対し、ゆっくりとミラは首を振る

 『令呪は使っちゃったからね。もう、止まらない』

 「違う』

 どうしてだ。どうして分からない

 「俺に、総ての理不尽を破壊する力を』

 痛む心臓を無視し、右手を出す

 『悪いな。分が悪いんで、唯一の心当たりを当たってくる』

 ライダーが、何時もより精彩を欠く走り方の獅子に乗って去って行く。それを止めることも出来ない

 『……道具(マスター)、無理言ってること、本当に分かってる訳?』

 地面に落ちた悪相大剣を拾いながら、呆れたようにセイバーがぼやく

 「分かってる。けれども、これしかない』

 不思議と確信があった。あのカードさえあれば、きっと俺は天の裁きを越えられると。必ず、かの一撃を相殺し、この先の未来を得られる、と

 だから、手を伸ばす

 「終わったら、また取り上げてくれて構わない』

 『ルーラー。正直なところ、私もあんな苦しそうなので死にたくは無いわ。脳天一撃の即死なら後腐れも無いでしょうけど、アレはそうじゃないもの』

 「セイバー、お前は……』

 『私なりの、精一杯の援護の言葉よ。文句あるのかしら?』

 「いや、本当に有り難い』

 『人々を救うため。こんな人殺しの剣が唾棄する聖剣の業なら、やってやるわよ!』

 吐き捨てるように言って、セイバーが剣を構える。何時もの大上段に

 

 『……うん。分かった。一度だけ信じるよ。帰ってこなかったら、わたしが殺しに行くから』

 だから、帰ってきてね、と淋しそうに微笑(わら)いながら、ミラは赤いカードを取り出す

 「努力するさ』

 絶対はない。故に確約はせず、そのカード、ビーストⅡを、形成した左の鉤爪で受け取る

 「複合(クロス)夢幻召喚(インストール)

 その言葉を口にした瞬間、あの日の力が、俺の中に溢れた

 またまた限界を越えた魔力を回帰させられて銀霊の心臓が軋みをあげるが無視。どうせ一撃で終わる、終わらせる

 

 『その真実を御覧あれ

 (これ)こそは天の裁き、人が到達せし神話、神の杖(ロッズ・フロム・ゴッド)

 アーチャーの詠唱が進むなか、俺も迎撃に入る

 

 「接続(アクセス)

 空を駆け登るミラを見上げ、心のままに、そう呟く

 空間が割れ、一つのキューブが顔を出した

 心臓の痛みが、不意に止む。銀霊の心臓から一欠片、紅の光が走り、そのキューブを刹那の間に掌握する。いや、それは正しくない。このキューブは、この力は、元より俺の……いや、俺の中の英雄のもの。単に刻を越えて呼び出しただけ、セイバーの<喪われし財宝(ニーベルング)>と何ら代わりは無い

 「其は悪竜、生命の星の息吹』

 その言葉と共に、更に一段、俺の姿が変わる。ブースターそのものの翼は形はそのままに銀色のの翼として実体化。ベストやシャルワール風のパンツといった動きやすく露出の多い服は、上から竜鱗のような装甲に覆われ、頭に僅かに見えていた角が、形状は己からは見えないが、湾曲し、しっかりとしたものへ。不思議と、瞳孔が縦に裂けたのを理解し……

 「開け』

 変化を終えた己の言葉に従い、空のキューブが三層に分かれ、展開する

 第一層、一番上は中央部のみが延びて砲へ。第二層は四つに別れて展開、三層の周囲を取り囲むように。三層はそのまま

 「顕彰せよ、我が虚空の果ての宿星よ 紅に輝く箒星 虚無を渡りて畏れ見よ』

 その詠唱と共に、キューブに蒼い魔力の線が走る

 四つに分かたれ浮かぶ二層が中央を囲むように四つの魔方陣を形成。三層、一層が筒状に幾多の魔方陣を展開する。色は紅、蒼、そして翠

 「蒼星が夢を満たさんが為に 猛る怒りが己を灼けど

されど未来は遥か 我が翼に在りて悲劇(せかい)を穿つ』

 魔術とは心で振るうもの。自身が魔術を繰る、その魂を振り絞る為に、自分でも分からず、ただ口を突いて出るままに、言霊を紡ぎ続ける

 

 『インドラよ、刮目せよ

 これぞてめぇに何時か撃ち返す金剛杵!』

 「暁は遥か夢の果て、終わらぬ月夜に刻もう』

 『この理こそ三界制覇、天冥地に在りし幾多の怒りよ、天の帝の元に集いて』

 「涙を祓うは旭光の吐息 我が(けつい)のままに……地より吹き出せ』

 遥かな宇宙に、在るはずの無い嵐が見える

 大地より一条の光がキューブへと向かい、砲頭に莫大なエネルギーが収束する

 

 『星を討て <天斉冥動す三界覇(ブラフマーストラ・ヴァジュラ)>!』

 「破壊せよ <竜血収束・崩極点剣(オーバークランチ・バルムンク)>!』


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