Fake/startears fate   作:雨在新人

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六日目ー享受する、幸福

『……寝てましたか?』

 フェイが戻ってくる

 その手には、シチューらしき皿と、パンが二つ

 

 「寝てたさ」

 『なら良いです。万が一、何とかなるとか言い出して抜け出してたらどうしようかと思いました』

 「流石に、それは無理だ」

 やはりというか、まともに体は動かないのだから

 『ええ、そうでしょうね』

 机の脇から椅子を引き出し、フェイは俺を横たえた……自分のもののはずのベッドの横に座る

 

 『ということで、口を開けてください』

 言われるままに、口を開ける。だが、そんな事に何の意味が……

 「熱っ!」

 突然、口に木匙を突っ込まれる

 『火傷しないよう、少し温めのはずです』

 「流石にいきなりだと驚く」

 『そうですか』

 気にすることなく、フェイが皿から二匙目を掬い上げ、そのまま……

 

 「フェイ、自分で食べる」

 『バカな事を言っている暇があれば食べてください。まともに手が動かせますか?』

 「出来……ない、か」

 言われ、右手を持ち上げようとするも、上手く行かない。どうしても力が入らない

 『神経系がズタズタで、筋肉も一部断裂してます。更には指も折れてますし、貴方にまともな食事は無理です。匙を落として汚すのがオチですよ。ただ大人しくあーんと口を開けていて下さい』

 「いや、だが……」

 『恥ずかしさが何だというんですか。大人しくしてください』

 淡々と、フェイはそう返した

 

 ……気恥ずかしい、それは本当だ。当たり前だろう。神巫雄輝すらやっていないものを、俺が享受して良い訳がないというあまりに単純明快な事実を差し引いても、そんなものは基本的にバカップルがやる事だ。流石に、神巫の記憶にある口移し……程ではないとはいえ、冷静では居られない

 ……あの自称マーリンが何かとフェイを推していた事もあり、特に

 

 フェイの顔を、改めて良く見る

 無表情、という程ではないが、表情豊かな方ではない。元々アルトリアを目指したが故に雪のように白い肌は特に上気しておらず、赤みは無い。照れているような感じは無い。だが、フェイがそうでも、俺が困る。只でさえ、アルトリアを目指しただけあって、フェイの顔立ちはアヴァロンの魔術師☆Mの資料の挿絵にあるアルトリアとかなり似ているのだから。単純な事に、そんな美少女からこういった行動をされて、相手はそこまで此方に興味が無いから出来るのだろうと思っても、それでも幸福を感じずには居られない

 ……弱まるな。折れるな。マーリンの言葉が本当に真実ならば、幸福は俺にとって何よりの毒なのだから。マーリンのアドバイスはこんなにも、俺の反面教師となっていた

 ……バカではなかろうか。獣と化そうとも、俺は彼を救う。救わねばならない。そうして、終焉を終わらせなければならない。少なくとも、何時来るかも分からないあの機械の竜神を倒すか降臨を封じねば、漸く取り戻したはずの彼の幸福は、更なる理不尽に再び蹂躙されるのだから。そんな俺に獣と縁を切る為のレクチャーをしても、俺が実践する訳がないだろうに

 ああ、ならば、あれはマーリンから話を聞いて、マーリンのフリをして伝えにきた弟子だとか、そんなんだろうか

 いや、或いは……。俺の弱さから、あえて言葉にしてからかったのかもしれない。真実により心は更に掻き乱され、結果より早くに落ちる。幸福からは逃げられない

 そうだとすれば、奴は腐れでありマーリンである。違和感は俺の未熟さによる勘違い

 

 だが、そんなフェイを止めうる存在が居る。アサシンだ

 アサシンが、フェイの肩を叩く

 『「余」もやりたい』

 ……駄目だったようだ。事態は何も変わらないどころか寧ろ少し悪化したといっても良い

 『全く。後で、ですよ』

 『んっ』

 そんな約束を交わし、アサシンがぼんやりと此方を見下ろす位置へと戻る

 ……凄く、あまりにも凄く、やりにくい

 こんな幸福を味わうべきは、俺では無い……はずなのに

 

 そんな状態で、立ち向かう方法は……ミラによって腹を蹴られたせいか胃が可笑しくて食べられないと言い切る事で

 それをせず、普通に諦めたように匙に乗せられたシチューを食べる俺は、あまりにもどうしようも無く……弱かった

 

 『ということで、あーん』

 ただ、どうしようも無くて、口を開ける

 『ノリが悪いですね。そこはあーんと返す所です』

 「……ノリでこんな気恥ずかしい事出来るか」

 口の中に、しっかりとシチューに(ひた)されたパンの欠片が放り込まれる。味は良い。当たり前だ。俺の味の基準は基本的にはフェイがくれたヴァルトシュタインの余り物と、ミラに集った朝御飯だ。基準が高いにも程がある

 『美味しいですか?』

 「当たり前だろう。フェイの作ったものだ」

 『ワタシのじゃないですよ』

 「……流石に、俺となってからずっと食べてきたものをそうそう間違えるか

 フェイのだろう?」

 自信を持って、そう返す。気がはやいことだが、ある程度調子は戻ってきた。まだ体はまともに動かないが、意識はそれなりにはっきりしている

 

 『……正解です』

 当てられた事が嬉しかったのか、ほんの少しだけ頬を緩め、フェイは匙をアサシンに渡す

 

 「……アサシン、本当にやるのか?」

 『楽しそう』

 「ああ、そうか」

 ……理解した。止めるのは無理だ

 アサシンは、シチューを一匙掬うと……

 自分の口に運んだ

 

 『……何してるんですか、アサシン』

 フェイの声も、心なしか冷たい

 『憧れ』

 「……何の憧れだそれは……」

 『誰かの、記憶。羨ましいって』

 ……アサシンの中の誰かの記憶が、強くそれを願っていたりしたのだろうか。何だろう。バカップルを少し離れた所から見ている独り身の悲哀とか、そういうものを思わせなくもない。ああ羨ましいと眺めていたから、アサシンにまで影響したのか?

 「アサシン、それは恐らく妄想だからこそ良いものだ」

 『それは恋人の間でしかやってはいけない禁忌の行為ですよアサシン

 現に、ワタシだってやらなかったではないですか』

 フェイが、アサシンの肩に手を右手を置く

 ……令呪とは判別が付かないが、剣のような、昔は無かった紋様が、フェイの手の甲にあった、気がした

 アサシンは、どこかしゅんとして……

 

 「アサシン、半分じゃ足りない

 ……食わせてくれないか?」

 アサシンを繋ぎ止められなければ、俺に恐らく未来は無い

 それに、何だかんだ救われた相手だ、フォローで何とかなるならばそうしたい

 だから、自ら幸福を享受するように、俺はそう言った

 

 その言葉を受けて、アサシンは木匙にシチューを盛った

 

 ……間接キス、か。アサシン……俺が目を離さない限り認識していられる少女の姿は、恐らくは核。ランダムなのかそれとも意味があるのか選ばれた、無数の魔狩人(ヴァンパイアハンター)の代表。つまりは、基本人格はその子のものであり、言うなればサーヴァントとはいえ女の子との……という事になる。男との間接キスならば意識しないことも楽だが、可愛らしいと思ったアサシン相手では、それも難しい

 

 ……享受してはいけない幸福。神巫雄輝が、自分が遠足に飲み物を持ってこなかった結果としてそうなった水筒のお茶で、とても緊張していた青春の一つ。だが、まあ、アサシンの機嫌を良くする為の事だ

 そう割り切って、俺はアサシンが出してくる匙に口を付け続けた


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