Fake/startears fate   作:雨在新人

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五日目ー均衡崩壊

 『おはよう、「ボク」の希望』

 そんな、アサシンの声で覚醒する

 

 時計を見る。午前6時半、少し寝すぎただろうか。何という幸福か。例え休息しなければならないほどに傷付いていたとしても、怠惰で居るわけにはいかない

 軽く、体を起こす。相も変わらず、神経系に魔力を流して保っている体は痛むがそんな何時もの事は気にならない。いや、寧ろ、そんな何時もの事が気になる

 つまり、特別な痛みや軋みなどは取れたということになる

 「アサシン……。部屋は別じゃなかったか……?」

 

 一応、最低限品格のある場所……つまり、何とかその日に行って部屋が取れる……微妙なランクのホテルとはいえ、昨日と違いしっかりとした個室を取っておいた。つまり、この部屋は俺一人が使っているはずなのだ。アサシンの部屋は隣。ダブルに放り込むのもセイバーが不満だろうし、わざわざダブルありで男女別(恐らく、一応、アサシンは少女側に入れるべきだろう)ではなく3つ取った

 『見てた方が、面白い』

 「……人の顔見て何が楽しいんだ」

 少し反省する。アサシンが居ることに気が付かなかった自分の不甲斐なさを

 ヴァルトシュタインに居る間、睡眠中をホムンクルスに襲われた事は10度ではきかない程ある。毎日でないのは、それでは常に警戒すれば良く性能試験にならないが故の駆け引き

 なので、殺意があれば気が付いたと思うのだが……。その上で、アサシンの存在を関知出来なかった。対策を何も考えなければ、同盟の役目が果たされた後、俺はアサシンに首を取られても仕方がない

 

 『興味深い。表情に映る、夢の相』

 「部屋使わないなら金返してくれと言いたくなるな……

 まあ、良いが」

 アサシンに言っても仕方がない。彼、或いは彼女はそういう存在だと割り切るしかない

 「セイバーにも言うが、最低限のホテルだから朝は付いていない

 近くにあるコンビニで何か買え」

 『ぐっど』

 「何でも良いのかひょっとして……」

 『?』

 アサシンが首を傾げる。フードが揺れる

 「いや、ジャンクフードでも、中華でも、セイバーが煩いから連れていった晩の肉屋でもその反応だろ?」

 『……「オレ」、色々と楽しみ』

 「何でも良くはないけれど、やりたいことと全部被ってるって話か」

 『いぐざくとりぃ』

 こくこくと、アサシンは頷く

 「っても、ここまで広いと何でも良いに近くないか?」

 最低限、羽織るべきものを羽織る。流石にセイバー程でないもののアサシンの前で着替えというのも少し気が引けるが、眠る前から万が一の襲撃の際に何とかなるように替えの服であったからか、肌を晒すことは無い

 『現代、宝の山』

 「……そんなもんか」

 サーヴァント。大半が過去に生きた英雄である彼等にとっては、何百年と受け継がれた伝統的なもの、で無い全てが楽しいのかもしれない。そんな事を思う

 

 荷物は少ないため、すぐに纏めて部屋を出る

 アサシンはそれに合わせ、後ろを付いてきた

 ……何だろうか。俺のサーヴァント、セイバーでなくアサシン感が少しある

 そんな事を一瞬考え……振り払う。それは危険な思考だ。マスターの存在を無視してアサシンを盲信する事であり、セイバーへの裏切りでもある

 

 「……セイバー、起きてるか?」

 隣をノックし、そう扉越しに問う

 暫くして、セイバーが部屋から出てきた

 ……割とリラックスした格好だ。胸元が見える

 『全く、何なのよ道具(マスター)

 「何だって……朝だ」

 『6時半、だったかしら?それは朝とは言わないわよ。まだ寝かせなさい』

 「何時まで寝る気だ?」

 『はぁ。そんな事聞くわけ?デリカシーとか足りないわね。あの人本体の爪煎じて飲ませたいわ』

 呆れたように、眠そうなセイバーはそう返し

 『8時には起きるわよ』

 ぴしゃりと扉を閉めた

 

 「……何か買っておくか……」

 『ぐっど』

 アサシンを連れ、一階まで降りる

 ホテルからコンビニまでは約1分。正にすぐだ

 

 「ん、アサシン?」

 扉を開け、ホテルから出かけて気が付く

 アサシンが、フロント近くで止まって何かを見ていた

 『……予想外』

 「どうかしたのか?」

 見に行く

 そこにあるのは、安宿にしては珍しい、というかホテル全体で見ても珍しい、フロントでの受付待ち時間に見れるTV

 今も点いており、何かのニュースを……

 

 「バカな……」

 思わず、声が漏れる

 映っていたのは、一つの緊急報道。この伊渡間で昨晩起こったという惨殺のニュース

 テロップに出された、全身の血を抜ききられていたという被害者の名は

 

 ファッケル・ザントシュタイン(推定ランサーのマスター)といった

 

 「……バカな……」

 暫く、思考が固まる

 ファッケル・ザントシュタイン。ランサーのマスターであろう、と思われる魔術師。それが……

 有り得ない。奴は魔術師だ。多守紫乃に同盟を持ち掛けた際に確認した、偽装された魔力と同質のものが、彼が泊まっているというホテルに張り巡らされていた。恐らく、かつてかのロード・エルメロイがやったというように、ホテル自体を魔術工房のように変えていたのだろう

 規格外の化け物……例えばアーチャーや、或いはホテル毎爆破するような存在が相手なのでもなければ、十分な効果を挙げるだろう戦略

 中々にしぶとくなりそうな……攻めにくい条件であったはずなのだ

 

 それが……落ちた

 

 「起きろ、セイバー」

 狭い階段を登り、セイバーの部屋の前に立つ

 『唯一の至福を邪魔しないでくれるかしら。夢でしか、彼に会えないのに』

 暫くして返ってくるのは少し寝惚けた、不満そうな声

 「……ランサーが落ちた」

 『……は?』

 空気が固まった

 『ねえ道具(マスター)。寝惚けているのかしら』

 「寝ぼけているのはそちらだ、セイバー

 ランサーが落ちた。正確には、マスターであろう彼が惨殺されているのが確認された」

 『どういうことよ!』

 「俺も知らん。だから呼びに来た

 事態が変わった以上、のんびりと寝てもられない」

 

 『……最っ低の寝覚めよ』

 5分もたたず、セイバーは部屋から出てきた

 セイバーが俺に召喚されたのは、ランサーの召喚を知ったから。ランサーへの復讐を完遂する為に、彼女は俺なんかに力を貸してくれている

 そのクリームヒルト(セイバー)にとって、ブリュンヒルト(ランサー)の退場は、決して看過できるような事ではない。召喚された意義そのものが、無くなったかもしれないと言っても過言ではない

 「諦めろ、セイバー。聖杯戦争だ、全てのサーヴァントが自分と戦わねばならない訳でもない」

 『だからと言って……』

 セイバーが、俺を見る。その瞳に浮かぶ思いは、汲み取りきれない

 『はぁ。こんなことならば、昨日引き摺ってでもランサーを殺しに行くべきだったわね』

 「そうして、返り討ちにあうのか?」

 『道具(マスター)を盾にすれば、殺す隙くらい出来るでしょう?』

 「酷い話だな」

 階段を降りる

 『本気よ、道具(マスター)。中途半端で、あの人じゃなくて、イライラするのよ

 せめて、役にはたって貰いたかったわね』

 

 「ということだ」

 階下のTVでは、今も惨殺事件についての報道が続けられていた

 現状は、コメンテーターらしき人物が、犯人及びその動機について各々の意見を合わせている段階らしい

 

 ……どれもこれも、魔術を知らない為仕方はないが的外れだ

 猟奇的殺人?否や、あれは意味があっての事だ

 外国人を狙った金目当ての反抗?そんな訳はない、彼等は金に困ってなどいない

 腕が切り落とされているのは腕に関する何かコンプレックス?違う、令呪を封じる為だろう

 犯人は忍び込めたホテルの従業員かもしれない?馬鹿か、人間にそんなことが出来るか

 

 『…………う、そ

 嘘よ』

 画面を見て、呆然とセイバーが呟く

 その体から力が抜け、セイバーは膝から崩れ落ちた

 『嘘じゃない』

 『……そんな……嘘よ……どうして……』

 「セイバー」

 『……どうして、また勝ち逃げするのよ!』

 「セイバー!」

 『ふざけないでよ!どうして、どうしてなのよ!

 あの人を奪っておいて、それからも、何年も幸福を享受しておいて!また、嘲笑って去っていくの!』

 セイバーが拳を握り締める。強く……強く

 当たり前だ。セイバーの記憶を夢に見た以上、どうしても理解出来てしまう

 最も大切なものを奪われた、その嘆きは……俺にも近く、そして俺よりも悲痛なものだったから

 「立て、セイバー。まだ、ランサーが死んだとは限らない」

 『……ふざけた弁明は要らないわ』

 『違う。マスターを喪った、野良サーヴァント化している、かも』

 『ええそうね

 それで?そんな微かな希望にすがれと、そんなふざけたことを言うのかしら、道具(マスター)?』

 セイバーが、項垂れたまま言う

 「ああそうだ。未だ可能性があるのに諦めるな

 可能性を否定した瞬間に、人は死ぬ」

 

 項垂れたセイバーに、手を差し伸べる

 それを払いのけ、それでもセイバーは立ち上がった


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