Fake/startears fate   作:雨在新人

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六日目ー遥かなるメイドの声

「……大事は無いか、少年」

 「はい。もう大丈夫です」

 流石に倒れた事に対して反応を示す神父に対し、そう返す

 

 問題ない。既にあの時のような、突然意識が引き込まれるような感覚はない。俺はもう、至って正常だ。胸にわずかな違和感はある。だが、魔力繰りに支障は無い。ならば良い、止まらなければ、何も問題はない。こんな俺など、最後のその時まで動けば良いのだ

 「そうか。また来ると良い、少年。君の不幸は、実に愉しい」

 「俺が不幸なのは自業自得なんで、別に良いんですけどね」

 分かっている。神父がそんな物言いなのは。だから、わざと茶化すように

 「けど、他の人にも言ってたら嫌われますよ?」

 「不幸など聞きたくもない、そんな神父の所には誰も来んよ。神父など、多かれ少なかれ不幸が好きなものだ」

 少しだけ、神父は笑みを浮かべる

 「では、またな、少年」

 「はい。それでは、アルベール神父」

 別れの際に、再会を期待する言葉は要らない。それは、未来がある人間の言葉だ。俺が使うものじゃない

 

 一礼し、教会を出る

 結局の所、教会滞在中にはミラは戻ってこなかった。何があったのかは知らないが、調査に時間でも掛かっているのだろうか。或いは、日中に本気を出すのは神秘の秘匿的に不味いとゆっくりやっているのか

 まあ、どうでも良いか、そんなこと

 森へ背を向け、市街へと歩くと、アサシンは当然として、大人しくセイバーも付いてきていた

 「少しは認めてくれたのか、セイバー?」

 『バカね、認める訳無いじゃない。私も街に用があるの、道が同じなだけよ』

 つんと澄まして、セイバーは応じる。やはりというか、現状取り付くしまもない。浮気者と称するくらいには、というのは自惚れだったのだろうか

 「そもそも、ホテルじゃなくて教会に居たのか?代金は渡したはずだろう?」

 フェイには悪いが、俺一人なら野宿だろうが何とでもなると半分以上を渡した。あの額でセイバーの言う品位のあるホテルに泊まれない、という事はないはずだ。伊渡間は大学も無く自然の多い街、あまり外部からの人間が訪れる訳ではなくホテルも選び放題とは言えないが、それでもかのファッケル・ザントシュタインが泊まっていたものを含め、それなりのものは存在する

 『……面倒臭かったのよ、身分証だ何だ

 全く、便利になったように見えてとても不便ね、現代っていうのは』

 愚痴るように、僅かに此方を責めるように、目を潜めてセイバーは告げる 

 

 ……考えてみれば、ヴァルトシュタインにより発展してきたあの街だ。一年前に作られた偽造そのものとはいえ、ヴァルトシュタインの名を持つ俺の身分証は、それなりに意味を持つ

 逆に言うと、今までそういった面倒なものは全て、フェイが贈ってくれた財布に入れられていた、20歳の青年ザイフリート・ヴァルトシュタインの身分証によって何とかしてきたという話。それが無ければ、身分も何も数日前に召喚されたサーヴァントであるセイバーにまともな行動など望むべくも無かったのだ

 ……つまり、やっぱりこれは俺の落ち度

 「ああ、そうか」

 『解ったかしら?』

 「ああ、解ったよ。シングル一部屋だと何で俺が泊まらないのか疑問を持たれる、ダブルルームで良いか?」

 『貴方と泊まるなんて、冗談でもぞっとしないわね。けど、まあ良いわ。広い分には困らないもの』

 と、セイバーは溜め息をつきながらも首を縦に振った

 

 ふと、袖を引かれる

 それは、当然ながら付いてきているもう一騎

 「どうした、アサシン?」

 『泊まらないの?』

 アサシンがクビを傾げる

 「金が勿体無い。アサシンが泊まりたいなら……と、言いたいが、あまり長期だと金が持つか」

 と、言った所で気が付く。背負った袋の震えに

 そういえば、どうせあとで良いやと、竹刀袋に入れられた剣以外はまともに中身を見ていない。新調されたコートのポケット内に薬だ何だが戦闘中割れないようにと入れておいたロッカーの鍵が移されている事は確認したし、ならば問題はないと後回しにしていた

 「少し悪い」

 震えるようなもの、と脳内を巡らせながら、袋に手を入れて……

 振動していた為、あまりにも分かりやすいソレを軽く見つけ、取り出す。それは……

 

 「生きてたのか、これ……」

 画面にヒビが入り、背が変形した、緑色の金属製の板。即ち、神巫雄輝のスマートフォン

 一応俺になった直後にこんなになってもギリギリ動作することは確認したが、そもそもヴァルトシュタインの森は異次元だけあって全域圏外、まともに電波すら通らないから何の役にも立たず、万一使えても……紫乃を、戒人を、そして神巫雄輝の両親達を巻き込む訳にはいかない、使うわけにはいかないと、そのままヴァルトシュタインの自分の部屋に置いてきたはずのものだった。当然、それから一年、とっくに解約されていて使えなくなっていると思ったのだが……どうやら、あの雄輝の両親は万一の事を考えて、使用料を払い続けていてくれたらしい。何時か彼が生きていて連絡を返してくれるという有り得ない奇跡を信じて

 そんな事は有り得ないと、俺は知っているけれども

 

 『それで?とっとと済ませてくれないかしら?』

 セイバーの声で我に返る

 そうだ、今やるべきは眺めることではない。振動の原因を確かめ、対応することだ

 各所にヒビが入り、見辛い画面を注視する。とりあえず、何者か……というか100%フェイが充電してくれていたのだろう、電池残量は99%と充分。表示されているのは……

 画面が割れていて読み取れない番号。但し、名前は出ていない。即ち電話帳には無い。それだけ分かれば十分だ

 いや、待て

 そもそも……可笑しい。見えている番号は、08 -2@  - 6# 。@や#が混じるなど、明らかに普通の番号ではない

 ならば、何だろうか

 意を決し、通話ボタンを押す

 『繋がりましたか。何とかなるものです』

 流れてきたのは、そんな……少し前に聞いた声だった

 「……フェイ?」

 『ええ。ワタシの声も忘れましたか?』

 からかい気味に、そんな声が聞こえる

 

 「いや、覚えてる。けれども」

 あの場所は電波が通じない場所だ

 というか、そもそもフェイが携帯電話に類するものを持っている事が可笑しい。意味もないものを持つ気はないだろうし

 それに、そもそもあの邸宅には固定電話すら無い。ならば、フェイからこの携帯に連絡する手段など無いはずなのだ

 「どうして」

 『これでもワタシはS045、大分古参な訳です』

 「ああ、そうだな」

 『なので、ワタシの言うことを聞くホムンクルスだって居るわけです。その中には当然というか、キャスターも幾らか含まれます』

 「ああ、そうだな」

 そもそも、フェイがあそこを離れられたとは思わない。かつて荷物を届けてくれたのも、フェイよ息の掛かったホムンクルスの誰かなんだろうから、それは可笑しくない

 だが、それとこれとは……繋がらない、事もない。キャスターの魔術で、何らかの手で電波を通す。無駄な事甚だしいし、どうしてそれでシュタール達の許可が降りるのか分からないが、それでも出来なくはないのだ

 「けれども、それは……」

 『ああ、結界管理の事ですか?彼等は現世には割と疎いですからね。テレビのニュースで不審な事として他の動向が流れたとかあるのでしょう?それを知るために、テレビ電波を受けたいのです、と言えばあっさりと通りました』

 あっけからんと、フェイは言う

 つまりは、テレビ電波通せ、という際に序でに電話まで繋げた……という事。グレーゾーンな気がしてならない

 「というか、そもそもテレビなんて必要なのか?」

 『ええ、必要です。昨日のテレビでもやっていたでしょう?血を抜き取られて死んだ魔術師のニュース』

 「ああ、そうだな」

 それは、俺も見た。そして、聖杯戦争に参加する意味を喪ったセイバーとの決裂に繋がった。忘れるわけもない

 ……ふと、そんな頃から見ていたのか?と気になる。フェイの部屋には、テレビなど無かった

 

 「フェイ、その頃からなのか?」

 『ええ。アナタが居なくなってすぐに通しました』

 「その割には、テレビが無かったが」

 画面の向こうで、溜め息を付く音がする

 『幾ら魔術的に引っ張ってきていても、場所の影響はありますよ、ザイフリート。アナタは、電波の弱い地下にわざわざテレビを置きますか?』

 「いや、それは……ないな」

 『ええ、ですから、ワタシの部屋ではなく上の階の、使われていない部屋に置いてある訳ですね』

 ……ならば、納得は出来る

 

 「けれど、どうしてわざわざ」

 『アナタがお前を裏切るとか予想の範囲内の言葉を言って出ていったからです

 こうでもしないと、話せないじゃないですか』

 ……確かにそうだ。決戦の時まで、ヴァルトシュタインの邸宅に戻る気なんて無かった。フェイと話すことも無い、話すとしてもヴァルトシュタインの正義と悪の対決、まともなものになる訳もないと思っていた

 だから、俺はフェイを裏切るとあそこで発言したのだし、あのままであれば、俺の終焉まで会話なんて無かっただろう。だが、それでも話したいというのは……

 

 考えるな、ザイフリート。それは自称マーリンの罠。またお前は、彼を本当の意味で殺しうる選択に手を染めるのか。俺と話したかった、等と……妄言を吐くな。ありもしない左手を強く握り締める心地で、奥歯を噛み締める。右手は握り締められないから。この壊れかけの携帯を握りつぶすわけにもいかない

 『言ったじゃないですか。アナタの事ならば、世界で一番知っている、と。だから、告げたじゃないですか、バーサーカーが召喚されたあの日に

 

 アナタはワタシのものだ、って』

 その声は、静かに響いた

 

 『……道具(マスター)?』

 セイバーの声は、何処までも冷たくて

 そういえば、スピーカーモードだから周囲に聞こえてるのか、なんて、そんな的はずれな事を考えていた

 「それは、からかいの一つだろう?暫くして冗談だ、と言っていたじゃないか」

 『言いましたね。アナタがあまり乗り気ではなかったようなので

 けれども、あの日からワタシの考えは変わってませんよ?アナタはワタシのもの、それが一番幸せだって』

 

 『フェイ、だったかしら?随分と勝手な事を言うものね』

 不満げに、セイバーが携帯へ向けて呟く

 『少なくとも、マスターを見捨てるサーヴァントよりは、まだしも彼の為になると思いますけどね、そこの所はどう思うんですか、……クリームヒルト?』

 その声に、セイバーは剣を構えた

 

 「止めろ、セイバー」

 その声は、俺でも驚くほどに感情が乗らない冷たいものであった

 何だかんだ、このスマホも使わないはずだったのだし壊してしまえば責められている気がしなくて楽なのに壊せなかった辺り、神巫雄輝に絡むものに関しては、俺はまだまだ割りきれていないという話だ

 『バカにされては黙ってられないわね。斬るわ』

 だが、セイバーは止まらない

 『……だめ』

 アサシンがその手をセイバーの手に添えて、セイバーが剣を振るうのを止めてくれる。少しは時間が出来た

 

 「……どうして知っている?」

 聞くのは、フェイに対して。セイバーを止めるのは厳しい……とは言わないが、煽るフェイを止めなければ何度でも再発しかねない

 『セイバーの真名ですか?言ったじゃないですか、アナタよりもアナタの事を知っている、と

 まあ、単純に真名を呼んでいる所を遠くで観察していたワタシの使えるホムンクルスが聞いていた、それだけの話です』

 「最初のあの日か」

 『ええ、ワタシの旗下だったのであの当主らには言ってませんけどね』

 セイバーの冷たい目が此方へ向く

 

 ……確かにあの日、真名は知っている、とあの森の中でその名を呟いた。奴等が去っていった後だからと、驕りがあった

 つまり、これは俺の失態の一つ。万一それを聞いたのがフェイ側でなければ、そのままセイバーがアルトリアでもモードレッドでも無い、円卓の騎士という化け物共でないと知り、踵を返して追ってきたバーサーカーにセイバー諸共討たれても仕方の無い事。あの日彼等が引いたのは、ブリテンの森という補正を受ける場所で円卓の騎士と真っ向からやりあう事を避けるため。そうでないならば、見逃す意味はない

 「すまなかった、セイバー、フェイ」

 大人しく、頭を下げる

 『……そう。なら私の真名に関しては良いわ』

 わずかにセイバーの口調が緩み

 『けど、バカにされた事は別よ』

 けれども、止まらなかった

 『セイバー』

 『何庇いだてしてるのよアサシン。マスターだからかしら?

 どうでも良いわ。バカにされた時に動かないなら、相手は調子に乗るのよ。最初に潰さないと、大切なものにまで無遠慮に手を出してくるのよ、そういう輩は!』

 セイバーが強引にアサシンを振り払い……

 「落ち着け、クリームヒルト!」

 俺の言葉に、一瞬びくっと背を震わせて止まった

 剣……セイバーが呼んだ幻想の剣は、俺の手の前、即ち携帯に触れるか触れないかの辺りで止まっている

 

 『ぞっとする赤い目ね、道具(マスター)。人を視線で殺す気?あの人の目は、もっと優しく暖かかったわよ』

 言いながら、ふっとセイバーは手にしていた剣を消す

 『言い分が分かった訳じゃない。けれども、私がまた用意された悲劇の引き金を引くのは勘弁してほしいから、此処は一度だけ引いてあげる』

 フェイから見えるはずもなくとも、スマホの画面を見据えて、セイバーは言葉を続ける

 『次はないわ。貴女の事が嫌いよ、私。会ったこともないけれども、もしものうのうと私の前に出てきたら斬るわ』

 『ワタシも、彼のサーヴァントが宝具だけの貴女(クリームヒルト)というのは、役者不足だと思っていました。アサシンというフォローが居るので、今は良いですけれど』

 「……セイバーを煽りたいだけなら切るぞ、フェイ」

 『ええ、構いませんよ?

 ワタシは単純に、前回の差し入れには間に合わなかったけれど、そのすまーとふぉんとやらをワタシとの連絡に使えるように、後は機能も残ってるのでアーチャーのマスターとの連絡等にも使えますよ、という実演で連絡してみただけなので』

 「そうか」

 フェイとは今日会ったばかりだ。また話せる感動は無い。そもそも、フェイを裏切るという言葉は、今も変わらない

 だけれども、それでも

 「じゃあな、フェイ。こんな形でも、また話せて良かった」

 『おや、素直なんですね』

 「恩人だからな。話せれば嬉しいのは当然だ」

 『……そうですか。では、また。魔力による細工が組んであるので、ワタシに届けと意思を込めて適当にキーを押せば繋がります』

 言いたいことを言って、フェイからの電話は切れた


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