東方殺意書   作:sru307

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 始まったリュウを師とする修行。
 だがそれは、とんでもなく過酷なものだった―――


第49話「過酷なる修行 ~前編~」

第49話「過酷なる修行 ~前編~」

 

 

 翌日の朝―――

 

 

「…ん…んん…」

 

 ゆっくりと目を覚まし、起き上がったのは紫、隣では藍と橙がかわいい寝息を立てている。今日から始まるであろう厳しい修行を受けたら、こう思う余裕もなくなるのだろうか、なんて予想をしながら、紫は着替え始めた。

 

「…ん?」

 紫がふと布団の行列を見ていくと、既に誰もいない、乱れた布団がある事に気がついた。霊夢の隣、リュウの布団だ。どうやらリュウはもう起きているらしい。

 

 

 

 外に出てみると、リュウが腕を組んで目をつぶり、仁王立ちしていた。穏やかな風が、リュウの髪を揺らす。

 

「…早起きなのね」

 

 紫が静かに声をかける。今は朝の5時。外はまだ薄暗い。まだ日差しが出ていないのだ。

 

「俺の世界では夜になると人を見かけなくなってしまうからな。早寝早起きを心がけている」

 

 リュウが紫に振り向くことなく答える。彼のストリートファイトという世界観では夜に活動することは好ましい事ではないようだ。夜を恐れないはずの、現代人とはまた異なる世界観。

 

 

「…いいわね」

 

 

 紫はまた静かに言う。今度はリュウも気になって顔を向けてきた。

 

 

「あなたはそうやって、まだ見たこともない人を求めているようにしているその仕草よ。最初はとんでもない戦い好きとだけ思っていたけど、今はその姿以外は似合わない、って思えるもの」

 

 

 紫の目には、リュウがひたすらに挑戦を続けていなければ映えないようにリュウが見えていた。孤高の探求者としての、リュウの姿。彼には、それしか合わない。戦うことを止めたら、そのまま消えてしまいそうなほど。

 

 

「…そうか」

 リュウは簡単に答え、少しだけ笑顔を見せた。

 

 

 

 それから1時間後、一部たたき起こされた者もいたが皆が目覚め、全員が集合した。いよいよ修行に移る―――が、肝心のリュウの口から、言葉が一言も出てこない。

 

 

「…? どうしたの?」

 不審がったアリスが聞いてみると、リュウはまずいな、というように目を閉じた。

 

 

「…何と挨拶をかければいいのだろうな、と」

 

 

 リュウは師として始めにかけるべき言葉を探しているようだった。やはり初めての事、手探りで思考を巡らせるしかない。特に、孤高なのだからなおさら。

 

 

「何でも良いですよ! ないならないでいいですし。私達はもう知り合いのような仲じゃないんですから」

 

 

 早苗が突っ込むように言う。どうも彼は、細かいところまで気にする性分がある、それを気にしていたら始まらないと言ってのけた。修行の日々を歩んできたリュウには、無理もない事だが。

 

「…分かった。細かい挨拶は抜きにしよう。では、この修行を受けるにあたっての注意事項を言っておく」

 

 皆が耳をそばだてる。リュウと同じ立ち位置につくための、重要な条件。

 

 

「これは改めての確認だが、皆は空を飛ぶことができるというのは間違いないな?」

 

 

 リュウが気にかけているのは、自分では不可能な(?)空を飛ぶことだった。一同はこれを言われるのは百も承知だ。彼の技の特徴上、言われることは―――

 

 

「ここから飛行は禁止だ。その理由はもう分かるとは思うが、脚力をつけるためだ」

 

 

 やはりそうだ、皆は静かに覚悟を決めた。これから普段の移動は使えない。

 

 

「後、皆はまだ復興作業があるはず。だから俺の修行には毎日つかなくてもいい。俺も師として指導するのは初めての事、分からぬ事ばかりだ。ついて行けないのなら、何も言わず辞めてもらって構わない。俺も師として身を置くのは初めての事、分からない事だらけだ。何かあれば、言ってきてくれ。できる限り、要望には答えるようにする」

 

 

 皆は何も反論せずうなずいた。それを確認したリュウはすぐに告げた。それは―――

 

 

「よし…なら早速だが、水汲みに行くぞ」

 

 

 リュウはそう言ってどこかに歩み始めた。

 

 

「へっ? ちょ、ちょっと待ってください、朝ご飯は?」

 

 

 文がリュウの言葉を疑う。修行も何も、腹ごしらえがないのなら意味がないのではと固定的概念を持っていたのだ。だがリュウは次の言葉であっさりと『そんなものはない』と暗示的に言ってきた。

 

 

「朝ご飯はその後だ。水がなかったら、人間は3日しか命が持たない。まず確保するべきは食料より水だ。俺の修行時代は、全部自給自足だったからな。今じゃ全然違うが、時折こうするのも悪くない」

 

 

 リュウは端っこに空のバケツ2つが取り付けられた天秤棒を肩に背負い、走って魔法の森に向かった。よく見ると、全員分の天秤棒(もちろん空バケツ2つがついている)がそばに置かれている。

 

「あのバケツ…やっぱり水汲みのための物だったのね」

 

 紫が目を見開く。どうやら見覚えがあるらしい。

 

「あ、あのバケツって紫が用意していたのね」

 

 霊夢が天秤棒に向かいながらそう言う。紫はうなずいてから言葉を続けた。

 

「昨日私にリュウがお願いしてきてね。『多めに水の入るバケツを取り寄せてくれないか? 別にバケツでなくてもいい、とにかく大量の水が入る物だ』って」

 

 紫が話しているうちに、リュウの姿は既に遠くなってしまっていた。つまり残った一同、全員置いてけぼりである。

 

「って、待ってくださいよ、リュウさ~ん!」

 

 早苗が慌てて天秤棒を持ってリュウの後を追う。いつの間にか、霊夢とフランが先にスタートしている。残りもついていくが、朝食抜きのせいで皆本来の力が出ない。そのせいでリュウの後ろ姿がなかなか近づいてこない。

 

「くっ…こんなにリュウの走る速度って速いのか!?」

 

 鬼である勇儀ですらリュウに肩を並べる事ができない。

 

「私達がいつも通りの力が出ないせいで遅いのもあるけど…それでもこの速さは異常だよ!」

 

 リュウだって条件は同じ、朝食を食べていない。やはり脚力に違いがありすぎるのだ。現に、霊夢とフランはリュウには及ばないものの、一同より体1つ分だけ前に出ている。昇龍拳、竜巻旋風脚を出せるだけの脚力が備わっているので、走る速度は自然と速くなる。だがそれのない他の面々はどうしても後れを取る。

 

「この走り込みも修行の一環って事ですか…!」

 

 藍が必死にその2人の後を追いかける。こうして走り続けること20分―――

 

 

 

―魔法の森・霧の湖近辺―

 

 

 全員がつく頃には、リュウはもう霧の湖に到達していた。そして全員息が荒れ気味である。

 

「というか、霧の湖の水を飲む気なのか? はぁ…はぁ…」

 

 魔理沙が空バケツに水を汲んでいるリュウに聞くと、当然だろう、という顔をしてリュウが答えた。

 

「ろ過して沸かしてしまえば飲めるぞ? 俺の師匠からその方法は教わった」

 

 どうもリュウ、修行ついでというべきかサバイバル術も習得しているようだ。そうなると、と一部考えた者が数名いたが、聞いたら駄目なことなのですぐ考えるのを止めた。

 

「無駄口を叩かずに運びましょう。走ってリュウさんに遅れている以上、早めに出発しないとまたおいて行かれます」

 

 聖がすぐ水汲みに入る。皆も後に続いて水を汲む。

 

「ぐおっ…分かっていたことじゃが、お、重いな…」

 

 布都が天秤棒にかかっている水入りバケツ2つを肩にしょってみる。2つ合わせて間違いなく10数キロ、下手すれば20キロ近くはあるだろう。しかも朝食を取っていない状態で、持ち上げる力はもちろんの事、バランスを保たないと体が転倒してしまう。地味に体幹も重要な要素になっている。

 

「うおっ…と! あ、しまった、こぼした!!」

 

 魔理沙が立とうとしてバランスを崩し、崩れた勢いでバケツの中の水を湖に戻してしまい、また汲み直す。やはり立ち上がるのでさえ困難な重さだ。

 

 そうしている間にリュウは糸もたやすく天秤棒を持ち上げ、人里へ戻る道を歩み出す。流石にリュウといえど走るのは無理があるようだ。急いで水を汲み、列を作って歩き始める。肩に20キロ近くの水の重さが一気に食い込む。だが耐えなければ。

 

「ぬ…ぬぬ…」

 神子が普段なら漏らさないであろう声を漏らしながら歩を進める。だがそれだけで済むならまだいい。現に神子以外の神霊廟組が、一歩を踏み出す時点で悪戦苦闘しているのだ。

 

 一番に遅れていたうどんげが足をヨタヨタしていた。そのせいでバケツの中の水が波打ち、少しずつ水がこぼれていく。

 

「あっ…!!」

 

 

 バシャーッ!!

 

 

 うどんげがバランスを崩して転び、両方のバケツの水が全てこぼれる。皆は振り向かなかった。そんな余裕が全然なかったからである。

 

 

「ああ、そのバケツの中の水、片方が半分でもこぼしたら汲み直しだからな」

 

 

 リュウは肩に水の入ったバケツをしっかり担ぎながら言う。口調からして余裕があるようだ。残りは全くだが。

 

 

「えっ!!?」

 

 

 リュウがさらりと言ったことをすぐ飲み込めなかったのはうどんげだ。そう、既に彼女は転んで水を全てこぼしている。ということは、人里まで後半分という所で―――

 

 

「戻りなさい、うどんげ」

 

 

 両方とも空のバケツを見ていた永琳にぐさりと心に刺さるように言われたうどんげは、涙目になりながら霧の湖へ戻っていった。

 

 

 

 人里に戻り、ようやく朝食―――

 

「はあ~、心なしか朝食が今までより美味しく感じるねえ!」

 

 神奈子が笑いながら朝食をぱくぱくと食べていく。普段より、神奈子様の食欲がいい気がする、早苗は神奈子の様子からそう感じ取った。

 

「ご、ご飯なしでこれって…」

 

 うどんげはまだ涙目だ。バケツの水をこぼしたせいで一番遅く水汲みを終えた上、余計に往復したせいで早くも足の筋肉が悲鳴を上げかけていた。仮にも玉兎として月の警護にあたった事もあるはずのうどんげだが、この水汲みは月での訓練でも経験したことのない苦痛だった。

 

「そういえばひとつ聞きたいんだが、幻想郷には滝はあるのか?」

 

 リュウは水汲みが早く終わったのもあり、もう朝食を食べ終えていた。そして何気なく皆にこう聞いたのだ。

 

「滝ですか? それなら、妖怪の山にありますけど…」

 

 それを聞いたリュウは目を見開いた。それを見て文とはたては思った。まさか…

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいリュウさ―――」

「よし、その山まで走るぞ! 文、はたて、道案内を頼む!」

 

 

 リュウは文の返事を聞くことなく妖怪の山めがけ走り出した。脇目も振らず文とはたての手をがっちりと掴み、引きずりように連れて行った。

 

 

「「はあああ!!?」」

 

 

 文とはたては半分リュウに誘拐される形で叫び声を上げながら連れて行かれた。

 

「ちょ、ちょっと待って、まだ食べ終わってないですけど~!!」

 

 一同は慌てて追いかけていった。さっきの水くみの休憩が食事だけでろくに取れていないのもあるせいで、リュウの走るスピードについていけない者が続出したのだった。

 

 

 まだ1日は始まったばかり、彼の修行は、まだまだ終わりが見えない―――

 


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