『あっ、お早う!朝御飯食べる?』
色々な事があって、けれどもそんな事を殆ど感じさせずに、金髪の少女は私達を出迎えてくれた
「……可愛い」
そのふわっとした笑顔を見て、ぽつりと戒人さんが呟く
ちょっとどうかなと思うけど、恋人が居ないらしいし、戒人さんならば仕方ないのかもしれない
「うん、お願い」
「是非お願いする」
『うんうん、りょーかい。ちょっと扉開いてる部屋で待っててね』
そう告げると、少しアレンジ入った修道服の少女は、ぱたぱたと教会の奥へと飛んでいく
その姿は、やっぱり裁定者と呼ばれるようなサーヴァントにはあまり見えない。聖人……というのは、そこまで間違ってないと思うけど
「……天使……」
『戒人、それは流石に無い』
「いや、この対応、あれはマジ天使だろアーチャー。背中に羽根を幻視したくらいだ」
『おいおい。そりゃあ違うってもんだぜ』
私も、あの対応だけ見れば同じような感想を抱くだろう。というか、初対面ではそう思った
だけど、アーチャーは否定する
『天使ってのは、服が白くてナンボだろ?
だから、黒基調の修道服を見たら、そこで考えるべきは清純系小悪魔だって事さ』
そして、そんなバカな事を言い出した
こう、軽口を叩ける相手が居るからだろうか。アーチャーの対応が、何時もより全体的に軽いノリな気がする
「そんな、考えが……。アリだな、うん」
『だろ?行けるだろ?』
「いやでも、王道だろ天使も」
バカな事を、戒人さんとアーチャーは言い合っている。私としては、良く分からないし、割とその辺りはどうでも良い
「というか、アーチャー。良く付いていけるね、そんな話」
『昔っからスケベってのは男の行動のエンジンであり大義名分でもあるっ衛モンさ。オレの仲間内にもそりゃあ居る。それに何度も話合わせてりゃ、これくらいは行けるって寸法よ
ああ、実際にゃやらねぇから安心安全。だってオレ、半分
「人間より、猿?」
『いや、色気より暴れたいって感じ。ちょっくら猿寄りなのは否定しないけどよ』
にっ、と歯を見せてアーチャーは笑う
『まっ、マスターは安心しな。オレ、主君やその大切なモンにゃ手は出さないしそうそう出させないからよ』
と、言われた部屋に辿り着き、アーチャーは二つの椅子を引く
私と戒人さんが其所に座ったのを見てから、ひょいっと空中で一回転。無駄な曲芸技で机の反対側に渡り、そちらにある別の椅子に座った
『ということで、まだ慣れなくてちょっと作りすぎちゃった今日の朝御飯、
と、金髪の少女……ルーラーが、お盆に三つの皿、3つのカップ、そして透明な液体の入った3つのグラスを持って来る
「ニンニク炒め、かぁ……」
少し嫌そうに、戒人さんはぼやく
「戒人さん、ニンニク嫌いだっけ?」
「いや、好きだよ?けどさ……」
つまらないことだと、苦笑する
「女の子の前って、口臭気になるじゃんか。カッコつけたい心理っていうか、ヒーローとしてそうありたいっていうか……」
『吸血鬼の苦手なモンだしな』
「それは関係ないだろ」
『そりゃそうだ。寧ろ此処で「そうだな」って肯定で返されてたら、実は吸血鬼かよお前って言わなきゃならない所だったわ』
「冗談は止してくれ。たとえジョークでも、俺はあんなものになりたくない。俺はヒーローなんだ、あんな悪の戦闘員なんかに堕ちるものか」
その言葉は、強く震えていて……
「うん。戒人さんはそうだよね」
「いや、でも……闇である吸血鬼の力と血を植え付けられながら、それでもその
けれども、その憎悪はすぐに離散する。何時もの戒人さんに戻っていた
『で?どう思うよ、マスター』
目玉焼きの調味料……しっかりと、あの戦争が起きないように醤油、ソース、塩の三種類がある、を置いて、あんまり聞き耳たてても天使談義みたいなもの耳に入っちゃうからね、とルーラーは下がってくれた
なので、扉を閉めて、私達はあの事について話始めていた
即ち、戒人さんの言っていた、この神父が彼等とグルなのではないか、という事
後は、グルだとしたら、どこまでがそうなのか、という事
ミラちゃんはそんな事ない、と言いたくはある。けれども、ライダーは色々と気になる事を言っていた。だから、疑いをゼロには出来ない
「私としては、やっぱりミラちゃんはそんな感じじゃないなーって思うよ?けど」
『ヴァルトシュタイン勝利を規定付けられた聖杯戦争、って言葉が引っ掛かる訳だな、そうなると』
「奴等が勝つ事こそが正しい聖杯戦争の姿だから、ってか!ふざけてるな」
目玉焼きにソースを掛けながら、戒人さんは呻く
『ああ。割とヴァルトシュタインに明確に反旗翻したあのバカを目の敵にしてるしよ、有り得ない話じゃないんだわ、残念な事に
まあ、アレについては……単に放っておけないからって線もあるのが面倒だわ』
「うん、そうだね、確認出来れば、分かりやすいんだけど……」
言いながら、私は塩を振り掛けた卵を一口頬張る
うん、やっぱり美味しい。片面焼きだからか、裏に比べて火の通りが悪い表側はふわふわとした食感で、そこが良い
「……ほう、何をかね?」
その言葉は、残酷に、部屋に響いた
『……神父、アルベール』
アーチャーが、僅かに身構える
外見は変わってない。けれども、ふと頬を撫でる風が吹いた。暖は建物自体の構造と、温風の出ないタイプの暖房でやっていて、風の吹くはずの無い部屋の中だというのに
「真逆」
人の悪い笑みを、神父様は口元に浮かべる。神父様が、何時もはしている手袋を何の理由か右だけ取っていて、けれどもそれを左手を重ねることで誤魔化す
「あの少年のように、単純に朝御飯を好意に預かろうとした訳でも無かろう?
ならば、何らかの用があるはずだ。何故構える?アーチャー」
神父の目が射抜くのは、私
「突然入ってこられたら、警戒するに決まってる」
「だろうな、そこの少年。それは確かだ
だが、此処は私の教会だ。私が何処に居ようが、それは私の勝手だろう?あの方は君達を此処に通したのだろうが、それは来客をもてなす場だからだ」
神父様の声は、当たり前だが、何処か責めるようで……
「だがまあ、それを責める気は私には無い。話を聞こうではないか、アーチャーのマスターよ」
ふと、戒人さんが机の下で、私の右手を叩く
「紫乃ちゃん」
響くのは小声
「どうしたの、戒人さん?」
「まだ良い」
それは、たった一言。だけれども、言いたいことは大体分かる
戒人さんが言いたいのは、早まるなという事。探れという事。つまりは、直接問い正すこと無く、神父様が本当はどうなのかをまずは確認しようという事なのだろう
「ヴァルトシュタインについて、もっと良く聞きたくて」
だから、私は当たり障りの無いそんな事を告げた
嘘じゃない。だから、神父様の射抜く目にも物怖じはしない。私だって知りたいから、この神父様が、本当は戒人さんの言っていた外道なのか……それとも、危機的状況で戒人さんが錯乱していただけなのか
「ほう、それは何故だ?」
『マスターの知り合いが、命からがら逃げてきたって事よ。なんで、マスターからしたらヴァルトシュタインってバカ共に対応する優先度が大分上がった訳』
「そうだ。あの悪魔共について、何かを知っているというならば……教えてくれ」
戒人さんが、頭を下げる。机の下で、私の手に触れたままの手が震えている
怖いのだろうか。その気持ちは、私にも良く分かる。私だって、あの目は怖い。襲われたという戒人さんは、どれだけ俺はヒーローだからと強がっても、やっぱり恐怖は誤魔化しきれないだろう
「ああ、良いだろう、かの正義に挑もうとするアーチャー、そして少女よ
かの正義が真実何たるか、私が知る限りを語ろうではないか」
両の手を広げ、神父様が呟く
その際の一瞬
その右手に、痣のような何かが、不吉に赤く輝いていた……気がした