「何処が良いとか、ミラちゃんの勘である?」
とりあえずは聞いてみる
『絶対にオススメしないのが後ろ、未知数だけど賭けに出るなら左、無難なのは……上かな』
「上!?」
『うん、上。どうにかしてこの都を飛び越えて……』
ミラちゃんの目は、向こうの山を見る。都の西の果ての山を
『草原地帯まで逃げる。とりあえず、話が通じないとは限らないからね。受け入れてくれるかもしれないよ?』
「勝算は?」
『辿り着けたとして、二割かな』
「駄目じゃん!」
『
「う、うん……」
思わず頷き、はっと気が付く
「でも、危ないことに変わりは無いんじゃ」
『うん、そうだよ
それで、どうするのかな?』
「左は駄目だ。自由になってすぐ、燃え盛る城の近くにあるキャスターの神殿に向かった。だけど!オレの事なんて、キャスターは見てくれなかった」
ふるふると、少年が首を振る
「前に突っ込むのは……」
『元凶さんの気分次第だよ、そんなの
わたしには、流石にモルガンって魔女の考えは読めないからね。何とも言えない。フリットくんに妙に期待をかけてたし、その関係でマスターさんだって見逃してくれるかもしれない。見逃さないかもしれない
……フリットくんが生きて居るとしたら、一番可能性が高いのは都の中。そのもしも、まで含めても可能性は一割あるか無いか』
『って、寄ってきてるぜ
ふと、その声に近くを見ると、紅の包囲はもう大分近くて
「後方って、今は空いてたりしないの?」
そんな、気になってたことを聞いてみる
だって、今其処に陣取ってるはずの人々は此処に居て……
『展開されるまで、わたしが気付けなかったからね
恐らく相手はワープ持ち。本拠地への帰還を防げる保証なんて何処にも無いかな
だから、やるだけ無駄だとわたしは判断したんだけど、どうかな?』
……無駄かも、うん
「……でも」
ちょっとだけ、悩む
けど、答えは、すぐに出る
『うん、行こう。空へ!』
その瞬間、私の体は体勢を崩し、大きく浮き上がる
「ちょっ、おれは」
『自力で追いかけてきてね。そのための力なら貸してあげるから』
ミラちゃんが右手の指で小さく十字を切る
『まっ、贔屓だけど良いかな。
ふっと少年の姿が輝き、淡く光る
「……これは?」
『わたしのスキルだよ。今回は魔力放出を付与したから、自力で飛んで逃げられるよね?』
「待て!飛んでなのかよ!」
『うん。空を飛ぶスキルってそのものは無いからね
魔力放出で飛んできて欲しいな』
「酷いなオイ!」
酷いだろうか。かーくんは血を吹き出しながら飛んでたけど……
うん、やっぱり酷いかも
『おれにもくれよな。ねーちゃんに掴まって良いってことなら無しでも大歓迎だけどよ』
『はいはい、そこまで
自分では……飛べないか、流石に
『っと!』
軽く地を蹴り……旧アーチャーは空に浮かぶ
『おお、これが魔力放出か、楽だなこりゃ。空を飛ぶのが……病み付きになりそうだ!』
そのまま空中を蹴り、何処かへと飛び去っていった
「あ、あれ?」
その背に向けて、右手を思わず伸ばす
その方向は、決めたのとは逆で
『囮、かな。苦しいところをやってくれた形』
「あっ、そっか」
言われて気が付く。確かに、固まってたら良い的も良いところだって
『流石にどちらも離れたら良い的だからね、連発が効かない向こうがやってくれたって事』
「それじゃあ、私達も」
『よし、行こうか!』
「って本当におれも魔力放出で飛ぶのかよぉっ!冗談だろオイ!マスターの魔力でやれってのか!」
そう騒ぐ少年は、ミラちゃんが問題視してないから無視して
私は体を黄金の雲に沈めた
ぐいっと体が光れる感覚と共に、筋斗雲が加速する……
「きゃっ!」
ぐらっと揺れた雲から弾き出され、地面に……当たらない。何とかミラちゃんに背と足に手を回されて受け止められる。お姫様抱っこって言うべき格好。ミラちゃんも
「どうなったの?」
雲の中から外は見えなくて、だから私はミラちゃんにそう問い掛ける
ずっと居ちゃ悪いなって、自分の足で立たせてもらいながら
『ゴメン、ちょっと油断したかな』
そう告げるミラちゃんの眼前に……一つの雷鳴が降ってきた
……違う、一人の男性が、落ちてきた。輝かんばかりの……っていうか実際に日光を反射して鏡かと言いたいほどにギラッギラに輝いた白銀の全身鎧に身を包んだ、一人の男性が
ふわり、と重力に逆らって逆立っていた純白のマントがその背に被さる。その腕には、先端が十字になった、やはり白銀の槍を携えていて……その先に吊り下げられかかっていた黄金の雲が、逃げるように姿を空気に溶かして消した
顔立ちは整っていて、実際はあまり見かけない金髪碧眼。鋭く、彫りの深い顔立ちは何処までも見惚れてしまえるイケメンで
『ストーップ、意識はっきりさせないと、魅了掛かるよ』
その声にはっとする
でも、やっぱりイケメンで
『……
その声は、夢から覚めるほどに……氷水のような冷たさを孕んでいた
『それが、わたしがやりたいことだから、かな?』
『堕落などするはずが無い。貴女はそんな柔な者ではないはずだ
正しき道に返っては下さらぬのか』
『うん。主を信じてないなら死ねって、そんなこと救世主は説いて無いでしょ?
貴方は主の敵を滅する苛烈さを持つ。それは良いよ?全てを許すってことは、他者に多大な迷惑を掛ける人だって野放しになっちゃうからね。裁きはそりゃ当然必要だから、貴方を否定はしない』
『ならば!』
『東方の聖王プレスター・ジョン。貴方が悪を撃つ主の苛烈さであるように、わたしは異教徒だって信じて見守る主の愛の側の
静かに、金髪碧眼のイケメン……旧ランサーは目を閉じる。そして立ち上がり
槍を天に翳した
瞬間、視界を埋め尽くすのは銀と紅。紅の旗をはためかせた銀鎧の軍勢が周囲全てを取り囲む
『主の慈愛は、愛すべからざる悪すらも蔓延る。主は赦されるが、弱き者達には、その愛は試練なれば。ならば……主に代わり、我はその悪を滅しよう。我が名にかけて
我はプレスター・ジョン。
轟!と。雷鳴が轟く
ミラちゃんの放つ神鳴が、一面の銀と紅の全てを撃ち据える
けれども、何も起こらない
『やっぱ、耐性高いなぁ……』
『主の御技は尊いものだ
なれど、主の使徒たる聖王軍、正しき十字軍には、主の試練など下ろう筈がない。故に、神鳴など受けぬ。起こり得ぬもの以外では有り得ぬ』
ぼやくミラちゃんに、ふん、と偉そうに腕を組み、掲げた槍を戈先を天に向けたまま突き刺して、旧ランサーは自慢する
「ひょっとして、ピンチ?」
『わたしは無事かな
マスターさんは、とりあえず大ピンチ』
キンっ、と軽い金属音をたてて、ミラちゃんを越えるよう弓なりに撃たれた矢を、無意識のうちに巨大化した棒が弾き飛ばした
「お願い!」
全体を囲まれているから、このままじゃ不味い
それは分かってるから、如意棒に頼む。昔アーチャーがやってたみたいに、回転しての凪ぎ払いを。私にそんな技術とか無いし
だけど、あれは風を纏っていたからなのか、そんな事出来なくて。ただ、神速で伸びて一直線に相手を打ち倒す。鎧を砕き、心臓を貫き、骨を摩擦で磨り潰し、串団子のように纏めて串刺しにしてしまう
見える血に気分は悪くなって。けど
しなければ死んじゃうのは私だから、見ないふりしてそのまま横に凪ぎ払う
重い。けど、何でか無理な重さじゃない。そのまま、横凪ぎに死体の串刺し毎残りの十字軍兵を凪ぎ払っていって
『……悪魔め』
けれど、それは私の正面に来た所で止まる。十字の槍に、止められる
しまった、と思うのも遅い。私の動きは止まって。完全に棒頼みだから、他に何の対応も出来なくて
一歩、恐怖から後ろに下がって木の根に躓く。もう、それで動けなくて
分身した二人のミラちゃんをすり抜けて、止まった私を狙った無数の矢のうちの一本が私の脳天目掛けて落ちてくるのを、目を見開いてただ受け止める事しか、私には出来なくて
助けてって、アーチャーに祈る。嫌だよって、弱音を吐く。かーくんに、御免なさいって謝る。そんな時間さえ、もう無くて
けれども、その矢は、私に届くことは無かった
天から降り注いだ、一条の鮮やかな緑色の、紅のスパークが走った光によって
「……ビーム、ライフル?」
『辿り着く場所さえ分からない、でも』
その声は、聞き覚えの
『届くと信じて』
私を庇うように。。
一人の少女が、眼前に降り立った
『想い、走り……未来を呼び覚ました』
その少女に、見覚えがあった
無いわけが、無かった。会えたら良いと、ずっと思っていた相手
「……アサシンちゃん!」