『あら、私はもう要らないのかしら?良い御身分ね、
薄い痣になっている一画が復活するのではなく、新しく刻まれるのか、と腕に刻まれた令呪を見下ろしていると、不意にそんな声がかけられた
振り返るまでもない。声の主が誰かなんて分かりきっている
セイバー、俺と契約したサーヴァント。教会を訪ねてきたと言っていたのだから、此処に居ても可笑しくはない。ミラと対峙する俺ではこの教会を頼るのは気が引けるが、セイバーにそんなものは関係ないのだから
「そんな訳があるか。俺一人で勝ち抜けはしない、それは変わらない」
『良い御身分というのは別の話。私というサーヴァントが居ながら、アサシンアサシンと、随分と御執心じゃないの』
「勝つ為に、借りれる力は借りるさ」
『そう、仮にも貴方のサーヴァントであるはずの私の意思とか関係ない訳ね。勝手も勝手ね、
悲しそうに、というよりも皮肉げに、セイバーはそんな事を呟く
「セイバーを信じていない訳じゃない」
振り返りながら、俺はそう返す
当たり前だ。セイバーも、アサシンも、あのビーストの力さえも、聖杯戦争に勝つ為の力の一つ。どんなものでも使うし、そうしてでも勝たなければならない。その果てにしか……聖杯の奇跡に頼った未来でもなければ、まず俺の目指すものは無いのだから。どれも等しく必要だし、信じている。自身の力を信じずして、勝てるという希望も勝つなんて言葉も言える訳がない
『浮気者が良く言うわね』
教会は、決して上質な宿ではない。あまり良い枕も無いだろう。そのせいか、少し髪は癖がついており、不機嫌そうな顔を引き立てている。不機嫌さを隠す気もなく、セイバーは立っていた
浮気者、まあ、アサシンという別のサーヴァントを頼みにするというのは、そう言えなくもない。あくまでも打算と相互利益により結ばれた契約とはいえ、セイバーとは、サーヴァントとマスターという半分命を共にする契約を交わしたのだから
だが、それはセイバーが忠実で貞節な場合に限るだろう、あの状態では見捨てるのも仕方の無い事とはいえ、そちらから見限っておいて良く言う、等と反論は一瞬浮かぶが、それを振り払う。言っても仕方の無い事だ
「何だ、浮気者と言いたくなる位には、俺を評価してくれてたのか、セイバー」
だから、返す言葉は、歓喜に近いもの。それも、セイバーにとっては嫌かもしれないけれども、無難な答えを返しても、セイバーは俺を見捨てたままだろうから
その返しに、セイバーはわずかに下唇を噛む。不機嫌さを助長する結果になったのだろうか、良く分からない。俺は、こんなにもセイバーを知らない。契約して繋がりのあるサーヴァント相手にこんなでは、ミラやフェイならば俺が俺になって以来見てきたのだから表情からある程度読み取れるというのも驕りな気がしてならない
『っ、バカね。大馬鹿。自惚れも良い所じゃない』
何時もより少し言葉は速く、セイバーはまくしたてる
『というより、何よ、何なのよその姿、気持ち悪いわね』
俺の顔……というよりも、頭を見て、セイバーは呟く
「何かあるのか?」
頭に違和感は無い。霧がかかったような感覚は既に無い。走る痛みは魔力回路と化した血管系神経系の制御負荷から来る何時ものものでしかない
『……見れば分かるわ』
セイバーは、そんな俺に溜め息を付く。とはいえ、俺自身には分からない事なのだが……。髪の寝癖が自分のマスターとしてあまりにも情けないだとか、そんな話だろうか
「アサシン、分かるか?」
自分では分からずとも、何かあるのかもしれないと、アサシンに聞くも
『カッコいい』
と、ロクな答えは返ってこない。まあ、俺の
『あー、はいはい。勝手な引き抜きは嫌われるわよ、アサシン』
『「ボク」は、思ったことを言っただけ』
「止めないか、セイバー」
妙な所で拗れはじめたセイバーを抑えに入る。アサシンの方が止めやすい気はするのだが、それではセイバーは止まらないだろう。嫉妬という程好意的では恐らくないが、契約していないサーヴァントであるはずのアサシンを、喧嘩のなりかけを
「鏡を見れば分かるだろう、少年」
口を挟まず見ていた神父が、そう言って手鏡を投げ渡してくる。一瞬左手を出しかけ、少しだけ焦りもあるが、危なげなく右手で手鏡をキャッチ
……今まで気にしていなかったが、良く見ると右手の小指が取れている。まあ、良いか、何ら戦闘に支障は無い。俺が剣を握る型では、小指は添えるだけに近いのだから
手鏡自体を見る。割と少女趣味な、可愛らしいもの。基本色が白で上品だが、多分これはミラのものだろう。割らなくて良かった
そんなとりとめもない事を考えつつ、改めて手鏡を覗きこむ
……何も変わらない。右目辺りの傷はもう傷痕レベルまで修復されているが、中々に酷いとは思う。だが、それだけだ。……いや、これは……血か?
頭に、血の塊のような点が見える。すっかり色が抜けて
「血ぐらい拭き取れ、という話か、セイバー」
すると、セイバーは深く溜め息を付く
『馬鹿じゃない、
「いや、血だろう?」
『……頭痛がするわ』
俺の答えに、セイバーは右手で頭を抑えてしまった。それほどに、馬鹿な発言だったというのか
ならば、本当に血でないのか確かめよう、と思うのだが、手鏡を持ったままでは、触れてみる事も出来ない
「アサシン」
セイバーはもう付いていけないとばかりに呆れている。なのでアサシンに持って貰おうとし
『ん、頭さげて』
その前に、そう告げられる
どうやら、アサシン側が触れてくれるようだ
大人しく、頭を下げる。万が一、これが首を差し出させる罠であった場合に備え、足に魔力だけは回して
『……どう?』
「触られてる、感覚があるな」
血色の突起は、固まった血では無いようだ。俺の一部、つまりは
角。小さく見えにくいとはいえ、二本の角が、俺の頭から生えかけていて
『獣の象徴の一つ、角が生えかけよ、
呆れたように、セイバーが何度目かの溜め息を吐いた