Fake/startears fate   作:雨在新人

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二日目ー伊渡間中央公園

日が西の空に消えようとしていた

 時は既に12月中旬、日が落ちるのはかなり早く、肌寒さも当然ながら厳しい。土曜日だということで日中は多くの人で賑わい、犬の散歩に来ていた者も多かった伊渡間中央公園も、段々と人気が無くなって行く

 その中で、俺は設置されたベンチのひとつに腰掛け、体を休める為に微睡みながら空を眺めていた

 チラチラと、視界の端で各地に設置された街灯が点滅し始める。そろそろ夜と呼べる時間だ

 

 『全く、風情も何も無いわね』

 横で、お行儀良くベンチに腰掛けていたセイバーがそうぼやく

 宝具は発動し続ける限り魔力を消耗し続ける。セイバーは今、霊体化も宝具による隠密もせず、其処に居た

 端から見ればYシャツとはいえラフな服装の彼氏と、そんな奴には勿体無い程の気合いの入ったドレス美少女の凸凹カップル、だろうか。実情は大きく異なるが

 「今更取れるホテルなんて、ロクなものが無い

 人気(ひとけ)が多くて、昼寝していても違和感が無くて、開けていて襲撃しにくい。その上何か話してても周囲に溶け込む。これ以上無い休憩地だ」

 『レディの扱いは』

 「なってなくて結構。他の候補なんて所謂(いわゆる)ラブホテルになりかねないんだ、そうでなかった事を不幸中の幸いだと思ってくれ」

 『あの人に似てる……というのは勘違いだったのかしら、ねえ私の道具(マスター)

 「そこら辺はずっと俺の中で眠っている英霊本体に言ってくれ、俺は俺、ザイフリート・ヴァルトシュタインでしかない。ジークフリートでも、神巫雄輝でもない」

 

 言って、フェイからの荷物を改めて漁る。退職金と書かれた紙と共にそれなりの額が入った財布、最低限の着替え、かつて合成獣相手にたまに利用していたナイフが10本ほど、三本の薬、そして手袋。それが入っていた全てだった

 余計なものは一切無い。出来ればもう少し多目に薬が欲しかった所だが、そもそも本来は薬なんて無い前提で挑まなければならない状況であったのだ。寧ろ三本もあるのが幸運というしかない

 今は最低限の着替えの代わりに、右肩に大穴が空き、各所にも破れがあるかつての服をバッグには放り込んである。何れ捨てることにはなるだろうが暫定処理だ。本当は敷物がわりにでもしようかと思っていたのだが、セイバーがそんな襤褸を使わせる気か、と言ったので着替え側のコートを敷かせている。その為、正直日中は兎も角日が暮れた今は多少肌寒い。とはいえ、未だ周囲に人はゼロではない、かつて使っていた血がこびりついたローブを出す訳には流石にいかないだろう。既にこの身は身元不明の戸籍無き存在なのだ、警察のご厄介にはなりたくない

 

 『……その薬は?』

 と、薬を取り出していると、セイバーが訪ねてきた

 「単なる抗体薬……みたいなもんだ」

 言って、シャツのボタンを外す

 『変態』

 「説明するには見せるのが早い」

 ジトッとした目をするセイバーには気にせず、そのままシャツの前を開けた

 体が外気に晒される

 冷たい目で此方を見ていたセイバーの瞳が揺れた

 細い手が、胸板……いや文字通りの胸にある金属板に触れる

 触られた感触は無い。金属なのだから当然だ

 『……これ、は?』

 「俺をサーヴァント擬きたらしめている元凶、錬金術だか何だかの賜物。魔術と機械の融合、核となる聖遺物を元に、人をサーヴァント擬きに作り替える魔術機構、銀霊の心臓。その表面だ

 人一人使ってるだけあって、俺は生体部分が多いからな、霊薬で抑えてなきゃ魔術機構部品と生体部品との間に拒絶反応が出るんだよ

 まあ、血の疑似令呪による更なる制御システムが確立するまでの裏切りに対する抑止力として放置された治せる欠陥かもしれないけどな」

 気にしても仕方ない、と話を切る

 霊薬一本で抑えられるのは大体7日。そう思うと三本も必要ない気もするが、戦闘等、銀霊の心臓を酷使すればそれだけ拒絶反応も出やすくなる。一昨日の夜、襲撃前に飲んだとはいえ、その抗体薬は極力抑えた戦闘を心掛けたつもりでも既に切れかけている。もしもこの三本の薬がなければ、あと一度の戦闘すら抗体切れによるリミットを考えてやらねばならなかっただろう。だとしても反旗を翻した当初の勝利条件、何れかのマスターに拾われて難を逃れ潜伏するか、シュタールを倒すか足止めし、本邸から薬を奪取する、の二択に比べればセイバーという自前のサーヴァントが居るだけ相当マシではあるのだが

 

 『そう。壊れなければ良いわ道具(マスター)

 セイバーの反応は鈍い。俺そのものに興味はあまりないのだろう

 まあ、当然だ。きっと彼女が召喚に応じた理由も、ジークフリートにもう一度逢うためだったのだろうし、擬きに現を抜かすような事は無いだろう

 「壊れないさ。壊れる事は許されない。俺は全てを還さなければならないから、借り物を壊しては示しがつかない」

 『なら良いわ』

 

 ふと、セイバーは此方を見る

 『それにしても、小間使いのフェイ……だったかしら?妙に仲が良いのね、恋人?』

 惚れた腫れたは少女のご馳走、やはり英霊でもそこは少女なのだろうか、妙にキラキラした目でセイバーは此方を見る

 「違うさ」

 フェイの姿を脳裏に思い描き、確信をもって俺はそう答えた

 何時もメイド服を着た、俺より数年先に人工サーヴァント計画で作られたというホムンクルス、S045(セイバー045)。アーサー王……いや、かつてのキャスターが残した資料によると騎士王アルトリアを目指し作られるも、結局自我を持つ事と家事能力以外まともに機能が無かったが、逆に家事能力は高かったので破棄されなかったらしい少女。フェイというのもある程度浸透していたらしいが元々自称で、アーサー王が大嫌いな、銀髪で、何時も何処か遠くを見ていたヴァルトシュタインでの唯一の味方

 『その割に、随分と色々と貰っているじゃない。それに、唯一貴方として見てくれたんでしょ?』

 「フェイは、俺の事を何とも思ってない。いや、きっと誰も特別視していない。彼女の心を動かすのは、きっとアーサー王だけだ」

 その、僅かに焦点の合っていない青い瞳を思い出す。自分がそうあるべきとされていたアーサー王を語る時だけは、強い光を湛えていた瞳を知っている

 「フェイにとっては、本質的には当主のシュタールも俺も単なる一個体、扱いに差を付けるような存在じゃなかったんだろう」

 『それで?』

 「それでも良かった、俺という悪は救われた。理由はどうあれ、一個人として扱ってくれて、幸福だった

 これはそれだけの話だよ。あえて恋愛に繋げるなら俺の片想い、聞く分にはつまらない話だ」

 開けたままであったシャツのボタンを閉める

 

 『……不味い。昼間の方が美味しかったわ』

 気が付くと、セイバーは晩飯用にと公園へ向かう際に買っておいたサンドイッチに手を出していた

 この場を動く気は此方には無い。昼間は干渉してこなかったが、夜まで未干渉という事は無いだろう。きっとライダーは動く

 その際に、多少の起伏があって動き難く、更に開けたこの場所はそれなりに戦いやすい場所だ。下手な場所で邂逅するよりは待ち構える

 

 なので、俺も一口サンドイッチを摘まむ

 不味くはないが、ミラの用意してくれたものに比べれば一歩足りない味だ。自由になる金が無かったので一度も食べた事はなかったが、多くの人が食べているのを見て期待していたほどの物ではなかったらしい。いや、残飯とはいえヴァルトシュタインの家のものはそれなりに高級であったろうから、比べるものが可笑しいのかもしれないが

 

 空を見上げる

 郊外にある伊渡間市、それも大きな中央公園からの景色だけあってか、満天とはいかないが星空があった。何時しか日は沈みきっている

 こんな空を眺められるというのも贅沢な事だ、と思い、立ち上がる

 「セイバー、頼み事がある」

 『……何?』

 「荷物を、安全な所へ置いてきてくれないか」

 『それは、私にやらせなきゃいけないことなのかしら?』

 「そうだ」

 『……仕方がないわね。何時か返しなさい』

 言って、セイバーは荷物を受け取り、遠ざかっていく

 

 これで良い。日中は人前で戦闘を仕掛けて来れないだろうから問題ないが、夜は別だ。早めにセイバーと一度別れ、セイバーという切り札を隠す必要がある

 セイバーが置いていった、敷かれていたコートを羽織る

 

 やることは少ないが、準備は終えておく。かつて、光の剣の制御が下手で何時も自身の手を()いていた頃に用意された手袋をする。鞘に入れたまま、ベンチの下に置いておいたナイフを取り出す

 何時しか人気は無くなり、街灯の光が公園を照らしている

 

 剣は無い。だが問題はない。本当の切り札をセイバーから借りている

 使えるか……はぶっつけ本番といった所だが、まあ、使えない事は無いだろう。信じなければ始まらない

 

 人影が揺らめく

 影は一つ。恐らくはアーチャー陣営ではない。あのアーチャーがマスターから離れる事は無いだろう。それは安心出来る

 という事は、恐らくはライダー

 

 「……ライダーか、来るなら来な!」

 自分を鼓舞する意味を込めて、俺はそう叫んだ


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