……気が付くと、そこは……
霊子の壁に囲まれた、不思議な場所だった
こんな場所……俺は見たことがない。いや、夢で見た……だろうか
ふと、視界が狭い事に気が付く。右目で見えているはずの場所が暗い。どうしてだろうか……
考えていても始まらない。残る左目で、右を見て……
『こんにちは、史上最低のマスター君』
そう、声を掛けられた
『私は』
「……腐れな気配がするな」
そこに居たのは、一人の男であった。白くて長い髪に、白を基調としたローブのような服。間違えるわけがない。フェイと見たアヴァロンの魔術師☆Mによるマーリンの無駄に分厚い資料で見たものほぼそのままの姿。腐れ外道、アヴァロンの魔術師……マーリン
『全く、非道いなぁ
私はマーリン、人呼んで花の魔術師。気さくにマーリンさんと呼んでくれ』
気にする事無く、彼は話を続ける
「マー……リン?」
……此処は……恐らくは俺の夢。この魔術師は、夢魔として俺に干渉してきているのだろう
ならば、ある程度の予測は付くのだが……あえて、何も知らないフリをする。彼の目的が俺の排除など、マーリンに似つかわしくない……いや、寧ろ
理解していなければ無敵だが、夢の中だと理解していれば、後は出力勝負。決して侮れる相手では無いがそこまで怖れる相手では無い。資料にはそうあった。自分についてわざと嘘の弱点を書いている可能性もあるので鵜呑みには出来ないが、頭の片隅には置いておく
『そう、私はマーリン、魔術師のお兄さんさ』
「……そのマーリンが、何の用なんだ
そもそも、此処は何処なんだ」
俺の夢だとしても、こんな世界は俺には関係がない……はずだ
『用かい?最低最悪のマスター君に、ちょっとだけ』
身構えようとして気が付く。左腕が半ばから無い。どうやら、この夢の俺は痛みこそあまり無いものの現実の損傷を引き継いでいるのだろう。だとすれば、視界が狭いのは……右目が焼け焦げたとかそういう事か。とりあえず、あの光に真っ向から撃ち落とされて、左目が残っただけ良しとしよう。心眼は出来ない以上、両目が潰されればゲームセットだったのだから
『ああ、違う違う。決して此処で君をどうこうしようって話じゃなくて』
言われて、警戒を解く……フリをする
マーリン相手に鵜呑みにする事の危険さは、幾らでも資料から読み取れるから
「ならば、何をしに来た」
『ハッピーエンドの手助けさ。私だって、世界や人間、それに女の子は大好きだからね』
捉えようもなく、彼は笑う
女の子大好き……。フェイが散々に貶していた気がするが、やはりそれがマーリンなのだろう。だが、だとすれば……
『だから、君にアドバイスと忠告を』
「俺にアドバイスしても、女の子は釣れないが
そもそも、俺は……」
不可解なのは、ハッピーエンドに導くならば、俺にわざわざ干渉する意味はあまり無いということ。ミラ辺りの方が上手くやるだろう。それに……
『全く、酷いなぁ君は
私が、何時も女の子の事ばかり考えているとでも思ったのかい?』
「思った。マーリンといえば助平だと思い出したから
ハッピーエンドを目指すならば、干渉するのは俺でなくても良いだろう?」
『それは間違いさ。私は、君だけが今回ハッピーエンドを目指せると思っているよ
まだ君は終わっていないし、ね』
男は、三枚のカードを差し出す
『人間は、悪を越えられる。人間だから、越えられる』
「……クラス、カード……」
それは、三種の英霊の力を封じただろうカード。一枚は金色、一枚は黒、最後の一枚は紅
何故用意出来る。この世界では、ヴァルトシュタインが産み出そうとし、そして失敗、フェイや俺達のような、直接肉体を用意して擬似的に呼び出す方向へシフトしたはずだ
だが、マーリンならば仕方ないとも思える
『君の力はこのカードに封じた。全てのカードを使えば、君はあの時の君に戻るだろう』
「逆に言えば、カードを使わなければ、俺はあの時よりも弱い、と?」
『その通り。これは君の力を抑え込むものだ。このカードを受け取ったが最後、君はカードを媒介にしなければ、あの時の力を振るえなくなる』
「メリットは?」
『裁定者の子は、君があの君だから倒さなきゃいけないと信じている。二度と紅いカードを使わなければ、獣の紛い物にならなければ、あの時よりも弱くなる代わりに、彼女が君を滅ぼさなきゃいけない理由は無くなるだろうね』
「紅い……カード……」
男が金のカードを取る。その下にあるのは、毒々しい紅いカード
『これは人類が倒すべき悪の片鱗。未来を否定し、幸福な過去へと回帰する、
俺は……そんなにも……
『こんな状況で、どうして笑うんだい?』
「世界が、俺を脅威だと見ている。俺のやって来た事は、無意味不可能なんかじゃなかった
そりゃ、笑うさ」
三枚のカードを奪い取るように受け取る
『君が人として、悪を乗り越える事を祈るよ、
男は、そう笑った
……消えない。目の前の彼の姿が消えない
どうやら夢は、まだ終わらない
「……」
『時間が余ったようだね。よぉし、これからは楽しい話をするぞぅ!』
「……楽しい、話?」
『そう。マーリンお兄さんの恋愛相談の時間さ』
「要らん!」
『そう言わずにさ
君の回りにだって、可愛い子は居るじゃないか。どう思っているのか、誰が好きなのか、このマーリンお兄さんに相談してみると良いことあるぞぅ』
「ふざけるな!何故いきなりそんな方に行く」
『私だって、女の子と恋愛相談とハッピーエンドは大好物だし、丁度良く時間も余った事だし』
……やはり、マーリンは腐れ花咲か魔術師なのかもしれない
心の中で、俺はそうぼやいた
「……どうしてそうなる」
ああ、マーリンは腐れだ。シスベシフォウと書かれていたのも、良く分かる
俺を見たならば、俺にそんな権利が無い事は分かっているだろうに
「ふざけるな、俺に……」
『まあまあ、慌てない慌てない』
マーリンは、そんな俺を抑えるように、俺の唇に右手の人差し指を当てる
……何度か、フェイにされた事がある
「というか、何処まで知っている」
深呼吸し、問う
マーリンは現在を見通す千里眼を持つという。ならば、俺に関してある程度知っているのは当然だろう。だが、その精度は分からない。内心まで総て見抜いた上でからかっているのか、表面的な動きは知っているけれどもというレベルで本気で話を聞きたいのか、それともそもそも俺についてはあの力以外見ていないから知らないけれどもカマをかけているのか……
何か手がかりは無いか、改めて周囲を見渡す。この夢は、何時もは此処までの自由は無い。マーリンという夢魔の存在が、幾度か見たこの……霊子の壁の世界という、俺や俺の中のサーヴァントが見たことすら無いだろう夢を補完している
『ん?君の事ならば、大体の事は知っているよ、ザイフリート・ヴァルトシュタイン君
なんたって、私はマーリン。人を導くお兄さんだぞぅ』
「ならば、俺が何なのかは」
『知っているとも。神巫雄輝を護るために何処かの魔力から自然発生した、本来自己なんて無かった
「ああ」
そう、その通りだ。ならば知っているだろう?俺に幸福の権利は無い。それは神巫雄輝の得るべきものを奪っているに過ぎないと
なのに……だというのに
『そう、だから君は幸福になるべきなのさ!』
実に楽しそうに、彼はそう言った
『君にも聞こえるだろう?この歌声が』
耳に手を当て、マーリンは続ける
……歌声?
言われてみれば、ずっと聞こえていた気がする
Ahhhhhhーという、悲しみを秘めた子守唄が。あまりにも心地好くて、耳が聞こえているという事すらも認識していなかった
「ああ、聞こえる……」
『嫌な歌声だと思うだろう?』
……そんなはずはない
「いや、心地が良い歌声だ」
『……やっぱり、影響されているね。ギリギリで間に合って良かった』
「ギリギリ?何を言っている」
『《システムメッセージ、ファイアウォール・ヴァイオレット、侵食安定。サードフェイズに移行します》』
歌声にのるように、そんな音声が聞こえた気がした
『紫、虹の最後、その防壁が壊れたんだ』
「壊れるとどうなる」
『ギリギリでパスを閉ざしたから半端だけど、自分の影を見てみれば分かるんじゃないかな?』
言われ、ふと自分の影に目を落とす。何処から光が差しているのかはよく分からないが、とりあえず床を見れば、其処に……
「っ!後ろか!」
俺の左腕は既に無い。だが!
対応しようと体を捻りながら右へ飛び……しかし化け物の影は、俺にぴったり合わせるように動く。常に背後を取られている
……どうなっている?まさか……
僅かに力を込め、左腕に短い光の剣を形成する
「……やはり、か」
そうして、俺は諦めたように息を吐いた
化け物の腕の一本が、光の剣の輝きを宿している。影が光るとは訳が分からないが、そうとしか言いようがない
つまり、この化け物は……俺だ
そんな感覚は無い。腕は千切れた左腕と、まだマシな骨が折れただけの右腕の二本しか無い。俺は四本腕でなど無いし、口が縦に付いているのではないかと言いたくなる程に細長い頭もしていない。俺は俺だ。だというのに、俺の影は、異形の化け物のものになっている
どうなっている、どういうことだこれは……これは、まるで……
『影は魂、という概念がある』
「だから、人の魂を喪った吸血鬼は影を持たない、だったか?」
『そう、じゃあ……影がラフムな君は、何なんだろうね』
少し意地悪く、マーリンは笑った
……ラフム。神話にある、ティアマトの子
いや違う。此処でのラフムとは……ビーストⅡ、チャタル・ヒュユクの女神……というよりもティアマト神の眷族。ビーストⅡの創世の際に産まれた人類の事だろう。だが、どうしてその名が出てくる?そもそも、俺は何故そんな事を知っている?
「何だと言いたい!」
『君の中のサーヴァントのお陰で君を保っていても、半分はもうラフムなんじゃないかな?』
「ふざけるな!そもそも、何故ラフムだなどと」
『君は元々ゼロだった。そして、ゼロに戻ろうとする
たとえ人が回帰を願っても何の問題も無かった。獣染みた思考を少し持った人間なんて、沢山居るし、それが獣になるなんて事は無いから安心だった
けれども、
……成程、言いたいことは理解した
「つまり、お前は……俺の存在が通路だと」
『その通り。君の存在が、虚数にたゆたう
その果ては、そこの壁に刻まれているよ。少し欠けてるけどね』
彼は、杖を壁の一部に向ける
その言葉に、霊子の壁に目を向ける
確かに、目を凝らすと飛び飛びながら、一つの文章が刻まれているようだ。それは
『後悔……事で……れは未来……糧……
……それは戻らぬ……味が……の。……直せ……敗……後悔……
しかし人……し、理不……った……成りそこ……が……セル……握した時、……リート・……シュタ……醒した
……を否……ようとも、過去……壊して……から人類を……出す。後……糧に生き……、……を……った……すれば……。我が身はそれを為……明……壊……だから。悲劇と……破……
果ても……落……知……ただ……存在する……悲劇……破壊……人間……魂……する……
その悪……、彼のクラスは昇華……。……バー……など
其は人類史の果てより来たる、最も人類が渇望し、されども越えていかねばならぬ大災害。
その名をビーストⅡ-if
七つの人類悪の例外、『回帰』の理を得た獣である』
ああ、読みにくい。だが、とりあえず、俺がセイバーというのは嘘で獣に成り果てると言いたいらしいことは分かる。ならばそれで良い。この謎世界すら俺を世界の脅威、過去を変える願いを成し得る者だと警鐘していると分かればそれで十分
「ああ、ならば話を戻そう。ならば何故、貴様は俺に幸せになれなどと馬鹿を言う」
だが、だから安全装置的に奴が現れたとして、そこが繋がらない
『簡単な事さ!君が彼女と繋がる虚無だから彼女が来るならば、君を虚無で無くしてしまえば良い
その心を恋で埋めてしまえば、君は虚無じゃない。ビーストⅡは虚数の海からの通路を喪い、君も単なるビーストⅡっぽい思考をしているだけの存在に成り下がり、獣の危機は去る。そしてこのマーリンお兄さんも、グランドキャスターとしての役目を果たせるって話さ』
あっけからんと、彼は言った
そもそもビーストって?ビーストⅡってことは他にも居るの?何でⅡなの?って思う貴重なfate初心者の方は、獣扱いされるような不思議で危険なエクストラクラスが在るんだ、レベルの認識で先をお読みください。アーチャー先生がそのうち解説してくれます