ヴァルトシュタイン邸の地下。聖杯が安置された、隠された部屋
一人の男が、聖杯を眺めていた
男の名は、グルナート・ヴァルトシュタイン。現ヴァルトシュタイン当主であり、最後の当主であるシュタール・ヴァルトシュタインの祖父であった
その傍らにあって、ワタシは息を吐く
表向き、ワタシの役目はS045……セイバーのサーヴァントを模して作られたホムンクルスというよりも、
「お祖父様」
沈黙を破り、一人の黒髪の男が、地下室に現れた。シュタール・ヴァルトシュタイン、現当主だ
「何用だ、シュタール」
重々しく、老ヴァルトシュタインはそう問う。聞きたがっていることなど、分かりきっているだろうに
「お祖父様、昨晩、6人の人間の死骸が結界内に放りこまれた、と報告を受けました」
「……聞きたいことを最初に言え」
「お祖父様。正義たるルーラーは、召喚されれば我等正義の味方では」
そう。昨日の夜の間に、6人の元人間が殺され、そうして森に分かるように並べられた
同時に、ヴァルトシュタインの結界が一瞬存在を関知したのは今まであの結界が……一度確認したかしていないかの魔力波形。即ち、ルーラー、ミラのニコラウスのもの。ルーラーを同じく正義と信じ、だからこそ召喚出来れば絶対にあのS346として力を僅かに貸してくれていた、
何故ならば、それは、あの死体となった者達は、バーサーカーの眷族とすべく血を啜り、幻想の吸血鬼へと変え、未来に暴れさせるためにと本人に生前の行動を続けさせるよう暗示して、伊渡間の街に返した、ヴァルトシュタインにとって布石と言える者達であったから。その全員であったから
ワタシやグルナートから見れば、流石にやりすぎるとルーラーが制御を外れるかもしれないし、見つかりやすくなるからと、数は他の人間に紛れる程に抑えさせていた。そのやり方自体、ワタシは好きじゃないし
けれども、増やしすぎるといけないのだと、正義を為すために、自身が聖杯戦争に完全勝利する力を持つ正義ヴァルトシュタインの当主として相応しい存在だと示す為に更なる眷族を用意する計画を止められたシュタールにとっては、この現状は……まあ、納得のいくものではないでしょう
「ルーラーは、正義のはずでしょう!」
『甘いんですよ、あのルーラーは』
「甘い?」
『ええ、甘いんですよ』
聖杯戦争の遂行を第一とするならば何とかなった
けれども、子供の、そして努力しても恵まれない人達の守護者。そして、やりたいことだけを貫いて聖人と呼ばれた彼女が優先するのは……
「例え正義の為でも、無辜の人間は死なせない。罪ある人を含む1000を救うために罪なき1を見捨てるくらいならば、その正しき正義よりも一を救ってから1000をも救う。そして1001の中の悪に回心をさせに行く、度しがたい阿呆
それが、あのルーラーだ、シュタール」
老ヴァルトシュタインが、ワタシの代わりにそう告げる
「ルーラーが、正義を否定するというのか!」
『目の前の人間を救い続けて、聖人にまでなった化け物ですよ、あれは。当然ながら、目の前の罪の無い誰かを優先しますとも
……聖杯が幾らヴァルトシュタインこそが正しいと言い続けても、罪の無い誰かを巻き込み過ぎたならば、あれは悪にだってなります。あそこまでではないですけれど、ある種ザイフリートに近い感覚してるんですよ、恐らく』
「……」
シュタールは、黙りこむ
『たった一人ならば魂食いと同じようなもの、聖杯戦争によくあることだから仕方ない。そうやって誤魔化してはいたんでしょう』
良く、彼が話していたミラという少女。あれが本当にルーラーならば、そのはず
『けれど、誤魔化して、眼を背けてって……似合わないんですよ、彼女に
だから、此処で限界が来たんでしょう
だから、あれは警告です。これ以上すれば、敵対するという』
ならば、彼……ザイフリートは?と少し思う
けれども、彼は……絶対に、無辜の誰か何かではない。方向性は違う。ミラのニコラウスが、誰かの為に自分を殺さず出来ることをやり遂げ、アルトリア・ペンドラゴンが民の為に自分を殺して正しい王であろうとした者ならば、彼は……自分を、生きたいという心を殺して正しくない悪魔であろうとした
けれども、それは……彼には……人には似合わない英雄の道
彼自身は、俺には諦める選択肢が無いだけだ、諦めないだけで貫く力の無い凡人だって笑う。諦めた先に意味は俺自身の命以外何も無くて、足掻く先に足掻くだけの意味があるから。こんな状況ならなら誰だって諦めない位出来るってバカを言う。諦めない先にあるものに、諦めないで傷つきながら進む価値を見れないから人は諦めるだけなんだから、と
けれども、力なくともそれを貫こうと出来るものは……守るべき、救うべき誰かでは有り得ない。激突するか、共に歩むか、不干渉するかの英雄でしか有り得ない。性能はまだサーヴァントではないけれど、その性質は既にサーヴァント。諦めてなんて……くれなかった。だからこそ、あのルーラーは……悪魔に堕ちる英雄の道を進もうという彼を止めようとしているのかもしれない
ワタシだって、あんな彼は……まるで、かつてのアーサー王を見ているようで……
……こんなに彼に心動かされるなんて、弱くなりましたかね
ワタシは、自嘲するように笑った