Fake/startears fate   作:雨在新人

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十日目ー拍子抜けの返還

『さて、話をしましょうか』

 人一人……いや、サーヴァント一騎を殺し、それを気にも止めずに少女はそう告げた

 ……多分なんだけど、拳を石に変えたのは少女の魔術

 

 『悪いけど、わたしは石にならないよ』

 『ええ、知ってます。元々こんなもの、石に化けて隠れる為の消極的な魔術ですから。妖怪だなんだと言いながら、割と真面目に魔術への耐性低すぎたので使ったまでですよ。近現代の生き物なので考えてみれば仕方はありませんが』

 ミラちゃんが、手を握りこむ。その手に、バチバチとした雷が走る

 

 『さて、出番ですよ』

 それに動じず、少女は指を軽く弾く

 軽いパチッという音が響く

 ……何も来ない

 軽くずっこけかけ……目が、あった

 

 その、仮面の男の奥に輝く、強い光、と

 「……あ、ああ……」

 まともに、声にならない

 

 その光に、見覚えがある。あの時のかーくんの目だって思う

 仮面の男が、其処に立っていた。ただ、静かに

 「かー、くん?」

 その横を、雷光が駆け抜けた

 

 「ミラちゃん!?」

 驚く。そんなことするなんて、私は思ってなくて

 「……どうかしたか』

 その突き出した手は、がっちりと異形の……細すぎる左腕に受け止められていた

 『全く酷いですね。折角アナタ方が、喜んでくれるだろうと、対話の為に呼んだというのに』

 「……フェイ。己は一応あの狐の式、という扱いになっているはずなのだが』

 『ええ。ですから更なる上位者であるワタシの権限で呼び寄せました。これで狐鍋はチャラにしますから別に良いでしょう』

 ミラちゃんの雷を受け……ているはずなのに、彼は何処までも自由で

 気にも止めず、というほどではなくても、口は軽く動いていた

 

 「かーくんっ!」

 けれども。仮面なんて付けてても

 その声を聞き違えたりしない。一年間、一度も聞いてなかった時ですら、その大好きな声音を、幻聴でも思い出さない日は無かったから

 だから私はそう叫び……

 けれども、仮面の男は、それに対して何ら特別な反応を返すことはなかった

 『キミは、誰?』

 「知っているだろう、ミラ

 ビーストⅡ-if、『回帰』の獣、世界を喰らう悪竜、駄狐の式神、ザイフリート・ヴァルトシュタインだ』

 その声に、抑揚はない。何処までも淡々とした淡白な答え

 感情が表に出やすくて、込めた思いが分かりやすいかーくんにしては、おかしなしゃべり方。だから、その真意が全然分からない。この名前を名乗った状態のかーくんと出会ったばかりのように言葉と感情はふんわり分かっても理解が出来ないって訳じゃないんだけど、そもそも読み取れない

 『違うよ』

 その違和感を感じたのか、ミラちゃんが首を振る。雷を込めた拳は、引かずに

 『キミはフリットくんじゃない』

 

 『酷い話ですね。仮面をつけたくらいで、その真実を見失うようですよ、あの慌てん坊のサンタクロースは』

 意地悪く、メイド服の少女が嘲る

 「……信じないか。ならばそれで良い』

 その背に翼は無い

 かーくんの……獣を自称する存在の背に象徴のように存在するはずの血色の光による、ブースターそのものの翼は、姿を見せていない

 本気ではないのだろうか。やっぱり私達と戦うのを、仮面を付けてても躊躇してる?操られてるのかな

 なんて、私はぼんやりと思考を巡らせて……

 『そこっ!』

 眼前で、仮面のかーくんが吹き飛んだ

 掌底一発、その腹に右の手は止められたまま、更に踏み込んでミラちゃんが叩き込んだのだ

 

 ゆらり、とかーくんはそれでも立ち上がる。ダメージは無さげで、仮面の奥底の目は……表情なんて読み取れない。今までのかーくんは、何て言うか、自分を追い込もうって悲壮感が見えて、だから化け物なんかじゃないよっ!って言えたんだけど。たまに見せる、狂った笑顔なのか、それとも無理してる何時もの顔なのか、見分けがつかない

 

 剣すら抜かないのは、私達を攻撃したくないからか、それとも……

 『ワタシは話をしましょう、と言って、会いたいだろう人を連れてきてあげた訳ですが

 それへの返答がこれですか?なってませんね、本当に』

 「……己は、あまり話すことも無いのだが』

 『わたしも無いよ

 貴女達を倒す。滅ぼす

 それが、わたしの使命だから』

 「酷いな。ザイフリート・ヴァルトシュタインを助けてくれる、んじゃなかったのか?』

 『助けたいよ?』

 『おや。ならば何故、アナタは今そんな馬鹿をやらかすんですか?』

 『煩いよっ!』

 ミラちゃんが気迫で打ち出す雷は、銀髪の少女の眼前で、薄い魔法陣に阻まれて掻き消える

 

 『摂理の雷。正直な話、飛んでくる分に関しては、適当な壁で受ければ摂理に還しても何も変わらないからと消える欠陥品も良いところですね』

 嘲るように、涼しげに少女は呟き

 『乗せられるんじゃねぇよ、ねーちゃん』

 その少女に向けられた、えーっと、クロスボウにミラちゃんは冷静さを取り戻す

 

 『そうだね。勝手に言ってるといいよ

 事実だしね。逆に言えば、手でそれを打ち砕いて本人に当てれば効くんでしょ?』

 『当たれば、ですね。残念なことにワタシは彼ほどの因果改変耐性なんてありませんし』

 『うん。だから後で良いかな

 アサシンちゃん、ヴィルヘルムさん。暫く宜しく』

 『あいよっ!後で胸揉ませて』

 『勝手に彼女倒して揉んでて』

 軽く、旧アーチャーは少女……フェイへと向く。任せる、と頷いて、アサシンちゃんもそれに続いた

 

 「……話は、終わったか?』

 そうして、ミラちゃんが対峙するのは、仮面のかーくん。向こうから情報を集めるなり時間を稼ぐなり以外で、会話を待ってくれるのはちょっと珍しい。かーくんは、まず勝利を得られるようにって、割と言葉を遮ったりお約束を無視したりするけど、仮面の男はそんなことせずに律儀に待っててくれた

 『待っててくれるなんて、優しいね』

 「……助けたいよ、の続きを

 聞いてみたかった。終わらせる前に』

 『あっ。そういうこと

 簡単な話だよ』

 

 そして、ミラちゃんは……初めて、完全に笑みを、顔から消した

 『君が、フリットくんじゃないから』

 「えっ?ミラちゃん?

 声、かーくんだよ?」

 「これは、可笑しな事を』

 くつくつと、仮面の下で男が含み笑う

 「己の名は、ザイフリート・ヴァルトシュタイン。『回帰』の獣。それ以上でも、以下でもない』

 『うん知ってる

 けどさ。わたしが助けたかったのは、ザイフリート・ヴァルトシュタインって人間じゃないから』

 「ならば、何だと?』

 

 『大切な事なんて全部知ってて、それでもたったひとつの胸の奥底の呪い(いのり)で、自分はこんなキラキラしたものを持ってちゃいけない。返さなきゃって、ずっと自分を呪ってた

 そんな、幸せにならなきゃいけない人。どれだけ凄んでも、世界なんて壊せない、優しい人

 

 ……獣に堕ちた、同姓同名で昔の記憶が同じだけの、畜生じゃない』

 

 「畜生、か』

 仮面の男が、手を振り上げる

 『そういう、事だよ!』

 神鳴と共に、ミラちゃんは踏み込む。相手の間合いへ

 それを、きっと仮面の奥底で、彼は見もしなかった

 

 ただ、無造作に。腕を、振り下ろし……

 弦が飛ぶ。白い光が、世界を斬り裂く。それは、眼前の少女をも……

 

 切り裂かなかった

 代わりに散るのは、一つの血の華。盾のように展開して翳した翼毎両断され、その残骸を緑の炎で燃え尽きさせていくのは……一人の少女、アサシン

 『……駄目』

 庇ったんだ、と気が付くのに、何秒か掛かった。その間に、その姿は消えていた

 「かーくんっ!」

 何を、言いたかったんだろう。ぐちゃぐちゃで、分からない

 けれども、何か言わなきゃって、伝えなきゃってただ声を張り上げて

 僅かに、その動きが止まる。その隙を逃さず、ミラちゃんは……

 その体を、抱き締めた

 「……意味など』

 『離さないよ。返して貰うまで、ね!』

 その体から、スパークが迸る

 それは二人の全身を焼く

 

 けれども、一切仮面の男は声もあげず、動きもせず……ただ、仮面だけが不気味な光を放ち出す

 白い輝き。それこそ、頭から生える天使の羽根のように、光は広がって行き……

 ダンっと言う着弾音と共に、その仮面の右目辺りが砕ける

 クロスボウから放たれた矢だ。光は消え、その下のかーくんの顔は……目を閉じていた。眠っているように

 

 『……どうかな』

 動きを止め、意識を失ったろう少年を抱え、ミラちゃんは眼前の成り行きを見守った少女に問う

 

 『返してもらうから。人間の、フリットくんを』

 『ええどうぞ?

 そもそも、意識を魔術で弄くるなんて事、ワタシの性に合いませんし。お貸ししますよ、泥棒猫の所へ』

 「どういう」

 『どうせ彼は、最後には自分の意思でワタシの所に来るという訳ですよ。ワタシはそれを、待つだけで良い。無駄な努力は、本当に徒労です』

 『ふざけないで!』

 『ふざけてなんていませんよ

 それに、彼を使ってというのは飽きるんですよ。正しく使えば負けようが無いですから。勝負にならないものなんて、政治の中だけで沢山です』

 「だから、返すの?」

 『貸すんです

 もう少し苦戦させることも考えましたが、嫌われますからね

 素直に犠牲もなく終わらせる事にしたわけです』

 それだけ言い残し……たかと思うと、少女の姿はかき消える

 

 ちょっと離れた地を疾走する、四足歩行の獣の足音が、聞こえた気がした


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