Fake/startears fate   作:雨在新人

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八日目ー第二部プロローグ

昨日と同じ今日、今日と同じ明日。神秘は隠され、世界全体としては何事もなく日々は続いて行く。そう、誰しも思っていた。だがその日その時、世界は確かに終わりを告げた

 

 世界に空いた欠落。空虚な穴。一つの都市が次元の果てに消え、世界は隠していた神秘のベールを混沌により剥がされ始める

 

 「……な、何?何なの?」

 僅か瞬き一回

 その間に、世界は様変わりしていた

 元々、誰も居なくなった街。廃墟と化した世界。けれども、ほんの数十分前まで確かに人が居たんだって分かる無人の街だった

 けれども、今は違う

 

 遠くで、何かが駆ける音がする

 草原に、馬が見える

 そう、あるはずの無い、広い草原に多数の馬の姿が

 気が付くと、私が立っている場所も舗装されたアスファルトの道路なんかじゃなくて、まるで中世のような土を踏み固めた簡易な道に変わっている

 

 「ミラちゃん、何か分かる?」

 横で見てる女の子に声をかける

 裁定者という、聖杯戦争を管理するような存在であるはずの彼女は、けれども首を横に振った

 『わたしにも、これは分からないかな』

 いやー、困ったね、と少女は金の髪を揺らした。指先でくるくると、指に巻き付けるには短い髪を弄る

 「分からないの?」

 『ルーラーって、別に全能じゃないしね

 聖杯なら分かるかな、とは思うけど、あれだけ啖呵きっちゃったからね』

 

 『けど、まあ、わたしの直感で良いなら話すよ?』

 「お願いします、ルーラーさん」

 『うん、それじゃ、あくまでもわたしの勘ってことは覚えておいてね?』

 言って、裁定者の少女は何時の間にか手に持ってた小さな白い袋から黄金の杯を取り出した

 其処には、なみなみと琥珀色の液体が湛えられている

 

 「……これは?」

 『聖杯、かな。あっ、これそのものは解説に必要かなーって取り出したレプリカで、願いはちょっとしか叶わないよ、ゴメンね』

 「……謝る必要は?」

 『この聖杯があれば大切な人を取り戻せるんじゃ、って思ったらゴメンねって話かな』

 「逆に、何か願いは叶うんですか?」

 『うん、叶うよ?だってこれも一応レプリカ聖杯だしね

 といっても、水を注いで飲みたいものを強く願うと水がその飲み物に変わるってだけの嗜好品みたいな魔術が何度でも使えるってだけだけど

 でも、美味しいお酒とか飲みたいって願いを持つ人は多いからね、案外役に立つんじゃないかな

 

 あっ、今入ってるのもお酒だから、飲んじゃ駄目だよ。アルコール40度くらいだったかな、ふらふらになっちゃうしね』

 

 『とまあ、それはもう良いかな』

 ふっと話を切り上げ、少女は微笑む

 『この杯に入ってる液体は魂。7つのサーヴァントの魂で、聖杯は満杯になる。見立てだけど、まっ、今はそういう認識で』

 「けど、満杯では無い……ですよね?」

 『うん。一杯だけど満杯ではない。6騎分の魂が入ってるって想定だよ、これ』

 少女は、器用に杯を振る。中の液体が、それに合わせて揺れた

 『そこで問題です

 聖杯はこうして貯まった魔力分願いを叶えてくれるけど、もしも魔力全部使っても……』

 と、中身の琥珀色の液体を何時の間にか用意していたガラスのグラスに移しながら、裁定者は笑顔で問い掛ける

 『叶えられないくらいの願いだったら、どうすれば良いかな?』

 「……諦める?」

 『じゃ、神巫雄輝くんを甦らせるのは聖杯でもちょっと出力足りないから諦めてね』

 「ちょっ……」

 『ってわたしに言われたら、無理でしたって諦められる?』

 「……それは」

 『うん、冗談。けど、そんなの無理って分かったよね?』

 悪戯っぽく、ミラちゃんは笑った

 

 『それじゃ、どうすれば良い?』

 少しだけ考える。量が足りないなら……

 「量を増やす?サーヴァントが7騎よりもっと多ければ、その分魂は増えるよね?」

 私自身、あくまでもシミュレートだとしても酷いこと言ってるな、って思える結論

 『うん、そうだね。けど、わたしがフリットくんを狙ってた表向きの理由、覚えてるかな?』

 「……一目惚れ?」

 『それは表向きじゃない、かな

 ホントの事だしね』

 「ふぇっ!?」

 思わぬ返しに、間抜けな声をあげてしまう

 

 「あ、あう……」

 自分の事でもないのに、頬が熱くなるのを止められない

 『ってゴメンゴメン、言ってて自分で恥ずかしいや』

 少しだけ赤い頬を撫でて、少女は微笑む

 『って、その方向じゃなくて。裁定者(ルーラー)として狙ってた理由だからね』

 「ちょ、ちょっとだけひどい事言われた仕返しを、と……」

 とても見事にカウンターされてしまったけど。アーチャーか見たら笑い転げられるかもしれない

 

 「えっと、八騎めのサーヴァントだったから、でしたか?」

 一つ深呼吸。気持ちを切り換えて問い掛ける

 『うん。サーヴァント多いと聖杯戦争がそもそも成り立たなくなるからね

 一度に呼べるサーヴァントは本来7騎。まあ、わたしみたいに裁定者が来たり、或いは昔の聖杯戦争に勝って受肉して第二の人生を満喫してるサーヴァントなんかが居たりすれば増えるし、他のサーヴァントを召喚するサーヴァントだって居なくはないし……。わたしは見たこと無いけど、5騎以上だったかな、沢山のサーヴァントというかそのマスターが結託して一人を勝たせようとしたマッチポンプをやった場合にはもう一セット呼ばれるってカウンターもあるらしいし、その限りじゃ無いんだけどね』

 言ってミラちゃんは、水を杯に注ぎ込む。それはもう満杯、溢れる寸前まで

 

 『けどね、基本的に入るのは7騎分まで。聖杯だってギリギリの所までやってサーヴァントを用意してる訳だしね』

 更に、手を止めずに少女は水を注ぎ続ける

 当然ながら耐えきれずに杯から水が溢れ、外面を伝って少女の白い指を濡らした

 『だから、8騎めが例え居ても零れるだけで意味は無いかな。あっ、ならば一回変換してちょっと使ってから継ぎ足してって思うかもしれないけど、それも無し

 だって、変換始めた時点で聖杯戦争は終わり、例え継ぎ足す為にサーヴァント用意してても強制的に退去させられちゃうし、どうにかして残らせてても願いは叶えたって聖杯の機能止まっちゃうしね』

 「なら、二回やれば?」

 『良い線いってるけど、それも無理かな

 聖杯自体が時間をかけて、漸く出来るのが聖杯戦争。連続で起こせるなら何とかそれも可能だけど、普通は無理させても10年はかかるよ、次をやるの

 流石に10年掛かったら、完全に別物扱いされて喧嘩しちゃうから無意味だよ』

 「じゃあ……」

 答えが、出ない

 

 『ってゴメンゴメン、一つヒント言ってなかったよ。これじゃ分かんないね』

 言って少女は、不可思議なドリンクを作り始める

 濁った色で、何か浮いてて、そして泡立つよくわからないもの

 

 「……これは?」

 『聖杯戦争のモデル?

 そもそも、6騎の英霊の魂を用意するって事自体がこの段階、どうしようもないごちゃ混ぜなんだ』

 「……う、うん」

 『あっ、これはコーラとジンジャーエールと果肉入りイチゴミルクとオレンジソーダとコーヒーフロートとうがい薬のちゃんぽん』

 個性的でしょ?と少女は笑う

 つられて、私も笑った

 「美味しくなさそう」

 『美味しい訳ないよ?今は、ね』

 けれどもそんな良くわからないものは、一瞬のうちに澄みきった黄金に変わる

 ……違う。黄金じゃなくて透明だ。透けて杯の黄金が見えてるだけ

 

 「……ひょっとして、聖杯はそんなごちゃ混ぜを一つに出来る?」

 『うん、正解。聖杯戦争なら、ね

 それに、この杯はもっと大きいとバケツになっちゃうからってこれが最大サイズだけど、聖杯そのものは大聖杯ってもっと大きいのもあるからね』

 「じゃあ」

 『うん、ごちゃ混ぜを束ねた聖杯を7つ用意して、更に大きい聖杯に注ぎ込めば、全部一つに出来るよ』

 「……そういえばミラちゃん、7つなきゃいけないの?」

 『多分聖杯は5つあれば足りるかな出力的には。けど、聖杯戦争ってもともとある儀式の枠組み借りてやってることだから、7つ無いとそもそも始められないよ多分。自前で儀式魔術組めれば話は別だけど、5回で良い魔術組み上げるより、7回全部やっちゃう方がよっぽど簡単だね』    

 「じゃあ、今は……」

 『その通り、多分7つの聖杯が揃って、大きな聖杯戦争を始めたって事だよ』

 まっ、推測だけどね、と少女は声だけ笑った

 目は、笑っていなかった

 

 「じゃあ、かーくんは!」

 『殺すなら生かしておく理由無かったし、多分生きてるよ?』

 「ホントに?」

 何も分からなくて不安で、ついそんな気弱な事を聞く

 大丈夫だって根拠もなくても信じれれば良いのに

 『フリットくんがあのアーチャーを倒してくれると意味もなく信じきれていたなら話は別だけど、流石にね……

 って、アーチャーさんのマスターに言うことじゃないね、ゴメン』

 「けど……」

 『不安?』

 綺麗な少女の目が、私の目を覗き込む

 サーヴァントというから存在感でおっきく見えていたけど、良く考えると私と背丈は変わらない。胸は違うのが、ちょっと悔しいけど、大丈夫、私はまだおっきくなる……きっと

 「……うん」

 気圧されるように、私は頷く

 

 『それじゃ、心配を解消する為に、ちょっと見てくるね』

 それを気遣ってくれたのか、さっと裁定者の少女は離れ、駆け出していく

 

 『あっ、気をつけてね、わたしも知らないサーヴァントがもう現界してる可能性があるし、近くの……』

 少し足を止めて、少女は辺りを見回す

 すぐに一ヶ所に目を付けた

 『大きな木の下に隠れてたりするといいよ、それじゃ!』

 雷鳴一過、雷と化して裁定者の少女は全力で空を駆け、一瞬で見えなくなる

 

 「……はあ、疲れた……」

 どっと息を吐き、言われた通りに木を目指す

 「これから、どうなるんだろう……」

 さっきまで街だった木がまばらな草原をとぼとぼと歩き、木に近寄って……

 

 『……流石に、ガキっぽ過ぎるか

 もっとお姉さんの方が良いんだが、仕方ねえ』

 その声は、背後の木の上から響いた


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