『……おやおや、何を見ているのですか?』
そう、柔らかな男性の声音で、ワタシは声を掛けられた
『テレビ、ですよ。アナタ方が電波を通してくれた……ね
ああ、その件に関してはお疲れ様です、
ワタシは、建前として、そう礼を言う。テレビはワタシの我が儘の一つ、自分も設置には関わったのですが
『それにしては、上の空な気もしますねぇ……』
もう一つの気配が、少女の声でそう告げた
『ええ、その通りですよ、C002』
今さら誤魔化しても仕方がない。共に電波を通した彼等ばかりは、騙せない。なので、あっさりとワタシは肯定する
『今は特に面白い番組なんてやってません。ニュースも飽きずに同じ話題を繰り返しているだけですしね』
『そもそも、そのテレビ自体、無駄甚だしいですよねぇ』
『外を知りたいだけ、であるならば
ザイフリートを通して見れば、それで良い。その機能は、血色の光に壊されてはいない。そうでは無いですか』
『ええ、そうです。アナタ方も見れるでしょう?あの体内の使い魔を通した遠見に接続する術、現当主達には無くとも、アナタ方にならあるはずです』
まあ、彼自身も、そして現当主すらも、未だあの視覚共有が生きている事、ワタシが接続できること等は知らないと思うけれども
やはり、ワタシは肯定する
そう。テレビなんて……彼に携帯を返す方便。彼にそのツールの存在を思い出させるために、連絡手段を確保する為に、次いでとして用意したまでのこと
順番が逆。テレビを繋いだから、おまけとして携帯の電波を通したのではない。携帯を繋げる際に、怪しさを誤魔化すためにテレビを繋ぐという名分を振りかざしただけ。例え彼の行動は全て見えていても、離れていては言葉を交わせないのだから
『それにしても、最近は良く喋りますね。バーサーカーの影響でも受けましたか?』
バーサーカーに血を吸われたものは吸血鬼になる。吸血鬼化は決して利点ばかりではないが、ホムンクルスの性能は当然ながら上がる。その結果として、まともな言語機能を有せなかったはずのホムンクルス達の中にも、普通に言葉を発する者たちが生まれた。あの日、彼がランサーと邂逅した日、彼を責め立てたのはそういったホムンクルス達だ。サーヴァントに近い性能を発揮する為に、人を模したものとしては壊れてしまった彼等が、吸血鬼として寧ろ元々より人に近付いたもの。此処に居る、初期型とされるキャスター達に、それが当てはまるかは兎も角として
『ええ。受けましたとも、
くつくつと、男の声が笑う
『ええ、そうですか。彼が居るときはほぼ喋らなかったのに、どんな変化かと思いました
別に、割と失敗作に近いとされる他のホムンクルス達とは違い、言語機能が破壊されていた訳でも無いでしょう?言霊を扱う呪術師を目指したとされているのですから、言語機能が無ければ意味もないですし』
振り向かず、ワタシは笑う
あまり、見たくはない。腰まであろうかという長い銀髪を首の辺りで纏めた、狐の耳を頭頂に生やした、中性的なイケメン男性の姿など
全く、誰特なんでしょう。狐の耳はアルトリアのような美少女に付いているのに限るというのに。いや、けれどと……彼は、アレをカッコいいと言っていた気がする。「日本の呪術師、だから狐の耳か。確かに狐は妖術を使うとされるし、一部呪術師は狐の血を引くともされる。間違ってはいないのか。どうせなら、俺にも竜の羽根と尾でも付けてくれれば……って、それは彼の体に失礼すぎるな」とも
『彼の前で話せば、面倒事になりますので』
『話せる程の自我を持つのが三人も居るとなれば、依存度は下がりますしねぇ……』
『誰が依存度等考えると言うのですか、C002』
思わず、ワタシは振り向く。少女の声の方に
其処に居るのは、やっぱり悪戯っぽく笑う、もう一人の狐耳。ヴァルトシュタインの人工サーヴァントを目指して作られたホムンクルスシリーズ、その原点ともされるキャスターの一桁ナンバー、C002……淫乱そうなピンクい髪を二つに纏めた少女
『勿論貴女サマですとも、
全く敬う気持ちの無い敬称で、少女の方は告げた
『勝手な事を言いますね』
少しだけ憮然とワタシは返す
『いえいえ、気に入った殿方の全てが欲しい、なんて良くある願望。
こう、邪魔者は呪術で、お腹をくいっと。これであら不思議移り気を狙う泥棒猫は厠に籠りがち』
『下衆いですね、本当に』
『いえいえ、これも皆を思っての事、溜め込むとか、やっぱり健康に良くないですしぃ?
ですがさっぱりして出てきた時には後の祭り、既に寵愛は決まって……あ痛ぁっ!?』
突然、少女が頭を抑える。銀髪の青年の方に頭を
『全く、失敗した作戦を自慢気に語るものではありませんよ、002。馬鹿に見えます』
だが、そこで止まらず、青年は少しだけ悪い笑みを浮かべて続けた
『ああ、失礼。馬鹿ですらなく、大馬鹿でしたね、この狐は』
『見ました!?聞きましたよね
暫く気がつかなかった上に気が付くなり嬉々として邪魔しに来た陰険暗黒超!大馬鹿野郎が何か負け惜しみ言ってます、見苦しいですねぇ』
耳をぴこぴこと動かしながら、桃色の少女が反撃する
割と、この言い合いはどうでも良い。けれども、放置すれば依存だ何だと面倒な話題が流れる事になるので止めず、ワタシは見守る
『おや、
『一度勝ったからって良い気になるな、です!』
『二勝零敗、ですよ』
『一度逃げ帰って母の力を借りた者が良く言うですよーだ!
ご主人様の想いがああでなければ、抵抗して尚も勝ってやったものを……』
『勝利は最後に決められるもの
狐鍋にしてあげましょうか?』
『自分も狐のくせに良く言うです。狐だ、退治すべきと言われたあの日の怨み、今度こそ狐鍋に仕返して晴らしてやっても良いのですっ!』
二人の狐耳が、互いに呪符を構える
『
『護国護国と、そんなだからご主人様の真意を取り違えて馬鹿晒すこともあるんですよーだ!
それで護国の狐?
『それでは、主君が乱心した時は、その意を汲んで国を滅ぼす、と?とんでもない厄狐、これが護国など、人理の終焉、末法にも程がありますね』
『主君じゃなくて夫ですぅーっ!』
二人の狐耳がワタシに詰め寄る
『どうでも良いです』
けれども、ワタシは切り捨てる。割と本気でどうでも良い
『それにしても、目指したとされている呪術師に完全になりきってますよ』
その指摘に、二人ははっ、と止まる
『これは失礼。完全にかの呪術師になりきって演技してしまいました』
『ちょっと、なりきりが過ぎましたねぇ……』
二人とも、呪術を収める。呪術には、そこらの魔術師よりは強い、程度の力しかないとされているけれども
『はあ、彼が居た頃は、静かで良かったです』
ワタシのその言葉に、少女の方の狐耳がぴくっとした
『ああ、あの陰険のせいですっかり忘れていました、
にんまりと、人の悪い……所謂恋愛話をする時の目で、淫乱ピンクい狐が近寄ってくる
『何度も言ったはずです
彼はワタシのもの。それが一番だと』
その想いは、何時であろうが変わらない。あんな
恐ろしいという思いはある。回帰の獣、ビーストⅡへと成り果てるあの道を、進んで欲しくない思いも、無いと言えば嘘になる
けれども、あの瞳を……記憶にあるアルトリア・ペンドラゴンに良く似たあのある種の悲壮感を湛えた決意の眼を、美しく思ったのは確かで
『いやー、恋は怖いですねぇ……
貴女みたいな核地雷、
『核地雷狐が、良く言うものですね』
くつくつと、
『恋?バカを言わないでください』
そう、ワタシの記憶にあの思い出がある限り、彼を愛するなんて有り得ない
『ワタシが愛するのは、アルトリア・ペンドラゴンだけです』
だからきっぱりと、ワタシはそう告げる
『愛と恋は違うのです、
愛は沸き上がり貫くもの。されど恋は落ちるもの、自分で愛は制御できても、恋は抑えることなど出来ない』
得意気に、ピンクい狐はそう語った
『成程、それで?』
『それはもう、貴女がかの騎士王を模したとされる程縁深い貴女として成立した時点で、愛するのはかの騎士王だけなのかもしれません
けど、そんなのより今落ちた恋に生きた方が楽しいに決まってます』
『
やはり人の悪い笑みを浮かべて、銀髪の狐が会話に割り込んだ
『例えば、そう
ある程度であれば、かの裁定者の動きに予想が付くのでは?』
『それが何か?』
当然、裁定者なんて化け物、出会いたくない
けれども、彼に干渉してきている以上、対策は考えなければならない
その一環が、クラスカードの作成だったりする。眼前の二人にも手伝ってもらったそのカードは、実際のところはあまり意味はないのだけれども。どうせ殺さないで良い理由を探してる裁定者は引っ掛かってくれる
『ええ、それがとても重要な事です
『……甘いじゃないですか、あの裁定者。だから、きっと気休めの鍵でしかなくても、カードを差し出せば大人しくなる、そう思っただけです』
『まあ、恋する乙女の心情なんて、恋する乙女にしか分かりませんしぃ?恋愛に縁の無い陰険には、分かりませんよねぇ』
『……おや。それなりに、誘いを受けてくれる人は多かったのですが』
勝ち誇った声音で、伝説の呪術師を目指した銀髪のホムンクルスとされる男は言った
『顔か!結局女は顔に靡くのか!』
愕然と、ピンク髪の少女が固まる
『こんなイケてない魂に大切な体を許すとは……およよ』
『あの、また漫才するならば、外でやってください』
そんなじゃれあう二人を見て、冷たく、ワタシは言い放った
『誰が漫才師ですかっ!この暗黒陰険と漫才やるくらいなら、一人で芸人やってた方がマシですぅっ!』
くわっ!と、呪術師の為の和服……という訳でもなく普通の洋服の袖を掴み、ピンクの少女がワタシに詰め寄る
『それで、
『おやおや、自分で製作に荷担しておいて知らないのですか?』
『あんたも知らねーでしょうが』
『ええ、知りませんね。ですが、当たりは付きます。そこの色ボケ狐と違って有能なので、ね』
『いえいえ、
力を封じた鍵。確かにそうですねぇアレ。あんな気休めで納得してくれる裁定者が分かりませんが。他のサーヴァントの力を封じたものなら兎も角、元々自分から切り離されたものなんて、本気で呼べば来るじゃないですか。元来自分のなんですから、掛けた鍵を開けられねー訳ねーです。そんなものでしょう?
……あの黒いカード以外は』
ぼそり、とピンクの少女が付け加えた
『ああ、あの黒いカードですか?
今は意味を持ちません。彼には、自分自身のカード、即ちブランクカードだと説明しました』
『違うんでしょう?』
人の悪い笑みで、呪術師達が問う
『ええ。違いますね。今は何の意味も無いブランクカードというのは本当ですが
少し考えれば分かることです。彼は
一息、置く
『ならば、彼自身を示すカードこそが、赤いクラスカード、ビーストⅡであるはずです。決して黒いカードじゃありません』
『つまり、ぱっと見一番ヤバイのは赤だけど、実は黒が最も危険、と?眼に見えるビーストが実質囮だなんて、酷い詐欺ですねぇ……。クーリングオフ効きます?』
『正確には、彼に手を貸しているかの化け物、黒いカードが目覚めた場合、ですけどね
彼女は未だ、ソラの未明、虚数領域で眠っていますから
後、今更返品交換は受け付けてませんよ、002』
だから、ブランク。真に目覚めてはいない、虚のカード。今使っても何の意味も無い。けれども、それが解放された時、彼は本物のビーストⅡとして収束するだろう。まっ、あのルーラーはそんな事を知らず、赤いクラスカードを手にして一安心してるでしょうが
ワタシだって、その事を知っていなければ、
『……やはり、貴女は屑だ、
静かに、銀髪の男が告げる。けれども、其処に軽蔑の意は無い
『何ですか、屑三人衆、通称三馬鹿にでもなりたいんですか?』
『おや、二馬鹿では?』
『馬鹿はそこの陰険だけですよーだ!』
『はいはい』
軽く二人を宥めようとした所で、携帯が鳴った
正規に契約したものではない携帯電話。そこで同僚漫才やってる、人工サーヴァント計画の初期の初期にして
急いでいたのか、言いたいことだけ言って電話は直ぐに切れる。そのうちかけ直しましょう
『ということで、御仕事です』
『はい、何でしょう、
分かっている、用があるのはそこの淫乱ピンクでなく自分だろう?とばかりに少しだけ自慢げに、銀髪が微笑み、手を上げる。その手には、小さな紙人形が挟まれていた
『ええ、そうですね。貴方の式でもって、アーチャーのマスターの捜索に手を貸してほしいそうですよ』
『今使っている式神……そこらの犬に負ける程度の犬型ですしねぇ……
多用途に対応出来る
『おや、実力を出せば狐退治の猟犬の式ならば喚べますが
まあ、良いでしょう。
それにしても、借りるのは弱い式のみで、
笑いながら、銀髪の男が軽く手に挟んだ紙を振る
それだけで、紙人形は小型の犬の姿へと変わり、窓をすり抜けると森へと走り去っていった