幻想の少女達は、本場を体で味わうことになる―――
第53話「本場」
「行くぞ…」
リュウとケンは互いの右拳を出し合い、コツンと合わせた。
次の瞬間! ケンがいきなり構えを解き、前のめりになって猛然とリュウ向けてダッシュしてきた。
「一気に行くぜ! お互いに手の内は分かり切っているからな!」
ケンはワンツーを仕掛けるがリュウはガードを固める。下段蹴りが飛んでくるが素早くしゃがんでガードする。いきなりのケンの猛攻にもリュウは落ち着いている。お互いに手の内が分かっているというのは確かなようだ。
それを裏付けるように、リュウがしゃがんだところから足を差し込む。だがケンもしゃがんでいるためガードができる。
「波動拳!」
波動拳を撃ち、ケンに反撃をさせずに一度距離を離す。彼が勢いに乗りだしたら危険だ、リュウは分かっていた。流れを与えないことが、彼の攻撃をしのぐ唯一の防御。
ケンは攻撃の手を緩めず連撃を出し続ける。リュウはそれを対処してから、連撃を続けさせないように適度に攻撃をする。一度捕まるのが先か、カウンターで形勢を一気に傾けるか。
この戦いの流れは2つがぶつかり合っていた。
2人の足が土を踏みしめ、ザザッと音がする。その音すら、2人の耳には届いていないほど2人の集中が高まっているのが顔から分かる。
「そりゃ!」
ケンが右フックをかけるが、リュウはこれもガードする。
「せいやっ!」
リュウが鎖骨割りを出すが、ケンは立ってガードする。肝心な時のガードはちゃんと固くできるようだ。
「とあっ!」
ケンが踏み込んで足を体に差そうとするが、これまたガードする。どちらも譲らない。
その戦いを、霊夢がじっと真剣に見ていた。リュウの世界ではこれが普通だと言われたら、自分たちの戦いとはいかにレベルが違うかが分かる戦いだ。さっきまでの水汲みのつらさは完全に忘れて見入っていた。
「うへえ…いきなりすごい攻撃合戦になっているな」
魔理沙が空から降りてくる。いつの間にか、フランが呼んできて皆が集まっていた。さらに、ギャラリーが集まって2人の戦いぶりに見入る者が増えてきている。
「ええ…間があればガンガン突っ込んでくる…これがケンの基本スタイルみたいね」
霊夢がその流れを追うまいと戦いの細かいところまで目をこらす。
「しかしすげえな…それをずっとさせないように適度な所でリュウが反撃しているぜ」
魔理沙も見抜いていた。流れが拮抗している。
「このままではどちらも決定打は生まれないわね。どちらが決定打を浴びせるチャンスを作るか、それが鍵になるわ」
霊夢はこの戦いの鍵をそう分析した。これが合っているかどうかは、ここから先を見れば分かる。
ガツッ!
両者の右足が、軸となっていた左足に当たる。どちらも受け身を取れずすっころんだ。
「相打ち! 次の手は…」
華扇が起き上がる2人の行動に着目する。リュウは焦らずじっとする。今まで攻めていたケンもじっとした。
「落ち着いたな…さっきまでの威勢が嘘のようだ…」
妹紅がそう言うが、2人はその間にも下がったり接近したりの動きをしている。足に落ち着きがなく、間合いの取り合いが激化している。技を下手に振らず、間合い管理だけに集中する。
「互いに腕や脚が届かないギリギリの距離を微調整してキープしているわ。どっちも差し返しを狙っているのかしら…」
紫がリュウとケンの足取りに注意を向けている。だが足だけに注意を向ければ、体に受ける腕や拳の攻撃を食らう。
その通りに、ケンがグッと踏み込んで腕をリュウ向けて伸ばしてきた。
ガッ!
お互いの両手が合わさる。
(! 力比べ…?)
「うお…っ!」
ケンが思わず声を漏らす。リュウが後ろに下がる形で両者の手は離れた。萃香が直感的に思った力比べではない。だが萃香には、そうじゃないなら何をしようとしたのか分からなかった。
それでもケンは近づこうとするのを止めない。そしてついに、ケンの猛攻がリュウのガードを崩した。
「くうっ!」
「やっと崩れたぜ!」
ケンがしめたと笑顔になる。まずは左、右とワンツーを体に決め、締めに出すは―――
「昇龍拳!!」
その瞬間、ケンの右拳からいきなり火が吹き出て拳に纏い、そのままリュウの腹にぶち込んだ。当然リュウに着火し、リュウの体は一瞬火だるまになった。
「なっ!? あいつ、どこから火を…!」
リュウは受け身を取ってすぐに火を振り払う。火傷はしなかったが、後から昇龍拳の痛みが少しだけ響いたか、体を縮めた。
「そういえば言っていたわ…『俺は、リュウと似ているようで違うぜ?』って…」
紫は、ケンを誘ったときのことを思い出した―――
~回想~
「そういえば、あなたはリュウと同じ師の元で修行していたのよね?」
紫は幻想郷へ続くスキマの中でケンを案内しているときに聞いた。
「ああ。それがどうしたんだい?」
ケンは両手を頭の後ろにやりながらのんびりと歩いている。この奇妙な空間にも一瞬にして慣れているようだ。
「あなたはリュウと同じ技を持っているのよね。体つきも似通っているように見えるから、あなたとリュウの違いはあまりないように感じるのだけれど?」
紫はケンと会ってから、ずっとケンの体に注目していた。ケンの体は身長も体格もほぼリュウと同じ、体格差を活かした戦い方はリュウと違いを出せない。さらに同じ技を持っているのなら、立ち回りにも違いが出せないと考えたのである。
「おっと! 俺は、リュウと似ているようで違うぜ?」
ケンは待て、というように手を前に出してきた。紫は「へっ?」とあっけにとられた声を出す。
「俺には俺なりの解釈がある。だから使う技も同じようで異なるのさ。ま、口で言っても分からないから、後で見せてやるよ」
ケンは親指を立てて見せた。その顔は笑顔だ。彼には、確信があるようだ。
「…期待して良いのね?」
紫は扇子で口元を隠しながら言った。目から想像する紫の顔は、ほほえんでいるように見えた。
「ああ、断言するよ。だいぶ違う、ってな」
~回想終わり~
「これが、その違いって奴なのか…」
紫の話を聞いた神奈子がケンを二度見した。この男、ただ者ではない。ケンも、同じ拳を学んだ者として、しっかりとした道を歩いている。リュウとは違う、別の道を。
昇龍拳を食らったリュウもガードしっぱなしではない。ケンの右拳を避けて、左拳を体にぶつける。
「竜巻旋風脚!」
体を一回転させてケンの体を吹き飛ばす。ケンは受け身を取る。まだまだ両者とも行ける。流れはどちらかが激しくなればその一方も激しくなる、激流のぶつかり合いに展開していった。
「激しくなってきましたよ…!」
早苗が肌で2人の激しい戦いを感じる。空気が振動して、見ている者達皆に緊張感を与える。
「ここまでくれば、私達の弾幕の打ち合いに似た展開になっていますが…それでも読み合いをしているのは流石です」
聖は2人の戦いぶりを必死に目で追う。読み合いに勝っているのはリュウだ。少しずつケンの拳が出てくるところを読み、避けて的確に反撃する回数が増えてきた。
「竜巻旋風脚!」
ケンも負けじと竜巻旋風脚で応戦する。が、ここで違いが出た。リュウの竜巻旋風脚と違い、リュウを吹き飛ばさない。連続して当たっている。
「何!? あいつの竜巻旋風脚が…!」
今まで吹き飛ばして仕切り直しの形を作る、あるいはコンボの締めに使う竜巻旋風脚が、つなぎに使えそうな技になっている。
「吹っ飛ばす技じゃなくて相手を引き寄せる技にしているわ…! あの猛攻を終わった後にも続けるために…!」
ケンの猛攻は相当な爆発力があり、はまれば一瞬にして形勢逆転があり得る。はめるチャンスを多くするためには、自分から攻めるのが都合が良い。しかし距離を作れば、正面突撃しかないストリートファイトでは危険が伴う。そこでケンの竜巻旋風脚は、直撃した相手を引き寄せるようにしたのだ。これなら、次の猛攻にも移行しやすい。ただ、逆を言えば相手に反撃されやすいという事でもあるが…
予想烏通り竜巻旋風脚後のケンはリュウの目の前に着地し、打撃を繰り出す。リュウは竜巻旋風脚を食らいはしたものの、その後は持ち直して最悪のダメージは免れた。
レミリアは気づいた。リュウとケン、2人の顔が―――
(笑っている…この戦いを純粋に楽しんでいる証拠!)
レミリアが目を見開く。これだけ傷ついても笑っていられるのは体力的な余裕ではない。完全なる、気持ちの高揚。
「せいっ!」
リュウが足払いをかけ、ケンを転ばす。
「波動け…」
ケンの起き上がりに波動拳を合わせ、そのまま追撃で倒しきろうとする。しかしケンはその瞬間を待っていた。片手だけで立ち上がり、体をねじり勢いをつけた。片手を地面から離し、足に炎を纏わせ―――
「紅蓮旋風脚!!」
炎を纏った足が、波動拳を打ち消す。その先にはリュウの顔が―――
なかった。
リュウは既にケンの足の間合いの外だった。ケンは思いっきり勢いをつけていたため、もうブレーキをかけられなかった。紅蓮旋風脚をそのまま繰り出す。一気に前に進み、ケンの炎を纏った足がリュウの両腕に当たり続けるが、リュウのガードは崩れない。紅蓮旋風脚の勢いが衰え、ケンが地面に着地した瞬間、ケンに待っているのは当然リュウの反撃だ。
「真空竜巻!!」
お返しと言わんばかりの真空竜巻旋風脚にケンの体は巻き込まれていった。
結局、リュウの真空竜巻旋風脚で勝負がついた2人の戦いは、すぐに反省会が開かれた。
「参ったぜ、やっぱり同じ手は使うもんじゃないな―」
ケンは頭をポリポリとかいた。体中に、リュウの回し蹴りを食らった跡が残っている。
「あの技には一度痛い目を見ているからな。流石に二度も同じ手で食らうわけにはいかない」
そう、リュウはケンが紅蓮旋風脚を出す事を読んで、波動拳をセビキャンして後ろに下がったのだ。こうすれば、紅蓮旋風脚の初段が当たらないので、ガードを固める余裕ができる。後はガードを固めた腕が持ってくれれば、反撃のチャンスになる。
「『お互いに手の内が分かっている』…まさにその通りに従った結果ね」
紫が冷静な口調を装う。だが肌で感じたあの緊迫感のせいか、わずかに声が震えているように霊夢は思えた。
「いやはや、これが本場だってのかい?」
萃香が興味ありげに2人に聞いてくる。
「相手によって大きく異なるがな。それに同じ相手でも、手を変えてくる可能性もあるから油断ならない」
リュウは幾多の戦いを乗り越えてきた者。その経験が全て詰まった言葉だった。
「今回俺はガンガン行ったけど、あるときは待ちに徹したこともあるぜ? それでリュウに勝った事もある」
このケンの言葉の限り、両者の実力は五分五分、勝敗もほぼ同じくらいだろう。
「えっ? じゃあ、どうしてその戦法を―――」
村紗が言い切る前に、ケンは答えていた。
「もう見抜かれているからだよ。リュウに『待っているのがバレバレだ』って言われちまって。その後色々試行錯誤したけど、やっぱり俺は自分から攻めるスタイルがいいって結論に至った訳さ」
ケンは笑顔で言った。やはり自分の心の持ちようを考えれば、攻める方がいいらしい。
「戦いっていうのは、何度やっても新たな改善点が見つかるようになっている不思議なものなんだ。だから、戦いの道には果てがない、と言われている」
リュウは哲学を言うかのように語った。果てなき戦いの道は、まさにリュウの生きる道をすぐ思い返させる。
「同じ技でも攻め方には千差万別、そうなれば技は少しずつ形を変えていく、って事ですか」
さとりがそう言うと、ケンはうなずいた。
「ま、形を変えるのは当然基礎ができていなかったら話にならないけどな」
痛いところを言われた幻想郷一同は、うっ、とうろたえた。自分たちが都合の良いようにリュウとケンの技を変えるには、まだ色々と足りない。
「どれ、リュウの修行をやってみるか…久しぶりに2人でな」
ケンは腰を上げた。
「しばらくここにいるのね?」
紫がそう聞いた。
「ああ、イライザにはちゃんと言っておいたから、向こうの方は何も心配ない」
また聞き慣れない言葉だ。しかしどうも人の名前らしい。
「ん? 聞き慣れない人の名前…まさか?」
聞き慣れない人の名前を普通に言ったということは、その人と何らかの関わりがあるということだ。
「ああ。ケンは結婚しているんだ」
リュウが明かしたケンの結婚の事実に驚いたのは幽々子だ。
「あら意外ね。格闘家は誰もが孤高に道を極めているとばかり思っていたけど」
格闘家はただひたすらに修行を続ける者だと考えていた幽々子には刺激的だった。最も、傍らに一人孤高に探求を続ける者がいるので致し方ない点もあるが…
「そういえば私と初めて会ったときに言っていたな…『家族を守れるだけの力があればいい』って…」
妹紅が思い出したケンの言葉に、神子が耳を傾けた。
「…なるほど。あやつはもう見つけているようだな。格闘家としての『答え』を…」
神子が能力で欲を読み取る。彼には普通に十の欲を感じられる。その中には、家族に対する愛情が関わるものが見て取れた。
「さあ、修行に戻るぞ!」
リュウは立ち上がり、妖怪の山向けて歩き出した。
「ってか、あんだけ激しく戦って大丈夫なの、体?」
アリスが2人の体を気遣うが、もう2人はそんなもの関係ないという表情だ。
「俺らは回復も早い方だぜ? んじゃ、行くとしますか!」
こうして、新しく幻想を知った者がまた1人―――