読まずとも特に問題ありません
「終われる、ものか……」
ただ、手を延ばす。理由なんて無い。終われない、その思いが、此処にある。それ以外に理由なんて要らない
だが、その手は何処にも届かない。空を切り、虚しく地に落ちる
『いや、これで終わりだ、忌まわしき
眼前に立つのは、白いマントの聖王。十字の槍を携え、此方を何処までも冷たく見下ろしている。一切の容赦の無い、正義に満ちた瞳。自身の正義を疑わぬ、英雄の眼。赦しなど得られようはずもない
……それでも、手を延ばす。この命、終われないから
終わるわけには、いかないから。俺が諦めたならば、彼が本当の意味で死んでしまう、そんな事は許されるはずがない。死のその瞬間まで、彼の生を諦めるな
それが、俺の誓い。神巫雄輝を、多守紫乃と神巫戒人の元へ返す……それだけが、セイバーと、アーチャーと、アサシンと……そして大切だったはずの彼等との約束のはずだ
だというのに
動かない。最早血の抜けきった体は、立ち上がる所か、腕すらほぼ持ち上げられない
『無駄な足掻きを』
十字の槍を突き付け、金髪碧眼の聖王は吠える
「無駄なものか、諦めないだけは、俺でも出来る……」
『その先に何がある、元マスター。貴様のサーヴァントと共に終わっていれば良かったろうに』
「多少の希望がある」
『抜かすな、阿呆。忌むべき夜の民と共に死ぬ、それが異教徒の最高の終演であった。それならば、功により多少は救われる可能性もあった。だが、貴様の生という原罪は、その希望を消し去ったのだ。希望は既に無い。貴様に救済は訪れない』
「がっ……」
為す術なく、地面を転がる。右の足で、脇腹を蹴られたのだと理解するのに、一瞬の時を要した。脳の回転も相当に鈍っている。終われないのに、終わるわけにはいかないのに、終わりは……もうすぐそこだ。踏ん張る方法もなく転がされ、何かに当たって止まる
白を基調とした、十字軍の騎士。聖王が従えた、伝説の部隊
『
彼等は、何かを掲げている。晒すように、侮辱するように、高らかに
……眼が霞んで、良く見えない。見える位置まで顔を上げることすら、既に億劫だ
「ぐっ、が!」
右の腕を騎士に踏まれ、そのまま再度、今度は逆方向に脇腹を蹴られる
既にヒビだらけな骨はあっさりと砕け、されど右腕を固定されては転がる事も出来ず、仰向けになる
だが、それで彼等の晒すものが見えた
『言ったはずだ、
冷たく、聖王は言い放つ。裁きの言葉を
『希望は無い、と』
……心の何処かで、何かが切れた
理解出来ない。いや、理解しない。俺には何も見えていない。あんなもの、死にかけた俺の妄想だ
……
…………
………………
そう、それが本当であれば、良かったのに
槍に掛けられ晒されているものは、二つの首
一つは茶髪の少女。脳天を槍で串刺しにされた穴が見える
一つは黒髪の少年。俺に似た顔をした、憤怒の形相のまま永遠に時が止まっている
『何だったか……まあ良い。地獄へ赴く異教徒の名など、覚える価値も無い』
……俺は、その名を知っている。分からない等と現実から逃げようと知らない訳がない
多守紫乃、そして神巫戒人。アーチャーと、セイバーのマスター
『ああ、貴様。死人を甦らせる等という、
聖王の言葉は、何処までも冷たかった
『万一貴様が、偉大なる主の御心によってのみ許されるその奇跡を簒奪したとして、生き返った生きる価値も無いその奴はどう思うだろうな』
……認め、ない
認めてはならない。許してなるものか
『貴様の大切だという取るに足らぬ
……ああ、そうだ。この思いを抱いたまま、例え生き返ろうとも生きてはいけないだろう。こんな思いのままに生きていけ等という理不尽が無理なのは、誰よりも彼の慟哭に突き動かされた俺が知っている
『悪魔にももしも人の心があるならば、死を選ぶだろうよ』
……絶望し、死を選ぶ
あり得ない選択肢ではない。彼は弱くないとどれだけ吠えようとも、大切な何もかもを失った時、それを叫べると言い切れる程、俺は……
……ふざけるな
終われるものか。終わるものか
こんな理不尽で、諦める等出来るものか!
手を延ばす。魔力を回す
無意味だ。アサシンはもう居ない。バーサーカーと共に消えた。この手に既に令呪は無い
そんな事で、終われるものか
破壊を
無理だと知りつつも、世界を呪う。心は……まだあるのだから。どれだけ無意味でも、手を延ばす。僅かな傷すら付けられるか怪しかろうと、足掻き続ける
不幸等という理不尽を、野放しになどしておけるものか……!こんな、とうしようもない心を生む、そんな世界が正しいものか!
ああ、力を貸せ、貸してくれ。誰でも良い。何でも良い。悪魔だろうと構わない
この理不尽を何とか出来るならば、こんな不幸を消し去れるならば、喜んで魂を売ろう。その果てに何が待ってようが、今よりマシだ。アサシンに貰った少しの未来、此処で終わるなんて不義理よりはまだ良い
だから、俺の中のサーヴァントよ、少しで良いんだ。この理不尽を、不幸という悪夢を、破壊する力を……
寄越せ!ハカイ怨!
「破壊を……』
ああ、何故だろう。体が動く
「……ジョン!』
『悪魔は説こうが悪魔だったか。滅びよ』
だというのに、俺の意識は……
胸を貫く十字槍の灼熱感と共に……
闇に消えた
……破壊を。何時か、不幸という
「今のは」
ふと、目を覚ます。教会の長椅子の上だ。訳のわからない場所ではない
どうやら、角があると言われた後、何時しか意識が遠退き、眠っていたようだ
『全く、彼処から眠るなんて良い度胸じゃない』
皮肉げに、セイバーは言った
「……アサシン?」
ぼんやりと此方を見ているアサシンに、僅かに問い掛ける。アサシンと契約した俺、変な夢だった
アレが何を意味するのかは分からない。何故今見たのかも
契約、そして終演。見えたのはその二つだけ。なんの意味がある。そもそも、あの聖王のランサーは……この聖杯戦争には居ないはずだ。未来でも過去でもない、単なる妄想。無意味にも程がある
だけれども、割り切って忘れ去るには少し抵抗があって
『
「いや、何でもない。無理が祟って悪夢でも見たようだ」
『必要なのは謝罪よ』
「ああ、すまない、セイバー。駄目な所を見せた」
忘れない。あの無意味な夢にも、何か意味があると信じて