東方殺意書   作:sru307

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 唯一日常が大きく変わらなかった永遠亭。
 だがもう一人の罪人とその親友を受け入れた時、また形は変わっていく―――


第60話「罪人と親友」

第60話「罪人と親友」

 

 

 

―永遠亭―

 

 仮治療室の激務からようやく解放された永遠亭。被害が全くなかったおかげで、異変後はすぐに通常の経営形態に戻っていた。―――時折、誰かがリュウの修行のため人里に向かう事を除けば。

 

 

 

 この日は全員が永遠亭にいた。異変によるけが人のほとんどが有力者達だったため、ここ数日の患者の数は普通、営業は特段忙しいこともなく流れていた。

 

「師匠、ただいま帰りました」

 うどんげが薬の出張販売を終えてきた。薬を入れた箱は空っぽ、永琳の作る薬は相変わらずの売り上げだ。

 

「お疲れ様、うどんげ」

 永琳は薬品棚をいじっている。また新しい薬の開発にいそしんでいるようだ。唯一の心配は、それが危ない薬でない事だが…。

 

 輝夜はいつも通りのんびりだ。ただ、体を動かす機会は確実に増えた。殺意リュウや狂オシキ鬼と戦っていない以上、今の自分では接近戦を挑まれたらなすすべがない。リュウの修行に付き合っているだけでは差が開くばかりだ。

 

「永琳、ちょっと外に出ているわ」

 

 輝夜は作業中の永琳にそう言って外に出る。こんな感じに外に出る事も多くなった。

 

「すう…」

 

 一息吐いてから体を動かそうとしたその時。近くの竹林から、不自然に音が聞こえた。何かが、こちらに歩いてくるような…

 

 音が近づいてくる。この音は間違いない、誰かが歩いてくる音だ。しかも歩く音が違う。2人こちらにやってくるようだ。その姿は―――

 

 

 黒髪に忍者の服装、そして忍者らしくない赤いスニーカー。服装からして、忍者とはほど遠い格好の男が立っていた。

 

 

 もう一人はボサボサの金髪に、しましまの囚人服。なぜ囚人服か分かったかと言うと、彼の手首には手錠がかけられているからだ。しかし、その手錠は鍵がかけられていない。つまり、いつでも外せるということである。

 

 

「ん?」

 忍者の男と目が合った。

 

「あら…」

 輝夜は興味深い目を向けてくる。この時輝夜には、不思議とこの二人に吸い寄せられているような感覚を覚えた。

 

 

 

 輝夜は皆を呼び、2人を永遠亭に招き入れた。

 

 

「武神流のガイと申す。以後、お見知りおきを。こちらは私の親友のコーディー殿」

 

 

 ガイは礼儀正しく自己紹介する。

 

 

「…そんな仲じゃねえだろ、知り合いだ、知り合い」

 

 

 コーディーは頭をポリポリとかいた。ガイとは対照的に、かなり礼儀が悪い。ガイの紹介だけで済まそうとしている辺り、それがモロに出ている。

 

「…なるほど。それで、あなたたちはどこで再会したの?」

 

 永琳が聞くと、コーディーは言いづらそうに目線をそらした。

 

「会ったのは偶然だ。この竹林の中で、偶然な」

 

 コーディーは右の親指を立てて竹林の方に向けた。静かで広い竹林だ、どこで会ったか具合的な場所は勘弁してくれ、と目が訴えてきた。

 

「一種の巡り会いというものでござるな」

 

 ガイもそう言うということは、聞くのは無粋だ。皆は深く聞かず、次に気になったことを聞いた。

 

「さて、コーディーと言ったかしら? その手錠はレプリカでも何でもないわよね?」

 

 永琳が目を鋭くさせた。この事実だけは言い逃れさせないわよ、と訴えてくる。しかしコーディーは怖じ気づかず、はっきりと話し始めた。

 

 

 

「…脱獄してきた?」

 

 

 コーディーの話に、輝夜は耳を疑った。それを平気で言うコーディーもコーディーだが。

 

 

「ああ。ずっと監獄にいるのがダルくてな」

 

 

 コーディーは永遠亭の壁に寄りかかりながら言った。話し中、コーディーが表情を変えることはなく、淡々と話は進んだ。

 

「しかも壁をぶちこわしてとはね…その監獄じゃ、月の都は不安になるばかりね」

 

 永琳が月の都に住んでいた頃を思い出す。確かにそれぐらい脱獄が簡単な監獄は、市民生活を脅かす以外の何ものでもない。

 

「しかし、どうして監獄に…」

 うどんげがそう言いかけた所で、ガイが止めに入ってきた。

 

 

「…ここでは言えぬが、コーディー殿には訳があるでござる。その話はそこまでにしていただきたい」

 

 

 うどんげは追求するのを止めた。

 

「それで、ガイは何でこの世界に?」

 

 永琳が聞くと、ガイは決まり文句のような答えを返してきた。

 

 

「謎のスキマを見つけ、そこから感じる不穏な空気を気にして飛び込んだまで。ここには気がついたらいた」

 

 

 ガイは真剣な目つきになった。

 

 

「不穏な空気…?」

 

 

 うどんげがその言葉の真偽を疑う。殺意異変からそこまで時間が経っていないのに、また異変があるのはいくら何でも勘弁して欲しかった。

 

「武神流は世の中の影に隠れて悪を討つ事が目的。故に不穏な空気はすぐに感じ取れるのでござるよ」

 

 格好が言っていることと矛盾しているように思えるが、ツッコんではいけなさそうだ。

 

「お師匠様~」

 そこに部下の指示を終えたてゐが戻ってきた。

 

「おや、そこの2人は?」

 

 てゐは2人の姿を見るやいなや、不思議な目を向ける。やはり誰に対しても2人の服装には違和感を覚えてしまう。

 

「さっき会った外来人の2人、ガイとコーディーよ」

 永琳がてゐに紹介する。

 

「へえ~。忍者ってのは聞いたことあるけど、こんな姿を簡単に見せて良いのかい?」

 

 てゐは自分の知識の中にあった忍者と照らし合わせていた。

 

「確かに忍者は影に隠れるのが基本。このような表に出るのは相手に正体を悟られたときか、信頼できる相手に対してのみ。ここにいる皆から不穏な空気は感じ取れない以上、姿を隠す意味はないでござるよ」

 

 ガイはここまで固かった表情を少しだけ緩めた。

 

「ふーん…んで、その変な格好の人は―――」

 

 てゐがそう言い終えようとしたその時。

 

 

 ビシッ!

 

 

「痛でっ!?」

 

 てゐは一瞬ながら体に痛みを覚えた。どうやらコーディーが、足元にあった石ころを投げつけてきたらしい。

 

「コーディー殿!」

 

 ガイが静止しようとするが、コーディーもポリポリと頭をかいて『参ったな』というような仕草をしている。

 

 

「やっちまったな…普通この程度なら聞き慣れているが、お前に言われるとむかつくんだよ。何でか分からないくらい、お前の顔を見ながら聞くとな」

 

 

 コーディーの表情は慌てていない。体が勝手に動いたのだから、まあいいかという態度か。

 

「む、この私にその態度とはね…妖怪の怖さを教えてやった方がいいかな?」

 

 その態度にむっとしたてゐが突っかかってくる。

 

「へえ。面白いじゃねえか」

 コーディーは指の関節をポキポキと鳴らす。やる気満々だ。

 

「待ちなさい。てゐはあの見た目からして分かると思うけど、人間じゃないわ。妖怪よ。人間のあなたじゃ、易々と勝てる相手じゃないわよ」

 

 輝夜はそう言って、コーディーの手錠を指さした。

 

「その手錠、鍵がかかっていないんでしょう? 外すのは容易だと思うけど?」

 

 輝夜がこう言う理由は、そのままでは勝てる見込みがないという警告だった。

 

 

「いいさ。こいつはハンデだ」

 

 

 何とコーディーは、戦いの場では大きな枷になるであろう手錠をつけたまま戦おうというのだ。しかも手錠は『ハンデ』と言った。これは相当な余裕持ちだ。

(………)

 ガイは何も言わず会話を聞くだけだ。

 

「あら、親友なんでしょう? 助太刀とか入らないの?」

 輝夜がもっともな質問をガイにぶつける。

 

「武神流に無用な戦いは不要。これはコーディー殿の戦いでござる。やりすぎないで欲しいのだが…」

 

 ガイは見守る選択をした。

 

「1人か…まあ私にとってはやりやすいけど」

 てゐはにやりと笑って見せた。

 

「うざってえ奴だぜ…!」

 

 それを見たコーディーは一瞬言葉を荒くした。その目には、なぜか正義の一片が宿っているように永琳には見えた。コーディーの目の中にわずかに蘇った、正義の目。

 

「兎符『開運大紋』!!」

 

 てゐがスペルカードを使ってくる。だがコーディーは弾幕を目の前にしても冷静だ。

 

「ハッハー!」

 コーディーはまた石を拾って投げつけた。

 

「あいでっ!?」

 

 石はてゐの弾幕の中を相殺されることなく突き進み、見事にてゐに当たった。弾幕自体もコーディーは慣れているようにすいすいと間を駆け抜ける。

 

「くう…こうなったらこの跳弾はどうよ!?」

 

 てゐはスペルカードではなく、通常の弾幕を撃ってきた。地面にめがけ放ち、着弾した瞬間に兎のように飛び跳ねて地面近くに弾が残り続ける。

 

「っと、これはなかなかに姑息でござるな。だがこの程度ならば…」

 

 ガイは知っていた。この程度の弾幕では、コーディーは永遠に引っかからないと。予想通り、コーディーは短いジャンプをポンポンと刻みながら跳弾をかわしていく。飼い慣れていない猟犬を手なずけるかの如く、動きに焦りの色が一切見当たらない。

 

「やはり。コーディー殿には通じないでござるな」

 

 ガイは見定めた。おそらく、てゐにチャンスは回ってこないだろうと。

 

 全ての跳弾を避けきったコーディーは、てゐに言った。

 

 

「遅いんだよ。こんな攻撃は殴り合いじゃとろいパンチを無作為に出しているだけだ。そんなもん、下手すりゃ目つむっても避けられるぜ」

 

 

 コーディーは人差し指をクイクイと動かす。挑発している。かなりの余裕っぷりだ。

 

 

「確かにその通り。拙者ならこの程度の攻撃、避けられなければ武神流の恥」

 

 

 ガイは冷静に分析する。てゐは焦っていた。身軽そうなガイに弾幕をかわされるのはまだ理解できても、手錠で動きを制限されているはずのコーディー相手に弾幕が当たっていない。翻弄するどころか、逆に翻弄される側になりつつあるではないか、と。

 

 こういうときは悪戯で使い続けてきた頭脳戦だ。まず一度逃げて、落ち着いて考えられる環境を―――

 

 そう考えていたその時、コーディーが猛然と前ステップを踏んできた。考えて大人しくしているとみるやいなや、瞬時の判断だ。

 

「寝てな!!」

 コーディーが突然立ったままスライディングしてきた。てゐは反応できずすっころんでしまう。すぐに立ち上がるが、コーディーは容赦しない。

「そらよぉ!!」

 大きく踏み込んで左フックを繰り出す。振りかぶりも大きく、勢いのついたフックはてゐの顔面に直撃し、てゐの体は回転しながら竹藪の中まで吹き飛んだ。

(てゐが何をしようとしているのか分かっている。これは純粋な読みではなく、戦いで鍛えてきた嗅覚というべきね)

 永琳が静かに笑みを浮かべる。彼は相当なストリートファイトの達人だ。その実力、下手すればリュウ以上。

 てゐはコーディーの接近を恐れ、必死に竹藪の中から脱出しようともがく。竹藪の中から出てくると、コーディーはのんきに地面で寝ていた。どうやらてゐが脱出するまで待ってくれたらしい。てゐの脱出に気づいたコーディーはまた構え直す。

 

 

「ようやっとかい。動きものろいのか、お前」

 

 

 コーディーは何とあくびまでし始めた。もはやてゐはおちょくりの対象としか見ていない。それを見たてゐが、最終手段のラストワードを繰り出そうとする。

 

「これならどうよ! エンシェントデュ―…」

 

 が、コーディーにはそれすらもお見通し過ぎた。

 

 

「眠くなっちまうぜ…おらよ!」

 

 

 コーディーはいきなり右足を振り上げ、砂煙を上げた。砂煙はてゐの体に当たり、あげくには目に砂が入った。ラストワードも当然中断される。

 

「ぎゃっ!?」

 

 てゐの目がつぶれた瞬間に、コーディーはどこからともなくスパナを取り出し、連続でてゐに殴りかかった。

 

「おらおらおら!!」

 

 コーディーはどんどんてゐをスパナで殴りまくる。てゐは反抗する気もなく殴られ続けるだけ。半分気を失ってしまったのだろう。顔もぼこぼこに殴られて一瞬誰か分からなくなっている。

 

「顔を見るたびにうざさが増す奴だぜ!!」

 

 自分がその顔を作り上げているが、そんなことは関係なし、コーディーはスパナを振り上げててゐの体をはるか高く吹っ飛ばした。無抵抗のまま、てゐが落下してくる。コーディーは野球選手のようにスパナをバット代わりに持って、水平にスイングした。スイングはてゐの背中にぴたりと直撃した。

 

 

「ジャストミート!!」

 

 

 そのままスパナを振り切り、てゐは竹を超えてどこか遠くへと吹っ飛んでいった。

 

 

「うざいわ、眠くなる素人みてえな攻撃…これなら監獄で大人しくしている方がマシだぜ」

 

 

 コーディーは清々したように両腕をうーんと伸ばした。

 

「コーディー殿…仕方のないこととはいえ少々やりすぎなのでは?」

 

 ガイは腕を組んでコーディーに詰め寄る。油断をしないというより、コーディーに対する物言いをするときの態度というべきか。

 

「確かにやりすぎかもしれねえが、妖怪だって聞いちまったからな。これぐらいなら妖怪にはちょうど良いだろ?」

 

 コーディーはもう見えない所まで飛んで行ったてゐの方向を見ていた。

 

「ええ。妖怪はあの程度じゃ死なないわ。私が見ておいてあげるから後処理は任せなさい」

 

 永琳の言う後処理が、確実に実験体にすることだと直感的にうどんげは考えてしまった。

 

「妖怪とはいえども生きている者には変わりない。他人を傷つけることは御法度でござる」

 

 ガイはさらに詰め寄る。その言い方はだんだんと強くなっていく。

 

 

「あーはいはい。覚えてりゃやるよ。あの時のようにな」

 

 

 あの時。やはり2人には、どこかで密接に関わり合う関係がある。知り合いでも親友よりも大きな、仲間以上の関係が。

 

 

「それで、あなたたち…といえばいいかしら? これからどうするの?」

 

 永琳が戸惑いを見せたのは、親友として振る舞う者とそれを頑なに拒む者、その2人の組み合わせは合っているような合っていないような、永琳の頭では判断しきれなかった。

 

「拙者が感じた『不穏な空気』は勘違いでも何でもなく、この世界のもの。しばらくはこの世界で『不穏な空気』の原因を探すでござる」

 ガイは腕を組み直す。永琳には必ずや使命を果たすという意思表示のように思えた。

 

「…ふん。しばらくは退屈しのぎができそうだ」

 コーディーは何か興味深そうだった。退屈が嫌いすぎる彼なら、と予想通りの言葉だった。

 

「なら提案するわ。この幻想郷ではここで寝泊まりしなさい」

 

 永琳の提案に、2人はほとんど考えなかった。

 

「んじゃ、ちょっとばかしここにいるとするか」

 コーディーは両手をぱんぱんとはたきながら永琳についていった。

 

「では、しばらく厄介になる」

 ガイもそのまま後に続いた。

 

 

 今ここに、変わり者の2人が永遠亭に泊まったのだった―――

 


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