『うーん、どうなのかなぁ……』
ぼんやりと、わたしは街を歩いていた
時は、突然やって来たアーチャーに、わたしなりの吸血鬼の見分け方を教えてから少ししたくらい
『まあ、啓示だって、外れる事くらいあるしね』
と、そんなことを呟く。警告したにも関わらず、まだバーサーカーの眷族……吸血鬼が新しく放たれた。そんな
一番怪しかったのは、ヴァルトシュタインに捕まっていたっていう彼……神巫戒人。あそこは妖精郷に近い結界が本当に面倒で、実際に行かないと上手く探れないし、聖杯はそれを嫌っている
だから第一候補だったのだけれども、彼にはしっかりと魂があった。死徒みたいに歪でも、英霊みたいにクラスに合わせて特化した訳でも、フリットくん……ザイフリート・ヴァルトシュタインみたいに自分のものでない体を何らかの理由で強引に動かしている訳でもない、間違いなくあの体に合った魂。あれが神巫戒人の魂でなかったとしたら何なのだろうってレベル。魂がある以上、魂がバーサーカーに食われて既に無いっていう吸血鬼の条件からは外れる。アーチャーは『自分で見なきゃ信じられないだろ?ちょいと試してみるわ』って言ってたけど
『……どうにか、しないと。変えないと……』
焦りを抑えきれず、そんな事を呟いてしまう
分かっている筈なのに。このままだと取り返しが付かないって。変えなきゃいけない。変わってしまった、あの啓示が、嘘だったって笑って言えるように
2016年、12月24日
クリスマスイブという祝祭の中、世界はどうしようもなく終局する
……今までだって、そうだった。今ではない何時か、近い未来に軍神が現れて、世界は終わる。それが、ヴァルトシュタインが見た、そして聖杯が見せた啓示。けれども、まだあれには希望があった。誰かが、救世主が、かの軍神を倒してくれるっていう、ヴァルトシュタインがすがった希望が
……だけど。あれは違う。あれはもう、どうしようもない
嫌悪の中、啓示した風景を思い返す
聖杯を手にし開いた、根源の穴から溢れ落ちる、黒い泥。それは少年とそのサーヴァントらしき存在を包み込み、そうして降臨するのだ
巨大な翼と角を持つ魔。けれども、何処か母性を宿した怪異。即ち……
ああ、あれが、今の彼が聖杯を手にした場合の結末。
瞬く間に
ああ、日本全部を呑み込むのに、多分1時間もかかっていない。海に混じり、更に加速しただろう。泥が全てを呑み込み地球となるのに、更に2時間も必要としなかったかもしれない
けれども、そこまでは見ていない
黒泥を焼き払い、遥か
……だけど、恐らくそれは完全に世界が終わってしまったから
どちらが勝つのかは知らない。最強種といっても、あのビーストⅡを本当に滅ぼせるのかなんて知らないし知りたくもない。けれども、どちらにしてもビーストⅡが完全復活した時点で、どうしようもなく世界は詰んでいる。生命ある限り、ティアマトは滅びない。例えティアマトが倒れたとしても、その時既に他の生命は残っていない。例え軍神が先に力尽きたとして、人類にティアマトに勝つ術なんて無い
だから、あの啓示だけは、絶対に阻止しなくちゃいけない。きっとそれが、わたしがルーラーとして選ばれた意味で、冠位の魔術師だろう存在が、この聖杯戦争の始まりに力を貸した理由。やりたくないなんて泣き言は、言っていられる場合じゃない。だって、このままだと、数えきれない人の涙を見ることになるから。そんなの嫌だ。認められるわけないよ
だから……だから、わたしは……
『……ライダー』
ふと、近くにその気配を感じて、わたしは顔を上げた
かっちりとした黒いスーツ。短い金髪、彫りの深い顔立ち。実際に西洋出身のライダーにも、やっぱりそれは映える。此処は街中だし、ライダーだって戦闘時のような鎧姿なんかでは出てこないだろう。そのくらいの良識は、ライダーにはきっとある
けれども、そもそもライダーが街にまで出てきているということ自体、そもそも異常だった。何らかの理由でそもそも獅子を連れていない。森の中に居ることをヴァルトシュタインから許されている。キャスターと共に行動していた時期もあるし、出てくる必要は多分無い
近くのコーヒーショップでブラックコーヒーを注文し、ライダーが店先の椅子に腰を下ろす
話を聞くには良い機会かな、とわたしも店に入り、砂糖入りのミルクコーヒーを注文する
わたしの存在に気が付いたのか、此方へ来い、というように、一瞬ライダーが此方を見た気がした
『……何の用なんだ、ニコ』
視線に甘えてライダーと同じテーブルにつくと、即座にライダーからそんな問いが投げ掛けられた
『わからないかな?普通に調査だよ』
聞きたいことは沢山ある。昨日の事や、フリットくんの事などなど
ニコ、と少し馴れ馴れしく呼ばれたことは無視する。流石にヴァルトシュタイン。この街を裏から支配する……というより、伊渡間というのがヴァルトシュタインが聖杯戦争に勝ち続けてきたから、竜脈が集まっているからこそ発展してきた街だからか、やはりわたしに関しても色々と見ていたみたいだ。下手に敵対する訳にもいかず、敵対することになると確定する前に怪しまれたく無く、そこまで深入りはしていないけれども、敵に回すと危険な存在が居るのはほぼ間違いないだろう
『……調査、か。悪いが、私はそこまで答える言葉を持っていない』
『まあ、いざとなれば令呪だってあるしね
そもそも、わたしが居るのは普通だけど、何で貴方が居るのかな?ユーくん?』
少しだけ、ライダーの眉が動く
『ユーくんは止めてくれ』
『ニコだって安易な名前だしね』
『……というよりも、私は君に名前を告げたことは無いはずだが』
『まっ、ルーラー特権は偉いって事だね。サーヴァントならば見れば大体の事は分かるよ?』
だから、
そして、最後に見た彼は……。クラス、そして真名こそ塗り潰されていたけれども、それ以外の部分は全て把握出来てしまった。ステータス、スキル、宝具に至るまで。クラスや真名は、ビーストⅡとして本当に認定して良いか悩んでるから微妙にわからない感じなんだって思うと、全て開示されているに等しい
つまり、今の彼はほぼサーヴァント。8騎目の誕生阻止という点では完全に失敗してしまった形
更には、単独顕現の存在も、確認できてしまった。前に見たときは、???となっていた。何なのか分からないくらいには、まだ完全じゃなかった。不安定で目覚めきっていなかった。だから、本当はあの時に殺すべきだった。それが、わたしへの啓示。だけれども、それを無視する事になってでも、彼を殺したくなくて。あんな彼を、救いたくて。だから、彼が自分の意思で変わってくれる事を、わたしは願い
結果として、彼は獣たる自分を取り戻し始めた
どんな平行世界であろうとも、既に在る事を顕すあの力。獣としての存在を保証するアレの前には、例え摂理に還す祝福……<主の慈愛は神鳴の如く>だろうと意味はもうない。だって、彼はビーストⅡ、まだ紛い物とはいえ、それこそが正しい摂理であると、世界は塗り替えられてしまったから
『……見れば分かる、か』
少しだけ影のある声で、ライダーは
『……ならば、真実、彼を護れると言うのか?ニコ』
『彼、フリットくんの事?』
『……妙な略し方だ。但し、その通り』
ライダーはゆっくりと頷く
……訳がわからない。ライダーは一応彼と対立的な行動を取っていたし、そもそも円卓の騎士。それも最高の騎士ともされる獅子の騎士と呼ばれる存在。当然の事ながら、正しい歴史の流れに属する、人類悪とは反対にあるべきサーヴァント
『……彼は鍵だ。この聖杯戦争における、唯一の
それを失えば、二度と扉は開かない。真実に光が当たることは永劫無い』
『だから、護れって?
無理だよ。彼は、絶対に倒さなきゃいけない。だってわたしは、ルーラーだからね。聖杯戦争を護らないと』
やっぱり、今此処に至っても、少し時間が経つだけで、殺したくなんて無いって気持ちは抑えきれなくなるけど
それでも、
だって彼は、命ある限り折れてなんてくれないだろうから。自分の全てをかなぐり捨てて、神巫雄輝の為に世界すら変えようとしている彼を止めるには、それこそわたしが代わりに聖杯でも何でも用意して願いを叶えてあげるか、殺すしかない。止めて欲しいのに
彼の行動は端から見れば何処までも英雄的で。けど、幸福を奪って産まれた自分には幸福になる権利は元々無いと自分を呪って。自分は神巫雄輝を救わなければならないって使命感に追われて。心が血反吐を吐いているのを分かっていて尚、それすら幸福を願う弱さと自分を呪う糧にして立ち上がる。あんな痛々しい心、英雄と呼びたくない。聖杯戦争に飛び込んでからは心は悲痛な叫びをあげ、尚それを必死に無視していて見てられない
……神巫雄輝は、彼に大したもの遺してくれなかった。幸福の記憶、そして最期の苦痛と
けれども、彼にはそれだけで充分だった
呪いとも言える他者の幸福の記憶。そして、単なる呪いな理不尽な死への怨嗟。たったそれだけで、彼は……
『……ふっ』
ライダーが笑う
『何か言いたいの?』
『やはり、彼を護るのは似たもの同士をおいて他に居ないと思った』
ひとつ、ライダーは深呼吸する
『そも、何故彼は人類悪たり得るのだろう』
決まってる。過去を大きく変え、現在を滅ぼしかねないから。過去への『回帰』、それが彼が獣とされる理由
……けど、そこまでの変化は、近い未来に来る軍神を倒すくらいじゃないと起こらない。そもそも、軍神を何とかしかねないからビースト認定されかかっているとして、ビーストだから対抗出来るというのは……
どこか、可笑しい気がする。ビーストだから勝ちえる。勝ちえるからビースト認定。ビーストというのが単なる称号なら兎も角、霊基の変化を伴うものと考えると違和感がある。鶏が先か卵が先かじゃないけど、その始点は何処なんだろうって思う
……それが、何かに繋がるなら、確かに彼は鍵と言えるかもしれない
『うん、そうだね。けど、わたしが人類悪を止めなきゃいけないのは何も変わりがないよ』
『……見れば分かる』
それは、今の彼を知っているから言える言葉
『成程ね、やっぱり森に運ばれてたんだ。貴方がキャスターに近付いてきたなーって位で、突然完全に探知出来なくなったから、即座に追うのは諦めたけど』
ルーラーにはサーヴァント探知能力だってある。キャスターなんかなら誤魔化せないことも無いけど、結果どうにかしなきゃいけない彼を一度見失ったのは少し困る
『悪いが、ほぼ死にかけを運ぶ際にちょっかいをかけられても困ったものだからな』
『まあ、ね。ところで、何で此処に居るのか答えてもらってないけど、何でかな?』
聖杯がヴァルトシュタインに関しては静観を強く望んでいるから、少しでも別ルートから情報が欲しい
出来れば、キャスターからも
その言葉に、ライダーは深い溜め息をついた
『……マスターの趣味が悪すぎて、空気が不味い』