東方殺意書   作:sru307

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 異変解決を急ぐ者がいた。
 だがそれは、己の命を賭す危険な行為。
 彼女の運命は、2人に託されている―――


第70話「探り」

第70話「探り」

 

 

 時は少し遡り、異変の日の朝の事―――

 

 

「急がなくては…」

 

 ローズは走っていた。嫌いな早起きまでして、誰にも悟られないように。誰にも止められないように。

 

「やっぱり日に日に、邪悪な力が大きくなっているのを感じる…私が、私が止めないと…皆が巻き込まれる…」

 

 ローズはあの時の少女達、戦士達の顔を思い浮かべていた。皆は元々、普通に生活を営むただの人間、戦いを終わらせなければ、彼らが羽を伸ばせる機会はない。それに戦いで命を落とす可能性がないと言い切るのは不可能である以上、彼らの誰かが、戦いを重ねるにつれ消えていく。それを想像するだけでローズは耐えられなかった。

 

 戦いで命が消えるのは、自分だけでいい。たとえ相打ちになってでも、止めなくては。

 

 

 そう思いながらひたすらある場所向けて走り続けていた、その時。

 

 

「炎符『廃仏の炎風』!!」

 

 

 突然、上から弾幕が振ってきた。

 

 

「っ!?」

 

 ローズはバックステップで回避した。その瞬間に、上から布都と屠自古が地面に勢いよく着地した。

 

「ふう…どうやら間に合ったようじゃな」

 

 布都が一安心の表情を見せる。ローズの自己犠牲を足止めできてという所だろう。

 

 

「あなたたち…! どうしてここにいるの!?」

 

 

 ローズは驚いた。私が神霊廟から抜け出したとき、誰も起きている気配はしなかった。誰も後をつけていないと思っていたのに…

 

 

「悪いが、お主に会ったときから神子様からお主を監視するように言われておった…やはり神子様の警告を無視しようとしておったな」

 

 

 布都が鋭い視線をローズに向ける。

 

「神子様は言った。お前がこの異変に命を賭す必要はないはず、とな」

 

 屠自古がローズをとどめるように目で訴える。この戦いで得られるものは両者ともにない。できれば避ける方が、両者のためだ。

 

「そんなことはないわ。世界の危機が関わっているのよ」

 

 ローズは2人に事の重大さを改めて伝えた。最初に伝えたのが豪鬼である以上、軽視できないだろうと2人に言い聞かせた。だが2人は下がらない。

 

 

「確かに世界の危機が関わっているのは間違いないだろう。だが幻想郷(ここ)にいるのはどいつもこいつも強い奴らばかり、お主がたった1人で全てを背負う必要はないぞ」

 

 

 布都はそう言い、ローズだけが深く思い悩む必要はないと論じた。

 

 

「1人で悩む事なんてない。これは世界を巻き込んでいるのだから、戦う者皆に責任がある。何もお前だけが、死を覚悟して戦う必要なんてない!」

 

 

 屠自古がさらに論ずる。命を賭けているのは、お前だけではないのだと。もう命を失う覚悟は、皆済んでいるのだと。

 

 

「そこをどいて! 私は…もう誰かの死を知るのは、嫌なの!!」

 

 

 それでもローズは引かない。自分の強い意志のために。

 

 

「…どかしてみろ! 私達に勝てないのなら、お前の行為は無駄死にでしかない!!」

 

 

 2人は構えた。どちらも引かず、平行線を続けるならやるしかない。互いに距離を取ったこの位置関係、こちらには弾幕という攻撃手段があるが、狂オシキ鬼の戦いの経験から、不用意に撃つのは最後の手段。まずはローズが、この距離で何をするかだ。

 

「ソウルスパーク!」

 

 ローズは突然マフラーをたなびかせたかと思うと、虹色の弾を撃ち出してきた。2人は別段驚くことなく横に移動して避ける。

 

「それがあのカードを浮かせた超能力の正体か…」

 

 布都がそうつぶやくと、ローズは種を見抜いた相手に対して「正解」というように笑みを浮かべた。先ほどまでの焦りは一切見当たらない。しかし2人は、それが縁起である可能性を疑っていた。

 

「これはソウルパワー。精神力を糧にしたエネルギーよ。私はこの使い手。あなたたちの得意な弾幕も、私の前では無力よ」

 

 ローズの言い方から、落ち着きがあると判断した布都は気を引き締めた。あの不意打ちでローズに動揺を誘えたのは一瞬だけだったと。

 

「ほう? なら試させてもらおう! 雷矢『ガゴウジトルネード』!」

 屠自古が弾幕を出す。屠自古はまだ焦りがあると考えたらしい。

 

「リフレクト!」

 ローズはマフラーを目の前に盾を作るように回した。するとローズに被弾するはずの弾が、軌道を真っ直ぐに変えて反射された。

 

「なるほど…な!」

 屠自古は素直に空に飛んで避けた。

 

「屠自古、あいつはもう落ち着きを取り戻しておるようじゃぞ。あの不意打ちのリードはないと思った方がいい」

 

 布都はそう言うが、屠自古はまだローズに探りを入れているようだ。これは決めつけているか、思慮深いか。布都は何も言わなかった。お互いの仲なら、考えていることが合わないのはいつものことだ。今はそれに気を取られている場合ではない。

 

「ソウルスパーク!」

 ローズはもう一度ソウルスパークを撃ってくる。狙いは布都だが、布都は落ち着いている。

 

「その程度なら…!」

 

 布都はそう言って体を回転させた。腕がソウルスパークに当たるが、ソウルスパークは跳ね飛ばされて誰もいない虚空へ飛んで行った。

 

「弾を跳ね返せるのはお主だけじゃないぞ」

 布都は回転を止め、あれだけの高速回転にもかかわらず、目を回していない。

 

「へえ…」

 それでもローズはそれがどうしたとばかりに笑みを浮かべる。落ち着きを取り戻したか、そう感じた屠自古がさらに警戒する。ローズの笑顔は、真面目に油断ならない。占いでやられた以上、探りが得意な相手である事は間違いない。一瞬でも探りを入れられたら、ペースを持って行かれそうだと感じていた。

 

 その考えを巡らせている間の隙を狙っていたか、ローズが動き出した。

 

「ソウルスルー!」

 ローズはソウルパワーで空を飛び、屠自古に向けて一直線、そのまま空中の屠自古を掴んで地面に放り投げた。

 

「うおっ!」

 屠自古はそのまま顔を地面にたたきつけられた。布都が思わず屠自古を見るが、屠自古はすぐ立ち上がる。

 

「大丈夫だ…この程度、リュウの修行と比べればどうということはない!」

 

 屠自古はむくりと立ち上がった。顔に土汚れがついているが、すぐ腕で拭いた。布都はそれを見てすぐローズに向き直った。

 

「根性だけじゃ戦いは勝てないわよ!」

 

 ローズは自分から突っ込んできた。2人が動かないでその場でも攻撃できる手段だけを使ってきているから、動かしてやろうと考えたのだろう。しかし2人は慌てない。

 

「ソウルスパイラル!」

「プレートスピンアタック!」

 

 ローズがマフラーにソウルパワーを纏わせて突進、布都が皿の上に乗って回転攻撃と衝突する。この勝負は―――布都の勝ちだ。ローズのマフラーがはね飛ばされ、ローズもそれに引っ張られる形で体勢を崩した。

 

「うっ…!」

「このまま行くぞ!」

 

 回転の勢いを抑えぬまま、布都が体当たりを食らわす。弾を反射する力はあっても打撃をある程度受け止められる結界のような力は持ち合わせていないらしい。ローズはギリギリでガードを固めるが、ここに来て防戦一方になってしまった。

 

 ひたすら耐えるローズだが、とうとうガードが崩れた。

 

「くうっ…!」

 ガードが崩れたローズに対して、布都は接近用のスペルカードを宣言していた。

 

「風符『三輪の皿嵐』!!」

 

 いきなり暴風が起きたかと思うと、布都の周りに皿が回り始め、ローズを襲った。

 

「ううっ…!」

 

 ガードを崩された上にこの攻撃は非常にキツく、ローズは次々と皿を食らってしまった。服が切り裂けてボロついてしまった。

 

「どうじゃ、これで分かったか? 我らがこの異変に対して手も足が出ない、ということはないのじゃと」

 

 布都は自分たちの強さを実戦で見せつけた。現に、その相手は犠牲を払おうとするローズにだけ。だが―――

 

「…それでも死ぬ可能性はあるのよ!」

 ローズは譲らなかった。

 

「魂が導くままに…」

 ローズは静かにそう言い、マフラーから玉を2つ取り出すように構え、体の周りを回させた。攻めるのではなく、防御的に使うという感じだ。

 

「…防御壁、とまでは行かないが、それに似たものか」

 

 屠自古はロ-ズの体の周りを縦横無尽に飛び続ける2つの玉を見続ける。弾幕の前にはあまり意味をなさないが、ストリートファイトに対してはかなりアドバンテージを与えてくれるものに違いないだろう。

 

 ローズはじりじりと接近する。あの体の周りに浮遊する玉を自分から接近して当て、そこから連撃につなぐ考えだろう。屠自古は素直に後退する。

 

 

(さあ、これなら私の集中が続く限りあなたたちが不利よ!)

 

 

 ローズは心の中でほくそ笑んだ。ここまで攻撃を入れられてないが、逆転のビジョンはもう浮かび上がっていた。流れが、こちらに傾くときが来る。

 

 

 だが、その考えとは裏腹に布都が自ら歩いて(・・・・・)ローズに接近した。そしてローズに向けて両手を伸ばし、胸ぐらをがっちりと掴んだ。その時、サテライトの玉はちょうどローズの真上と真下にあった。だから伸ばした腕に玉が当たることはない。

 

 

「へっ?」

 

 

 ローズはあっけにとられていた。え? 私今、何をされているの? 私にはサテライトの玉があるのよ―――

 

 

「おおりゃああ!」

 

 

 布都がローズを思いっきり後ろに振って勢いをつけ、そのまま投げた。ローズはロープ投げされたように前屈みになって歩き出す。ローズは考えていなかった。自分からサテライトに向かっていって、弾と弾の間を見切って掴んでしまう人がいることを。だからあっけにとられた。あまりにも予想外すぎて、サテライトを維持する集中力すら失せてしまった。つまり今のローズは、完全なる無防備。

 それにローズ自身が気づいたときは、もう手遅れだった。走って行った目の前に、屠自古が電気を帯びた両手を構えて待っていたのだから。

 

 

「弾幕がダメならこれしかないだろう!」

 

 それを見たローズがようやく我に帰り、ブレーキをかけた。ギリギリで止まったが、後ろを見ると皿を巻き込みながら回転した布都が突撃していた。つまり挟み撃ちだ。

 

 

 ガシャーン!

 

 

 皿がローズの横腹に直撃し、割れる。その反動で屠自古の方に体が寄る。

 

「ああああっ!!!」

 

 屠自古の電撃と布都の皿竜巻に巻き込まれたローズはその意識をあっという間に飛ばしていった。そのまま、ローズはその場に崩れ落ちた。

 

 

「命に軽重はない。それは自分の命にも言えること、お主が全ての重みを背負う必要はないのじゃよ」

 

 

 布都はそう言い、どうしようかと考え始めた。そう、ローズをこのまま放っておく訳にはいかない。

 

 

「ローズ殿は拙者に任せるでござる」

 

 

 その時、いつの間にか見ていたのか、ガイが声をかけてきた。

 

「お主は…ガイといったな」

 

 人里で全員が集合したときに自己紹介は済ませていたが、その中で目立つ服装をしていたため、布都は覚えていた。

 

「其方達のおかげだ。ローズ殿を止めてくれて有り難う」

 

 ガイはわずかに笑みを浮かべた。一時とはいえ、ローズの元から離れてしまった以上、2人には感謝の意は示さなければならない。

 

 しかし屠自古は、それよりも聞きたい事があった。

 

「その言い方、彼女の覚悟を知っていたのか」

 屠自古が聞くと、ガイはうなずいた。

 

「うむ。彼女は無理をしてまで対抗しようとしていたのは拙者の世界でも同じでござったからな」

 

 ガイはそう語り、悲しげな目になった。己の言葉の力量でローズを止められなかったのを悔やんだのかもしれない。

 

「すまぬ、少々やり過ぎてしまったか?」

 布都がローズの様子を観察する。息はあるようだが、傷を見る限り少々多くしてしまったように見えた。

 

「構わぬ。元は拙者の世界の者、元の世界の者がどうにかする事を他者にやらせてしまった以上、致し方あるまい」

 

 ガイはそう言いながら、意識のないローズをお姫様抱っこした。

 

「拙者はローズ殿を連れて永琳殿の所に戻る。其方達の武運を祈る。…では」

 

 ガイはローズをお姫様抱っこしながら、颯爽と去って行った。それを見ていた屠自古がすぐ振り向いた。布都も同じ気持ちだった。

 

 

「急いで戻り、神子様に報告しよう。あの女が、また命を賭さないように!」

 

 

 2人はローズの意志を、確かに受け継いでいた。必ず、誰も犠牲にする事なく異変を解決すると―――

 


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