真名を当てろ。それが手を貸す条件だ
そう言われ、私は考える
ただ、考える
きっと答えは出ないけど考える。だって私、かーくんや戒人さんみたいに英雄とかヒーローとかに目をキラキラさせたこと無いし、だから神話の英雄とか全然詳しくないし。かーくんの話に付き合っての聞き齧りの知識くらいしかない。私の話に付き合うためだけにたまに見てくれていたかーくんの恋愛ドラマに関する知識とそう変わらないくらいだろう。ドロドロしたものより
それでも分からないかなと男の姿からヒントが無いか探してみる
とりあえず、あまり良い服ではない。シンプルな布の服だ。ちょっと袖がほつれていたりして、正直安物としか思えない。セイバーみたいに高いワンピースでも無く、バーサーカーみたいに王公貴族みたいなマントを羽織ってもいない。一枚の色の無い布から織り上げたもの
「ねぇ、だいぶ昔の人かな?」
『服装は年代のあてにならないよ?
わたしより昔の生まれのサーヴァントの中にだって、装飾ゴテゴテの金ぴか鎧の半分人とか、凝りに凝ったドレスの王女様とか居るしね』
「じゃあ」
『生きてた頃の階級くらいかな、分かるのは
セイバーさんとか、服見るだけで明らかに貴族って感じでしょ?』
「うん、つまりここまでだと……奴隷さん?」
なんか違うなと思いながら、そう聞いてみる
『農業とか牧畜とかかな?汚れちゃうし着飾ってもなお仕事の人。自信のある狩人さんもこれにフードとかでやるかな。その場合は緑に染色したりだけど』
もう一段、男を観察する
いやー、悩む女の子って良いねぇとにやにやしている。腕を組んだ際に深い谷間が出来るくらいあれば良いのに、と小声で独り言を呟いていてちょっと殴りたい。同じアーチャーでも、
『まあ、わたしみたいなのだと流石に服装だけでバレバレになっちゃうからね。真名を明かしたくないからってわざと似合った服装から変える人とか、たまに居るよ?』
チリン、とベルの音と共に、ミラちゃんの服装が現代風の可愛らしい私服に変わる。ヒールは高くなくて動きやすく、緑寄りの色と白で揃えられた、ラフというよりはよそ行きのちょっと気取った服。私なら、かーくんに可愛いって言ってもらいたい時に……二人で映画なんかの汗を描かないだろう場所に出掛ける時に着るだろう服装。大事そうに首に巻いた赤いマフラーだけが浮いているけれども、全体でクリスマス色って言うならば合ってるかもしれない
『くるっとターンしてくれ、下着見えそう』
『やっても良いけど、対価とるよ?』
けれども、可愛いけれども
「ミラちゃん、これからミラちゃんの真名なんて分かるの?」
『ライダー、サンタクロース。さっきの姿なら丸分かり
プレゼントとか無いの?』
『プレゼントは良い子と頑張ってる子にしか無いよ?スケベなプレゼントを何にも頑張らずに要求している駄目な大人には、ありません』
そのまま、ミラちゃんは私に向けて芽を合わせる
『ほら、こんな風にしちゃえば、服装から真名とか分からないでしょ?あっちのアーチャーさんだって、やろうと思えば服くらい用意できただろうけど、それじゃあ頭にサークレット嵌まってて一目見てわかっちゃうレベルだろうから自重してたんだろうし、ね』
「あれ?じゃあ服装から考えるのって危険?」
『大丈夫大丈夫
こんなヒント出されてない状況で、数少ないヒントになり得る場所にわざわざ嘘仕込むようなクイズって、問題にミスあるからね。わたしがしばいて終わりかな?』
『止めてくれよ、サンタさんから貰うのは、甘い一夜って決めてるんだ。拳のプレゼントは勘弁
服装がヒントってのは間違ってねぇから』
「うん、なら……」
『まあ、どう考えてもヒント足りないけどねー
とはいっても、農家さんとか狩人さんとか、そういった人の中でサーヴァントとして呼べるほどに名前を座に刻んだ人ってかなり割合的に少ないからね
間違いは何回までって制限も無いし、最悪総当たりでもすぐに当たるんじゃないかな?』
「でも、そもそも名前が……」
と、言いかけて思い出す
非日常に囚われていて忘れていた、普通の事。調べれば良いじゃんという、凄く簡単な事に
幸い、携帯の充電はまだまだあったはず。そう思って、スカートのポケットから携帯出そうとして……
「あれ?落としちゃったかな?」
ポケットには、何も無くて
空から、携帯は自由落下にしてはふわりと落ちてきた
見ると、上空で金の雲がひっくり返ってる。どうやら、雲の中に落としていたらしい。見つからない場所では無くて良かったと、きゅっと遊園地で買った、かーくんとは色違いのお揃いだったマスコットのストラップを握る
「けど、やっぱり圏外だよね」
画面を点灯させて、右上の電波状況を確認。当然のように通信出来る電波は此処には無かった
「あれ?でも繋がる」
だというのに、何の気なしにブラウザを開くと、普通にホーム画面に移動した。通信が無い場所では、接続できませんの画面が出るのが普通なのに、検索画面には辿り着ける
良く画面を見ると、入れた覚えの無いアプリのアイコンが左に表示されてるのが見えた。アイコンは……デフォルメの猿。タップしてみると、おサル-wi-fiという表記と共に、とりあえず電波が飛んでるのが分かる……って、またアーチャーが何か仕込んでいたんだろうか
とりあえず使えるのかなと英雄について多少検索してみる
検索結果は……何というか、あまり出てこないけれども最低限大手の情報サイトには繋がるみたいだった
「これかな?」
『ん、分かった?』
ミラちゃんが此方を見て首を横に倒す。その頭の淡い金髪に、綺麗な赤色の林檎の髪止めが揺れ映えた
「多分、だけど」
『それじゃ、足りないヒントから突き付けてあげようかな』
ひとつ深呼吸。多分あってるとは思うけど、ヒント足りてないというミラちゃんの言葉が引っ掛かる。聞けば多分教えてくれるとは思うけど、裁定者に頼るっていうのもカンニングな気がしてちょっとやりにくい
「あなたの真名は……ダビデ?」
それが、私の答えだった
石、アーチャー、そしてミラちゃんの言ってた牧畜とかの人という点。それらと後はスケベな事なんかを合わせると、きっとこれじゃないかなという答え。全部に当てはまる人を、私が足りてない知識で検索しても他に見つけられなかったとも言う。その点ダビデなら私だって教科書で像の写真を見た事があるくらい有名だし、下を隠してない変態さんの像になるくらいだし……
『やーい、やーい、お前の真名ダービデー!
はあ』
けれども、男の人はそうまるで軽蔑するように叫んだ後、肩を落として息を吐いた
『……首吊ってくる』
『知ってた』
それを見て、ミラちゃんが苦笑しているのが、ちょっと悪いこと言っちゃったかな、なんて思わせる
『止めてくれないか、人をダビデ扱いするのは』
『うーん、多分こんな情報だけだと真名ダビデって返されると思ってたけど、ほんとだったね』
「そんなに、不味かったの?」
『うん、お前の父ちゃんダービデー並の侮辱かな、これ。自業自得だから同情はしないけどね
手加減の為に本当の武器を隠して石なんて投げてたら、そりゃダビデにされちゃうよ』
「……御免なさい、そうだとは知らなくて」
大人しく、頭を下げる
『それで、サンタのねーちゃんは分かってるのか?』
『ん?言う必要あるかな?』
『いやさぁ』
『ん、これ
貴方の真名は最初から分かってるよって、寧ろそこのマスターさんへのヒントとしてわたしには似合わないかもって思いながらも林檎の髪止めしてたんだけど、気が付かなかった?』
ミラちゃんがその細くて白い指で、頭に着けた髪止めを指差した
「……林檎の、髪止め?」
そういえば、かーくんを探してくると言って離れていった時にはそんなもの付けてなかった。私服に変わって見せたときに、わざわざ付けたもの。そう言えば、ミラちゃんとは何回か会ってるけど、林檎の髪止めなんてしてたのを見たことがない
つまり、あれは足りないからわたしがって追加してくれたヒントだったんだ
……でも、ちょっとそれでもわたしには分からない。かーくんなら多分分かる。今のかーくんなら、きっと全て知ってるみたいなあの蒼い瞳で一目見て真名を呟けると思うけど、私には無理
『林檎、ねぇ……
わたしを食べてって事かと』
『じゃあもう一個。石使ったのって、二射目は本来無いから、だよね?』
ニコニコしたミラちゃんが、ちょっと怖い
『あなたはアーチャー。本当は普通に弓を使う。だけどあなたは凄すぎて一発目を外さない。外すわけがないと世界に思われている。だから、撃っても
絶対に外すわけがない弓の使い手。伝説の英雄。平民で、権力への反逆の象徴。その真名は……』
「真名は?」
『それは、帽子嫌いでお辞儀も好きじゃない、実在した証拠はないけど居るに違い無いと信じられた本人の口から
あなたにも混じってる方はちょっと分からないけど、基本の方は彼だよね?違うかな?』
『いや、違わないよ
惜しいねぇ、賢しい女より、ちょっとバカっぽくて素直に目をキラキラさせてくれる方が可愛いのに』
『……はあ。そんなにスケベな人だったとは知らなかったよ』
『可愛い子は宝だし、他に良いモンも無かったからねぇ……そりゃ、男なんて他に打ち込める娯楽が無い場合は一皮剥きゃあこんなもんよ』
「……つまり?」
『っても、可愛い子に名前を覚えられてるのは良いモンだ
力は貸すぜ、可愛いけど乳臭いマスターちゃん。出来れば突然変異で胸おっきくなってくれ。呼び方は、そうだな……』
ミラちゃんは分かっているらしい真名を結局告げず、男は真剣に額に皺を寄せて悩み、告げる
『ヴィル兄さん、と呼んでくれ』