『それで、どうします?』
上目遣い
狙っているのだろう角度で、銀の髪のメイド少女はそう問い掛けてくる。僅かに上気した頬も、見上げてくる角度も、ワタシなら何とか出来ますよとでも言いたげに唇を綻ばせる所も
……どうでも良い、流されるな
強くそう思って奥歯を噛む。やりすぎて割れたその空を切る感触に意識を取り戻す
「どうします?もなにも
俺の、己の、神巫雄輝の……そんなことはどうでも良い」
『どうでも良いんですか』
「……当たり前だ。そのうち何だろうがあいつを、旧ランサーを滅ぼした先にしか未来はない」
アサシンの去った空間を見詰め、そうだろう?と虚空に問い掛ける。当然答えはない
『本当にそうですか?
ワタシに頼む、という手もありますが』
「頼めばやってくれるのか?」
『ワタシのものだと自覚して、セイバーとアサシンとの契約を破棄してくれればそれはもう喜んで』
「そりゃ無理だ
俺は俺を裏切らない。自分を裏切って、それで何が残るんだ?
今更そんな手を使ってまで、フェイに助けてとは言わないさ」
そう告げて立ち上がる
幾らなんでもだ。立てないほど弱くはなっていない。あくまでも、伝説の再現として俺の性能が本来の世界、編纂事象の俺と同等程度まで制限されている、というだけだ。星は瞬かず、力は無く。それでも手足は其所に在る
『……全く。人を使うのが苦手な人ですね』
「上手い気は、しないさ」
そんな俺の背に(翼を展開した時点で服の背は大体ボロボロだ。傷つけないような形の細かな指定なんて少しでも力を振り絞る必要があったあの時に出来たはずもない)、冷たい手が触れる。手袋越しの、スベスベとした感覚
『ええ、知ってます
あの子も、そうでしたから』
「……そうか」
あの子とは誰か、なんて聞かない
俺はそれを知っている。誰かが円卓の騎士を呼ぶ可能性は高いとして、マーリンのフリをしていた昔のフェイの書いた資料なら幾らでも読んだ
『俺は騎士王と違って強くはないけど、さ』
『あの子も、強くはありませんよ
それでも、選ばれた以上は自分がやらなきゃ誰がやるって、思ってただけです。アナタのように、ね
……だから嫌いです。反吐が出ます』
そうして、背中に感じる重み
フェイがぶら下がってきたのか、と思うがそれにしてはあまりにも軽い
「……これは?」
そうして、引き抜いて気が付く。一本の抜き身の剣だ
その装飾にも見覚えがある。レプリカです、と言ってフェイが昔見せてきた鞘に入った剣……<
『ええ、言ったでしょう?そんな言葉は嫌いです、と
なら、アナタの言うことなんて聞きませんよ、当たり前です』
「……だから、押し付けたと?」
単純にプレゼントのようにしか思われないのだが
『その通りです』
「何故こんなものが此処に」
『……あの子の鞘を奪って保管していたの、誰だと思ってるんですか?
ワタシが持っていない訳は無いでしょう?』
「いや、鞘は分かるが」
『……何のために鞘を奪ったと思ってるんですか?
鞘と剣は一体、鞘を無くしたからと王を、剣の所有者としての指名を、潰そうと思っただけです。潰せませんでしたけどね』
おのれマーリン、と少女は冗談めかして吐き捨て
『ならば、鞘が在るならば当然其所に星の剣は在る。その程度、出来ないと思いますか?』
「……分かった。パクらせて貰おう」
『ええ、御勝手に』
「
「邪魔だ!」
「おお、神よ!」
「祈りに応える者など、居ない!」
「悪魔が!」
「奪い取れ、勝ち取れ、対価を払え
無償の救済など、何処にもない!」
黄金の装飾がされた豪奢な鈍器を振り回して、兵の只中へ
呼び出されている
そして、奴等は軍だ。万が一味方に当たれば、密集しているが故に、たった一人の俺に対して圧倒的に有利なはずの彼等の覚悟は鈍る。そうして、俺の得物は星の鈍器。俺を認めるはずの無い、本来俺にとっては不倶戴天の敵とでも言うべき星の聖剣。その剣を振るうことなど、本来俺は出来る筈がない。何処の世界に、破壊の星の尖兵に手を貸す蒼い星の剣があるというのだ
だが、使い手と真逆な俺でも、だ。寧ろ俺の中に滅ぼすべき敵を関知して鈍く光りだしているかの剣を、使えなくとも振り回すには問題ない。斬れはしないしビームも出ない、そしてアーチャーの如意棒を奪って投げ返そうとした時を思い出すほど異様に重いが、とりあえず其所に在る以上振り回せる。そうして、異様に頑丈な鈍器というだけでも、武器としては上等だ。折れる心配はとりあえずない。というか、打ち負ける心配も変質する心配も無い武器って、当初の光の剣より余程強い。意地張らず、光の剣の芯にすれば同じとか言わずに最初から借りておくべきだったかもしれない。神巫雄輝だって重いものは魔術で身体能力上げて持ち上げる事くらいしていたのだし、使えなくもなかったろう
閑話休題
そんな訳で覚悟も武器も劣る相手を凪ぎ払うには特に不安はなく。人のそれなりに集まる場所を抜けるようにしていけば弓を構えた部隊は弓弦を引いたまま震えていて
どうせ全ては旧ランサーの夢なのだから、構わず仲間ごと撃てば楽だろうに、と自分でも同じ立場なら出来ないかもしれない事を躊躇う弓隊を馬鹿にしつつ
「成敗!」
剣が重すぎて縮地は出来ず、魔術でもって強引に筋力を上げて振り回しつつ、戦場に辿り着くやその背から斬りかかる。恐らく今のボイコット中の星の聖剣では豆腐すら斬れない(けれども結果的に質量で崩れはするだろうから問題ない)為、斬るというのは正確ではないが気分だ
『……ふん』
だがそれは人の盾に防がれる
王を体を張ってでも護るのは当然の事。だからだろうか、当たる直前に転移してきたとしか思えないタイミングで、近くに居なかったはずの兵士が間に入った
「……来たぞ、ニア」
『誇りの、為に?』
「未来の、為に」
『ぐれーと』
背後から、数名の十字軍兵士が槍を手に襲い掛かる。それに対し、なにもしない。それを選ぶ
その槍は届かず、正確に俺を避けて放たれたボウガンの矢に胸を射抜かれて虚しくその体は地面に転がる
『……死にに来たか、悪魔』
「違うさ、東方の聖王
……未来を紡ぐために、貴様を殺しに来た」
『出来ると、思うか!』
「貴様の伝承に!俺を殺す編纂事象に!ニアは既に居なかったはずだ」
『そんな、差
覆せなくて、何が主の
「…どうでもいい」
『「オレ」は此処に居る。綻びはある』
「ならば、後は……その首、貰うだけだ!プレスター・ジョン!」
何時もなら直後に夢幻召喚!と叫んだろう。今はその力は無い
それでも気迫だけは込め、重い剣を胸へと翳して、そう叫んだ