Fake/startears fate   作:雨在新人

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三日目ー両手に花?

『いや、言ってはみたけど、本当に良かったのかな?』

 俺の横を歩きながら、不意にミラはそんな事を言った

 

 「今更だろう。それに、恩人の頼みを無視する程薄情にはなりたくない」

 時は真っ昼間。俺は白を基本としたブラウスと緑のスカートといった服に着替えたミラと、そして……変えるものが無いために相変わらずドレスなセイバーと共に郊外のショッピングモールへと向かっていた

 伊渡間という都市はヴァルトシュタインにより発展してきた場。元々は過去の史跡を残す閑静な土地であったが、数百年前にその地を買い上げた渡来人ヴァルトシュタインによる開発により、段々と人が増え……今では10万人の人間が暮らす都市とも言えるものになっている。裏にはヴァルトシュタインによる聖杯戦争とその勝利による恩恵や、アヴァロンの魔術師☆Mにより疑似ブリテンともされる領域が作成された事による竜脈の集中といった後天的な繁栄要素もある……ようだが、そこまで詳しいことは分からない。英霊に関して頭に叩き込む事を優先し、そこまでの資料に目を通す時間は無かった

 兎に角、今の伊渡間は、大都市から快速一本一時間、出入り自由な私有地の森まであって緑が多く開放的で、そこまで遠くない家を構えるには悪くない都市として成立している

 

 故に、ショッピングモールが建設されるのも何ら可笑しな事ではない。事ではないのだが……

 正直、苦手だ。買い物というものに慣れてはいないこともあり、多くの店が連なるモールは難易度が高い

 だからと言って行かない、近くの店で買え……というのも、鉄道による利便性から発展した住宅地の集合が元であり、根強い商店街が成立する前にはモールが建設されてしまったことからロクな店がないので言い出せない。そもそも、ミラに付き合うと言ってしまった以上……ミラの行きたい店を否定する訳にはいかない

 

 『うん。ありがと、フリット君』

 ミラが軽く頭を下げた

 『……元々は、私に対する最低限の礼儀だったはずなのだけれども。どうしてこんな事になっているのかしら?』

 「すまない、ヒルト。ただ分かってくれ。幾ら悪でも、通すべき筋、恩返しというものはある」

 セイバーとは呼ばない。流石に不自然だろうから。ミラもあのアルベール神父の元に居るのだから、最低限の事は知っているかもしれないが、俺のワガママとして、そういったものとは切り離しておきたい

 『その選択が、この両手に花?良いご身分じゃない』

 皮肉めいた顔でセイバーは続ける

 

 考えてみれば……端から見れば金髪の少女と銀髪の女性を連れた目付きの悪い男。両手に花にも見えるだろう。留学生を案内している……等にも見えなくもないだろうが、大体はそんな反応になるはずだ

 「あっ、ミラちゃん!こんちには」

 『はい、こんにちは、高森さん!』

 ふと見ると、ミラは近くを歩いていた人に声をかけられていた

 「良い天気ねぇ」

 『そうだね。だからちょっぴりお買い物手伝って貰いつつお出かけしようかなって』

 「そうなの、楽しんでね

 そうそうミラちゃん。昨日の夜に怪事件があったらしくて、公園の一部封鎖されてたわよ。モールに行くなら迂回した方が良いんじゃない?」

 『はい、情報ありがとうね!』

 ……この街の教会に来たのは一年前らしいが、何だかんだミラは俺の知らない所で活動しているらしい。可愛らしい容姿もあわせ、知ってる人は案外多い。これでは普通に両手に花にも見えるだろう

 謂れの無い事とはいえ、悪意を向けられるかもしれない。まあそれは良いが

 

 『怪事件……見に行く?』

 「いや、良い」

 ミラの提案を断る

 怪事件……まず間違いなく、アーチャーが残したクレーターや、俺の宝具で荒れた道等の傷跡の事だろう。心の問題ではあるが、あまり見たいものではない

 『んまあ、話題になってるし、時間もかかるよね

 今度一人で見に行くよ』

 「すまない、そうしてくれ」

 『それじゃ、見に行かないと決まった所で、改めて出発だね』

 

 

 

 

 一時間後

 

 「…………分かってはいた、分かってはいたんだが」

 思わずぼやきが漏れる

 「気まずい……」

 ショッピングモールの、女性ものの服屋の並ぶ前で、俺は一人立っていた

 

 状況が気に入らない訳ではない。青春物語、今服を眺めている少女達が自身に対して好感を抱いている前提があるならば、寧ろ届かぬものとして憧れた事すらある。相手にその気がないと知っているが、それでもこんな状況を楽しんで良いのだろうかと思うほどに、愉しい

 だが、それとこれとは別の話だ

 自分がこのファンシーで明るくて女の子女の子している場所にどうしても相応しく無い気がしてならない。気にしようと思わなければ気にならないし、何時も向けられていた殺意に比べれば今向けられている視線等どうといことはない

 それでも、気まずいものは気まずい。それが()にとってはあまりにも幸福で、愉しいが

 出来ることならば、このカップルの片割れであろう男2~3人以外は女性しか居ないこの場から早く去りたい

 とはいえ、ミラは兎も角セイバーの服は俺持ち。セイバーが自分で選ぶのだから此で良いだろと口出しも出来ない。待つしかないというのが現状だった

 

 『いやー御免ね待たせて。ってもうちょっとかかるんだけど』

 暫くして、ミラが店から出てくる

 「三度目だ。慣れた」

 『ヒルトさん?の分もあるから何時もよりちょっとね

 それで、今回の服はどうかな?私自身としてはそれなりに合ってると思うんだけど、やっぱり他人の感想を聞きたくて』

 くるりと、ミラはローヒールの靴でターンを決めた

 それなりに短いスカートがふわりと浮き上がる

 「短いと下着見えるぞ」

 『そこは馴れれば大丈夫

 それで、男の人から見たらどうかな?』

 ミラが首をかしげる。淡い金の髪が揺れる

 

 セイバーのドレスよりは動きやすそうだな

 一瞬そう考え、可愛さよりも戦闘時の動きやすさを先に考えてしまうその思考に自嘲する。青春不出来だ

 改めて、褒めるためにミラの姿を見る

 

 普段の教会での服では分かりにくいがそれなりにある胸に押し上げられた、冬らしくか雪の結晶の刺繍が襟にされたレース付きのブラウスに、鈴をモチーフにしたろうエンブレムの書かれた緑に近い色のブレザー。黄色と緑色のチェックの入ったスカートは短く、白いニーソックスとの間に素肌が見える

 全体的に白を基本として明るい色で揃えられており、色味としては暖かそうではないが、可愛らしい

 

 「似合ってると思うぞ。何度も言ってるが、俺は服の造形やファッションに詳しくない

 だけどまあ、俺が街で見掛けたら振り返るレベルには可愛いと思う」

 ……もとが良い、というのもあるが

 「けど、冬なのに暖かそうじゃないな」

 『大丈夫大丈夫、ブレザーって案外あったかいよ』

 「まあ、良いんだが」

 

 「それにしても」

 素朴な疑問をぶつける

 『何かな?』

 「毎回白と明るい色だよな、ミラ」

 三回目で言うことでは無いかもしれないが、俺はそんな事を言っていた

 無駄な話だ。聞く意味はあまりない。けれども、きっと四回目はなくて、だからだろうか、つい聞いていた

 『まあ、お仕事の服は黒いからね、普段は明るくしときたいかなって』

 「……その割に赤は使わないな。似合うだろうに」

 『赤は……ね』

 不意に声のトーンが落ちる

 「悪いな」

 『大丈夫、わたしの個人的な事で、あんまり着たくないなってだけだから』

 ミラは笑う

 その笑みが誤魔化すものなのか、それとも違うのか、俺には判断がつかなかった

 

 「余計な事したな」

 思わず言葉が溢れる

 聞かせる気は無かった。自分の中の失敗談として、秘めるべきだった

 それをうっかり口にしてしまったのは……まあ、自分でも情けないが、浮かれて気が緩んでいたんだろう

 『どうかしたの?』

 ミラが近くから此方の瞳を見上げる

 「関係ない。自分の馬鹿さに苛ついただけだ」

 関係なくは無い。誤魔化しだ

 『ちょっと気まずいこと?』

 僅かに言葉が止まる

 『まっ、詮索はいけないしね。それじゃ、好評だったし、試着してみたこの服買ってくるね』

 そう言って、ミラは店に戻っていった

 

 失態を取り戻す行動を取ろうとした所で、入れ替わるようにセイバーが出てきた

 『……良いドレスが置いてないわね』

 「流石に当たり前だろう」

 そんな発言に意表を突かれる

 考えてみればセイバーは王妹、基本的に着たことがあるものはドレスばかりだったのだろう。特別な時だけドレスを着て、普段はもっと簡素な洋服だったのではないかという此方の認識が間違っていた

 『なってないわ』

 「ドレス屋は無いぞ」

 『流石に分かってるわよ道具(マスター)

 あの人ならドレスを仕立ててくれるわ、なんて言っても仕方がないし、貴方達みたいな簡素な服で我慢してあげる』

 「……霊体化すればドレスも綺麗になるだろう。財宝のドレスを魔力を使って呼び出す事もたまには許す。それで我慢してくれ」

 『そう

 ……なってないわね。誉め言葉のひとつも無いのかしら?』

 セイバーに言われて気がつく。試着だろう。セイバーも、服装をドレスから変えていた

 前腕の半ばまでを覆う手袋に、そう豊かではないが女性らしさはある胸元を見せつける、前の少し開いた、レースをふんだんに使った銀髪によく映える鮮やかな赤色のワンピース。レースが使われているとはいえデザインはそこまで凝ったものではない。が、恐らく……高いだろう

 「もとが良いからな。シンプルにワンピースだけならば似合うに決まっている」

 『及第点以下。可愛いとだけ言う方がマシよ』

 「……期待されても困る」

 詩的な表現は出来ない。それは自信がある

 『けど、まあ、服だけを誉められるよりはマシだったわ。素晴らしいドレスですね、何て私自身を無視したおべっか使うなんて最低だもの』

 「……そうか」

 『あの人のようにもっと言葉を磨きなさい

 ……あの人も、昔は苦手だったからこれ以上は言わないけれど』

 「それは良かった。一度金を払うから、それからその服は着直してくれ」

 セイバーの持つ他の服を受けとる。どれも恐らくはワンピース。やはり着やすいしボトム部分が長いタイプはドレスに似ているのが気に入ったのだろうか。下着も挟まれているが見ない。変態扱いはされたくはない

 値は……やはり、かなりする。無頓着に数着買っておいた俺の服の合計を一着で越えるだろう

 

 まあ、仕方ないか

 そんなセイバーだというのは、召喚時から分かっていたことだ。大きくフェイから貰った金は減るが、必要経費として割り切る。手を貸さない、と言われるような扱いをする事が最大の悪手だ。多少は……女性にとって重要だろう服くらいは言われたままを受け入れる

 直ぐに試着していたワンピースを手にセイバーが戻ってきた。ワンピースなのと、元のドレスがセイバー自身に付随する実体化させれば一瞬で着れるものなのとを考えると当然だが、相当に早い

 

 「彼女さんにですか?」

 「そんなものです」

 店員と一瞬だけ言葉を交わし、会計を済ませる

 外に出ると、既にミラとセイバーが待っていた

 「……荷物持ちくらいはするさ」

 『うん、お願いね』

 ミラからも服が入った袋を受けとる。手持ちの袋が3つになるが、まあ問題はない。ある程度魔力は回復している。食いちぎられた右腕は未だ回復せず麻痺しているし、酷使が過ぎた細い血管や一部神経は断裂したままだが腕に魔力を通せば苦もなく持てる程度の荷物だ

 

 『……ちょっと寒いね』

 外に出た所で、ミラがそう呟いた

 気が付くと、昼間は出ていた日差しが隠れ、曇りとなっていた。このまま行けば、夜は降るかもしれない。それが雪なのか雨なのか……は気温が正確に読めないと判断付かないが

 考えてみれば12月だ。寒いのは当然。日差しがあった出掛けやモールの中は暖かかったのだからより、その思いは強いだろう

 

 一瞬、迷う。失態を取り戻せては結局いない。自身の袋に入っているアレは失敗のままでしかない

 

 自嘲する。俺が、この悪が、まるで普通の高校生か何かのように過剰な幸福を謳歌していることに

 こんな事に悩むなんて俺らしくもない。単に微妙に思われれば済むことだ。この先……短い関係なのだから。万一今までよりも微妙な関係にになってしまっても、破局の前に終わりが来るだろう。聖杯戦争の終結という終わりが

 

 「……ミラ」

 袋から、包装された包みを取り出す

 『何かな?』

 「受け取ってくれないか?」

 そしてその包みを、ミラへと向けて差し出した

 『……これは?』

 『私には何もないのかしら?』

 「ヒルトはまだ無しだ」

 セイバーの言葉は今は無視する。これは俺なりの……今までの、創られて、S346として地の利を得るために伊渡間を知れと創られた次の日にはヴァルトシュタインの外に出されて、それからの……俺という存在の起源から直ぐ後から今までの限りない幸福への、それを与えてくれた大恩人への返礼だから

 いや、それも選択を大きく失敗してしまったようだが

 「……ちょっと早いクリスマスプレゼントだよ。当日会うかも分からないし、覚えてるかも怪しいからな」

 そもそも、聖杯戦争がクリスマスまで続くのかも分からない。俺がその日まで俺である保証もない

 だから今渡すのだ

 『……開けても良いかな?』

 「選択を間違えたからな。良いもんじゃないけどな」

 『人からの心の籠ったものって、それだけで嬉しいよ?』

 ミラが包みを開ける

 中から出てくるのは()()マフラー。似合うんじゃないか、冬だが防寒具はあまり買ってないんじゃないか、そう思って選んだ、両端に雪をイメージした白い毛玉が付き、その近くにツリーの刺繍がされた、ちょっとお洒落な気がする一品。白いマフラーと悩み選んだ時は、赤いのも似合いそうだし、会心の選択だと思ったものだ

 『……マフラー?』

 「……赤嫌いって知らなくてな。似合うと思って」

 申し訳ない。悪が青春ぶってもどうにも上手くいかない

 『ううん。自分では選ばない色だけど、だからこそ嬉しいよ。ありがとうね』

 言って、ミラはマフラーを首に巻く

 

 『……うん、あったかい』

 ……金の髪に、鮮やかな赤が良く似合う

 最低限、似合わないものではなかったようだ

 「嫌いなら無理しなくて良いぞ」

 『大丈夫、嬉しいよ……本当に、嬉しい』

 その声は、何処か泣きそうな……悲しそうな色を含んでいた……気がした

 けれども、それを問う前に、ミラの雰囲気はもとに戻っていて……

 

 『それじゃ、暖かいマフラーも貰ったし、帰ろ!』

 俺達は、教会への帰途についたのだった


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