東方殺意書   作:sru307

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 紅魔館へ入ったダッドリー。
 そこで会った従者とお嬢様に、ある事が伝わる―――


第56話「形を変えていく」

第56話「形を変えていく」

 

 

 

 一方、先に修繕作業中の紅魔館に入ったダッドリーは、ゆったりと中を歩いていた。

 

(中は落ち着きのあるインテリアだな。少々薄暗いのが惜しいが…。私の屋敷にも参考にできるものはないだろうか)

 

 大きな屋敷を持つダッドリーにとっては、インテリアも当然こだわりが必要だ。自分なりのこだわりはしているが、いつも同じものでは飽きが出る。だから誰かのインテリアは、意外なところで参考になる。

 

 窓、絨毯、壁の装飾、燭台、次々に見ていると、何者かに声をかけられた。

 

 

「お客様ですか? 修繕作業中の今になっては、あまりいいものはありませんよ?」

 

 

 ダッドリーが声のした方に顔を向けると、咲夜が立っていた。

 

「その格好…君は主に仕える者かね?」

 

 ダッドリーはメイド服を見るのは初めてだが、すぐに仕える者だと分かった。何より咲夜のメイド服がきれいだったからだ。自分の執事も清楚な服を着させるよう心がけさせているので、見た感じで判断ができる。

 

 

「ええ。私は十六夜咲夜と申します。あなたの名前は?」

 

 

「私はダッドリー。リュウの世界の者だ。この紅魔館という場所が修繕作業中というのはもう知ってのこと、ここにいるという誇り高き吸血鬼のお嬢様に会いたくてここに来た」

 

 

 ダッドリーはその用件さえ済めばすぐにでもおいとますると言いそうだった。咲夜は彼に対して『限りなく安全に近い雰囲気』を感じ取ることができた。普通なら半信半疑になるところだが、彼に対してはそれを全く感じさせなかった。

 

「少々お待ちください。お嬢様と掛け合ってみます」

 咲夜はそう言ってあっという間に消えた。現れるのにも時間はかからなかった。

 

「お嬢様の了承をいただきました。どうぞこちらへ」

 

 

 

 咲夜に案内され、ダッドリーはレミリアとのティータイムへとしゃれ込んだ。パチュリーと小悪魔はいつも通り図書館に、フランはリュウの所で修行中だ。

 

 唯一疑問に思う所は、ダッドリーはなぜかグローブを着けたまま、器用にカップを持って紅茶を飲んでいることだ。彼にはどうも、グローブをいついかなる時でも外さないというポリシーか何かがあるようだ。

 

「少し歩かせていただいたが、修繕作業中とは思えないほどきれいな作りをしているな。ここに陶器があれば、また違った風情が出るのだが」

 

 実は陶器の鑑定を特技とするダッドリーがこんな事を言う。

 

「残念だけど、前の紅魔館が倒壊したと同時にその類いのものは全部割れてしまったわ。修繕活動を終えたら、またいいものを探しに行くけどね」

 

 レミリアは一息吐いてからそう言い、言い終えてから紅茶の入ったカップを口元に持って行く。この2人のティータイムは、周りに与える緊張感が尋常ではなかった。この2人の機嫌を損ねたら、生きて帰れなさそうだ。

 

 その2人を目の前にしても、咲夜は落ち着いて2人の会話を聞いていた。

 

「しかし、君の執事、といえば良いのかね、この少女はかなり優秀に見える」

 

 ダッドリーが咲夜を見ながらそう言う。

 

「執事、というよりかはもう家族に近いわね。一緒に食事もするし」

 

 レミリアは咲夜を家族として見ている。殺意異変以後、見方も変わって明るい顔をすることが多くなった。

 

「ほう、家族か…私にも執事はいるが、家族というほど愛情を持って接したことはなかったな…」

 ダッドリーは考え込んだ。

 

「あなたにはいないの、家族は」

 レミリアは鋭く聞いてみた。

 

「昔にはいたがね。父の影響を受けてからは、親族との血縁も途絶えてしまった」

 

 ダッドリーはレミリアの人によっては返答を拒否したくなる質問にも表情を崩すことなく答えた。だがレミリアはその答えに、ダッドリーの強さを見た。彼の精神は、とんでもなく気高いと。

 

 

 レミリアの口は動いていた。

 

 

「咲夜、これはまたとない時よ。戦ってみなさい」

 

 

 咲夜はびくっとした。それを言われたダッドリーはやはり表情を崩さない。むしろ既にグローブを直して、準備を進めている。

 

 

「彼は見た目では判断できないほど、戦いの場と普段の生活にギャップを持っているわ。その感覚を、私もこの目で見てみたいからね。それに咲夜の方が、そのボクシングとやらをするには良いはずよ。私はフランに合わせるために、このスタイルを変えるわけにはいかないけど」

 

 

 レミリアは殺意の波動に向き合うフランと一緒に進むため、リュウの戦い方をしなくてはならない。必然的にダッドリーの戦い方は参考にできない。

 

「…分かりました。では―――」

 

 咲夜が戦いの準備をしようとすると、レミリアが止めた。

 

 

「おっと、公平をきすために咲夜にはハンデ、というよりかは制約を追加するわ。咲夜の弾幕とスペルカードは使用禁止にするわ」

 

 

 咲夜は当然驚いた。得意分野を禁じ手にするとなると、一気に苦しくなる。

 

「信じられない? よく見てみなさい、彼に弾幕は『負けてください』と言っているようなものよ」

 

 遠距離戦をこなせるような道具をダッドリーが持っているようには見えない。いや、現に持っていないだろう。彼が得意としているのは見てすぐ分かる通り、互いの腕が届く距離での戦い。それに持ち込ませない弾幕は反則に近い。

 

「私としてはそれをしていただけるとありがたい。この世界に案内される時に決闘のルールについては聞いていたから、どうしようかと思っていたところだ。感謝するよ、お嬢様」

 

 ダッドリーが素直に言ってくる。あの振る舞いを考えれば、駆け引きで嘘をつくような人ではない。ならば―――

 

 

「承知しました」

 

 

 

「始め!」

 レミリアの合図とほぼ同時に、2人は一直線に互いの体向けて突っ込んでいった。

 

「とうっ!」

 咲夜はダッシュから放たれたダッドリーの鋭いパンチを紙一重でかわす。そして反撃するが、ダッドリーは素早くガードを固める。ダッドリーのガードは流石と言ったところ、固くて数発打ち込んだ程度では崩れない。

 

(最初の攻撃からも分かる事だけど…パンチの破壊力はとんでもないわ。しかも手数も兼ね備えている。一度捕まったら危険だわ…! それを作らせないようにしなくては!)

 

 咲夜はダッドリーの腕を前に出させまいとガードの上でもお構いなしに攻めていく。その途切れる一瞬をついてダッドリーも反撃する。しかしどちらも場面が一転するような一撃には至らない。

 

(立ち回り方は結構似通っているわね…さあ、この状況から立場を変えるのはどちらかしら?)

 

 レミリアが観戦者気分で見ていると、両者の腕が交錯した。

 

 ガツッ!

 

 両者の顔がわずかに跳ね上がる。どちらも致命的な一撃に至っていない。また攻撃と反撃の流れに戻る。

 

(相手はパンチしか出さないわね…なら、脚のリーチを活かせば!)

 

 咲夜は足を使ってダッドリーの腕が届かない所から攻撃を仕掛ける。ダッドリーは手を緩め、一度距離を取る。その瞬間、咲夜は気づいた。

 

(目つきが変わった…?)

 

 咲夜がそう思った次の瞬間。ダッドリーがそのまま猛牛の如く突進してきた。突進の勢いに任せガンガンパンチを入れてくる。的確に反撃を入れてくる先ほどのスタイルはもう面影を残していない。

 

「マシンガンブロ―!」

 

 ダッドリーはその名の通り、マシンガンのように腕から撃たれるブローのコンビネーションを繰り出す。咲夜の両腕のガードに次々と当たり、咲夜の上半身が一瞬後ろに反れる。

 

(予想通り…! あの振る舞いからして落ち着いているかと思ったら、大間違いね。咲夜は…ついていくので精一杯ね)

 

 レミリアが心の中でわずかに苦笑いを浮かべる。笑い事ではないが、あのギャップは苦笑いをせざるを得ない。それを心の中で抑えたのは、流石レミリアといったところか。

 

(くっ…一発一発が早い…! うかつにガードを外せない…)

 

 咲夜が激しいダッドリーの攻撃を受け続けていると、急に攻撃が止んだ。一瞬「?」が頭に浮かんだ咲夜に待っていたのは、ダッドリーが密着から出したボディーブロー連打だった。

 

 そう、ダッドリーはこれ以上攻撃を続けても咲夜のガードが崩れることはない、そして完全にガードのことに気を取られていると考え、密着してガードを崩せる投げを通したのだ。投げと言っても、ボクシングには当然そんな技はない。あくまで投げと同じ役割を持つ『吹き飛ばすための技』だ。

 

 咲夜は踏ん張るも、後ろに吹き飛ぶのは避けられない。何とか耐え、ガードを解いて投げを警戒するが、ダッドリーは待ってましたとばかりに右ストレートを顔面にねじ込んだ。

 

「ぐは…っ!」

 

 駄目だ、この程度でひるんでは、殺意リュウの時と同じになる。痛みをこらえ、回し蹴りを試みる。見事体にヒットする。が、ダッドリーはひるまない。

 

(しまっ…これは…!!)

 

 咲夜が気づいたときはもう手遅れ、ダッドリーのセービングアタックが咲夜の腹に直撃した。咲夜は膝から崩れ落ちる。

 

「さあ、華麗に行こう!」

 ダッドリーは的確に咲夜の急所を狙って連続パンチをたたき込む。今度は激しい攻撃ではなく、的確に狙ってパンチを入れている。最後のアッパーで吹き飛ばし、ダッキングからまたアッパーで追撃する。

 

 咲夜は受け身を取ったが、ダッドリーの勢いはもう止まらない。左右に体を振ってダッキングして前に前に来る。

 

(体勢を整えなくては…ここから反撃で彼のペースを乱すなんて無理だわ!)

 

 反撃ではカウンターをもらう。そう考えた咲夜はバックステップした。遠距離になれば、ダッドリーにはやることがなくなる。無理矢理にでも接近する選択肢しかないだろう。

 

 

 だが、ダッドリーはそれを読んでいた。頭を左右に振り、鋭くダッキングして咲夜のバックステップの間合いを一気に潰した。

 

 

 咲夜の懐に潜り込んだダッドリーはボディーブローを乱打、咲夜の体勢を一気に崩していく。咲夜の上半身が崩れた瞬間、顔に往復パンチを浴びせていく。顔はピンボールの如く左右に吹き飛び、とどめに待っていたのは―――

 

 

「ローリングサンダー!!」

 

 

 強烈なアッパーカットだ。咲夜の顔がつぶれそうなほどの勢いで顎に直撃し、大きく真上に吹き飛ばした。片手だけでは無理があるだろうと思えるほど高く体が上がる。咲夜の意識は吹き飛び、立ち上がる力を入れることはできなかった。

 

 

「勝負ありね」

 レミリアの宣告が、静かに響いた。

 

 

 

「…まさか完敗とは…申し訳ありません、お嬢様」

 

 咲夜の意識が戻ったのは、それから数分後、バケツ一杯の水を顔面にかけた事で意識が戻った(ボクシングのスパーリングではやることもある、ということでダッドリーが教えてくれた)。

 

「結果はどうだっていいわ。私に謝るなら、そうなった過程に対してよ。いくら得意分野を封じていても、これじゃあつとまらないわよ」

 レミリアは少々怒っているらしい。

 

「私的な意見だがどうも君の動きは、少々単調に思えた。これでは慣れた相手には簡単に先を読まれてしまう。普段の弾幕を使った戦いも単調なのではないかね? 一度見直してみることを薦めるよ」

 

 ダッドリーの指摘に咲夜は思い当たる節がありすぎた。スペルカード戦での戦い方は、能力による時を止めた後のナイフ投擲。投げ方、ナイフの展開の仕方には違いがあるが、やっていることはこれだけだ。確かに単調になりがちだ。

 

「しかしすごいギャップね。さっきまでの振る舞いからは想像できないほど暴力的だったわ」

 

 レミリアは興味ありげな目をダッドリーにずっと向けている、完全に彼のことを気に入っている。

 

 

「残念ながら、ボクシングの世界は時に非情を必要とする。上品な技術だけでは頂点には立てない。時には真っ白いリングを血で真っ赤に染める野蛮さも必要なのだ。その野蛮さを出したら、手加減はできないのでね」

 

 

 非情。咲夜は一瞬、自分とダッドリーの共通点を見いだした気がした。

 

「君もそうだろう? いくら優雅な振る舞いをしても、仕える主に危機が迫ったときは命を賭けた行為に走らなければならない、つまり時に上品さは捨てなければならない事もあるのだよ。もちろん、できることならそれは避けるべきではあるがね」

 

 ダッドリーは咲夜の立場を理解していた。そして咲夜は気づいた。もしかして、私がお嬢様を『変わった』と思うのは、お嬢様が本当に変わっただけではなくて―――

 

 考えている内に、レミリアが察したように言ってきた。

 

「フランがあれだけ危険な力を制御してみようと考えた理由は、自分のような優雅な振る舞いをしなかったからじゃないかって思えるのよ。今のフランは顔に泥が飛んできても、必死になって制御しようとするの。上品さはないに等しいわ。とにかくそれだけに的を絞って歩みを進めているのよ」

 

 レミリアの言葉はまだ続いた。

 

「昔の私は知らぬうちに、上品さを強欲に従って求めていたのよ。それがフランに対する間違った当たり方をして、地下に幽閉させてしまった、そう考えているわ。そしてその強欲さは咲夜、あなたにも移ってしまったのよ」

 レミリアは申し訳なさそうだった。言葉からも分かるが、これはお嬢様なりの陳謝だ。

 

 

「だから大きく言えば私のせいでもあるの。でもこの異変で私は知った。この強欲を持ったままでは、いずれ霊夢にも、魔理沙にも、最終的には追い越されてしまうってね。この強欲を捨てるのは流石に無理があるでしょうけど、抑えることが必要なの。咲夜、あなたが今までのように振る舞うのなら、無知すぎる私は最悪の決断をしかねないわ。それはあなたにとってだけじゃない。幻想郷を巻き込みかねないわ。今はフランという挑戦者がストッパーとして働いているけど、いつかはあなたがストッパーになる日が来るわ。その時に対応できるようにしてちょうだい」

 

 

 お嬢様は変わっている。お嬢様についていく従者として、私は別の形で答えていかなくては。見守るだけではおいて行かれる。今の修行だけでも駄目だ。

 

 

「君の主は、どうやらかなりのハングリー精神の持ち主のようだ。だからこのようなことを考え、立ち直れたのだろう。君も見習うといい。ハングリー精神を持っている者は、どんな底辺に落とされていようとも這い上がることができる! 私も一個人として楽しみにしているよ、君たちが、どこまで這い上がれるかを。そして、いつでも相手になるよ」

 

 

 

 1人のプロボクサーと異世界の家族には、静かな絆が芽生えていた。

 


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