Fake/startears fate   作:雨在新人

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五日目ー戦いの嚆矢

「……ったく!」

 投げつけられた軽自動車を受け止め、俺は悪態を吐く

 

 「人様のものだろう。返してこい」

 そのまま投げ返せば壊れてしまうから、その自動車は道路へと置き、投げてきた相手の方を向く

 ヴァルトシュタインのホムンクルス。俺の知っているシリーズよりも、一段強力なもの。だが、それはシリーズの差というよりも……

 バーサーカーに血を啜られ、眷族となったことによるブーストの有無の差だろう。一昨日俺を襲った彼等も、恐らくはそう。バーサーカーの手駒、眷族として、明確な自我を持つほどの完成度でなかった、誰でもなかったはずのホムンクルス達は、人に恐れられる吸血鬼としての何かになったのだ。その事は、アサシンが話してくれた最初のマスターの事からも分かる

 吸血鬼になりきる前にその影響で自我を得て、それが直ぐに吸血鬼としての存在に塗り潰されることを恐れ、そしてだからこそバーサーカーの仇敵……アサシンを召喚出来たのだろう

 

 「ったく、また仕掛けてくるならば、バーサーカー本人に来て欲しいものだ」

 ランサーを、そしてそのマスターを討ったのはまず間違いなくバーサーカー。血を完全に抜き取る手口もそうであるし、何よりあのニュースは何者かにより惨殺されていたというもの。戦闘の形跡があった等とは言われていない。だとすれば、信頼する使い魔辺りを逆に操れる者が油断させたと見てまず間違いはない。あのマスターは昨日見た限り使い魔を通してサーヴァントの接近を警戒していたはずなのだから

 そうしてわざわざセイバーが追っていたランサーを結界から出て倒しておいて、今日は引きこもる。戦略としては決して間違いではないだろうが、イラつく事は確かだ

 バーサーカーが出てきてくれさえすれば、何だかんだ俺を見捨てたと言いつつも、離れた場所から定期的に見ているセイバーをもう一度味方に付けることもやり易いというのに

 敵はヴァルトシュタインだけではない。当面は敵対しないだろうアサシンやアーチャーは置いておいても、ルーラーはどうしようもない。また戦うことになるだろう

 

 『……裁定者、来る』

 ホムンクルスの喉をボウガンで撃ち抜きながらアサシンが呟く。あいも変わらず、気が付くと別の武器を持っているアサシンは良く分からない

 「直ぐか?」

 『分からない』

 「警戒だけは……しておく!」

 光の飛刃でもってホムンクルスを切り裂く

 怨み言は聞かない。聞いてなどやらない。背負いきれないと分かったから、怨み言は聞かずに自己満足で背負ったつもりでやらせて貰う

 

 ミラが仕掛けてこないのは、まず有り得ない。正義の敵であり、そして更には、俺が俺の中のセイバーに近付くことを恐れていたのだから。昨日仕掛けてこなかったのは(ひとえ)に俺が回復にのみ努め、戦闘を行わなかったから。セイバーに近づきうる行動を取らなかったから

 俺自身、諦めないなんて当たり前しか無い俺がサーヴァントになる等与太話にしか思えない。だが、ミラの判断を有り得ないだろうと笑い飛ばすことも出来ない。フェイも似たような事を言っていた気がするから。俺の性質は英雄寄りだ、と

 

 果たして、10分後にそれは訪れる

 

 『……フリットくん』

 「流石に来るか、ミラ……いや、ルーラー」

 雷光と共に現れるのは、一昨日決裂した恩人の少女。ルーラー、ミラのニコラウス

 『うん。確かに許せないことは沢山あるけれど……一番限界が近いのは、フリット君だから』

 「酷い話だな」

 光の剣を構える。もう、迷いはない。生き抜く為には……ルーラーを対処しなければならない。それはルーラーの死という形である必要は必ずしも無いが、どの手を取るにしても、大人しく逃げて何とかなるものではない

 『……その判断は、正しい?』

 アサシンが首を傾げる

 『正しいよ。目覚めたら、全部終わっちゃうからね』

 悲しそうに、ミラは笑う

 此処に至っても、ミラを斬りたくはない。そんな気持ちでは寧ろ此方が死ぬ。ルーラーとはそんな化け物のような強さの存在だ

 けれども、俺の情けない甘さは割りきれなくて

 

 「なら、やるしかない……か」 

 力を貸してくれ、ジークフリート

 「降霊(アドベント)……」

 だから俺が取るべき行動はただ一つ

 

 ルーラーが恐れていた、セイバーとしての覚醒を目指すことだった

 

 「始動(コネクション)!」

 俺の声を受け、ミラは静かに、拳を構える

 

 「限界が近い、ね」

 そんな訳がない。俺の寿命はまだ持って半年もある。薬だって切れていない。限界が近い等、戯れ言に過ぎない

 それが戯れ言でないならば、その限界とは……

 ミラが言っていた、俺がサーヴァントとして扱われない限界でしか有り得ない。俺が、俺なんかが、本当に偽物とはいえ聖杯にサーヴァントとして扱われるに相応しい存在になれるか、なんて絶対に答えの出ない疑問は知ったことかと置いておく

 今やるべき事は、生き残る、ただそれだけなのだから

 

 遠くで、今も俺を見ているセイバーに、俺に賭けるだけの価値を見出ださせる。そうして、セイバーを呼び戻す。それが出来るとすれば、まずはこの状況を打破しなければならないのだから

 

 だから、力を貸してくれ……竜殺しの英雄(ジークフリート)

 

 だが、その声は……神巫雄輝が使えていた、降霊魔術の言霊は、ただ虚しく響くだけ。何も起きはしない

 

 『無駄だよ、フリットくん。もう、呼んでるからね』

 「試しただけだ。俺は負けない、諦めない、その意思表示として」

 『苦しんで、欲しくないんだけどなぁ』

 「ならば……俺が諦めるなんて夢を……」

 光の剣を中段から振り下ろす。選択は飛刃、ダメージは浅いだろうが、それでも構わない

 「諦めろ!」

 そもそも、セイバーが居ない今、〈喪われし財宝〉(ニーベルング)は使えない。光の剣では、ルーラーにまともなダメージは見込めない。どちらにしても牽制にしかならないのだから

 意味があるとすれば、束ねて放つ宝具のみ

 「アサシン!」

 だから、此方が頼るのはあくまでもルーラーにとっても未知数な、不確定要素

 

 飛刃を縮地ですり抜け、ミラが迫る

 その拳が俺を捉える直前、アサシンの射ったクロスボウを避けるために上へと飛び上がり……

 「まだっ!」

 此方も飛び上がりながらの切り上げ。魔力で強引に大地を蹴り、空中から蹴り下ろしてくるミラを迎え撃つ

 『……甘い、よっ!』

 「ぐっ!」

 背中に走る痛み。どんな手段か、一瞬のうちに空中で背後に回ったミラがそのまま蹴ったのだろう

 だが、迎撃されるなんて、そんなことはまだまだ予想の内。ルーラーならば、やって来ると思っての事

 『……そこ』

 本命は、背後に回ったミラへと振り下ろされる、アサシンの槌……!

 着地と同時に悲鳴をあげる足を無視して地を蹴りターン、槌による一撃からの追撃を目指し……

 『だから、まだまだだよっ!』

 見えた光景は、馬鹿げたもの

 スパークする拳で、アサシンの槌を押し止める、裁定者の姿

 だが、ならば

 

 「……邪悪なる竜は失墜し」

 その隙をアサシンが作ってくれたのならば、ルーラーを抑えてくれたならば、やるべき事は勝利条件への到達

 本当に出来るか否か等関係ない。ただ、やって見せなければ死ぬからやり遂げる。それだけのこと

 「世界は今、落陽に至る」

 構え、振り上げるは光の剣。決して幻想大剣でなどありはしない

 だが、真エーテルの奔流、その擬似的な再現ならば

 「打ち落とす!」

 力を貸してくれ

 「幻想大剣・(バル)……」

 反応は無い

 それでも……俺が、彼に全てを返すには……これしか無いのだから。止まりはしない

 「天魔()

 

 『……無駄だよ。応える、筈がない』

 言い終わる前に、俺の腹に雷撃を纏った拳が突き刺さった

 

 「がっ!」

 背後の壁に叩き付けられる

 いや、違う。これは……激突したのは、ミラの拳だ

 ……だが、可笑しい。俺の眼にはまだ、拳を振り切ったミラも、槌を受け止めたミラも、見えているというのに……!

 『そこっ!』

 声と共に、体が急速に重力に逆らう。その拳の力で、打ち上げられる

 恐らくは……全力のアッパーカット。その威力でもって、俺の体を打ち上げる程の

 体が浮く

 高く……高く、伊渡間の全体を、見渡せる程まで

 ふと、森に光を見た、気がした。気高き、何かの光

 だが、それから目を離し、空を見据える。その果ての空で待ち構えるのは、やはりというか当然というか、今にも拳を振り下ろそうという先程と同じく、分身した……のだろうミラの姿。そんな理不尽、いや、ルーラーにとっては道理。考えていなかった俺の不始末として、彼女は分身か、或いは高速移動か、其処に居た

 驚きは無い。ルーラー、サンタクロース、ならば空くらい飛ぶだろう。トナカイに乗らないのかとは思うが、驚いてなどいられない

 

 だが、その程度。こんなもの、その程度の危機でしかない

 さっきの一撃で、背骨は折れたかもしれない。ルーラーの独壇場、空へと打ち上げられたかもしれない。だがそれだけだ。俺は……まだ死んではないない。ならば抗え、立ち向かえ。あきらめる権利なんて、貴様()の何処にも無いだろう?

 置いていかれるものは出るだろう。威力は下がるに違いない。だが、それがどうした。立ち向かえ、最後まで

 「〈偽典現界・(バルムンク)

 唱えるのは最低限の言霊。今の俺に辿り着ける限界。せめての迎撃が間に合わなければ死ぬ。頼るのは、不確定の勝利ではなく、まだしも確率の高い敗北回避

 打ち上げられる勢いにより、刻まれた光の剣の斬撃跡。それを束ね……

 「幻想悪剣(ユーベル)〉!」

 魔力でもって強引に空を蹴り、更に加速して、勝たなければならない恩人へ向けて突撃する……!

 

 一瞬、ミラは泣きそうな眼になり……

 『けど……足りないっ!』

 真っ向から拳を振り下ろす

 真っ直ぐに撃ち落とされた雷は、迫る紅い光を打ち砕き、地面へと激突した


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