「かーくん」
『……まだ、その状態に戻れたんだ』
「どうでも良い。俺だろうが、己であろうが、何であろうが
結局のところ、俺はザイフリート・ヴァルトシュタインでさえあれば良い
それさえ一つならば、今の自分がどんな存在であろうが、果たさなければならない使命は間違えない」
そう言葉を交わしながら、ただ歩く
目指すはそのまま南。理由はとても簡単だ。不穏な気配がしたから
俺達が居たのはこの世界の北寄りの区画。世界全土が……恐らくは内陸の街を元にしたせいか、高い山で囲まれている。ミラがその山を越えようとして、その先には何もない事を確認して帰ってきた
そう、何もない。己である時代、魔力を噴出すれば索敵に引っ掛かるであろうから、範囲外の
世界を閉ざす山の先に見えたのは、深淵。何もない、が其処にあった。恐らくは妖精郷のように何次元か隔てた場所に存在する小さな世界を、固有結界で丸ごと上書きしたのだろう
その気になれば壊せなくもない……はずだ。アーチャーならば4~5kmまでしかないという閉鎖世界を、自身の持つ認識でもって宇宙まで
まあ、それは破壊したとしても元の世界に帰れないから妄言として置いておいてだ。この世界はフェイ……モーガン・ル・フェイの所有するブリテンを土台に、5騎のサーヴァントが自身の心象を固有結界のように描いて成立していた
その一角が、邪魔だからとフェイ等に崩された。その事は桃色の狐と共に仮面を付けて留守番を任されていたから知っている……というか、仮面付けて瓦礫と化した場所に出向いたのだから、知らないはずもない。いや、元は制限かぼんやりとしか知らなかったが、今は己の記憶もはっきりしている
一角が崩れて所有者不在になった以上、残りが取りに来るのは自明の理。落ちたのは北だから、直接繋がる
三つ巴は得策ではない。かつて、単なるパチモンサーヴァントであった……獣でなかった俺をなぶり殺した旧ランサーは間違いなく俺の味方にはならない。寧ろ相当に俺を嫌う敵だろう
そしてそれは旧ライダーもまた。
持つわけがない。自分の妻をサーヴァントとして従わせている自分と同姓のマスターなど、可能ならば殺したいに決まっている。本来二度と会えないはずの妻に再会させてくれた……といった要素があればまだ良いが、生憎とそんな愛情深い感動秘話はセイバーの態度を見るに絶対にない。
ということで、目指すは単純に南
つまりは、フェイ……というよりも、心象としてはフェイに従っている狐二匹の主の場。即ち、多少心象故に認知により歪んだ平安の都である
「かーくん、何処行くの?」
『アサシンの残骸漁りに来たハイエナ共に背を向ける』
『逃げんのかよ』
「戦略的撤退と言え、旧アーチャー
留まり発見されればついでとばかりに殺しに来られるだろうに、わざわざ残る価値が何処にある」
『漁夫の利』
「やりたいなら一人で残れ」
歩みは止めず、緩めず
『一人で?弓使いのアーチャーには一対多は荷が重すぎるって話
前線をやってくれるってなら、後ろから敵毎ぶち抜いてやるよ』
「それは止めろ、アーチャー
俺の体で止められて本気で貴重な矢の無駄撃ちになる。やるならしっかり王将の脳天を狙え」
『まあ、そもそもお前に従う気なんぞないけどな』
「あはは、かーくん、仲良くなれそうなんじゃなかったっけ?」
「何を言ってるんだ紫乃。暇だから実りの無い会話を出来る、敵ならそんなことは不可能だ」
『でもフリットくん、探知されたりしないの?
あの都も凄く危険な気がするけど』
「一人なら問題ない」
黒コートを脱ぎ捨てる。そもそも、趣味で残していただけで、もう必要の無い襤褸布となっていたので未練はない
その下にあるのは、仮面を付けて式をやっていた一瞬の間に着せられていた白い和装
「俺に関してなら、あいつ等が勝手に誤魔化す為の服をくれた訳だ」
『そんな機能あったんだ……』
「割と長く、使う気あったらしいからな式神状態」
『あはは
うん、わたし一人なら誤魔化せるよ?』
「……ダメじゃないか」
半分予想はしていた答えに、溜め息を吐く
『ダメって?』
「そもそも、誤魔化せるのはこの服が味方として扱われるから、だ
魔力ぽんこつ魔術師な紫乃は探知で反応するレベルに達していない可能性が高いとして、残りはバレる」
「マスターでもバレるのか?」
「吸血鬼がバレないザル探知なら、今頃
「くっ」
当たり前の話を聞いてくるバカは無視して、言葉を続ける
「だから、何もなく入れるのは俺くらい」
「私は?」
「探知にはかからなくとも、目立ちに目立つだろう。洋服なんてフェイ位しか居ないぞあの街
だから、俺が何とかする……気だった」
『それだと……そっか、わたしひとりが付いていっちゃうと、マスターさん達が不安かな』
「そういう話だ
アサシンも、居ることだけは認識出来るからこの場合は何の役にもたたない」
『おや、そんな面倒な理屈は必要ありませんが』
聞こえた声に、足を止める
止めざるを得ない。和装に誤魔化す機能があるなんてのは大嘘だ。そんなものはない。単純に、俺一人であれば恐らくは狐達から見てみぬフリをされる。俺に、何かをさせるために、あの狐は式として自分達側に引きずり込もうとした。だから俺一人なら行ける訳だ
そうして、聞こえてきたのは……見逃すだろうと思っていた片割れの声
「……ザ・グレイテスト・オンミョージ……」
その声の主の名を呼ぶ
『
しかし、声はすれど姿は見えない
……いや、見えていた。単純に認識出来なかっただけ
宙に浮かぶ折り鶴、掌に収まるようなそれから、銀狐の声が響いていた
『出向いて来ないんだ
礼儀がなってないね』
『当たり前の無礼、お許しを
眼前に狐鍋を狙う賤しい狩人と貴女が居る状態で、自殺をする気にはなれぬもので』
『扱い酷くないかな。そんな事言われると、言われた通りにしたくなるかも』
「って待て、晴明。何か言いに来たんだろう
それだけ言って帰れ。長引けば桃色の方に伝言もまともに言えないと笑われるだろう」
このまま会話のドッジボールを続けようとしても意味はない。呆れるように息を吐き、そう話を切る
『おや、それではそうしましょうか
それだけ告げると、鶴の姿はほどけて消える
後に残るのは、未舗装の道に落ちた、折り目のついたさっきまでは鶴であった紙だけ
「……紫乃」
「何、かーくん」
「手が取れていて困る、拾ってくれるか?」
「困る、って軽い話じゃないと思うんだけど……」
ほらな、と手首を振る俺に対して目線を下げながら、少女は紙を取った
「えっと……忘年祭のお知らせ?」
その間抜けな文面に、思わず手首の断面を頭に当てた
『そんなもの無いと思うんだけど』
「あるんだよ、ミラ
あの都は
自分基準で、話に聞く彼等の生活はこうだろうという都なんだから、現実よりも大分生活水準と活気が上がってる。だから、祭の余裕もあるんだろうよ」
アサシンが紫乃から受け取った紙を、しっかり俺に見せるように広げる
それは、祭やるからしっかり遊んで欲しいという旨が書かれた手紙で……数枚の玉藻通宝なる紙幣が同封されていた
おいこら桃色狐、貴金属以外を使った信用貨幣が存在する貨幣経済の登場は平安じゃないだろ調子乗んな