Fake/startears fate   作:雨在新人

110 / 172
八日目ー第二部プロローグ・Ⅱ

振り返ると其所には、一人の男性が居た

 

 年の頃は……30行くかどうかだろうか。無精髭を生やし、長い髪は無造作に後ろで一度束ねている。髭はないけれども、髪を束ねているのは吸血鬼が暗躍した日に見た銀の狐さんと同じ。とはいえ、きっちりとした狐さんとは違い、髪は手入れされてなくてボサボサだ。両の手の親指と人指し指でボックスを作り、まるでカメラ越しに眺めているようにこちらを見ている

 

 『……胸ちっちぇえ』

 ぼそりと、男がぼやいた

 「余計なお世話です!」

 『もっとこう、出るとこ出てればなぁ……、ガキでもまあ良いやと思えるんだが』

 「って、何の話なの!?」

 『……何だろうね』

 男はそう、おどけて見せる

 

 私だって、わからない筈は流石にない。彼はサーヴァントだ。それも、ミラちゃんが言っていた、わたしも知らないサーヴァント。つまり、七つの聖杯を集めて起こした聖杯戦争の方のサーヴァント。かつての聖杯戦争の勝利者

 

 『まあ、可愛い子が居ないかの品定め?

 ダメだわ、今回のメンバーはマスター含めてガキっぽ過ぎる。せめてかのオルレアンの聖女(ジャンヌ・ダルク)よりちょいと上くらいの遊べる胸のでかいねーちゃんが居れば良かったのに』

 「酷い」

 きゅっと胸元を抑えながら、女の敵を見る。武器は特に持っていない。ということはキャスター?それとも武器は隠してるだけ?アーチャー(孫悟空)だって、空気の屈折で隠したりそもそも掌サイズに小さくしたりでぱっと見ては何も持ってなかったし、断定は出来ない。ミラちゃんなら見ただけで分かるかもしれないし、最近のかーくんもカンニングしてる(情報閲覧)感じはあるけど

 『酷いのはこっちさ。やる気出ねぇ……』

 「ええ……?」

 はあ、と溜め息を吐く謎の男に、ぽかんと口を開けて間抜けな声を返してしまう

 

 『キャスターはちみっこいし、ありゃ目的の為なら自分の体程度くれてやるって割り切ってる女だ。自分を貪りたいなら貪らせ、その代わりに自分の目的の為に動かせる毒婦だ。やってられねぇ、やっぱり清純じゃないと』

 ……注文の多い男の敵である

 今までの言葉から推測できるのは……胸の大きな女性が好きなこと。20代くらいの……もう少し惚れた腫れたに慣れて一夜の関係とかを知ってる女性の方が好みなこと。それでいて割と純情な方が好きで、多分……酷い言い方をすればビッチは嫌い

 

 「単なるエロ親父……?」

 そう、私は結論を出した

 助けてアーチャー、サーヴァントについての情報とは思えないよこれ

 ……呼んだか?とやさしい風が頬を撫でた気がした。けれども、そんな柔らかい風が吹いた気がしたのはほんの一瞬。恐らくは単なる気のせい。それでも、そんな気がした事が私の気を引き締める。大丈夫、これくらい私だけでも対応はいける。やらなきゃ、と

 『酷い言い様だ。ダンディーな叔父様と』

 「単なるエロ親父……だと思う」

 怖くない、と左手をしっかりと握り締める

 

 目敏くそれを見つけたのか、ひゅうと男は下手な口笛を吹いた

 『案外遊んでるのかねぇ

 ……アリか?いやノームネーだしなぁ』

 「だから何なの!?」

 『刺青とは染められてんのねぇって話』

 「刺青?そんなもの……」

 と、言われて気が付く。そういえば、アーチャーと数日前まで契約していた証として残る令呪のことを。知らない人が見たら手の甲に刺青してると思われても仕方ないのかもしれない

 

 『まあ良いや。奥様方の噂になるのもまた一興』

 「噂?」

 『そう、どこどこの婚約者と別の男がとうこうな世間話か……』

 ふっと、空気が変わ……らない。茶化した自然体のまま、言葉は続く

 『殺人事件か』

 

 「きゃっ!」

 咄嗟に、体が動いた

 というよりも、自分の意思が追い付くよりも速く、引っ張られるように腕が動いた

 ペンダントにして首にかけておけるようにはなっているけれども、お守りとして握っていた鮮やかな紅の棒を全長3mほどまで伸縮、飛んできた小石をその伸びる突きで打ち落とす

 そのまま棒を振るって腰後ろに構え、その動作のついでに二つ目の小石を(はた)き落とし

 「っ!」

 突然、棒が熱くなって思わず手放してしまう

 そのまま棒は巨大化、かーくんの為の天空の決戦場を作ったら時ほどではないけれども大きくなって壁になる

 ガンっと鈍い恐らくは大きめの石が壁となった棒にぶつかった音がしたけれども、流石にあのアーチャーから借りた(押し付けられた)宝具、びくともしない

 ほっと息を吐いた所で、放物線を描いてそれでも正確に私の頭目掛けて全長30mほどまで巨大化しているはずの棒を飛び越えた石が襲い掛かる

 下がって逃げようとして、慣れない地面に足を取られ……

 ぽふっと、石はふと現れた黄金の雲に飛び込んで、出てこなかった

 

 「敵なの?」

 『現状、そっちの味方だった事は一度もねぇなぁ

 んでもまあ、止めとくか、後が怖い。わざわざ火傷しに行く気は無いわ

 んでもまあ、最低限護れるのは及第点と』

 「……何?」

 『んじゃあ交渉だ。正直言って、もう少しオトナなら完璧だった金髪巨乳のねーちゃん(サーヴァント)に出てきて欲しかったが、自力で護れるなら良いや

 買う気無い?』

 「……ふぇっ?何……を?」

 『こ、の、お、れ』

 人の悪いような、好色なような……無理してるような、良くわからない顔で、男はそう告げた

 

 「とういうこと?」

 『ノームネーはマスター、あのおっぱいでかいねーちゃんはサーヴァント

 聖杯んにゃろうが言ってた、サーヴァント擬きとそのサーヴァントがまだ抵抗してるってのに当てはまる

 ……孫悟空擬きを女の姿で作るとか、自称正義も色を好んだのかねぇ。英雄色を好むと言うが、英雄が本当に英雄として在った場所では好色なんてやってる暇無いのにさ』

 「う、うん。それで?」

 否定したくなる。それはかーくんの事だし、ミラちゃんは私のサーヴァントじゃないし、私は別にかーくんみたいに無理矢理サーヴァント擬きにされてしまったりしてない。アーチャーに半分無理矢理宝具押し付けられてるけど

 

 『正直な話、嫌いな訳よあいつら。なんで、最後の最後に残ったセイバーと戦ってる最中、糞マスターを事故として射った。だってのにセイバーは自滅するわでその聖杯戦争に勝てちまった

 

 ……つまりは、マスターの居ないフリーサーヴァント

 だってのに、わざわざ解放されたはずのヴァルトシュタインに出戻る事は無いだろ?顔は悪くねーからストライクなねーちゃん程ではないけど美少女特別価格で安くしとくぜ?』

 

 『……今度は自分のマスターを殺さないって保証はあるのかな?』

 不意に、私の前からそんな声が聞こえた

 気が付くと、ミラちゃんが帰ってきていて、こけた私に手を差し出している

 『可愛い娘を射つなんて、世界の損失だろ?

 野郎だったら射つ』

 ……やっぱり酷かった

 

 『ちょうど良いや、話したかったんだ』

 『わたしは、あんまり出てきたくはなかったんだけどね

 多分石投げはわたしが護りに戻ってくる事を待ってたんだろうなって思ったけど、乗るのは癪だったしね』

 私の手を柔らかな手で握って引きながら、ミラちゃんは複雑な表情で答える

 『それで?向こうはそう言ってるけど、どうする?』

 「……ミラちゃん、良いの?」

 『何が?』

 私の問い掛けに、裁定者の少女は呆けた表情で首を横に倒した

 

 「だって、他のサーヴァントとも契約するなんて……裏切りにならないのかな?」

 『ん?特に気にしないよ?

 世界には本命のサーヴァントを隠して、もともと使い捨てる気満々で別のサーヴァントと二重契約した、なんて酷いマスターさんも居るからね、複数のサーヴァントと契約する事自体は問題ないよ』

 少しだけ、口をつぐむ。言って良いのか迷うように

 けれども、それも一瞬の事で少女は続ける

 『フリットくんだって、二重?三重?契約してたからね、今更今更。アーチャーだってなーんにも言わないと思うよ?』

 『アーチャー?』

 『うん、だってそこのサーヴァント、アーチャーでしょ?』

 

 「えっと……あ、うん、そうだよね」

 訂正しかけ、すぐにやめる

 あの男がミラちゃんを私のサーヴァントだと思ってるなら、大丈夫だって本当に信じられるまではそれを否定しない方が良いと思ったから

 本当の意味は、アーチャー(孫悟空)が何も言わないかどうかって話だと分かるけど、言わずに左手の令呪に触れた

 ミラちゃんはああ言ったけど、文句言ってても何だかんだあのアーチャー、自分が御師匠(三蔵)の弟子である事に誇りを持ってた気がする。昼間たまに聞いたもう一人(ハヌマーン)の主君……ラーマについてはもっと。だから、他のサーヴァントと契約するなんて、仕える者としての自分を捨てるようで怒らないかなと思ってしまう

 

 「うん、大丈夫。価格次第かな?」

 髪を揺らし、耳をくすぐる風が『怒んねぇって、心配すんなマスター。豚い御能みたいな弟弟子が増えるだけだろ?歓迎するさ』なんて都合の良い事を言ってくれた気がして、私はそう答えた

 『価格か……時価だしなぁ』

 わざとらしく、男はにやける

 『時価ならタダって手もあるよ?』

 『そりゃ、一夜の過ちしてくれるなら、考えてもいいかねぇ』

 『それ、タダって言わないよ』

 胸を凝視する男へ向けて、ミラちゃんは半眼で冷たく言った

 私も、思わずじとっとした眼で見てしまう

 

 『うーん、案外良いねぇそういう表情。ゾクリと来る。乱したくなる』

 「……最低です」

 『あわてんぼうの サンタクロース

 クリスマスまえに やってきた

 

 慌てん坊が一夜間違ってクリスマス前に来るだけで大問題だからね、一夜の過ちはやりたくないよ』

 『その誤りはベツモンだろ』

 『断る方便だしね、適当で良いかなと思ったのです』

 『聖女様はお堅いねぇ……』

 『まっ、わたし自身は一般的に言われてるほどには思ってないけどね

 好きあっていて、漠然とでも良いから相手と共に生きていく事を考えてるくらいなら、まっ自然な事だし良いんじゃないかな?』

 わたしにはそんな相手残念ながら居なかったけどね、と茶化してミラちゃんは話を切った

 

 「……それで、どうすれば良いの?」

 『じゃ、胸揉ませろ。無いけど』

 『……三度目は無いよ?』

 『冗談冗談、まあ、ゾクゾクくるその冷たい目を堕として乱れさせるってのも一興

 

 その為には、共に居ないとな』

 『つまり、結局タダかな?』

 『出血大サービス。おれの真名クイズ正解でどうだ?』


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。