Fake/startears fate   作:雨在新人

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三日目ーブレイク・ポイント

 

 聖杯戦争……俺にとっては三日目となるその夜

 

 「セイバー!右を」

 『サーヴァント使いが、荒い……わねっ!』

 動き出したヴァルトシュタインと、俺とセイバーは戦っていた

 アーチャーは別所、やはりヴァルトシュタインの襲撃があったらしい場所……史跡へと向かっている

 

 場所は、やはり中央公園。それなりの広さは、迎え撃つにはそれなりに良い

 

 「流石に、見える!」

 襲い来る獅子のような合成獣を踏み込みと共に切り捨て、崩れ落ちるその死体を、認識内の後方から飛んでくる矢の盾とする

 止まる時間は無い。僅かな申し訳なさを感じながら、光の剣を飛刃として放つ。飛ばされた刃は過たず、前方で魔術を唱えかけていたホムンクルスに突き刺さった

 

 襲撃者はヴァルトシュタイン。その人工サーヴァント部隊とキメラの混成だ。性能は確かに通常の人間などに比べれば高いのだろうが、数で押すその方式はサーヴァントにはそう通用するものではない

 せめて、俺程度の性能がなければ数の差等無意味も良いところだ。どれだけの数を集めようとも、個々が弱ければ究極の一に敵いはしない。たとえ数千来ようとも、セイバーの敵ではない

 

 『全く、しつっこい!』

 周囲のホムンクルスを切り捨て、セイバーが呟く

 「一昨日はこんなんと一日追いかけっこしてたんだが」

 不格好な翼の生えた馬のキメラ毎その上のライダー擬き……Ri幾らかを切り捨てながら返す。余裕は大分ある。右腕の傷はまだまだ直らないが……それでも問題なく戦える

 『それはご苦労様ね道具(マスター)。出来れば私を巻き込んでは欲しくなかったのだけれども』

 「何か真意はあるだろう。それなりに早く展開は変わるだろうから待っててくれ」

 そうだ。これはあくまでも前哨戦。こんなものがヴァルトシュタインの本当の狙いな訳がない

 俺一人を相手にするならば、幾らでも作れるだろうホムンクルスや魔獣で憔悴させる……というのは良い手だ。薬切れという明確なタイムリミットが俺にはある

 だが、セイバーが居る今、話は別だ

 そんな事は、正義であるヴァルトシュタインは当然理解しているはずだ

 ならば、何かあるはずなのだが……

 

 「……裏切り、者ぉ……」

 俺に斬られた男型のホムンクルスは、そう言い残して事切れた

 「人殺しぃぃ!」

 そう叫んだ女性型のホムンクルスが、とりあえず当てるように振るわれたセイバーの剣に首を跳ねられた

 「僕達を、殺すのか!」

 弓を持った男のホムンクルスを、俺は二つに切り裂いた

 「殺人者!」

 俺は……

 「悪魔!」

 「化け物!」

 俺は、俺は

 「人殺し!」

 「最低!」

 「S346!」

 ただ、切り裂く。耳鳴りの中、ひたすらに斬る

 「反逆者!」

 「殺人鬼!」

 「助……けて……」

 「どうして、どうして!」

 

 煩い。分かっている

 お前たちの言いたい事は分かっている

 だから黙れ。煩い

 黙ってくれ、お前たちは……元々は自我も、しゃべる機能も無かっただろう

 「どうしてなの」

 だから、黙ってくれ。どうして今更、そんな風に言葉を話して俺を責める。俺が一番、お前たちの言いたい事はよく知っているんだ。わざわざ言う必要なんてないだろう!

 「貴方だって、同じなのに!」

 「S346!」

 「S346!」

 「S346!」

 

 「黙れぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 極限まで伸ばした光の剣が、周囲の全てを切り裂いた

 

 「はあっ、はあっ……黙れ……」

 分かっている。俺は悪だ

 だから……俺を責めないでくれ。背負っているんだ。分かっているんだ。それを、言葉で重くしないでくれ

 自分でも、そんな事を考える俺を最悪だと思う。それは、逃げでしかない

 俺は全てを還す必要がある。俺の全てはその為にある。俺はその為に……あらゆる罪を負うと決めたはずだ

 だけれども、その為に、物言わぬ声を勝手に背負っていた気になっていたのは本当で……

 

 だから、これは俺にとって単なる自業自得だった

 

 「「「S346」」」

 声がする。重なって聞こえる

 いや、違う。発言しているのは一人だ。あくまでも一人でしかない

 重なって聞こえるのは……俺が、彼らの声を覚えているから。事切れていったその声を忘れられないから

 「「「何故殺す」」」

 「「「何故殺せる」」」

 お前だって、ヴァルトシュタインの人形だろうに

 「「「何故、同胞(おまえ)を殺す!」」」

 「だから……黙れぇっ!」

 ダメだ、こんな事はしてはいけない

 冷静ならばきっとそういって止めただろう愚行

 だが、そんな事を考えず、俺は行動していた

 「<喪われし財宝・幻想大剣・天魔失墜(ニーベルング・バルムンク)>!」

 黄昏の剣気が全てを凪ぎ払う

 俺の罪が、俺を責め立てる大半が、吹き飛ばされ、消えてゆく……死んでゆく

 

 残ったのは、無数の……200を越えるホムンクルスとキメラの残骸だけが残る静寂だった

 

 『道具(マスター)。勝手に』

 「……悪い」

 此処で切る必要はなかったはずだ。黄昏の剣を使わずとも勝てたはずだ

 だから、これは俺の心の弱さ

 本質的には自分と変わらないホムンクルス達を殺して生き抜く事を、本当の意味で背負いきれてなかった事が招いた失態だった 

 

 背負った気になっていた

 けれども、それは彼等が物言わないからであり、実際に言われたことは無い

 それを、勝手に背負ったと勘違いしていた。自惚れていた

 だからこそ、その言葉を聞き続けることに耐えきれなかった

 ……何て……醜く、弱い。自嘲するしかない。それで正義を滅ぼす悪だ等とは笑わせる。こんなままでは、正義に勝てるはずもない

 変わらなければ。この身は同胞を殺し、正義を倒し、望みを遂げる非道の悪なのだから。折れる事など赦されるわけがない

 

 『大丈夫なのかしら?あんなみっともない取り乱しようで?』

 「大丈夫だ。……勝手に魔力を使ったことは悪い」

 ふと、思う。これが策なのだろうかと

 確かに消耗はした。俺が弱かったから、心も乱れた

 だが、それだけだとは思えなくて……

 

 だから、一瞬早くソレに気付いたのは、単なる偶然ではなくて

 けれども、確かに幸運に恵まれての事だった

 

 『死ねぇぇっ!ジィク……フリートォォォォ!』

落ちるは槍。燃え上がるは焔。槍を構えた女性が、流星のように飛び込んできた

 飛び込んでくる流星を、間一髪避ける

 避けきれない。だが、直撃だけは避けられた

 纏う焔に炙られる

 熱い

 ……異様に熱い。光の鎧が、その意味もなく溶け去り、全身を焼き尽くす

 魂すらも消し去るように

 

 ふと、熱源から遠ざかる

 『世話が焼ける!』

 セイバーによって首根っこを捕まれ、引きずられたようだ

 意識がクリアになる

 焔は未だに俺を焼いているが、こんなもの、激痛程度だ。あの時の慟哭程には苦しくない

 『生き……残るなぁぁっ!』

 地に落ちた流星の中から、一人の女性が飛び出す

 「断る!」

 焔を纏った槍をギリギリで右に避け、距離を取る。残された大量の残骸は流星の……女性の落ちた衝撃で吹き飛ばされ、地面はそれなりに開けていた

 

 距離を取って、改めて襲撃者を見る

 槍を持った女性……まず間違いなくランサー

 眼を引くのは、その槍が焔を纏っていることと、服装がやはりドレスであること

 その服装は、どこかセイバーに似ていて……

 

 「セイバー、あのランサーを知っているな?」

 『ええ』

 確認終了。違和感はあるが、それでもセイバーを信じるならば確信は出来た

 ランサー……真名はブリュンヒルト。クリームヒルトの兄グンターの妻、アイスランドの女王であろう

 北欧には同一視される戦乙女ブリュンヒルデが居るが、恐らくそちらではない。そちらであるならば、俺をジークフリートとして殺しに来る気がしない

 だが、半神の女騎士(ワルキューレ)ではなく、あくまでも人間であるはずのブリュンヒルトであれば、あの焔は説明がつかない気がする。俺も自分の中の英霊のルーツだろうとしてニーベルンゲンの歌に眼を通しはしたが、ブリュンヒルトは怪力であり普通の人間を逸脱しつつも、あくまで焔等は操らない人間であったはずだ

 だが現実に、ランサーの槍は焔を纏っている

 それは魔術的なものだ。未だに消えない等、尋常の焔では有り得ない

 

 「……ランサー。何故」

 『ジークフリート……殺す!』

 交渉不成立。かつて、血の疑似令呪に縛られ似たような状況になっていた俺が言えたことではないが、話が通じない。会話にならない。向けられるのは、混じり気無しの憎悪だけ

 「セイバー!」

 抑えるために、セイバーの名を呼ぶ

 『……やっと、やっと逢えたわね、ブリュンヒルト

 漸く……この手で貴方を殺せる!』

 セイバーが切り込む

 「落ち着け、セイバー!」

 理解する。セイバーは契約時、今度こそ彼女を殺すために、と言った

 ニーベルンゲンの歌において、ブリュンヒルトの出番は少ない。故に、その死もまた描かれていない。恐らくはクリームヒルトの復讐譚において、殺されなかったから書かれなかったのだろう。ジークフリートの死の原因の一人でありながら、彼女は生き残った

 だからこそ、セイバーはジークフリートの敵討ちを……今度こそ自分の手でブリュンヒルトを殺し、復讐を完遂する為に、俺の前に現れた。ブリュンヒルトの現界を感知して

 

 だから、落ち着けと言いつつ、俺も切り込む

 一人では、きっとセイバーはランサーに勝てないから

 戦いとはほぼ無縁の王妹、恐らくはバルムンクを振るって復讐を果たしたその逸話から無理矢理にセイバーとして現界しているのだろうセイバーと、仮にも怪力を持ち武闘派のランサーとでは、近接戦闘での格が違いすぎる。それに、謎の焔も気になる

 

 ランサーは、無造作に槍でセイバーの剣を受け止めた

 妙に甘い。幾らセイバーが戦闘に向かない……とはいえ、容易く押しきられる程、英霊という存在は弱くない

 その隙に、光の剣を叩き込もうとして……

 

 『ジークフリートォ!』

 焔が膨れ上がる

 咄嗟に左に飛び、みっともなく地面を転がる

 

 立ち上がりながら見ると、セイバーも何とか難を逃れたようだ

 「問題は?」

 『痛っ!何なのよこれ』

 いや、無事では無かった。あの焔は服を焼かないようなので分からなかったが、セイバーの胸元から、チラチラと燃える焔が覗いている。避けきれなかったが、致命傷は避けたという所か

 相も変わらず俺の右手を焼いている焔は収まる気配を見せない。ずっと俺を削り続けるのだろうか

 

 「ならば!」

 反応させない。全身全霊を込めて踏み込む

 縮地……

 一瞬後、俺は剣を突き出す構えのまま、ランサーの眼前に移動して……

 もう一度縮地。ランサーの居る空間を跳躍し、駆け抜ける

 背中で三度、焔が爆発した。今度は二度に比べて小さい

 

 「成、程!」

 光の剣を振るう

 恐らくは憎悪の言葉は威力を増すだけ、あの焔はオート発動と当たりを漬け、飛刃ではどうかを試す

 ランサーが槍で飛刃を受ける。どうやら、流石に遠隔での攻撃にまでは発動しないようだ

 「セイバー」

 『焔が焼こうが関係ない!今度こそ殺す!』

 「だから落ち着けセイバー!」

 アーチャーと紫乃が此方へ向かっている気配がする。あっさりとヴァルトシュタインのホムンクルス達を片付けたのだろう

 ならば、到着を待ってから決めにいくのが常道。焔の正体が掴めない今、迂闊な行動は慎む方が良い

 『死ねぇっ!』

 セイバーが剣を振り上げる

 『<喪われし財宝(ニーベルング)……』

 「止めろ、セイバー!死ぬ気か!」

 セイバーが止まる

 『何を』

 「焔が揺らめいた。宝具に対して、特大のカウンターが来かねん!」

 『ならばどうやって殺せというの!』

 セイバーが斬り込む

 今度はランサーにあっさりと剣を逸らされ

 「流石に!」

 飛刃でもって援護する

 ランサーが対応に槍をセイバーから逸らした一瞬にセイバーが下がる

 

 「アーチャーに戦わせる」

 『最低の返答ね!』

 互いに愚痴りながら、槍を突きだし飛び込んでくるランサーを避ける

 攻撃はしない。謎の焔がそれをさせない

 だが

 

 「アーチャー、お願い!」

 『はいよっと!』

 何時も、アーチャーの登場は速い

 

 アーチャーが俺の近くに降り立つ

 『んで、何時もの事だけどよ、何だこりゃ』

 「ジークフリートの被害者様だ」

 『いや、そうは思えねぇんだけど』

 『アーチャー、邪魔をするな!ジークフリート……殺せない!』

 ランサーが乱入者へと槍を突き出す

 

 『おっと

 で、何だ、こんな程度か』

 乱入してきた際の状態……すなわち、マスターの紫乃を抱き抱えたまま、アーチャーは左手で槍を掴みとった

 だが、それはアーチャーにとって悪手。槍は焔を……

 噴き出さなかった

 『悪りぃな、熱くねぇや』

 アーチャーがランサーを蹴り飛ばす。焔は何もする事なく、あっさりとランサーは吹き飛ばされた

 

 「ならば!」

 不調か、と思い、仕掛ける

 『ジークフリートォ!』

 だが、失敗。アーチャー相手には何もしなかった焔が爆発し俺に襲い掛かる

 「ちっ!」

 「アーチャー、なんなのアレ」

 『さあな?オレ等にゃほぼ意味がない時点で、恨みの強さに比例する焔って所だろうが……』

 「酷い話だ」

 後退しながら呟く

 そうならば、残酷な話だ。恨みを持たれている限り……俺がジークフリートである限り、セイバーは勝てない。バルムンク、ジークフリートの剣、ランサーの焔が反応しない訳がないだろう

 ならば、勝てるわけがない

 だが、今は違う

 「なら、あいつは任せるわアーチャー。俺は今にもまた飛び込んでいきそうなセイバーを」

 

 『悪いが、させんよ(悪いけど、させない)

 突如として、二重になった声が響き渡った

 何時しか、ランサーの横に一人の……老人が立っている

 だが、被った声は、聞き覚えのあるもので……

 「……そんな姿は流行らないぞ」

 『分かるか(分かるんだ)』 

 「大恩人だからな」

 『全く、やりにくいなぁ』

 今度は、聞き覚えのある声だけだった

 老人の姿が溶けてゆく

 現れるのは、俺の良く知る……いや、殆ど何も知らなかった相手

 

 「…………何でなんだ、ミラ!」


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