「
その瞬間、もう無くなったはずの体が、悲鳴をあげた
殺せ
食らえ
潰せ潰せ
全て破壊を
……否。こんなもの、こんな程度の破壊衝動……あの嘆きに比べたら何でもないはずだ
破壊を破壊を破壊を破壊を……!
我は……称えよ、畏れるべき我が名は
……ファ……ル
……違う、俺の名は……
「ザイフリート・ヴァルトシュタイン!」
最も忌むべきその名を叫ぶ
大丈夫、まだ、俺は俺だ。破壊衝動は未だに叫んでいるが、呪詛と共に心の奥底に押し込めてしまえば何ともない。俺はまだ、俺で居られる
眼を開き、前を見据える
ミラは、驚愕の表情のまま、固まっていた
戻ってきた左足に突き刺さった幻想大剣を抜き放とうとして気が付く。左手が無い。戻ってこれたとはいえ、物理的に消し飛んだのだろう左腕までは治らなかったと見える
だが、それがどうした。骨は残っている。それを核に光の剣を展開すればカタールを装備したのと何も変わりはしない、ならば問題は何処にもない。重要なのは聖杯戦争の勝利……否、起動した聖杯によるザイフリート・ヴァルトシュタインの生誕という間違いの
右手で剣を抜き放つ。……動きやすい。服が変わっている。最低限のものに。これが……英霊の服なのか?背骨は折れていたはずだが、そこまで気にならない。これも、夢幻召喚の力……だろうか
……ハカイ……ハカイ!
呪詛と何も変わらない破壊衝動さえ抑えれば、純粋に今までの俺が強くなった……感覚。こんなものが、本当に?この程度が、仮とはいえ本当に英霊を纏った……夢幻召喚だというのか?
違う。だが、ハッタリでも通すしかない。再構成の際に一度魂だけになった事で結び付きが強くなったからか、それとも本領を出せていないだけか、出力が上がったことは確かだ
剣を片手で真っ直ぐ突きつける
『……フリット……くん?』
「……言ったよな、ミラ。目覚めてからじゃ、わたしがセイバーを倒しただけになってしまう、と」
『……言ったよ、確かに』
「ならば……俺の勝ちだ」
光の剣を展開する。禍々しい血を思わせる紅い光が、今までを越えた存在感と共に、其処に産まれる
『……馬鹿じゃないの?そんな自殺行為、本当に間抜けね、
呆れを通り越して寧ろ感心したように、セイバーが呟いた
『本当だよ。まさか、本当に疑似サーヴァント化しようとするなんて』
「……諦めないならば、それしかない。勝算がゼロでないならば、やるしかない」
『全く、敵わないなぁ。やっぱり、殺したくなんて無かったよ、フリットくん』
だというのに、ミラの声は、変わっていなくて……
「これで俺を殺してももう遅い」
『うん。そうだね。もう遅い』
ミラが、再度拳を握る
『だけどフリットくん。それは……世界を殺す力だよ』
刹那、左目の、左腕の、頬の、背の、足の、全身のありとあらゆる古傷が開き、血を吹き出した
「……ハカイ、
吹き出した血が、紅い光となって纏われる。折れて背中から突き出した背骨を延長するように、血の光が翼を形成する。左腕の断面から光が吹き出し、悪魔の鉤爪を形成する
客観視など出来ないが、直感で理解する。血を纏う俺の姿は、
「〈
神鳴の拳と、紅い光で構成された鉤爪が激突し、魔力の火花を散らした
分解は……されない。纏うものが神の慈悲だとしても、抵抗は出来る。消えた端から流れ出す力が、鉤爪の消滅を許さない
『……っ!』
ミラが飛び退く
初めての、まともな打ち合い。一方的な蹂躙ではない戦闘
『けどっ!』
一瞬、その姿がブレる。直後、放たれるのは後方からの蹴り上げ。分身からの一撃
俺の体はやはり空へと打ち上げられ……
「……舐め、るなぁっ!」
光の翼を吹かせる
翼の姿をしているが、これ自体が飛翔に使える形状はしていない。こんなもの、竜の似姿を形成するためのものでしかない
だが、魔力を吹き出せば、ブースターポッド位にはなる!
「空は、
加速、目指すは空中で俺が飛ばされてくるのを待ち受けるミラ
……胸が痛む。躯が軋みをあげる
限界を遥かに越えた魔力の乱用に、全てが危機を告げている
だが、それがどうした。そんなものがなんだというのだ
理屈は知らない。何故ミラがこの状態の俺を尚も狙うのかなんて分かるわけもない。サーヴァントに近くなればというあては外れた。だが結局、抗い続けるしかないのならば、何も変わりはしない
『雷挺よ!』
ミラの手から雷が打ち出される
遠距離攻撃にも使えたようだ。だが、そんなもの、俺の光の剣ですら出来ること、潰せ。驚愕には値しない
左手の鉤爪で雷を掴み、握り潰す。左手が砕け、そして鉤爪が再生する。まだだ、まだ持つ
……頭痛がする。血が足りない。この姿は血を媒介にしたもの。血を撒き散らしながら戦闘しているようなもの、限界は遠くない。だが、……破壊を。まだ限界じゃないだろう!
「嗚呼呼嗚呼ッ!」
魔力は吹き出したものが溢れている。その魔力に乗って、縮地。ミラとの間の空を飛び越える
『けどっ!』
振るうのは翼。拳を回避しては当てられはしない。纏う光の鎧で顔面への右ストレートは甘んじて受け、剣を振るうだろうと受けに出したミラの左腕を嘲笑うように、左翼でもってその小さな体を捕らえる
『っ!』
捕らえられ、生まれるのは隙。初めての、作り出した切り札を打ち込む時間。無防備な一瞬
「〈
だから、叩き込む。〈
右手の剣が震える。何かに反応するように。何かを恐れる……いや、そうじゃない。そんな臆病であるはずがない。これは、
「
気にせず、翼毎ミラへと剣を振るう。溢れ出す
黄昏の光は雷を吹き散らし、紅い光は柔布を引き裂き……確かに剣は、肌に届いた
『まだぁっ!』
だが、浅い。大きな傷を残すには至らない
それでも、初めて、まともに届いた
雷と化し、ミラが翼の拘束を抜ける
『そこぉっ!』
反撃の蹴り下ろし。消え行く幻想大剣と光の剣で受けるが、勢いを殺しきれずに撃ち落とされる。翼の再構成は間に合わない。片翼では飛べはしない
「終わる、
地に背を向けたまま、両足、そして背骨から血と共に魔力のジェット噴射、ギリギリで速度をゼロにし、反転して四つん這いの獣のように着地
着地の衝撃で歯を噛み締める。右ストレートで数本ヒビ割れていたのか、何本か歯が砕けるが、気にしている余裕は無い
『っ痛ったぁ、容赦ないね』
一拍遅れて、ミラが着地する
「っぺっ、何故、未だに俺を狙う」
口の奥から溢れる血を折れた歯ごと吐き出し、そう問う
一度の攻防を終えた膠着ならば、何とか問う余裕はある
問いながら、霞む目でミラを見る。朱は見えてはいる、引き裂かれた服の合間から白い肌も見えている。だが、裁定者という化け物にとって大きな傷ではないだろう
目の前で服の破け目が消える。魔力により編まれた服、宝具の一部、壊わしたとしても直ぐに元に戻るのだろう
『フリットくんのそれは、世界を壊す力だから、だよ』
淋しそうに、ミラは返した
『今の
傍観していたセイバーも、そう憎むべきなのか迷うような声音で告げる
「そりゃぁ、良いや……」
それは、俺が聖杯を手にする可能性はまだ有り得ると世界が判断しているということに他ならないはずだ。随分と評価されたものだとは思うし、結果として進まなければならない道の障害として裁定者という大敵が……正義が増えたのだろうが、放っておいても死ぬから対応しなくても問題ないと
『……良くないよ。だから、目覚めてほしく無かったんだけどなぁ』
「……知って……たのか?」
『知らないよ、けど、直感してただけ。もしもサーヴァントになってしまえば、フリットくんは世界を滅ぼす存在になるって』
根拠なんて、無いけどね、と悲しそうにミラは笑う
……啓示。一部聖人が持つという、未来予知の領域にも等しいという直感。神からのお告げともされるスキル
それが、俺を世界の危機視していた……と、いうのだろうか
『……笑うなんて、悪魔みたいよ、
「……評価されすぎだな、と」
『……自分で見て理解したよ。その力を振るい続けるならば、聖杯戦争に参加し続けるならば……』
ミラの目が、変わる
何だろうか、纏う雰囲気が違う。魔力の質?在り様?漠然としないが、このミラは……本当に
そんな無駄な考えを振り払う
『君はきっと、人理を、世界を滅ぼすよ
だって君は……最後まで
ミラの手に、何かが現れる
……白い、背負う袋
……悪寒がする。幻想の剣が何かを訴えていた時等比較にならない。何かが、使命を……
『だから、わたしは守るよ。世界を、みんなを』
……無垢の守護者。ふと、そんな言葉が思い浮かんだ
……立ち上がれ、立ち向かえ。全てが終わらせられる前に。破壊せよ
……あの悪寒は……一度目に打ち上げられた時に見た、森に見えた光と同質の……?いや、それとは違う……
「この剣は正義の失墜……」
四つ足は変えず、詠唱する。問題ない。翼だろうが鉤爪だろうが、紅い光……光の剣と同質の力なのは変わりがない。その軌跡だろうが束ねれば良い
セイバーは動かない。手を貸す気は此処に至っても無いのだろう。寧ろ俺を悪と認めているならば俺を殺しに来ても可笑しくないとすると、傍観しているだけマシだ
『……これは、無数の誰かの夢だから』
ぱさっ、とミラの持っていた袋が地面に落ちる
柄を天へ向け、袋の口から覗くのは……一本の剣。だが、有り得ない。地面に置かれた袋の厚みは精々5cm、刀身まで入っているとすると……地面の下まで突き刺さっている事になる
「世界は今、光無き夜闇へと落ちる」
まだだ、まだ限界じゃない。もっと寄越せ
限界の来た体から、無理矢理に血と魔力を吹き出させる
ミラが、鞘から抜き放ち、輝く剣をとる
……あの剣、見たこと無いだろうか。あの鞘も……
確か、フェイの部屋に……
「〈
『……これは、世界を、無垢な人々を護る、
極光が、世界を埋め尽くした