『サーヴァント、アサシン。「わたし」の想い、そしてマスターの命により、「ボク」は貴方を救う』
最後のサーヴァント。救世主の手による救いだった
『……アサシン。今更だね』
『「ワタシ」は闇の住人、それだけ』
『まさか、こんな所で会うなんてね。わたしの前に全然出てこなかったのに』
『「儂」の目的は一つ。それは今は貴女には関係なかった、はずだった』
アサシンとミラが対峙する
「行けるな、セイバー」
ミラの注意の大半がアサシンに向いているうちに、セイバーに問う
セイバーは僅かに手を上げた
返事は無い。それで良い。言葉を発されても困る
『けど、そうでもなくなった』
……何だろう、異様な違和感を感じる
アサシンと名乗ったこのサーヴァントは、一体何だ?
『ならば、大人しくしてて欲しかったな』
『「ボク」は役目を果たす。その為には』
アサシンがちらり、と此方を見る。目深に被ったフードで顔はまともに見えない
『彼に死なれては……困る。マスターもそれは同じ』
その声は、どうしても違和感をもって俺の耳に届いた
言葉を発する度に、声質が異なっている気がする。まるで、今まで、誰一人として同一人物が発言していないかのようだ
そもそも、とアサシンを見る
目測170cm。あんなに身長があっただろうか。150あるか無いかでは無かっただろうか
『だから、「me」は貴女を止める』
その声は間違いなく男性のもので、だけれども、ついさっきまでは確かに女性寄りの中性的な声であって……つまり、訳がわからなかった
『認識阻害か何か……かな』
先に動くのはミラだ。僅かな溜め、それは高速の踏み込みに繋がるもので
『っと、危ない危ない』
カンっ、と後方で軽い音がする
何時の間にか、アサシンの手には弩……クロスボウが握られていた
「狩人のアサシン……」
呟きながら、コートに仕込んだナイフを抜き放つ。光の剣の媒介。明確な形を持った媒介がある分どうしても空気を握った際より短くはなるが、無いよりはマシだ
アサシンが本来はそれなりの距離からの弩での暗殺を得意とするならば、無謀でも何でもミラを近づけさせないようにする誰かが要る。が、セイバーは倒れているし、俺がやるしかない
『……まったく、もう立たないで欲しいな』
「悪いね、一応の恩人の横で、大人しく寝てるのは情けないだろう?」
『うん、そだね』
だが
『……足手まといは今必要ない。「俺」は一人で良い』
アサシンは俺を抑える
確かに、今の俺は三発の宝具で大きく消耗してはいる。そこまで役立ちはしないだろうが
「流石に一人で」
弩を持ってルーラーと戦闘は無謀も良いところで
『「ボク」なら問題ない』
気が付くと、アサシンは弩ではなく、巻かれた何かを手にしていた
アサシンが腕を振るう
『……鞭まで、あるんだねっ!』
風を切りながらしなり襲い来る鞭をギリギリで避け、ミラは突撃する
狙いは……あくまでも、俺
妥当な判断だ。手負いの目標を仕留めて終わり、実に簡単
だが
「いい加減起きろセイバー!」
『仕方がない、わね!』
一瞬、ミラが止まる
俺はセイバーを呼んだ。だが、セイバーの姿が見えない事に動揺したのだろう
その隙に
『捉えた!』
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それを突く
ミラの後ろから宝具を解き姿を現し、セイバーがミラを抱き締める
『……ぐっど』
動きの止まったアサシンが手にしたものを振り下ろす
何時しか握られているのは杭付きのハンマー……だろうか
『……御免ね、甘いよ』
ミラの姿がぶれる。一瞬後、ミラの姿はハンマーの軌道の外にあった
『そこっ!』
そのまま、ミラの拳が突き出される
流石にハンマーを空振りした直後のアサシンに、それを避ける手は
『問題ない』
火花が散る
拳とアサシンが何時しか持っていたナイフが激突したのだ
『痛ったー、やっぱり刃物相手は痛いな』
そう言い出すミラの手に、傷は見えない。手袋にも傷はない
痛い、でしかないようだ
だが、それでも
『まったく、突然の事じゃ面倒だっての!』
「……アーチャー?」
『よう、セイバーのマスター』
突如として、再度アーチャーが降りてきた。今回はマスターを連れていない。代わりに連れて、いや持っているのは……
『ランサーとは終わったんだ』
『ああ、そこの……姉ちゃんなのか兄ちゃんなのか分からんサーヴァントのお陰であっさりとな』
『それで、今度はわたしを倒しに来たんだ』
『いいや、違うぜそれは』
と、アーチャーは抱えていたものを地面に無造作に投げ出した。それは
『……アーチャー!』
ミラが語気を荒げる
『っと!』
咄嗟にアーチャーは弓を上げようとして
『知っているよ!』
ミラの拳はその弓を打ち砕いた
だが……アーチャーは焦りを見せない。手投げでも十分だと言うのだろうか
『止めて貰いたいねぇ、こっちはそこのアサシンに頼まれてブツを持ってきただけだってのに』
『関係ない人間を殺しておいて!』
そう。アーチャーが放り投げたものは、人間の死体だった。ホムンクルス……も人間に近い姿をしているが、ヴァルトシュタインのホムンクルス特有の金属部分は……無い。あくまでも、その死体はかつて人間だったものだった
『……ルーラー。それは違う』
『何を』
『……近づいて』
アサシンに言われるままに、その死体に近付く
男の死体だ。大体20代後半。教会に集りに行った際に、ミラに懺悔を聞いてもらっていた……気がする。だが、今や頭に穴が矢で貫いたように空いている。生きているはずがない
周囲を探る。ミラは、言われたからか、拳を握り締めながらも見守っている。彼女以外に、俺への害意は感じない
一歩一歩近付いて……
「っと!」
思わず、ナイフを死体に向けて投げつけていた
一瞬、死体に敵意が見えた……気がしたのだ
当然気のせい。ナイフが喉に突き刺さっても彼は何の反応も示さない
そのまま、目の前まで来る
何の意味があるのだろう。ヴァルトシュタインのホムンクルスでも、死ねばそこまでだ。材料として再利用されることこそあれ、修復は出来ない。人間ならば尚更だ
『触れる』
アサシンの声に、頬に左手を触れようとして
赤い光がスパークした
左手を握り潰そうかとしているかのように掴まれる左手を、光の鎧が防護していた
手を握られようが光の防御は発動しない。発動するということは、明確な害を及ぼしうる程のものであり
つまりは、その一瞬まで確かに死体であったはずのものが、俺を殺そうとしていた。という事だった
何時しか、閉じられていたはずの死体の瞳が開かれている。日本人男性であろう元・20代男性には有り得ないであろう赤い……俺と同じ瞳
「痛い、なっ!」
死体の右手が喉に刺さったナイフを引き抜き、そのまま俺を刺しに来る
避けようとするが、左手を掴まれたままでは上手くいかない。避けられはしたが離れられない。近付かれると次を避けるのは厳しい
『まっ、そういうこった』
アーチャーの声と共に、死体の動きが止まる
透明な何かに、死体は心臓部を貫かれていた
『これが、「僕」の追う相手』
『いけすかないヴァルトシュタインの野郎だ。一般人を多々巻き込みかねない……な』
『……そっか』
少しして、何処か安心したような声音でミラは言った
『もうちょっとだけ、調べてみるよ。だからそれまで……戦わないなら、フリット君……ザイフリートの死刑判決は保留かな』
言い残したかと思うと、ミラの姿は其処には無かった