Fake/startears fate   作:雨在新人

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十日目ー正義の手

「まあ良い。とにかく、そんな卑怯ものの手でキャスターは囚われ、オレもまた捕縛された

 殺されるのは怖くなかった。ただ、キャスターがどうなるのかが、たっと一つ気掛かりだった」

 本当かどうか分からないことを、彼は呟いていく

 

 本当に?って聞きたくなる。そんなに強く、あれるものなんだろうかって思ってしまう

 私にはそんな事考える余裕なんて無いから。両親を喪ってしまった水難事故の時、私が思っていたのは死にたくないって事だけ。助けられて、一人生き残って……そんな私は最初、自分が生きてた事に対する安堵だけで。両親の死を感覚的に理解したのだって、起きて3日後くらいだった

 なのに、そんな極限状態で自分は良いなんて、本当に言えちゃうの?って

 けれども、言わない。今のかーくんだって、そうだから。ザイフリート・ヴァルトシュタインの消滅って、要は辛い中生きてきた自分を殺すって事だから。それと(なん)にもきっと変わらない

 

 『そして貴方は吸血鬼さんにされにゃったと』

 「ああ。そうして、バーサーカーの傀儡になった

 キャスターは良い。あれはキャスターに信じてもらいたい一心で、自らやった事だったから。自ら受け入れたなら、きっとそのうち信じてくれると

 

 ただ」

 唇を噛み締めて、少年は続ける

 「バーサーカーの支配。あれは……単なる地獄だった」

 「そうなの?」

 私だって支配されかかった事はあるけど、気がつけば私はそう返していた。そう、返さざるを得なかった

 私は、アーチャーが護ってくれた。その苦しみなんて、ほんの一瞬で。忘れてしまえるくらいだったから

 「頭が熱くて、思考はぐちゃぐちゃで。自分の意志で動かそうとすると体は鉄の塊になったように重い

 その中でひたすらに声が響くんだ。声とは思えない歪んだ音色で、殺し喰らえと吸血鬼の本能が叫ぶ。それを夢遊病のように体が行っていくのを、朦朧とした意識で眺めるしかない

 地獄だよ、あれは」

 『それで、バーサーカーの消滅によってその状態から解き放たれて、けど聖杯戦争は終わってしまった』

 「だが、キャスターは生きていた。感じるんだ、腕の令呪が騒いでいる。まだ、キャスターは消えてない」

 『神殿が顕現してるらしいし、まさかって思ってたけど……キャスターさんまで生きてるかー

 ホント、第七次って脱落したサーヴァント少なすぎないかな。わたしなら却下だよこんな段階での勝敗なんて』

 「他にも生きてるのか!?」

 愕然、と少年は目を見開く

 

 『分かってる限りではあるサーヴァントと、ライダー、元ランサーの三騎が少なくとも残ってるよ。あるサーヴァントは……うん、義理は果たしてるからまあもう良いかなって諦めてるんだけどね』

 ……聖杯戦争は、7騎が最後の1騎を争うのでは無かっただろうか

 『というか、起動時の聖杯にあった魂が、アーチャー、バーサーカー、キャスター、アサシンって4騎しか居ない時点で論外だよこんなの。足りない分は何にも関係ない今を生きてる人々数万人って、ふざけてる』

 「……だが、キャスターは」

 『うん。魂の欠片、怨念が亡霊みたいな形で顕現してしまったんだろうね。この聖杯戦争、概念とか、複数人を一つに纏めたものとか多いから。正しく聖杯に魂を吸収されて、それでも纏われてた力が残って復活する。そんなイレギュラーが発生しちゃったのかな』

 「じゃあ、アーチャーも」

 『それは無いよ。彼は……わたしがサーヴァントの領域で戦うことって令呪使ったから

 それを無視するようにって命令、してないでしょ?』

 「……うん」

 小さく頷く

 

 ……若しも、令呪を使っていたら。アーチャーは今も私の横に残ってくれていたんだろうかなんて、ちょっと弱気な事を思ってしまう

 頬に軽く触れる優しい風も、何処か冷たくて。『本当にオレが居なきゃ駄目なのか、マスター?マスターの心の火は、きっとそんなに弱くないぜ。まだ自分の足で歩いて行けるだろう?』って責めてるようで

 如意棒を握った手で頬に優しく触れ、大丈夫と返す

 ……かーくんの次に、此処に居て欲しいけれども。でも、大丈夫。居なくても私は……まだ、一人で大丈夫。きっと、多分、不安はあるけど、強がりだけど、それでも大丈夫。アーチャーが言ってくれた事を、嘘だって思われたくないから

 

 でも。その瞬間。構え!というアーチャーの声を聞いた気がして

 

 『っ!やってくれるね』

 私の前には、私を庇うようにいつの間にか座って話してたはずのミラちゃんが背を向けて立っていて

 思わず延ばしていた如意棒の先には、十字に輝く光が引っ掛かっていた

 ……重い。押し込まれてしまいそうに、強い圧が両の腕にかかる。何だろうこれ、良く分からないけれども、神聖なもののようで……

 『当たったら、多分死んじゃうよ』

 そのミラちゃんの声に、びくっとして緩めかけた手の力を戻す

 からんと軽い音を立てて、ミラちゃんの二本の指の間から、ぺらぺらの投げナイフみたいなものが落ちた

 『怖がらせちゃったね、ゴメン』

 ミラちゃんが手を叩くだけで、その十字の光は消失した

 「な、何?」

 混乱する私に

 『聖十字灼光、だったかな

 十字の光が、悪を撃つ。信徒には効果がなくて貫通し、非信徒の脳の回路をぐちゃぐちゃにして殺す、Cランクくらいの対悪魔(にんげん)魔術』

 淡々と、ミラちゃんは返す

 その手にはやっぱり、稲光が見えていて

 

 『つまり、わたしが危険だよって言った……聖王(ランサー)さんの襲撃!』

 その瞬間、立ち上がって外を見た私の目に映ったのは……紅だった

 森の木々は緑。だけれども、それを埋め尽くす無数の旗。それが紅に大地を染めあげている

 「……何人?」

 『万は居るかな。多分あれが全軍だし』

 「……大丈夫なの?」

 『わたしだけなら、ね』

 それは、私が居ると厳しい、という事だった

 

 「ど、どうすれば……」

 『まだ偵察かな、って思ってたし、だから警戒も兼ねて旧アーチャーさんも外に行ったんだけど

 まさか、全員転移で強引に即座に兵の展開を終わらせに来るのは予想してなかったからね、ちょっと厳しいかな、これは』

 「後ろは?」

 『間違いなく展開されてるよ?そこまでバカなら、全員展開なんてしないし』

 「空に逃げれば」

 ふと、私が座ってるのは空を飛べるすごいものだったことを思い出して、そう聞く

 『使いこなせてるならそうなんだけどね

 ……弓兵部隊が混じってる。ゆっくりしか飛べないなら、きっと撃ち落とされるよ』

 「数時間かけて寝台電車が進んだ距離なら、夕方から日没前に帰ってこれたよ」

 『……落とされる可能性はあるよ?音速を越えてても、射抜いてくる弓兵って居るしね』

 旧アーチャーさんとか、と、ミラちゃんは苦笑する

 

 そんな凄い存在だったんだ、サーヴァントだしそうなのかな?と思うけど、それはそれで怖い。つまり、相手もそうであっても可笑しくないって事だから

 「……それでも、逃げる……って言えたら良いんだけど、やっぱり怖い」

 『あー駄目だわこりゃ。展開しやがったランサーの野郎が見当たんない』

 そうぼやきながら、旧アーチャーが戻ってくる

 『んで、マスター?結論は?』

 「……ヴィルヘルムさん、陽動とかできない?」

 『はーっはっはっ、そこに気が付いたか』

 高笑いし、けれどもすぐにテンションが下がる

 『死ねってか。それは流石におっぱいでかくて可愛いねーちゃんの体をもらわなきゃ出来ない相談だ

 そもそもよ、射てるのはただ一発。絶対に外さない一撃必殺。それがこのヴィル兄さんなワケ

 陽動は苦手も苦手よ』

 「駄目じゃん!」

 『うん、駄目駄目。ランサーさんの居場所さえ分かってればそこに矢を叩き込んで、生きてたらわたしが止め刺して終わり、って手も考えたんだけどね』

 「じゃあ、逃げるとして……」

 『どこかを突破する必要があるね

 前は平安の都、敵の本拠地。多分フェイちゃんもあそこに居る

 後ろは教会の城、攻めてきてる敵の本拠地も本拠地

 右は……ちょっと遠いね、辿り着けても妖怪の山が待ってるよ

 左は、近いけどあのバーサーカー、元ランサーさんが待ち構えてるよ。一応フリットくんを恨んでるしね、その幼馴染さんとか、問答無用で殺しに来ても可笑しくはないよ。話が通じる時代なら兎も角、狂乱してるもの』

 「……何処も駄目じゃん!」


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