Fake/startears fate   作:雨在新人

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七日目ー安らぎの朝(多守紫乃視点)

「おはよう、紫乃ちゃん」

 そんな声で、私は眼が覚める

 「戒人、さん……?」

 寝ぼけ目を(こす)り、ぼんやりと辺りを眺めて……

 「……戒人さん?」

 おかしな光景を、目にした

 

 戒人さんが、首根っこをアーチャーに掴まれて宙に吊られていた

 「助けてくれ紫乃ちゃん」

 吊られた……まるで母猫に運ばれる子猫みたいな格好で、戒人さんはそう懇願する

 アーチャーは寝る前に言っていた。手を出そうとしたらぶっ飛ばす、と

 けれども、私は変な所を触れられたりはしていない。寝間着だって、乱れてないし

 「アーチャー、どうしたの?」

 だから、状況が全然分からなくて、私はそう問い掛ける

 『いや、悪気が無いのは分かるんだが……って事でさ』

 「何かあったの?」

 『いや、無銭飲食。とりあえずおサル分身を変化させて誤魔化してる』

 「……あっ」

 そう。戒人さんは色々と気を効かせたりする事は多い。その分、お金を使うこともまた多い。何時ものノリで、私が起きた時のサプライズを……と朝御飯を買いに行ったとしたら。そして、自分の分はとっとと食べてしまおうとしたら。うっかりそれが無銭飲食になってしまうのは、有り得ない事じゃない。戒人さんと、お金がないは基本的に結び付かないから。何時も肌身離さずある程度のお金を持ち歩いていたからこそ、やりかねない失敗

 

 「……アーチャーって、本当に便利だよね」

 『そりゃ、一家に一匹欲しいレベルのおサルだぜ?愛するあの人のボディーガードから文化的な芸まで何でも御座れってんだ』

 そう怒ってる訳じゃない事を示すように、アーチャーは茶化して笑う

 『ただ、料理だけは勘弁な。あんさんからはオレが作ると微妙な味って評判なんだわ』

 「それ、評判なの?」

 不評だと思う

 『悪法も法ではあるように、悪評も評判のうち、なのさ』

 ぽいっと、アーチャーは戒人さんを離す

 『って事でマスター、ちょっくら財布から1000円程』

 「あ、うん。持っていって」

 鍵を開け、トランクから財布を取り出してアーチャーに渡す。鍵はダイヤル式で、多分戒人さんには開けられなかったんだろう

 「御免な紫乃ちゃん。起きたら執事っぽく紅茶持って立ってようとしたのに」

 「ううん。驚いて溢しちゃうかもしれないし」

 「……それもそうか。紫乃ちゃん、びっくりすることに弱いもんな。不幸中の幸いだったのかな」

 「そういえば、戒人さん。此処に居て良いの?」

 ふと、気になる

 『ああ、分身置いとくから反省しとけってオレが引き摺ってきたんだしよ

 んじゃ、行ってくるわ』

 そう言って、ふっとアーチャーは扉の向こうに消えた

 

 部屋には、痛かったとばかりに首を(さす)る戒人さんと、私だけが残される

 「いやー、ホント御免な、紫乃ちゃん」

 「ううん、大丈夫。戒人さんが居てくれて……」

 その後に続ける言葉に詰まる

 助かった?嬉しかった?

 うん。確かにそうかもしれない。だけど、今言うべきなのはそうじゃない気がして

 「感謝してる」

 「俺も、紫乃ちゃんが無事で神に感謝してるよ」

 少し大袈裟に、戒人さんが祈るジェスチャーを取る

 「けど、アーチャーも神様だよ?」

 「知ってる。だから、神に感謝するのさ」

 戒人さんは格好付けて、そのまま少し遠くを見る

 

 「それにしても、ハヌマーンか……」

 「知ってるの、戒人さん?」

 私も、少しは調べた。けれども、マイナーな神様だからか、それとも私が孫悟空ってもっと有名な方に目が行きすぎてたからか、あんまり知らないまま。そもそも、孫悟空のモデルになったと言われている、とかの情報は、孫悟空が実際に天竺まで三蔵法師を護ったという口振りのアーチャーと矛盾する。似たような妖怪が中国にも居たよって話でしかないし、やっぱり良く分からない

 きっと、かーくんならもう少し知ってると思うし、ヒーローを目指すには昔のヒーローをも知らないと、と戒人さんは神話の英雄譚を読むことを趣味にしていたはずだ

 

 「いや、あまり知らないな……。ラーマーヤナに出てきたのは覚えてるけどさ」

 思い出そうとするかのように、戒人さんは右手の指で左手の甲を叩く

 この癖が出ているときは、本当に思い出せない時。多分、これ以上の話は出てこない

 「その、ラーマーヤナって?」

 だから、私はそう尋ねる

 「インド英雄譚の一つだよ。妻を拐われたラーマ王子は、その妻シータを取り戻すために旅立つって感じの話

 けどさ、神々が普通に居る時代の話だからか、現代の俺達の感覚で読むと不思議なんだよな」

 「その中で、アーチャーは何をしてたの?」

 「英雄ラーマに付き従って、シータを取り戻すために大暴れしてた。海を飛び越えて島まで渡ったり」

 ……少し、想像してみる。向こう岸が見えない程広い川の対岸まで、軽く助走を付けてのジャンプで届くアーチャーの姿を

 うん、すっごくありそう。想像出来る

 

 「その悲しみ嘆き、見捨てりゃ男が廃る、か……」

 あの日、アーチャーが言ってくれた言葉を、改めて反芻する

 あの時アーチャーが私を助けてくれなかったら、間違いなく死んでいた。何で彼は、私なんかに呼ばれてくれたんだろうって、ずっと何処かで考えていた

 「そっか。ずっと前にも、大切な誰かを取り戻すために旅立った人を助けてたんだね、アーチャー」

 だから、私も助けてくれた。それはきっと、奇跡そのもの。たまたま私の姿がアーチャーの目に止まったっていう、とてつもない偶然。だけど、その偶然が、私を此処まで連れてきてくれた

 かーくんにまた会えるかもしれないって、希望が持てた。頑張らなきゃいけないって、勇気が出た。かーくんみたいにヴァルトシュタインって悪い人達に殺されてたかもしれない戒人さんも、アーチャーが助けてくれた。感謝してもしきれない

 

 ……ふと、携帯が鳴った

 誰だろう、と机の上に置いておいたそれを取り……

 「かー、くん……」

 表示されたその名前に、固まった

 期待なんて、もう無い。幾ら、あの人達が希望を捨てないからと電話料金を払い続けていたとしても、この電話の先にかーくんが居る訳がない。そんな事私は良く知ってる

 この電話の相手は、大体二択。元々はかーくんであったから、かーくんの携帯を持っていても可笑しくないセイバーのマスター(ザイフリート)。もう一つの可能性は……かーくんから携帯を奪えた相手。つまり、ヴァルトシュタインの誰か

 後者であって欲しくない。前者なら、戒人さんについて話したい。何であんなに追い詰められた感じなのかは分からないけれども、説得出来るかもしれない。だって、彼自身が言ってたから。かーくんの記憶の一部はあるって

 

 だから、通話のボタンに触れて……

 「悪いな、雄輝じゃなくて」

 聞こえてきたのはやっぱりというか、予想していた彼の声だった

 「ザイフリート、さん……」

 「一応の同盟相手として、連絡してみた訳だ」

 淡々と、彼は話を続けていく。かーくんの携帯を使うことによる迷いとか、全然感じられない

 「それで、そちらの方針は?」

 ……分かってる。彼がかーくんでないなんて

 

 「……ヴァルトシュタインに関して、ちょっと……ね」

 歯切れ悪く、私は答えた

 出来ることなら、今すぐ殴り込みたい気持ちは、当然ある。かーくんをこんなにして、戒人さんも同じにしかけて……

 許せないって気持ちは、当然ながら強い。けど、だけど

 「……ルーラーが向こうに付く可能性がある。出来れば、せめてセイバーが俺を許してからにしてくれないか」

 向こう側も、少し難色を示す

 

 分かってる。それに……確認しなきゃいけないこともある

 「怒りたいよ。けど、今は先に戒人さんと教会に向かうよ」

 だから、私はそう告げた

 「そうか。俺は行きにくいから助かる」

 セイバーのマスターも、それに肯定を示し……

 「今、戒人と言ったのか?」

 その声は、少しの驚きを含んで響いた

 「うん、昨日会ったんだ

 ヴァルトシュタインにかーくんみたいにサーヴァントに……ルーラーにされかけて、逃げてきたって」

 「……」

 「……それでも、まだヴァルトシュタインが正義だって、そう言うの?」

 あの夜、握った戒人さんの手は、強く震えていた 

 「……神巫、戒人。……それは」

 けれども、何も答えることはなく。ザイフリートが何処か苦しそうな、機械的な抑揚の無い声で何かを呟くと、ぷつりと電話は途切れた


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