そこには警備にも相応しい者が―――
第61話「対応と強引」
―妖怪の山―
殺意異変中、人的被害が最も大きかった場所、妖怪の山。大量の天狗の負傷者を出し、けが人の治療もある中、頂上にある守矢神社の修繕は進んでいた。
―守矢神社―
山の地盤から崩壊した守矢神社の修繕は、土地を確保することから始まった。土地確保は10日ほどで終わり、後は本題の修繕のみになった。それでも、初めての事で修繕は難航していた。
「えーと…ここの骨組みは…」
諏訪子が新築の守矢神社の設計図を見る。この設計図は建築に詳しい天狗が書いてくれたものだ。自分たちの住み慣れた住居を元に戻すのは大変だと、身をもって思い知らされた。神とはいえ、この事は専門外である点もあるが。なお、材木は神奈子の樵連から奉納されたもの、上質な代わりに重さもそれ相応あり、一人で運び込むのは時間を要する。守矢神社が山の頂上にあるという点から、必然的にそれを抱えて山を登ることにもなる。負担は半端なものではない。
「よし、次の資材を持ってきたよ!」
しかも人手が全く呼べず、神奈子本人が運ぶしかない状況だった。力自慢の天狗も殺意リュウに襲われたことで負傷者となり、治療が優先されている。
早苗は大工担当、もちろん大工の心得はない。全て手探りでの作業だ。はじめは全くといって良いほど作業になじめず、しばらくはリュウの修行に行き続けて半分逃げていたこともあったほどだった。今になれば、だいぶ板についてきたが。
「ふう…」
汗を一度拭く。リュウの修行もあったおかげで、疲労困憊で倒れるようなことはない。後は時間との闘いだ。だが手を抜けば、自然現象の倒壊を避けきれない結果となり得る。
3人がそれぞれの作業に追われる中、突如スキマが現れた。
「おや…今の神社に賢者が何か用があるのかい?」
諏訪子が紫の出現を予想するも外れ、スキマから出てきたのは2人の男、どちらもがたいのいい男だ。
「しかし不思議な空間だな、スキマというのは!」
金髪のモヒカンヘアの男が笑って言う。スキマに関心しきりのようだ。
「ああ。これをたやすく操るというのだから、敵に回しては大変な事だ」
その隣、デッキブラシのような端から見ても可笑しな髪型の男が真剣な目つきで言う。
「…外れみたいですよ、諏訪子様」
スキマの中から出てきたのは紫ではないことを早苗が告げる。
「む…」
男が3人を見る。3人の手が止まった。彼に見られると、なぜか答えなければならない強制感を与えてきそうだった。
「ガイルだ」
デッキブラシのような髪型の男、ガイルはシンプルに自己紹介を済ました。
「俺はアベル。自分の過去を追っている」
モヒカンヘアの男、アベルは胸に手を当て自己紹介をする。
「過去を?」
諏訪子は興味津々だ。アベルの顔にある傷は、どうも普通ではないのは見た瞬間に分かったが、まさか記憶喪失とは思わなかった。
「ああ。俺には昔の記憶がない…ようやく手がかりはつかめたが、まだはっきりとは分かっていない…」
アベルはさっきまでの笑顔が嘘のように寂しそうな目つきになった。
「手がかり?」
神奈子も興味が湧いてきた。
「ああ。どうも俺の戦友の事を見たという記憶があるらしい。詳しくは言えないが、俺にとって唯一無二に等しかった戦友だ」
ガイルは頭をがしがしとかいた。
「さて、ゆっくり休暇…という状況じゃないな、これは」
ガイルは辺りを見渡して察した。守矢神社の修繕作業で、ぼっ立ちはいくら何でもまずいのは明白だ。
「しかし修繕にしては、かなり大規模じゃないか? ほら、この石畳も真新しいみたいだし…」
アベルに見抜かれている。だが彼らなら、話をしてもいいだろう。早苗が手を止めて話し始めた。この守矢神社、倒壊の理由を―――
「そうか…まさかリュウが、そんな力を持っているとは聞いていなかったな」
アベルは殺意の波動と戦うリュウと自分を重ね合わせている。違う境遇とはいえ、苦しみが少し分かる気がしているのだろう。
「確かに最近、リュウの姿を見た者がいないと聞いていたが、危うく二度と戻ってこない所だったとはな」
ガイルも人ごとではないと言いたげだ。リュウのいる世界では、リュウの影響力はとんでもなく大きな物らしい。おそらく、自分たちの信仰をはるかに越えるほど。
「よし…なら早速作業に入ろうじゃないか」
アベルは準備運動を始める。
「いいのかい? 相当大変な作業だし、休暇なら…」
神奈子が止めようとするも、2人はそれをあしらうように準備運動を止めない。
「軍隊では簡易的な防護壁を作るため、土嚢を運ぶ訓練がある。土嚢と丸太の大きさはまるで違うが、この程度なら簡単だ。それに軍人は母国の人が困っているのを放ってはおけない。国際協力で派遣されたら、派遣先の国民も大事にしなければならない。たとえ休暇中であろうとな」
ガイルは神奈子の顔も見ずに作業を始めた。それ以上聞くのは時間の無駄だと体で教えられた感覚だ。
「俺の戦い方をする以上、腕力は必要だ。自然とこの程度は平気になっているさ。それに、俺の性格上困っている人を放ってはおけない」
アベルも笑顔だった。この2人に、重労働の不安も心遣いの心配も必要なかった。神奈子は笑顔になり、作業を続行した。
「…よっし! これで、守矢神社の建築材木は全部だよ!」
資材運びは、2人の助力によって明日までかかるところを今日に終わらせることができた。
「すまないな、俺に大工の経験があれば、もう少し助けになれたものを…」
アベルが申し訳なさそうに言ってくる。
「いいや、それだけでも十分さ。とにもかくにも、こっちには人手が足りなさすぎるから、手伝ってくれるだけで大助かりだ」
神奈子の今まで苦しかった顔が笑顔になった。
「さて、今こちらには粗末なものしか出せないけど…お茶とかどうだい?」
諏訪子がお茶を勧めてくる。ここまで今日は休まずの作業、少しは休息も必要だ。
「おお、ありがたくいただくとしよう」
アベルが笑顔になり、ブレイクタイムと行こうとしたその時。
「待て!!」
いきなり呼び止めてきたのは、突然の空からの来客、妖怪の山を住処とする天狗だった。
「其方達! 貴様らは盗人だな!!」
いきなりの誤解に、この場にいた皆の表情が引きつった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺たちは、この神社の復興を手伝っただけだ!」
アベルは慌てて両手を前に出して2人の天狗を制止させようとする。だが天狗は聞く耳を持たない。
「いいや、そのような格好、髪型…人里の者にそのような者はいない。この神社の信仰者と装った盗人に違いあるまい」
2人の天狗は腰に差している刀に手をかけている。今にも居合い切りで2人を切ってきそうだ。
「…この場所はよそ者を拒むのか?」
だとしたら勘弁してくれ、と言いたそうにガイルが手で目を覆う。さっきまで手伝って敵意がないのに、よそ者扱いはないだろう。それに今までの会話で、相手が引く気がないのも分かってしまった。なら―――
「…仕方ない、実力行使で黙らせて、説得するしかないな」
ガイルは腕を回し始めた。戦いの準備だ。
「私からもお願いするよ。天狗の中には、頑なに自分の言い分しか聞かない奴もいてね。おそらく、君たちの気配を即座に感じ取って、怪しんだんだろう。天狗は自分たちのテリトリーを荒らされるのを極端に嫌うからね」
神奈子がやれやれと首を横に振る。致し方ない事だが、ちょっとお仕置きしておくしかない。
「…分かった。良心が痛むが、大人しくしてもらおう」
アベルも指だしグローブをはめ直し、両手を前に出して構えを取った。飛びついて襲いかかるような、独特の構え方だ。
「抵抗するようだな…ならば…」
刀を抜き、2人に先を向ける。
「「覚悟!!」」
2人の天狗は息を合わせてもいないのに同時に襲いかかる。3人は休憩に入ろうと緩めていた目を鋭くさせる。確実に天狗は命を頂戴しに来ている。
戦いは二手に分かれ、1対1の構図となった。
「ソニックブーム!」
ガイルは両手で空気を切り裂き、衝撃波を生み出して前に飛ばす。もちろん普通の軍人ができることではないが、ここでは驚かれることではない。
「そんな遅い弾に当たると思っているのですか?」
天狗はソニックブームの軌道に引っかからないように移動する。
「確かにそれだけならな。だがこの技の真価はここからだ」
ガイルは予想通りと言いたげにニヤリと笑った。
「ふん!」
ガイルは片腕をぶんと振って衝撃波を生み出す。弾速がさらに上がるが、軌道は一直線上なので天狗は避け方を変えない。
「素早さはあるようだな…なら、これでいくか」
ガイルのつぶやきに天狗は「?」と首をかしげる。まさか、もう勝ち筋を見つけたというのか。まだ始まって10秒も経っていないのに、そんな事が可能だというのか。
「どんどん行くぞ!」
ガイルは片手のソニックブームをどんどん打ってくる。
「むう…いくらでも出せるのですか!?」
ソニックブーム自体に追跡性能はないため、軌道にいなければ当たることはない。だが数が増えれば話は別だ。中を通っていくのは大変なこと、ソニックブームは鋭いので掠っただけでも切り傷になる。
「しかし飛んでしまえば関係ないことです!」
ソニックブームはいずれも地上で出されたもの、軌道が一直線上なら回避は空を飛べば容易だ。
(このまま、一気に刀を突き刺してやる!)
天狗は空高く飛び、ガイルの頭から一刀両断を狙う。しかし!
「サマーソルト!!」
「ごはっ…!?」
空中を颯爽と飛び、急降下でガイルを狙った天狗は、逆にガイルのサマーソルトキックの餌食となっていた。そのまま落下して地面に体を打ち付ける。勢いで受け身を取るが、すぐにソニックブームが飛んでくる。慌てて飛ぶが―――
「ぐわっ!」
何と天狗が飛んだところに、ソニックブームが置いてあったのだ。天狗はガイルに目線を集めるあまり、周りに気配りを失ってしまった。
ガイルの狙いはこれだ。自分に目線を集中させて、周りに目がいかなくすれば、自分が下手に攻めない限りは安全になる。さっきのつぶやきは、勝ち筋ではなく対応策を見つけての言葉だったのだ。
「ぬう…!」
体勢をわずかに崩し、表情が焦りの色を隠せなくなっている。天狗の目には、ソニックブームの雨あられが見えていた。必死に避けて接近を試みるも、そこにはサマーソルトキックがきっちりと置いてある。この繰り返しから、天狗は逃れられない。
(天狗の攻撃に対して、2つの技だけで全て対応しているね。この対応力、リュウに勝るとも劣らないかもしれない…)
諏訪子が鋭い眼差しで戦況を見つめる。これまでガイルが出している技で目立つのは、ソニックブームとサマーソルトキックだけ。遠距離に対する技と飛び込みに対する技、この2つだけで十分といえるほど、ガイルの対応が安定している。
「これはどうでしょう?」
一方のアベル、天狗が弾幕を撃ってくる。
「おっと!」
アベルは前転して弾幕を避けた。しかしこの前転はただの前転ではない。体勢をほぼ変えず、背中だけ使って転がっている。すぐに起き上がれるようにして、隙をできる限り減らす工夫だ。
「がら空きだっ!」
アベルは天狗が隙を見せたと思うやいなや、前方に飛んで浴びせ蹴りしてきた。天狗は素直に横に避ける。その隙を狙おうとするが、アベルの体勢はすぐ整い隙がない。
(堅実だ。つけいる隙を見せないように徹底しているね。それだけ、攻められたらキツいって所か…)
神奈子が見破る。アベルの戦闘スタイル上、攻められると反撃等が難しい所があるのだろう。
(やはり得意としているのは接近戦ですね、しかし弾幕でどこまでその体力が持つか!)
このまま弾幕を撃ちまくり、体力切れになったところを突く。天狗の勝利へのプランは確約した。が。
「はっ!」
アベルがいきなり踏み込んで拳を振り下ろす。天狗の腹にクリーンヒットし、天狗の体がくの字に折れ曲がる。
「せいっ!」
そこに追いついてブローを当て、さらに体をがっちりと掴む。
「そりゃあ!!」
そのまま巴投げを決めた。天狗は受け身も取れずに背中を地面にうちつけた。
「ごはっ…!」
天狗は一瞬のうちに吐き気に襲われた。腹を2連続で殴られた上、地面へたたきつけられた衝撃は、天狗の丈夫な体といえど十分な痛手だった。
「…! 早い…!」
早苗が驚く。刀を持った相手に自分から接近するのは、リーチの都合上危険がつきまとう。その危険を冒さずに攻めるのは一瞬の隙も見逃さない気遣いが必要だ。それをアベルは平然とやってのけた。
「ぐう…!」
天狗は素早く起き上がるが、アベルはもう起き上がった目の前にいた。
「なっ!?」
アベルは天狗が仰向けになっている内に前転して一気に間合いを詰めていたのだ。これで、自分が得意な接近戦を続けさせた。
「ぐえっ!?」
アベルが右肘をかち上げて天狗の体を突き上げた。不意打ち気味に肘を顎で受けた天狗の体が宙に浮かび上がった。体勢も崩れているため、追撃のチャンスだ。
「………」
アベルは突然じっとした。体勢が崩れたまま浮いた天狗が落下してくる。もちろんそのままにする訳ではない。アベルが計っていたのはタイミングだ。目をつぶり、目視による確認を封じる。見なくとも当てる。アベルの意志が強く感じ取られる行為だった。
(……今だ!)
己の感覚がそう告げた瞬間、アベルは飛び出した。ダッシュの勢いに乗ったボディーブローは、落下して地面に衝突寸前の天狗の腹にどんぴしゃりだ。
「うおおおおお!!!」
無作為に繰り出されるブローとストレートの乱打に、天狗は棒立ちで滅多打ちされた。
「逃がさん!!」
滅多打ちで抵抗する力を失われた天狗を、アベルは大きく頭上で2回回し、はるか高く放り投げた。そして自分も大きく真上にジャンプ、空中で天狗をがっちり掴んだ。
「おりゃあ!!」
空中で縦に回転し、背負い投げの形で天狗と共に落下した。天狗はアベルの体重と地面のサンドイッチでぺしゃんこになるのではないかと思えるほどの衝撃を体に受けた。アベルが背負い投げの体勢から天狗を解放する頃には、天狗は地上で死んだ魚のように動かなくなっていた。
「はあ…はあ…」
一方のガイル相手の天狗は、ソニックブームの被弾とサマーソルトキックを食らい続けたせいで息が絶えかけていた。
ガイルは油断を見せず、真剣な表情で対応の構えだ。
「おおおおおっ!!」
天狗は破れかぶれか、大きく飛び上がって刀をガイルに向け、超高速で落下してきた。しかしガイルはひらりとかわす。サマーソルトキックで応戦しない辺り、この対応も落ち着いている。
天狗の刀は地面に突き刺さった。
「ぐっ…抜けん!」
天狗は地面に刺さった刀を抜こうとするが、深々と地面に刺さった刀は簡単に抜けない。しかもそれをガイルの目の前やっているのだから、隙を見せるのもいいところだ。
「チェックメイトだ。 ソニック…」
ガイルは大きく両腕を広げて目の前の空間に大きな切れ目を作るかのように交差させた。
「ハリケーン!!」
巨大な2つの衝撃波が、その場で大きく回り竜巻を生み出す。竜巻は天狗の体を巻き込み、一気に切り刻んだ。
「うぐあ…」
衝撃波の竜巻が止むと、天狗は刀から手を離し、うつぶせに倒れた。
「ふう…少々やり過ぎたかもしれないが、とりあえず落ち着いたな…」
アベルが構えを解き、一息つく。流石にいきなりの戦闘で気がはり詰まるのは疲れがどっと来てしまう。
「…派手にやられちゃったね、2人とも」
諏訪子が倒れた2人の天狗を見る。直されたばかりの神社の石畳にのびている。
「すいません。この2人は、ここ妖怪の山でも優秀な警備員なんですが、今回の異変で威厳がなくなってしまったようでして…」
早苗が2人に謝る。
「優秀な警備員がこの程度か? それなら私の軍隊ではお話にならないな」
ガイルがふん、と見下す態度で言う。
「あまりいい心地はしないな…こんな形で戦うのは」
アベルはまだ痛むらしい良心を隠せずにいた。
天狗の強襲を退けた2人はこの後、どうにか天狗を説得し和解した。そしてしばらく続く守矢神社の復興に尽力していくのであった―――