思い出の多い別れは、悲しみどころかうれしさがこみ上げてくる―――
第81話「それぞれの思い出」
―紅魔館―
宴会から一夜明け、朝を迎えた幻想郷。わずか半月ほどで紅魔館の修繕は全て完了し、今日春麗とダッドリーの別れを告げることができた。なお、バイソンは紫の計らいで先に帰してもらった(もちろん牢獄への直通便である)。
「本当に今日帰るのね。…何だか実感がないわ」
パチュリーは春麗とダッドリーを交互に見ながら言った。自分の戦い方に武術が合わないのもあってあまり関わりはしなかったせいもあるが、それ以上に別れても寂しいと思わない気持ちがある。その気持ちはリュウと霊夢達にも似たものだった。
「奇遇だけど私もよ。弟子を取ったのに、不思議なものね」
春麗は笑顔を崩さない。本当に別れを惜しんでいないのが弟子の美鈴にはすぐ分かった。現に美鈴も、寂しいとは思っていない。彼女ら師弟にも、互いの道を進むという意志が表れている。
「なぜだかは知らないが、私もだ。もしかしたらまたこちらに私達が来ることがあるのか、その逆で君たちがこちらに来ることがあるのか…いずれにせよ、『また会える』という確信が心のどこかであるような気がするな」
ダッドリーは髭をいじりながら目をつぶり、短いながら紅魔館で過ごした日々を思い返す。咲夜の指導ばかりではなく、幻想郷の紅茶の種類なども学んだ意義ある旅行(?)だった。
「ダッドリー師匠、お世話になりました」
咲夜が頭を下げた。咲夜のこの態度は珍しいが、それが自然に出ている辺り、咲夜も変わった。
「何を言っているのかね。礼を言うのはこちらの方だ。身元も分からない私を何の疑いもなくここに泊めてくれ、さらにはよい紅茶やワインもごちそうになった。有意義な時間を過ごさせてもらったのは私の方なのだからな」
ダッドリーは最後まで礼儀を貫いている。それがさらにあふれ出ている言葉が、次に出た。
「私の力が少しでも助けになったのなら何よりだ。今度君たちがこちらに来たときは、一杯おごらせてくれたまえ。私が知る限り最高級のおもてなしをするよ。それでは、また会おう」
こうしてダッドリーは礼儀を貫いたまま元の世界へ帰還したのだった。
「師匠、ありがとうございました。おかげで私も、お嬢様のために身を尽くせる気がまた出てきました。あの異変以降、お嬢様において行かれる気しかしていなかったのですが、師匠がついてきてくれたおかげで自信を取り戻せました」
美鈴が春麗に頭を下げた。
「いいのよ。今回は私にとってもいい刺激をもらったし、私の目的も達成に一歩近づけた。話によればバルログもいたらしいから、あわよくばシャドルーかSINの情報を…と思ったけど無理だったわね。でも計画を阻止できたのはいい結果だわ。そして何より、私自身が即実戦で使えるものを手に入れたのが大きかったわ」
春麗は少しだけ自分のやってきた行為が報われる安心感からか、少し疲れが抜けるようなため息をした。
「お互い目的を果たすために、離れていても頑張りましょう!
中国語の挨拶は美鈴にしか分からない。それでも紅魔館一同は感謝の意を表していることだけは間違いようがなかった。
―魔法の森―
「うう…寂しくなんかないもん!」
チルノは必死に涙をこらえていた。師であるダンとの別れが悲しかったのだ。
(チルノちゃん…まあいっか、チルノちゃんが自分で納得しているのなら)
大妖精はかなり早くからダンのサイキョー流の教えから身を離していた。チルノはそれにすら気づかずダンの教えを受けるがままだった。
「泣くなよ。ずっとの別れじゃないんだぞ?」
ダンは落ち着いてチルノの肩を叩いてやった。
「うれしかったんだぜ? 新しい入門者が生まれたこと」
ダンの言葉にチルノははっとした。だが言葉をかける前に、ダンはスキマに向かっていた。
「これで俺の世界の奴らに一層こう言えるようになったぜ、『サイキョー流は不滅だ!!』って! またな、俺の弟子達よ!!」
ダンはキュピーンと光る歯をニカッと笑って見せながらスキマへと入っていった。
「あっ、ダン! …ごめんな、チルノ。オレもおワカれだ」
ブランカもチルノに言いたかった。でも言おうとしたら泣いてしまうだろうから、言葉を続けなかった。その代わりに。
「ホカにもイロイロイいたいけどナガくなるからミジカくイうぞ! チルノとイッショにいて『タノしかった』!!」
そう言い残してスキマへと飛び込んだ。
「…うん! アタイからも! 楽しかった!!」
チルノも笑顔で宣言した。楽しかった、ただそれだけを。
―命蓮寺―
命蓮寺。ここでもサガットの別れを見守ろうと皆が集まっていた。
「これでお互いに元の生活に戻るのですね、これでようやく…」
聖が思い出にふけるように言った。今まで生きている中で、ここまで時間が長くなったのは初めてだ。しかし感覚的には短く感じてしまうのが不思議だ。
「長かったわ…ずっと何かと戦う人の気持ちってこんなに大変なものなのね」
ぬえが改めてサガットの体を見た。二連続の異変で精神力の高さを思い知らされた格好だ。だがそのおかげで度胸とかはついたような気がする。命蓮寺の皆が、この異変で本当の強さに近いものを得た。
一方のサガットは全ての種族の平等を志す聖を傍らで見て自分を重ねていた。戦いも勝ち負けの概念以外は平等、どこかに共通するものを感じながら、星の修行に手を貸した。
サガットはそんな聖、星の姿を思い出しながら、こう別れの言葉を紡いだ。
「言葉で平等を得るもの、か。お前達とわずかな間だが一緒にいると、その信念を感じ取ることができた。やり方や目的は違えど、己の信ずることを進めることは同じ…か」
サガットは表情を崩さずに重く静かに言った。そしてあの時自分を決意させてくれた弟子に顔を向けてこう言った。
「修行を怠るなよ、我が弟子。お前なら、修行を続けているうちはどんなことも成せる。だが修行を止めれば何事も成せないのだからな」
サガットは腕を組んで星に警告を促した。
「もちろんです。あの男のようになってしまったら、私は本当に行き先を失ってしまいます。そうなれば、私は私ですらなくなる、あの姿になってしまいかねませんから」
星の言う『あの姿』はアドンにも、狂オシキ鬼の事にも聞こえた。どちらにせよなってはいけない者だ。
「…いいだろう。では、世話になった」
サガットはうなずいた。いよいよ別れるときだ。
「はい。また会える時を命蓮寺一同心待ちにしております」
聖は笑顔で見送った。その時、サガットが目だけで後ろにいる星を見た。
「…またな、我が弟子」
サガットが静かにそう言ったのを、星は聞き逃さなかった。だから。
「はいっ!!」
星は大きく返事をしたのだった。
―地霊殿―
「これでお別れだね。でも君たちがいなかったら、ここまで早期の復興はあり得なかったよ」
萃香が以前のように盛り上がった地底を振り向いて見る。地底の旧都は妖怪や鬼が騒ぐ場所(主にプロレスと相撲と油の販売で)に戻った。
「はっはっは! 俺は自分がやりたいことをやっただけだが、そう言ってもらえるのならうれしいものだ!」
ザンギエフは腹の底から笑い声を出した。
「儂もでごわす! 相撲仲間は儂の国だけしかいなかったが、ここでできるとは正直思っていなかったでごわす」
本田も笑みが止まらない。これから別れるというのに、自分の職業柄を考えると別れることは微塵も考えに浮かばないらしい。
「まあ儂らがちょいと頑張ればこんなもんや! はーっはっはっ!」
ハカンも笑っている。
「…お姉ちゃん、そっとしていた方がいいよね?」
こいしがそっとその様子を建物の影から見ていた。
「いいでしょう。彼らにはあの姿がお似合いだわ」
さとりは彼らを尊敬の眼差しで見ていた。私達もこんな存在になれるのなら、これから先笑顔が増えそうだと。
3人が幻想の地から足を離すのは、一番最後になるのだった。
―永遠亭―
「やれやれ。群れるのは嫌いだってのに、結局嫌いなことしかしていない感じのまま終わっちまった」
コーディーは鼻をいじりながらまだここで何か面白いことがないのかと空を仰いだ。もう少し楽しいことをやりたかった。
「…まあ退屈はしなかったからいいけどな。今度誘うときはもうちょっと休む暇もないような事を用意しておいてくれよ」
コーディーはけだるそうな目つきを変えることなくスキマへと入っていった。
「拙者の元の世界はまだ平穏とは言えぬでござる。だが今回の件で拙者は知ることができた。拙者の力は、ちゃんと通ずるものだと」
ガイは真剣そのものの顔を崩さない。それは武神流の掟がそうさせている。
「この世界の平穏が、できる限り長く続くことを祈っているでござる。…では」
ガイは疾風の如くスキマの中へと入っていった。その顔は元の世界で平穏を取り戻す戦いに挑んでいく戦士の顔だった。
「結局仲よさげだったわね、あの2人」
輝夜が帰って行く2人を見てぽつりとつぶやいた。
「さあ、私達も永遠亭の通常営業に戻りましょう」
永琳がくるりと振り向いて永遠亭に向かっていった。
―守矢神社―
修繕を終えた守矢神社。信仰者はそのままだったが、変わったところは多い。まず早苗は滝行のため山を下りるようになった。その事情はこの場の皆が察していた。だから話に出さぬよう皆が気を使っていた。
「最後の最後まで迷惑をかけてしまったね。それに見合うお返しもそこまでできていないのに帰ってしまうとは残念だ」
「いいさ。俺の部隊はいつもそんなものだ」
ガイルは別れの挨拶もなしに修行へ向かった早苗を気にかけた。彼女は自分からリュウの修行に身を投じていながら異変に巻き込まれた身、挨拶なんてする義理ではないと考えているだろう。それでも、この日ぐらいは許してもよかったのではないだろうか。ガイルはそう思っていた。なぜなら、この家族を見ているとそう考えてしまう。自分にも家族がいる身だから。
「俺にも家族がいる。全てを終えたなら、今まで迷惑をかけた時間分、お前達のような家族の絆を育みたいものだ。では、お世話になった」
ガイルはその感情を表に見せることなくスキマへと入っていった。
「君たちの楽しく生活している姿を見ていると思う。俺も過去を求め終えたら、君たちの生活をしてみたいと。この旅はそう決意させる旅だった」
アベルはガイルとは対照的に、家族がいない自分の身をすぐに打ち明けた。家族の暖かさは持っていない身でも知っていた。しかしそばにいると、自分にも家族が欲しくなってきた。
「そのためにも、俺の過去を絶対に探し当ててみせる。たとえそれが、どんなに残酷な過去だとしても」
アベルは大きな決意を胸にスキマで元の世界へ帰還していった。
―白玉楼―
「寂しいと思わないのも不思議だけど、こんな形でちゃんと別れを告げられるのも珍しい事ね」
幽々子は別れることになるキャミィを見て言った。
「生きている限り人は何度でも立ち上がれる。私もそうだった。負けても、生きていれば次で勝つために立ち上がれる。妖夢、お前はそれを私に再確認させてくれた」
キャミィはバルログと戦った妖夢の姿を思い返していた。あの時の妖夢は何をしてくるか分からないバルログ相手に傷を負っても焦らずに動いていた。
「いえ、あれは幽々子様やキャミィさんを守るために…」
妖夢は謙遜したが、キャミィは譲らなかった。
「そうだとしても言わせてくれ。ありがとう」
キャミィは堂々と頭を下げた。
「もし私の世界に来ることがあれば、私の部隊に連絡を寄越してくれ。いつでも助けに来る」
キャミィは少しだけ笑みを見せて、スキマへ入っていった。
「はあ…今回の旅はいろいろありすぎて流石に疲れちゃいました。でも楽しかったです!
幽々子さん、妖夢さんに会えたので」
さくらは初めて会ったときと同じ笑顔を見せてくれた。
「次に会うときは、私ももっと強くなってきます。それじゃあ、またいつか!」
さくらはスキマ姿を消すまで、ずっと振り向いて手を振っていた。
「いい仲間を持ったわね。妖夢」
幽々子は妖夢の肩をぽんと叩いた。妖夢は今にも敬礼しそうな顔をしながら、スキマがあった空間をじっと見ていた。
―神霊廟―
神霊廟。ローズの無茶を止めた一同は、ローズの体調を回復させてこの日を迎えることができた。
「どうじゃ、お主が無茶をする事はなかったじゃろう?」
布都が元の世界へ戻ろうとするローズの顔にずいっと自分の顔を寄せた。
「…そのようね。私の予感は、占い以上に外れやすいようだわ」
ローズは静かに己の間違いを認めた。それは異変解決する彼らの存在に、静かに感謝する意も表れていた。
「…信じていいみたい。まだ希望は、捨てられたものではないと。あなたたちがいるのなら、まだ私が無理をする番ではないと」
ローズは元の世界でとりあえずの安心はできそうだ、と息を吐いて別れを告げたのだった。
―人里―
人里。賑やかな中心の片隅で4人とダルシム、リュウ、ケン、剛拳は別れを告げていた。
「私も村に戻り、成すべき事を成そう。そして私だけが進める道を進める。その旅路の中でまた会えることを祈っている」
ダルシムは祈りを捧げるように手を合わせた。
「私も迷わずに道を歩もう。自分の道を見失わず、ひたすらに歩を進める其方達のようにな」
ダルシムは静かに笑い、相も変わらず宇宙人の素行(宙に浮きながら)をしたままスキマへ入っていった。
「儂はもう老兵…のはずじゃったが、修行するお主達を見ていると血がうずき出してしまう。まだまだ儂も現役続行じゃのう。じゃがそのおかげでいいものを何度も見ることができた」
剛拳は霊夢との出会いからずっと新鮮なものとの出会いの連続だった。人生を長く生きているはずなのに、この地は新しいものを提供してくれた。そのたびに戦いの血が騒いでしまった。
「儂はいつも見守っている。もし修行を怠るならば、儂はどこだろうと追いかけてくることを忘れるなよ」
剛拳はゆっくりとスキマの中へと入っていった。
「なんだかんだで誘われて行ってみたらこんな事になるとはな。我ながら平気でいられているのが恐ろしいぜ」
ケンはこれまで見せたことのないむすっとした表情を見せる。結構笑って過ごしていたように思えたケンでも、やはりこの異変に関わると疲れを隠せない。
「でも分かったことはあった。どんな所でも、仲間や家族の暖かさは同じなんだってな! 俺たちの世界に来たときは、真っ先に会いに来てくれよ。俺の家族全員で歓迎するぜ!」
ケンはそっとリュウに「あまり長話はするなよ」と耳打ちしてスキマへ飛び込んだ
。
「共に道を歩む者の絆、それを生み出す血のつながりと友情、か。無縁に近いはずだった俺にも、そんな力の付け方を得ることになるとはな。それを知ることができたおかげで俺は救われたと同時に、さらに道を進めることができた。今回は君たちに感謝だ」
リュウは腕を組んで長かったここまでを思い返した。まず霊夢達に間違った道に進んだ自分を引き戻してくれた。そして拳で語る事の自信を取り戻させてくれた。
「いつかまた会えたとき、その先で得たものを語り合おう。もちろん、俺らしいやり方で」
リュウは背を向けてスキマの中へと入っていった。その背中はまた探求のために旅に出る旅人だった。
「…行ってしまったわね」
レミリアはこれでつまらなくなってしまったとでも言いたげに目を細めた。無論そんな事をしている場合ではない事は分かっている。でも新しい出来事が起きていないとつまらない日常が待っているのもどうかと思ってしまう自分がいる。
「やっと戻れるね。普段の…って私達は違うかな…」
フランは言いかけて止めた。この異変は、自分たちの生活を大きく変貌させてしまった。特に4人はその影響をモロにくらった感じだ。
「一度の季節で二度異変が起こるのもこれで終わりにして欲しいけど、今回私達が相手したのはとんでもない大物、普段通りはもう変わっているわね。それだけで大変だし」
霊夢はようやく安心できる、と言いたげに目をつぶった。
「さあ、私達も解散しようぜ!」
魔理沙の一声で4人は解散した―――
次話、最終話となります。