Fake/startears fate   作:雨在新人

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十日目幕間 桃色狐とごく当たり前の返り討ち

『馬鹿……な……』

 眼前で喚くのは、一人の妙に後頭部の長い、ハゲかけたジジイ

 だが、知るか。その両の手に込める力を更に増し、その屑共の肉へと、指を沈めていく。他者の肉体というものを、己の血肉で蹂躙してゆく

 

 『何故、貴様は……』

 ああ、煩い。気が散る

 唯でさえ煩いというのに、これ以上雑音を混ぜるな

 『貴様は儂を攻撃出来る』

 泡を食ったその言葉に、仮面の下で苦笑する

 

 「……そんな事か、ぬらりひょん(旧アサシン)

 『そんな事かとは何だ貴様!

 何故、そこにある事が当たり前であるはずの者を、明確な殺意をもって襲える』

 ああ、元気だなお前。心臓を握り潰そうとされているというのに

 まあ、それは己も同じこと。サーヴァントの耐久力をもってすれば当然の話ではあろうが

 なんて意味もない思考を、仮面の裏を多少の血で染めながら垂れ流す。口の部分に開閉機能が無いことだけがもどかしい。吐いた血が、仮面の裏にこびりついてしまう

 

 「知れたこと

 旧アサシン、お前は……此処に居るのだろう?』

 『確かに居るとも』

 右の手が空を切る

 会話に気を取られているうちに一時蹂躙しかけた肉は離れ、長ドスを此方へ向けて構えている

 

 ならば、もう必要ないか

 思考と共に、自身の胸を抉る細い左腕を引き抜いた

 「……ならば、何も可笑しな事は無い

 例外無く、全てを殺す気になれば良い

 

 それがどれだけ当たり前で、其処にあることに疑問も、敵意も、差し込んではならぬものであろうとも

 知らぬ存ぜぬ全て破壊せよ。ただ、そう思うだけで良い』

 両の掌に残る血を、魔力に変えて

 「ならばこの肉体は、必然的にこの場の最も滅ぼすべき二匹を狙う。文句はあるか?』

 『だから、貴様は』

 「例外など設けてしまえば、貴様の存在はその例外にある事に、疑問を思えなくなる。それが、意識陥穽というもの』

 『だから貴様は、自身をも狙ったと言うのか!』

 「その通りだ』

 見て分からないのか、あの妖怪ジジイは。流石は耄碌したジジイだ

 

 『ちょっと、ちょーっと

 暫く、暫くぅ!』

 「何だ、タマモリリィ』

 『そこの仮面の人!』

 ビシィ!と音でも聞こえるような勢いで、のんびり昼寝なんぞしていた青を基調とした和服を重ねた狐耳が、此方を指差していた

 単純に腕が重いのか、その指先は震えていたが

 『それ、此処でああ、ちょっとは働きますかなーんて言って遠征しに行った仮主(フェイ)サマに留守を任されて、けれども攻めてくる馬鹿なんて居ません居ませんってお昼寝してた(わたくし)すら巻き込みますわよねぇっ!?

 手心、手心ぷりーず!』

 はあ、と仮面の下で息を吐く。並列した2つの思考の片割れが、下らない戯れ言に対応する

 「……己、そして恩人へ害を成そうという間抜けな暗殺者

 どうやらこの手は二本しか無くて、同時に対処出来るのも二匹までらしい

 その優先順位が回って来るまで待て』

 『そんな順位永遠に上に二人以上居る最下位で良いですぅっ!』

 

 「……それで?攻めてこないのか?』

 作ってやった隙を、長ドスをまるで普通の刀のように構え、摺り足でにじり寄るに済ませた翁に、そう声をかける

 「ああ、それとも……

 攻めて行くのが、怖いのか?』

 『何だと貴様!』

 「反撃された事なんぞ、無いよなぁ

 

 もしも、もう一度。きっと対応出来ないと思っていても、もしかしたら

 そう思ってしまったが最後、反撃を恐れて二度と、前に進めない。もう無い未来が恐ろしくて、それが、反撃により血の華を咲かせる未来であるかもしれないから、踏み込めなくて。足を引いて死という結末(過去)に逃げざるを得ない

 それが、結局は可能性を捨てた愚策であろうとも』

 『酷い挑発ですねぇ……』

 「勝利を

 そうでなければ、どんな意味も……悪に塗り潰されて無意味に成り下がる』

 『良く喋るなぁ貴様』

 「ああ、舌が回る

 どうやら、貴様をぺらぺらと話しても良い仲間、程度の認識をしているようだぞ?』

 『ほう?』

 翁が舌なめずりを行い

 「味方か。狐鍋の下拵えをする際に序でにつみれにしてしまえば良いか』

 そして、舌を噛んだ

 

 『ぺらぺらと!』

 「もっと舌を回して欲しいのか?』

 意識せず、味方に種明かしをするように、言葉を続ける

 「そこな狐が言っただろう。遠征と

 

 さて、何処へ向かったのだろうな』

 仮面の下で、くつくつと意地の悪い笑みを浮かべる

 自分で言うのも何だが、性格悪い

 けれども今は、それが心地よかった

 

 「帰ると良い。貴様の夢の残骸(死骸の山)

 三鬼夜行でも、其処で存分に練り歩くか?その前に改めて立ち塞がって、滅ぼすのも良い』

 『ちいっ!やってくれる、外道共』

 『この可愛くて賢くお買い得な(わたくし)を殺そうとした卑怯者に言われても、なーんにも心に響きませんねぇ』

 「常道だろう、勝たなければ、正しくとも誰も正義を謳う権利を持たぬのだから

 最善策だろうよ、通常ならば、(・・・・・)な』

 『最善策なんて、聖杯戦争にありゃ苦労はしねーです

 あんなもん例外が寄せ集まって出来たようなもんでしょうに』

 「ああ、だから最善策だったはずの定石は、最低最悪の自殺行為へと変わる』

 足を一歩前へ

 空間を足蹴にし、ねじ曲げて前へ、踵を返したはずの、老人の歩みを塞ぐ位置へ

 

 「それで?誰が……帰らせると言った?』

 『貴様ぁ!』

 心のままに振るわれる長ドスを……骨と皮ばかりの左手で受け止める

 

 「宝具ではないな

 ならば、止まる』

 使うのは二本の指だけ。親指と人指し指で、挟み止める

 そのまま中指を刃にかけ……

 ぽきりと、あまりにも脆い音を立てて、長ドスは折れた

 

 『風神、雷神!』

 一陣の風が吹き抜ける。意思を持った風は旧アサシンを巻き上げて、扉というには微妙な衝立を破って平屋を飛び出す

 『荒らさないで欲しいものですねぇ。掃除が面倒、面倒だって思いません?』

 「……知らん。それは家を護る者の領分らしいからな』

 『冷たっ!この冷麺!じゃなくて冷血人間!

 こんな酷いことを言うのは一体仮面の何フリートなんですかねぇ』

 「バルチックフリート辺りではないのか?寒いというならロシアだろう』

 『そんな事は聞いてねーです!』

 「仮面の男、デューク・フリードだ』

 『寧ろ侵略者側が宇宙の王者語るでねーです!』

 「タチの悪さ的には、精々デラーズ・フリートだろうな、実際の所は』

 『そんな0083なネタ振られても(わたくし)以外のサーヴァントじゃどうとも返せねーです。まあ、正義に準じているサムラァイであるみたいなスッゴい勘違いをして、実際はどこまでも厄介事を増やすだけってのは似てる……似てなくもない?レベルですけどねぇ

 酷い式神さんは、とっとと片をつけてきて欲しいものです、ご主人様もお待ちですし

 ぶっちゃけ、これじゃあ、拾った、価値が……ねぇ訳ですよーっ!』

 「……何だ、拾うのか』

 正直、その前の方が拾えない話題だったと思うのだが

 それでも、たまには下らない事を考えていなければ、ずっと囁き続ける分裂した思考に飲まれるだろう。ハカイセヨ、ハカイセヨ、ハカイセヨ、破壊せよ、と 

 意味を為さなくなった衝立を跨ぎ、部屋を出る

 帝都の空に浮かぶは、二匹の鬼

 一匹は緑の肌をし、袋を持つ……風神。もう一匹は黄色い肌をし、太鼓を叩く……雷神

 

 屋根に登り、右の手を掲げる。高く、ピンと肘を伸ばして天へと向けて

 『……何の真似だ』

 安全が確保できたが故か、嘲りの意思が交じりだした旧アサシンに

 「避雷針』

 と一言事実だけを告げる

 『何?』

 「燃えたら、どやされる

 

 それは、多少問題があるだろう?』

 『ぬかせ!』

 叫びと共に、幾条もの雷が、避雷針として全て集められて己へと降りかかる

 ……火力は足りてない。己の体は黒こげにならず残る。肉の焼ける音、微かにまだあったらしい油の弾ける音色、ウェルダンに焼けた人肉に近いが違う豪快な調理をされたステーキの香り。全てを感覚出来る

 意識を揺らす事すら、出来ない程度の火力。何だ、てんで弱いじゃないか。雷神を名乗るならば、裁定者の神鳴よりは火力があるだろうと警戒したというのに

 

 馬鹿らしい

 

 警戒していた己も、そんなサーヴァント未満を引き連れて、その程度で嘲ることが出来る旧アサシンも

 何もかも、馬鹿らしい

 

 何よりも馬鹿らしいのは旧アサシンだ

 ……何故、他を呼んだ。真逆、逃げられるとでも思っていたのか?他者と共に?

 ……風神雷神は妖怪だ。旧アサシンの引き連れる百鬼夜行()であり、旧アサシンではない、敵である

 

 ならば話は早い。風神雷神は離れている。狙えずとも、うっかり巻き込んでしまう事にまでは、制限はないのだから

 

 ざくざくと、全身をつむじ風が切り裂く

 血が仮面に付着し、視界が塞がれる

 だが、構わない。無数の切り傷が産まれようとも、腕はまだ動くのだから

 ……動いてしまうのだから

 

 ならば、腕を潰せぬ程度の雑魚に、手間取る意味など、最早欠片とて無い、滅び去れ

 掲げた腕を、胸の前に持ってくるように下げる

 その握り拳に、血を通して食らった雷と風が軽く渦巻く

 仮面の額に付けられた、水晶内に封じ込められたゲージが点灯する。水晶周囲を回る円に、中心の一点。それを真っ直ぐに貫く、中心を通る一本の線。それに平行する二本線。そして中心から線と円の交点……右上以外の三点へ向かう三本線と、下二つの交点を結ぶ線による三角。三本線は赤青緑の三色だが、円と三角形を描く光は赤。正直額にあると多少ダサいが、まあ、気持ちカッコよさをいれようとした、バカ狐の作ったギミックなので無視。そもそも力の高まりなど、自分が一番良く知っている。本来自分からは見えもしない仮面のゲージなど、参考にもならない

 

 『んなっ、貴様ぁ!』

 左肩に触れた右の手を、ただ、感覚に任せて空へと振るう

 弦を弾くような、不思議な音が耳に響き……

 

 「……終わったぞ』

 ただそれだけで、帝都の空にたむろしていた鬼は、姿を……いや、存在を消していた

 勝利に導かれ、因果の果てに去っていったのだ

 

 『や、や……やりすぎですぅっ!

 バカですか、バカですよねぇっ!神霊ならば当たり前だからって当然の権利のように第二?魔法を軽く振るってワンパンとかバカの極みしかやりませんよねぇっ!バカだってカミングアウトしてください!

 ぷりーず!手加減及び誤魔化しぷりーず!このままじゃ勝手な式神化が仮主(フェイ)サマにバレますぅぅぅっ!

 タマモ困っちゃって毛が』

 「勝手に抜け毛をマフラーにされてろ天照』

 『この神様の敵!星の敵!』

 「ああ、そうだが?

 そんな己が、仇敵である神々に優しくする必要が、あるのか?』

 『いーやーでーすーっ!こんな冷たい式神クーリングオフしたいですぅっ!』

 「……クーリングオフされたら、もうお前を生かしておく大義名分も無いな』

 『いけすかない銀狐さーん、今ならこの世界が己と引き換えに倒した化け物級式神と、ななななんとっ、前鬼さん後鬼さんだけでトレード出来ますよーう!凄くお買い得……ひゃうっ!』

 「……仮面と左腕で人を式神にしておいて、良く言うよ』

 怯えさせるように、その尻尾を摘まんで、そう耳元で囁いた


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