Fake/startears fate   作:雨在新人

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五日目ー誰でもない、誰か

「……アサシン、お前は離れていかないのか?」

 セイバーとの決裂から、約3時間後。俺はそんな事を、今も付いてきているアサシンに問いかけた

 

 アサシンは、首を傾げる

 「いや」

 『「ボク」から、離れる理由がない』

 「理由がない?」

 俺一人……という点を考えれば、見限ると言うのは一つの手だ

 実際、セイバーはそうしたのだし

 『「わたちたち」にとって、貴方は希望だから』

 「俺、何かしたか?」

 『何も』

 「だよ、な」

 それはその通り。俺はアサシンに対して、何もしていない。そのはずだ

 ならば、そんな俺に対して、こうまで従う理由など何処にもないはず

 『……違った』

 少しだけ申し訳なさそうに、アサシンはそう訂正する

 「違うのか」

 『……いえす、さー』

 「俺はサー、なんて立派な存在じゃない

 それで、何かやったことがあるのか?」

 少ない記憶を紐解いても、アサシン……あるいは、アサシンらしき存在に対して、俺は何もしていない

 有り得るとすれば、神巫雄輝が何かをしてあげたという線。だが、それもまた、アサシンが一年以上前から現界していたという異例でもなければ有り得ないだろう

 『やってくれた』

 「……それは、未来に、か?」

 だとすれば、考えられるのは……

 聞いたことがある。とある聖杯戦争……冬木、と呼ばれる地での五度目のそれにおいて、未来に英霊となる存在が呼ばれた……と。かの地で呼ばれたのは、未来に英雄となった、セイバーのマスターであった、と

 そうであるならば、『神巫雄輝にかつて救われた、あるいは神巫雄輝がこれより先の未来で救った誰か』がこのアサシンの真名であるならば……何かをした、というのも間違いではないのだろう

 『違う。「我」に、未来は殆ど無い。別の事

 マスターの事、背負ってくれた』

 「……は?」

 ……何を、言っている?それは……

 「記憶に無いな」

 『とうぜん。意識もしてなかったはず』

 ……分からない。その言葉の意味が

 『それでも、同じだと……一人の個だと、認めてくれていた

 それで、十分』

 「待てよ」

 言われて思い浮かぶのは、一つの仮説

 だが、それは……

 「アサシン……。お前のマスターは、お前を呼んだ誰かは、俺が斬った、殺した、全てを奪った……あの、ホムンクルス達の中に居たのか……?」

 アサシンのマスターは既に死んでいる、という事を示す。有り得ない

 

 困ったように、アサシンは微笑(わら)う。言いにくい……ように

 『違う。彼は、「I」が殺した』

 「殺した?」

 『彼が、願った。「終わらせてくれ」と』

 ……バーサーカーの血に飲み込まれ、吸血鬼となりかけ……人としての死を望んだ……という感じなのだろうか

 「なら」

 『でも、貴方は背負ってくれた

 ……誰でもない、ホムンクルス達を』

 「背負ってなどいない。俺は……俺のエゴの為に……背負った気になって酔っていただけだ!彼等を殺した罪を!」

 手を、握り締める。強く、ただ強く

 『だから』

 アサシンの小さな手が、その手を包み込む

 ……それは何処か冷たくて、ひどく、暖かかった

 『そんな、誰でもない彼等を、誰かって』

 「そんな事、当たり前だろう」

 俺だって同じだ。彼等との差があるとすれば、ザイフリート・ヴァルトシュタイン(おれ)は俺にならなければならない事情があった、ただそれだけ

 自我を保たなければ、神巫雄輝が、消えるべきでない、幸せを奪われるべきでない、そんな罪の無い誰かが消えてしまうから。俺と彼等を分けたのは、俺にはそこまでする価値がないと諦める事が許されていなかった、それだけの事

 『のっと、あたりまえ』

 アサシンの手が、俺の手の甲を撫でる

 『彼等を、誰かだと思ってくれたのは、貴方だけ』

 「違う!違う……背負ってなんか……いない……

 墓だって作ってない、そもそも、彼等の名前、いや、番号だって……俺は覚えていないんだ

 俺に……何かを背負えるはずが無い……」

 彼等を殺した罪だって、背負った気になっていただけだ。背負っていたなど、現実から目を背けていた俺の弱さが産み出した幻想だ。そんな事、昨日思い知ったというのに

 『背負わなくて、いい』

 アサシンの手が、頬に触れる

 『背負うものだって、思ってくれた

 それで……じゅうぶん』

 「……十分な訳が、あるか……

 俺は……」

 『人は、彼等をそもそも、個人として見ないから』

 それは、そうかもしれない。セイバーは昨日、ホムンクルス達を斬り捨てる事に対して何ら感傷を抱いていなかった

 とはいえ、セイバーにとっては彼等は敵。俺と違い、彼等を殺すのは普通の事でしかないだろうから

 

 『それに、貴方が、貴方だから』

 アサシンの顔が近い

 その瞳が、此方の汚れた眼を覗き込んでいる。澄んだ赤い瞳に、血色の悪魔の目が映りこんでいる

 「俺は」

 『誰でもない。けれども、ザイフリートだと自分を決めた

 

 ……だから、希望』

 「……アサシン、マスターを殺したと言ったな」

 口をついて、出てくるのは誤魔化しの言葉

 アサシンを

 直視……出来ない

 これは、悪魔の囁きだ。囚われるな。希望を持つな。それは、何時か俺を、終わるべき時にみっともなく生にしがみつかせる、全てを台無しにする言葉だ。振り払え

 

 『だから、別の魔術師に、拾われた』

 「そういうことか」

 アサシンが離れる。雰囲気が変わったからだろうか

 「それが、今のマスターか」

 『いぐざくとりぃ』

 「そのマスターについては」

 『まだ、しーくれっと』

 「そうか」

 当たりはついている……気がする。誰でもないホムンクルスが、アサシンを呼んだならば

 そこから、マスターを喪い消滅するまでの時間で契約出来る、そして、一応俺に手を貸してくれても可笑しくはない存在

 ……考え付く答えは、フェイ。S045、珍しく俺と同じく明確な自我を初めから持っていたというホムンクルスの少女だった


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