Fake/startears fate   作:雨在新人

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"夢幻の光剣"起 悪魔の目覚め
二日目ー光剣の悪魔 (多守紫乃視点)


聖杯戦争への参加を決意した次の日、やはりというか、私達は再び教会の前に立っていた

 心を変えて脱落に来た、という訳ではない。昨日振る舞われたスープが美味しくて、また集りに来た……というのも否定したい

 昨日一日かけてアーチャーと共に伊渡間市全体を回ってみたは良いのだが、襲撃は教会での一件以来一つもなく、他のマスターらしき痕跡も見当たらず。収穫といえば、伊渡間市に残る旧跡等を見て回れた事くらい、と何も進んでいないに等しかったのだ。アーチャーも相変わらず自分が何者なのか言ってくれないし

 なので、神父様に何とかとりなしてもらった昨日の今日で悪いのだが、やはり聖杯戦争を引き起こしたヴァルトシュタインに近く、昨日の事もあるこの教会位しか行く場所がなかった

 

 聖杯戦争について、私は良く知らない。知らないからこそ、何もせず、受け身で居る訳にはいかなかった

 アーチャー以外のサーヴァント6騎、そのうちどれだけが既にこの地に居るのかもよく分からない。受け身で居ることが、相手に先手を取られることが、どうしようもなく怖いのだ

 

 『っ、マスター!』

 突如、アーチャーがそう叫ぶ

 襲撃だろうか、そう思った次の瞬間、私の目に入ったのは

 一昨日の男だった

 

 彼は、当然のようにそこに居た。教会の扉を背にして、立っていた

 一昨日のローブは羽織っていない……いや、羽織ってはいるのだが、既にフードが千切れており、灰色の髪が露出していた。少し、雰囲気が違う

 だが、あの赤い瞳は……血色の殺人鬼の瞳は、間違えようが無い

 

 「……何しに、来たの」

 怖くて、それでも声を絞り出す。震えるのは仕方がないけれども、それでもと声をかける

 「この教会に用があっただけだ」

 「どんな……用?」

 あんな化け物が教会に行く理由が思い付かない

 

 いや、三つ、ある。アーチャーは彼をセイバーモドキといった。昨日聞くに、多分彼はヴァルトシュタインの作った偽物のセイバー……私を襲ったあの女性の上位版のようなものだという

 ならば、その女性の様に私達を襲いに来た、若しくは失敗したあの女性関連の何かを処理しに来た、或いは……

 この教会を、襲撃に来た

 

 背筋が寒くなる

 アレは躊躇無く私を殺しに来れるような非人だ。そんな化け物が、教会の扉を背にして居た

 ならば

 

 「構えを解け、アーチャー。別に今お前とやりあうつもりはない」

 男は手を下げたままそう言ってくる

 『……信用ならねぇんだよ』

 アーチャーは応じない

 当然だ。一昨日見ている。彼が虚空から剣を産む所も、剣先を下にした謎の構えも

 「……話がしたい」

 男の瞳に理性の光は……ある

 でも、それでも……信じられない

 

 『はっ!?そんな血の臭いでむせかえりそうな奴が対話たぁ恐れ入ったぜ』

 血の臭い……それは、もしかして

 「……神父様達を、殺したの?」

 それは、私が恐れていた事だった

 

 一瞬、男は虚を突かれたような表情になる。一昨日よりも、まだ話は通じそうだ

 「ミラを殺して何の意味がある」

 そう、男は吐き捨てる

 意味がないと。そんな手は取らないと。そんな馬鹿な事を聞いてくるなど阿呆かと

 だが、それならば何故彼はこんなにも恐ろしいのだ

 「俺は話がしたいと言ったが?」

 「信じられない」

 「信じろと……言える立場ではないか」

 「貴方は!」

 「『一昨日、私を殺そうとした』……か?」

 嘲るように、彼は笑う

 「ああ確かに、それは事実だ。覆しようもなく真実だろう。言い訳のしようもない。その時の俺がどうであったか等お前たちになんの関係も無い。命令だった、仕方がなかった、あれでも抵抗した。口ではどうとでも言えるが、信用に足ると思われるはずがない

 だが、今この俺が、そちらに対し対話をもちかけているのも事実だ」

 『話をするならば、此方の利益も考えてほしいもんだ』

 アーチャーがそう言う

 こんなもしかしたら誰か来るかもしれない場所だ。弓は持っていない。だが、きっと、握り締められたその右手には、眼に見えないあの矢があるのだろう

 構えは解かれない。互いに、不思議ながら、本人にとっては合理性があるのだろう型を崩さない

 それは等しく、相手を信頼等していない意思表示。貴様は信用ならんという、口に出されない言葉だ

 

 「利益、か」

 男は、ほんの少し考える素振りを見せる

 「此方の対話の目的は、アーチャー陣営との一時的な同盟関係」

 あっさりと、彼は目的を明かした

 「それは、ヴァルトシュタインとしての?」

 「違うな。俺は悪だ、正義に迎合する時代には戻れない

 俺は悪として、対シュタール・ヴァルトシュタインに際し、そのアーチャーの力を求めるだけだ」

 訳が分からない。彼はヴァルトシュタインの手先で、私を殺そうとした悪魔で

 ならば、そんな言葉はきっと嘘で……

 『はっ、こっちに利益がねぇな。マスターが受けるって言うなら止める気は無いが、オレ個人としちゃあお断りしたいね』

 「確かに、そうだな」

 あっさりと男は肯定する

 彼が肯定した通り、その提案は此方に利益なんて無い。事態はよく分からないがあの悪魔が一応ヴァルトシュタインと敵対してたとして、言い出した同盟なんて私達の力を一方的に当てにしてるだけだ。彼は確かにそれなりの性能はあるのだろうが、一昨日アーチャーに手も足も出なかった程度でしかない。聖杯戦争の全面的な協力であれば(それも信じられたものではないけれども)まだ利があるものの、使われるだけの同盟なんて受けるわけがない

 

 「此方は、知る限りのサーヴァントの情報を提供しよう」

 それは、少し魅力的ではあった、だが

 『それで、俺の知るサーヴァント、アーチャーについては語ったぞ?で終わらせる気か?』

 「……バーサーカー、ライダーについて、だ」

 それは、私達にとっても有り難い話だった

 「……嘘は無し、なら」

 「同盟を持ち掛ける相手に嘘をついてどうする」

 言って、彼は手を振り、近づいてくる

 15mはあった距離を詰め、5mも無い位まで

 「受けるかは話を聞いてから、考える」

 「……此方が元々不利だ。それで良い」

 そう肯定し、男は近くに寄りきる。手を振る動作は、彼にとっては自殺行為。此方を前にして、武器を手放すに等しい。開いた手では、剣は握れない

 ならば、少しだけ彼を信じてみても良い気がした

 

 「ライダーは円卓の騎士。あの森で召喚されたらしいから間違いないだろう」

 そう、彼は語り始める

 『そう言い切れる根拠は?』

 「ヴァルトシュタインの森は魔術工房。初代が、自身のサーヴァントの敷いた陣を転用したものだ

 その魔術師(キャスター)は、かのアーサー王に縁のある者だったらしくてな。奴が残した陣の影響は強く、ヴァルトシュタイン邸を中心としたあの森は未だにブリテン領域、アーサー王の領土という異空間と化している

 その領域でサーヴァントを召喚すれば、アーサー王縁の騎士が呼ばれるのは最早必然だ」

 つまり、私はあの手紙でヴァルトシュタインに誘い込まれた、というのは確定だろう。逃がす気も無かったに違いない。相手を工房(というものはよく分からないが)という陣地に呼び込むならば、きっと

 『成程、森そのものが可笑しいと思えばそんな理由か。ならば人が入れる森だってのに魔獣モドキだ何だが居るのも当然。魔術師以外は工房の領域に入れないから露見しないってか?』

 「正解だ、アーチャー

 嘗てのキャスターのお陰でヴァルトシュタインにはアーサー王伝説に関しては色々と資料があってな。一見した限りではあのライダーは外見的にはガウェインに見えた」

 「ガウェイン……?」

 聞いたことは……ある気がする。太陽の騎士だっただろうか

 「ガウェインという保証は無い。金髪で鍛えられた体つきと資料に添えられた絵で見たガウェインに似ていたというだけだ」

 『似ている、か』

 「ガウェインの兄妹……ユーウェイン、アグラヴェイン、ガレス、ガヘリス、モードレッド等の可能性もあるな。いや、ガレスとモードレッドは資料によると女だったか」

 そうであって欲しい。あまり詳しくない私でも聞いたことがあるということは、ガウェインとはそれだけ有名で強いのだろうから

 『ユーウェイン?』

 「モルゴースはモルガーン、そういうことだ。資料にあった」

 アーチャーは、私にはよく分からない会話をしている

 多分、現代の知識とかそういうのだろう。或いは……見てしまったからにはと言っていたように、色々と見たことがあるのだろうか

 どちらにせよ、少し羨ましい。私は付いていけないから。もしも、相手の真名を知れても、大半は何も分からないから

 脳内に知識があるなら兎も角、きっと相手は文明の利器で調べるなんて悠長な事を許してくれないだろうし

 『そもそもだ、お前は何故ライダーを知っている』

 「見たからだ。そこの」

 と、男は私を見る。その瞳の色は……読み取れない。彼が何を考えているのか分からない。一昨日の殺意は無いようだが、それ以上が見えない

 これでも、顔色を伺うのは苦手ではなかったはず。そんな自負が崩れる程に、彼は得体が知れない

 「……哀れなマスターが領域に入る直前、ヴァルトシュタインに同盟を持ちかけられるライダーの姿をな」

 『理解したぜ。で、同盟は?』

 「話が纏まる前に、アレを殺してこいと言われた。以後は知らん」

 『使えねぇなおい』

 「良く言われる」

 自嘲の笑みを浮かべ、男は話を続ける

 

 「ヴァルトシュタインのサーヴァント、それはバーサーカー」

 「それで?」

 それは知っている。裏付けをとれた……のは良いが、それだけではある

 「アレは……確証は無いが、奴の真名は……」

 「真名、分かるの?」

 「あくまでも推測だ。星涙計画の要……らしいが、本当にあんなものを呼べたのか、それとも狂化の影響で思い込んでいるだけなのか、それは分からない。だが、もしも本当に望みの者を呼べたのであれば」

 『御託は良い』

 

 「バーサーカーの真名は……吸血鬼(ヴァンパイア)。或いはそれに類する何者かだ」

 そう、ゆっくりと彼は告げた

 「今、何て?」

 理解が追い付かなかった

 吸血鬼……その話は私でも聞いたことがある。夜に動き出し、人の血を啜る魔物、それが吸血鬼

 だけれども、それがどうしても聞いていたサーヴァント、とは違った。そんなもの、英雄なんかじゃない

 『死徒……だと!?』

 アーチャーが、初めて分かりやすい動揺を見せる

 「それは知らん。俺の制御用に注射されてた血は既に破壊された。アレが吸血鬼のようにされた人間なのか、幻想としての吸血鬼なのか、それとも死徒なのか、俺では判断が付かん」

 『そもそもだ、そんなものが呼ばれるのかよ』

 「呼ばれるさ。星涙計画とは、ヴァルトシュタインが居ないはずの救世主を呼び出し、世界を救う為の計画だという

 その儀式に使われている聖杯は、やはり呼べないはずの存在を纏わせ、無理矢理に呼ぶんだろうよ」

 「呼べないはずの……存在?」

 「本来、神霊やそれに近い存在は聖杯戦争では召喚されない

 聖杯の奇蹟を求めて争うというのに、その道具であるはずのサーヴァントが奇蹟をそのものを体現しうる神話の神であってみろ」

 確かにそうだ

 もしもそうならば、サーヴァントを召喚した時点で、聖杯戦争とは関係なく願いは叶ってしまう。確かに、それでは意味がない

 特定の英霊に会うことそのものが目的であるならば兎も角、聖杯に懸ける願いまでもサーヴァントに叶えられてしまうならば聖杯戦争なんて成り立たなくなる

 でも、それならば、神霊を名乗るアーチャーは、どうして召喚されているのだろう

 「だが、この聖杯戦争は、本来そういったものの極致(メシア)を召喚する為の儀式。そこのアーチャーみたいな反則サーヴァントも召喚されうる。同様に、英霊ではないはずの存在をも、な」

 「アーチャーも……」

 「不可視。風で光の屈折を誤魔化しているんだろう?さも当然の様に」

 『へぇ、分かるもんなんだな』

 アーチャーは構えを解かない。あくまでも、警戒し続ける

 「風に関連する神格。全くもって戦いたくはない相手だ。目に見えない、距離も関係無い、意識すらせず風を纏う。化け物も良い所だ」

 男は、そう吐き捨てる

 

 「俺が知るのはこの程度。何も知らないよりはマシだろう

 改めて聞こうアーチャーのマスター。ヴァルトシュタインへ挑み、打ち倒す悪行。同盟を組み、共に行ってはくれないか?」


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