『……マスターの趣味が悪すぎて、空気が不味い』
吐き捨てるように、私はそう告げた
ああ、本当に趣味が悪い。そんなマスターだろうが契約した私が言うことではない、と返されればそれまでだが。それでも、アレは気分の良いものでは、決してない。下手に性的陵辱等の一般的な下郎染みた性癖を晒さず、ひたすらに言葉と血を啜る事のみに傾倒する、それが何より気分が悪い。性欲を持て余した強姦魔、のようにカテゴライズ出来ればまだ扱いも楽だというのに
だが、それでも……私は聖杯を取る。取らなければならない。例え、マスターが、あの自称ジークフリートの方がマシなレベルの野郎であろうとも
……いや、それは無いか。自称ジークフリート以下のマスターなんてものは流石に存在しない。あんな
だからといって、最底辺のマスターよりはマシだからとあの下郎を好しと出来るかというと、やはり無理。出来ることならば無視したい。勝手にやれ、という指示は唯一の救いか
『うん、そうだね』
マスターを知っているのか、裁定者の少女も頷く
『けど、何でそんなマスターに従ってでも聖杯を求めるのかな、ユーくん?』
首を傾げ、ルーラーはそう問いかけて来た
『知らないのか、それを』
『遺物を縁にしての召喚なら、縁で来ざるを得なかったでまだ分かるんだけどね
ユーくんって、円卓全部っていう漠然とした縁の中から、自分で望んで来た感じだよね?』
『確かにそうだ。下郎に呼ばれようとも、果たすべき願いがある。本当に知らないのか』
少し意外だった。サーヴァントの真名等を見抜けるならば、その願いも当然知っていると思っていたのだが
『うん、知らないよ。わたしだって、全部分かるわけじゃないしね
大体は分かるといえば分かるんだけど……ユーくんとあのアサシンだけは分からないかな』
『真名が分かるならば、そこから推測が付くだろう』
『うん、そうだね。キャスターなんかは分かりやすいよ、凄く』
うんうん、とルーラーは肯定する。一々反応が大きく、人懐っこい感じだ
『けどさ、ユーくんって……』
僅かに、ルーラーが言いよどむ
それを私に向けて言って良いか、少しだけ迷うように
『最高の騎士に近い称号、
尊敬を込めた声音で、ルーラーは告げた
バカにした感じはない。本当に、こんなに凄いのに、聖杯に託す願いがどうしてあるんだろう、と考えているのだろう
自分自身がそれ以上のバケモノ、サンタクロースであり、聖杯への願いなんて自力で叶えてしまったから無い。そんなルーラーだからこそ、努力の果てに報われた……はずの人間が聖杯を求める理由が分からない
……だが、それは浅い読み
『獅子の騎士……か。今の私に、その称号はあまり相応しくない』
『そうかな?』
ルーラーは懐に何時しか持っていた白い袋から、一冊の本を取り出す
……《イヴァン、あるいは獅子の騎士》。私を主役とした、少しの脚色の入った物語
『これらの冒険を経て、遂には最高の騎士になった、これは主人公であるから贔屓目に書かれたとしても、十分なんじゃないかな?』
……違う
『そんな事があるものか。私がやって来た事はほとんど、その物語に書かれた事だけだ。その物語が其処で終わっているのも、以降私が果たした役割が無いからだ。それが最高の騎士だと?』
『そう結ばれてるよ?』
ああ、分からない。どうしてルーラーが、あの事に思い至らないのか、理解が出来ない。こんなにも。この心には後悔が渦巻いているのに、どうして気付いてくれないのだ
『これ以上語ることはない
ああ、そうだ。その通りだ。私は……約束の日までに帰れるかも分からぬ噂に乗りロディーヌの愛がまた離れる事を恐れ、あの我が王を大切に思っていて仕方がないモードレッド卿が本当に反乱さる訳がないと噂を切り捨て、あのカムランに馳せ参じる事すら出来なかった
私が漸く友に乗り辿り着いた時、私が見たのは我が王の遺骸の前で蒼白になるほどに唇を噛み締めた、母モルガンの姿だった』
奥歯を噛み締める
ああ、何故間に合わなかった。何故、もしかしたらと早めに駆け付けなかった。それで王を護れたかは定かではないが、少なくともガウェインを多少抑える事は出来ただろうに……!
『主君最大の危機に駆け付ける事すら出来なかった。旅をして王が皆を護りたいという心を理解したはずなのに、生き残った王の騎士として、王の遺志を継いでブリテンを護る事すらも叶わなかった
そんな私が、最高の騎士等であるものか』
ルーラーは、目を閉じて何かを考えている
『……そうかも、しれないね。私が考えなしだったよ』
数秒後、ゆっくりと目を開き、ルーラーはそう悲しげに言った
『けど、聖杯を使って、その過去を変えようというなら』
『変えない。そんな事はしない。それをすれば、私はあの獣擬きと一緒だ』
あれは私の罪。償う事は出来ても、無かったことになど出来る訳がない
『じゃあ、どうするのかな?』
『冬木の聖杯戦争』
一息付き、コーヒーで気分を落ち着かせ、私は告げる
『何だっけ、その聖杯戦争でユーくんの言う我が王……騎士王が呼ばれたんだっけ?』
そう、
『ああ。それが、我が王にとって救いだという事も知った』
『嫉妬……じゃないよね?』
『嫉妬はある。だが、私達は結局王の心を救えなかった。感謝こそすれども、恨みなど無い』
『だからこそだ。私は聖杯を王に捧げよう。我が騎士王、いや……アルトリア・ペンドラゴンに人の生を。王として自身を使い尽くした王へ、人としての時間を返そう
それが私の決意。王が喪ったものを王に返して漸く、私は我が王の騎士に戻れる』