東方殺意書   作:sru307

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 変わった世界。
 そこから歩むのは、全員が始まりから―――


最終話「始まったばかり」

最終話「始まったばかり」

 

 

―博麗神社―

 

 

 リュウ達が去ってから、早3ヶ月。季節はめっきり冷える冬になり、幻想郷では雪が降り積もり始めていた。建物の中ではこたつを用意する者も多く、皆が寒さをしのぐ術を施して冬を迎えていた。

 しかし殺意異変後、幻想郷の有力者達はそれどころではない、あるいはそれすら頭に入れていない者もいた。その理由は単純明快、お互いの道を進めるために。

 

 

―人里―

 

 

「あーあ。こうなると分かっていたら、今すぐにでも戻って修行していた方が良かったぜ」

 

 荷物を背負いながらそう言うのはユン、洗脳が解けたとはいえそのお詫びとしてここで働くことになっていた。しかしこの程度の荷物を何往復する程度ではユンの肉体は悲鳴を上げるまでには至らない。

 

「仕方ないだろ兄貴。これで済んでいる辺り、まだマシというものさ」

 

 ヤンもそばで人里のお手伝いである。

 

「ちくしょお~、まだ頭が痛え…」

 

 やけにヨタヨタした足取りをしているのはルーファス、霊夢が慧音の元に連れて行って以降、働かされているのだが、そのたびに長い言葉を続けていた。それが慧音にとっては言い訳にしか聞こえなかったようで慧音が激怒、マシンガンの如き頭突きを何度も食らってしまった。結果、必然的に口数が減った。それと同時に体重も減った。

 

 人里には変化が起きていた。先ほどの3人もそうだが、それはあくまで一時的、本命はこっちの方だ。

 

「はいは~い、地底でできた特性食用油で~す!」

 

 そう、彼は地底の妖怪、今の人里は地底の妖怪が出回るようになっていた。当然ながら最初人々は警戒体勢だったが、3ヶ月経つとそれも軟化していき、今ではすっかりなじんでしまった。

 

「何だか以前より騒がしくなったのう」

 

 マミゾウが以前より活気づく人里の中心部を見回っていた。

 

「地底の者までこちらに来るようになりましたからね。しかし当初は本当に驚きました」

 

 阿求がそのそばでマミゾウと一緒に見ていた。妖怪に対して当初から警戒心を持っており、マミゾウに対してもつきあいを持ち始めたある人物に警鐘を鳴らしたことがあるほどだったが、一緒にいると少しは付き合っても良さそうだ。

 

「一応さとりに怪しくないかの検査をしてもらったが今の所大丈夫そうだ。まだ疑う段階ではあるが、人里で妖怪と人間の共存への第一歩だ」

 

 慧音は満足な笑みを顔に出していた。

 

 

 その後、ユンヤン兄弟、ルーファスが元の世界に帰れたのはさらに1ヶ月後の話である。ようやく元の世界に帰れたとき、ルーファスの嫁、キャンディは数日間泣きついてルーファスから離れなかったとか。ユンヤン兄弟は一から修行のため、母国中国へと戻ったという。

 

 

―永遠亭―

 

 

「輝夜ぁぁぁ!!」

 妹紅が炎の翼を持って突っ込んでいく。

 

「来なさい妹紅!!」

 輝夜は見よう見まねのコーディーの構えで迎え撃つ。

 

「…あの2人、なんか異変前よりも喧嘩が激しくなっていませんか?」

 

 うどんげが永琳の手伝いをしながら喧嘩の様子を見ていた。

 

「ここまで被害が及ばなければいくらでも大丈夫よ。それにお互いを高め合ういい機会だと思うわよ」

 

 永琳は喧嘩の様子そっちのけで薬の調合をご機嫌良く進めていた。それ以外に変わったことは1ヶ月に1回ほど、月の都からの定時連絡が来るようになったことぐらいで大きく変わりはしなかった。この、永遠亭の業務だけは。

 

 

―妖怪の山・滝の裏の洞窟―

 

 

「はい…これで詰みですね」

 椛が竜の駒を置いた。

 

「う、うう~…!」

 早苗は悔しそうに盤上を見ている。必死に王手から抜け出せる手を考えるが、もう存在しない。

 

「参りました…」

 早苗は素直に負けを認めた。

 

 

「でも早苗さんが始めてから3ヶ月、だいぶうまくなっていますね」

 

 

 椛は今までうってきた早苗の手を思い返した。始めたばかりは攻めばかり考えて後半に後悔するばかりの試合展開だったが、今になると攻めが落ち着き、自分の手を読もうとする手が多くなってきた。

 

「ホントですか?」

 早苗はずいっと顔を椛に寄せた。

 

「ホントですよ。もう一戦行きましょうか?」

 椛は将棋の駒を初期位置に並べ始めていた。

 

「もちろんです! 次は絶対勝ちますよ!」

 早苗の読み合いの特訓は、しばらく続きそうだ。

 

 

―地底・旧都の中心部―

 

 

 地下深くのため、冬になろうともそこに住む者は雪を見ることのない地底。そこではザンギエフと本田が残したマットと土俵が作られたまま、旧都の住人が楽しんでいた。まだまだプロレスと相撲ブームは健在であった。

 

「相変わらずだね、ここの盛り上がり具合は。この盛り上がりがなかった、今頃ここはまだ復旧の真っ最中だったろうね」

 

 萃香が酒を飲みながら言う。もう顔は真っ赤っか、かなり酒が回っている。

 

「よく昼間から飲めますね。ここまで来ると一周回って関心してしまいます」

 

 さとりが第三の目で萃香の心を読み取りながら言う。間違いなく本心だが、ここまでとなると流石に受け入れるしかない。

 

「そういえば、妹さんやペットはどうしたんだい?」

 萃香が酒を飲む手を休めないまま、さとりの家族の行方を聞いた。

 

 

「皆地上に出てしまっています。毎日留守番をかわりばんこでやって地上に出るようにしているんですよ」

 

 

 さとりが笑顔で萃香に語る。彼女も異変で大きく考えを変えることになった。その結果が、外出を少しだけ許すことだった。

 

 

「へえ…変わったのはあんた達もかい。地上に出てみようって妖怪や鬼が増えている地底だけど、その影響は地霊殿にも…か」

 

 

 萃香は騒ぎ立てる地底の旧都をずっと見ていた。

 

 

―命蓮寺―

 

 

 日課は朝の読経であった命蓮寺。しかし殺意異変後は日課が追加された。それは模擬戦だ。

 

「タイガーショット!」

 星のタイガーショットに苦戦を強いられているのは一輪だ。

 

「あぐっ…!」

 タイガーショットが一輪のガードを崩して入る。星のタイガーショットが、戦いで使われていくごとに洗練されていくものだから、それを上回る対策を講じ続けなければならない。だが一輪はそれができずに攻めあぐねる一方だった。

 

「い、一旦止め! やっぱりその弾は正面からじゃキツいわね。でも私と雲山だと、正面切って戦うしかないからなあ…」

 

 一輪が降参を宣言する。星は構えを解いて立ち上がる。

 

「一輪は動きにも難があるからね…それは星も同じなんだけど、遠くまで弾が届くから砲台化されると一輪が圧倒的に不利なんだよな…」

 

 ナズーリンが頭を悩ませている。仲間のサポート役にもなるナズーリンにとって仲間の特徴を知ることは大切なことだ。

 

「師匠の話だと『弾抜け』っていうのがあるらしいですよ。それをできるようになれば中距離からなら攻め入って接近戦に持ち込めるって話です」

 

 星がサガットの教えから聞いた話を持ち出す。一輪はそれができれば楽なんだけど、という顔をしてからこうも言った。

 

「本当にそれなんだよね。それが使えればなあ…」

 

 一輪は考え込んだ。まだまだ精進が足りなさそうだ。そこに歩いてくる足音が聞こえてくる。村紗が迎えに行ってみると、そこには妖夢の姿があった。

 

「妖夢さんですか。今日も修行に?」

 

 実はリュウが去ってから、妖夢が白玉楼から命蓮寺を模擬戦目当てに訪問するようになったのだ。キャミィが相手になっていたこともあった白玉楼の庭で剣を振るうだけでは限度が近かったからだ。

 

「ええ。誰か相手になってくれる人はいませんか?」

 

 妖夢が向こうの様子を探る。今手が空いているような人を探しているようだ。

 

「それじゃあ私が相手になるよ。ちょうど新しいスペルが完成したんだ」

 

 村紗がどこからか巨大な錨を取り出す。3ヶ月もここに訪ねられたら、もう暗黙の了解のうちにやりたいことが分かる。

 

「では尋常に…勝負!」

 

 

―神霊廟―

 

 

「…何だかあの2人、張り合いが多くなっていないかしら?」

 その命蓮寺の近くの洞窟の中の神霊廟。異変後、そこは異常な騒がしさに包まれていた。その元凶はあの2人。

 

「これでどうじゃ、炎符『江戸の大火災』!!」

 布都の手から燃え上がる炎が次々と放たれる。

 

「まだまだ! 雷鳴『ガゴウジレイン』!!」

 屠自古が天空から降る雷を操って布都の炎と張り合わせる。

 

「喧嘩にならなければ大丈夫だろう。最悪そうなろうが、私らで止めてしまえばいい。手につけられないほどにならぬよう、私らも修行しなくてはな」

 

 神子は笑みを浮かべていた。一日一日が大切な今、無駄なことはないような気がしてならない。

 

 

 

 そして、異変の元凶、救世主を作り出したリュウの世界―――

 

 

 森深くのさびれた神社の中で、ケンはあの男を待っていた。その待っている相手とは、もちろん―――

 

「よう、待ってたぜ!」

 

 ケンが迎えてくれた事にリュウは笑みを浮かべる。

 

「早かったな。待たせたか?」

 

 リュウがケンから連絡を受けて30分、できる限り飛ばしてきたが、ケンはすでに待っていた。

 

「ここの空気を吸うのも久しいから、気合いが入っちまったぜ。はっはっは」

 

 ケンは変わらない笑いをリュウに飛ばして見せた。

 

「奥さんの調子はどうなんだ?」

 

 リュウは出産したというイライザの事を聞いた。

 

「順調だぜ。このまま行けば後1ヶ月後には退院だな。しかしあれからもう3ヶ月経っちまっているのも不思議なもんだよな」

 

 ケンはあの出来事から季節がもう巡っていることを思い起こさせた。

 

「そういえば、あれから剛拳師匠には会ったのか?」

 ケンが何気なく師匠の行方を聞くと、リュウはそういえばという感じで答えた。

 

「雪が降り始めた頃に一度だけな。今頃はどこかの山の中だろうが…」

 リュウは師匠の行方を気にしていなかった。それはケンも分かっていた。剛拳師匠は、肝心な所を黙っていることが多いから。

 

「よし…それじゃあ…やるかい? もちろん『アレ』だろ?」

 ケンはいつもの構えを見せた。この2人、どちらかが呼び出せばやることはただ1つ。

 

 

「おう!」

 

 

―紅魔館・地下修行室―

 

 

 修繕作業を終えて迎えた初めての季節が冬となった紅魔館。その地下は前より一層騒がしくなっていた。

 

「ふっ!」

 レミリアがフランの弾幕を避けながら長いグングニルをなぎ払うように縦振りした。

 

「うっ!?」

 フランはとっさの判断で避けるが、グングニルの先がフランの羽を掠った。

 

 

「そこまで! この模擬戦、レミリア様の勝ち!」

 

 

 審判担当の妖精メイドがレミリアの勝利を告げる。

 

「お疲れ様です、レミリア様、フラン様」

 

 咲夜が2人をねぎらってくれた。そしてすぐに戦いの反省会が開かれる。

 

「う~ん、お姉様の槍はリーチがあるからなあ…懐に潜れたらいいんだけど、お姉様も速さを備えているからなかなか大変なんだよね…」

 

 フランは腕を組んでレミリアの癖を思い返そうとする。この癖読みは狂オシキ鬼との戦いで大いに役立ったが、洗練された相手、特にレミリア相手にはだいぶ通じなくなっている。そろそろこの考え方は止めても良さそうだ。

 

「今回は私が一歩上ね、フラン」

 レミリアが誇らしげに宣言する。フランは悔しそうにレミリアを見た。だがあの攻撃で勝ち負けは決まっている、文句は言えない。

 

「次は負けないからね、お姉様!」

 フランはそう言ってレミリアをにらんだ。レミリアは受けて立つわよ、と不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「しかしレミィも思い切ったことをしたわね。フランの部屋を自分の隣に移して、地下室を修行室にするなんて」

 

 

 パチュリーは分厚い本を傍らに抱えながら先ほどまでの姉妹2人の修行を見ていた。

 

 

「それにお互いに活発になりましたよね! 以前とは見違えるほど動いているのを見かけますから」

 

 

 小悪魔が笑顔でそう言う。

 

 

「さて、もう一戦行きましょうか」

 

 

 レミリアは立ち上がった。フランも無言でうなずいて後に続く。

 

「は、早くないですか!? 休憩もほとんど反省会の時間だけしか…」

 

 小悪魔が2人を止めようとするが、2人のやる気が収まっていない以上、その行動は無意味である。

 

「よく続くわね2人とも。まだ3戦しかやっていないけど、1試合の時間が長すぎて私じゃ白旗を上げるわ」

 

 パチュリーが目に手を当てる。想像するだけでめまいか何かが起こりそうだ。

 

「どちらか被弾するまで続くっていうルールですからね…お互いとんでもない避けあいの応酬だからなかなか決着がつかないという…」

 

 咲夜は改めて2人の尋常じゃない成長を間近で見て驚くばかりだ。それでも、自分も成長しているのだから何も言わない。

 

「でも見てください。お二人とも笑ってますよ」

 

 小悪魔に言われ、パチュリー2人の戦いに目を向けた。2人は向かい合って構えていたが、どちらもその顔はほほえんでいた。純粋に戦いを楽しんでいる何よりの証拠だった。

 

 

―博麗神社―

 

 

 屋根は雪化粧をかぶり、辺りの木々も枯れて寂しさの増す博麗神社。それでもここに住む博麗霊夢の心は寂しさなぞ存在しない。その理由は簡単、いつも来てくれる相棒だ。

 

「よう霊夢!」

 魔理沙が華麗に地面に着地する。霊夢はこたつでぬくぬくしながら湯飲みの暖かいお茶に手を当てている。

 

「あら魔理沙。悪いけど今日はお茶を出す気にはなれないわよ?」

 

 霊夢はぐいっと湯飲みのお茶を口に入れて飲み込んだ。

 

「おっと、ハナからその気はないぜ。それ以前にやりたいことがあるからな」

 

 魔理沙は帽子からミニ八卦路を出し、人差し指でサッカーボールのようにクルクルと回して見せた。

 

「分かるだろ? 私が来るときは、お茶かこれしかないんだからよ!」

 

 魔理沙は素手で構えていた。こうすれば相棒はすぐ分かってくれる。

 

「…そうよね!」

 霊夢もこたつから抜け出し、その勢いで外に出て構える。彼女らの最近の会話手段はこうなっていた。『拳で語る』。それが全てを教えてくれる。

 

 

「勝負だぜ、霊夢!」

「望む所!」

 

 

 6人の戦い始めは偶然か必然か、あの技で始まっていた。

 

 

 

「「「「「「波動拳!!!」」」」」」

 

 

 

 戦いの道はまだ始まったばかり―――

 

 

 

 

 

東方殺意書 完

 

 

 

 

 

東方???に続く

 




 これにて東方殺意書、堂々完結。

 活動報告で今後の予定について書いていますのでどうぞご覧いただければと思います。

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