東方殺意書   作:sru307

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 ついに姿を現した豪鬼。
 彼を殺さぬ理由は、ただ1つ―――

 またもや1日早く投稿です。


第46話「問う」

第46話「問う」

 

 一同が見た豪鬼の姿。それは赤銅色の髪を後ろで束ね、褐色の肌が上半身はだけている。その筋肉はリュウに勝るとも劣らぬ強靱なものだ。狂オシキ鬼の肉体があれだけのものになるのもうなずける。目はフランの色と同じ殺意の波動に目覚めた者の目。彼の意識がなくなって閉じられない限り、恐怖を誘う殺意の目。

 

 だが不思議と3人はその豪鬼の目を前にして構えを解いていた。じっと豪鬼の顔を見つめるだけ。とどめを刺そうとも、情けをかけることもしない。

 

 豪鬼はどうにか立ち上がろうと必死らしく、肩で息を整えようとしている。そこまでしてでも死合いを求めるというのか。

 

「………」

 豪鬼は一言も発さず、ただじっと3人をにらんでいるだけだ。そこに他の者が何か言えるような状況ではなかった。

 

(霊夢…まさかとは思うけど、油断していないわよね…あの人間の命がある限り、いきなり襲いかかってくる可能性もある…!)

 

 紫は祈るように霊夢に直接は届かぬ思いをぶつけていた。ここまで来て、霊夢が殺されたら最後の最後で後悔の念にさらされる。ここから自分が悲しむ展開なんてごめんだ。

 

(フラン…あなたはもう分かっているはずよ…あの人間に同情なんていらないわよ…!)

 

 レミリアは少し不安だった。殺意の波動を己のものにしたとはいえ、その状態は豪鬼と同じ、下手すれば狂オシキ鬼のように変貌しかねない、いわば綱渡りの状態なのだ。そこに豪鬼に対する同情があれば、またあの悲劇を招きかねない。レミリアはすぐにでも口に出して警告したかった。だがこの状況がそうさせない。

 

 今までの激しい戦闘が終わり、一気に静寂が訪れた最終決戦の場は長く続いた。理論的な時間では数分間なのかもしれないが、この場にいる者全員が疲労と傷の痛みで感覚が麻痺し、数時間のように感じていた。

 

「…なぜ…」

 長い場の沈黙を破ったのは豪鬼だった。その言葉から、豪鬼から発せられる殺意が、わずかに弱まったような気がした。戦う気がないことの表れだろうか。

 

「…小童ども、なぜ我を殺さぬ…」

 

 豪鬼は膝をつきながらも、3人をにらむ。まだ闘志が眠っているようだ。豪鬼がこう聞いたのは言うまでもない。3人を恐ろしい力の檻に閉じ込め、仲間を、見知らぬ者を傷つけた。その檻に入れたのは紛れもなく自分だ。少なからず恨みがあるはず。

 

 だが3人はそんなことをせず、にらみ返すこともせずまっすぐ豪鬼を見るだけ。何を語ろうともせず、じっと見続ける。

 

 

「…また1つ、問うことができるからだ」

 

 

 ようやく口を開いたのはリュウだった。そこは霊夢とフランに自分の精神を教えた者、そして豪鬼をよく知る者として、豪鬼の問いに答えられるのは彼だけだ。

 

「人は問うことでしか己を知ることができない。その相手は妖怪であれ、妖精であれ、鬼であれ、神であれ。どんな奴でも生きている限り、己を知るためには問わねばならないと、俺は思う。そして己を知るのは人間だけじゃない。吸血鬼も、妖怪も、妖精も己を知る」

 

 リュウの言葉に霊夢とフランは胸に手を当てた。2人も、自分を問うことでこの異変を乗り越えた。その要因には、己の心の弱さを知ったことがあった。己を問う事で、最後の最後で己の弱さを知り、最後まで抗う力を手に入れた。

 

「問うために俺のような格闘家ができることはただ1つ。拳で挑み、拳で語る。そして格闘家でなくとも、己を問うための手段はただ1つしかないと俺は考える」

 

 リュウが右腕を上げ、拳を掲げるように豪鬼に見せる。

 

「豪鬼、お前が相手に問うには拳しかないだろう?」

 

 リュウは豪鬼を元の姿に戻すのは当然だろう、と言いたげだ。現に、彼の顔は笑みを浮かべていた。

 

 豪鬼はリュウの言いたいことを察した。狂オシキ鬼の姿を否定する理由は―――

 

 

「…我が体でなければ問えぬというか。下らぬな」

 

 

 豪鬼は鼻で笑いたげだ。リュウにとって狂オシキ鬼は、豪鬼の死んだ姿のなれの果てだと思っているようだ。己を問う事を止め、己を知った気でいたのを見過ごせずにいられなかったのだ。

 

 

「豪鬼。お前がどんなに人の道を外れようとお前は必ず拳で語り、相手に問う道に戻る。その事には終わりがない。どんなに強くなろうと、お前はその道から逃れられはしない! その道を歩めるのは、お前のその姿しかない!! あの姿では、誰にも問うために戦いを求められはしない!!」

 

 

 リュウは強く言い切った。ここまで言葉に詰まることもなく、真っ直ぐに言い切った。その言葉に、自分の意志を乗せているかのようだった。

 

 

「殺すということは、その問いの返答もなしに相手の口を塞いでしまうこと。あんたはあのOniになってそうしたから止めたのよ。そんなことをすれば、相手に問う前に命がなくなるから答えは出ない! それは己を知ることを放棄すること!!」

 

 

 霊夢が強気に一歩前に出る。殺意の波動を受け、魔理沙に戻されて知った。私は、まだ自分を知らない。自分を知るには、相手に問う事。それをせずに本能のままに殺す殺意の波動は、霊夢が求めるものではない。きっぱりと否定する理由なのだ。

 

 

「問う事を止めたら、私は私を見失っちゃう…! そんなことをしたら、誰かを知らぬうちに傷つけちゃう…! だから考えて! 本当に殺意の波動だけに従っていいのか、って…!!」

 

 

 フランは涙目になっていた。殺意の波動で自我を失っていたときの苦しみを思い返したようだ。あの苦しみを経験するのはもう自分だけで十分だ、そう豪鬼に伝えていた。現に、自分は己を知るために殺意の波動と共に生きることを決めたのだから。

 

「……………」

 3人の熱のこもった声に気圧されたか、豪鬼は押し黙った。そうしている中で、3人の後ろにいる一同をざっと見た。全員上半身がぐったりと落ちて今にも倒れそうだ。だが目だけは豪鬼を厳しく見ている。もうここに自分の言い分を肯定する者はいないようだ。

 

「ふ………」

 

 豪鬼は立ち上がりながら、わずかに笑みを浮かべた。その笑顔は納得か、それともやはり下らぬ事と思ってのことか、3人には分からなかった。だがその笑顔には、一時休戦の思惑が見て取れた。

 

 豪鬼は堂々と仁王立ちし、3人の顔を見た。体のあちこちが出血していても、立っているだけで苦しい表情を浮かべていない。それに今自分の体も手負い。満足な死合いはできないだろう。

 

 そう考えた豪鬼は、突如後ろを振り向き走り去りながら言った。

 

「良かろう。ならばその先、我とうぬらが知るものを全て知ったとき、また会えし時に死合おうぞ!!」

 

 豪鬼は手負いの者とは思えぬほどのスピードで走り去った。3人は追わなかった。いや、追えなかった。なぜなら、言葉を発するのに最後の力を使っていたから。

 

 

 その瞬間、3人の上体がガクリと落ちた。皆が後ろから走って近づいてくるが、緊張の糸が一気に緩んだ3人にはそれに気づく力すら失われていた。3人はそのまま地面にうつぶせになって倒れた。誰かが声をかけているような気がしたが、それを記憶にとどめることすらできず、そのまま意識を失った。

 

 

 

~幻想郷~

―人里・借家の仮治療室―

 

 

 

「………」

 豊姫は祈りを捧げ続けていた。皆を見送ってから、ずっと。その様子を、妹の依姫が心配していた。

 

 

「お姉様…」

 依姫は頬に汗が流れるのを感じていた。このまま、報告があるまで石像のように動かず祈りを捧げ続けるのだろうか。このまま、死ぬまでずっと…

 

 

「依姫様…」

 そこにかつての部下だったうどんげが声をかけてきた。うどんげも豊姫の事を気にかけているようだ。彼女、実は皆を送ってからずっと飲まず食わず、祈りを捧げるだけなのだ。

 

 

 そして、その祈りの結果が届いた。通信機に反応があったのだ。

 

 

「豊姫様、豊姫様! 聞こえますか!?」

 

 

 さっきまで祈りのためじっとしていた豊姫が通信機めがけまっしぐらに向かい、通信機の声に応える。

 

 

「聞こえているわよ! 早く報告しなさい!」

 

 

 豊姫の声は自然と甲高くなっていた。その声に押されたか、通信機の向こうの声は少し戸惑ったような声を出した。

 

 

「…ほ、報告します!」

 

 

 いつの間にか全員が通信機に耳を当てるように豊姫の元に集まっていた。皆の聴覚が、通信機に集中する。

 

 

「あのOniはいなくなりました…いなくなりましたっ!!!」

 

 

 その報告を聞いた豊姫の通信機を持つ腕は震えていた。歓喜の震えだ。

 

 

「………!!!」

 

 

 涙があふれ出た。救われたのだ。自分に関わる事全てが、救われたのだ。

 

 

「…やったああああ!!!」

 

 

 依姫が吠えるように大声を出した。レイセンがそこにバンザイしながら抱きついてきた。依姫はレイセンを抱擁した。もう部下だとかそんなのは関係なかった。誰でもいいから喜びを分かち合いたかった。

 

 

「……!!」

 

 

 サグメがグッと両手を握りしめ、笑顔になって喜びをかみしめた。

 

 

「やった! やってくれましたよ、姫様!!」

 

 

 うどんげが輝夜に抱きついて喜びを分かち合う。頬を赤くさせ、目には涙が浮かんでいる。輝夜の肩を掴み、激しく揺らす。

 

 

「ちょっ…うどんげ、揺さぶらないでよ!」

 

 

 輝夜は笑顔を向けながらも、うどんげから離れようとする。だがうどんげはうれしさのあまり離れる事を忘れていた。そう言っている輝夜もうどんげを抱いて離そうとしていないのだから、どっちもどっちだが。

 

 

(リュウ…霊夢…フラン…)

 

 

 永琳は空を見た。今は見えない月で、あの3人がやってくれたのだ。永琳は、感謝しきれぬ思いを胸に秘め、ひっそりと涙を流した。

 

 

 

 

 

 その後、全員は無事に月から地上へ生還した。だが全員がまともに立っていられる状態ではなく、またも借家の仮治療室の寝床で横になる羽目になった。だがそれよりも狂オシキ鬼からつかみ取った勝利の方が大きく、文句を言う者は誰もいなかった。ただ、はたてだけは簡単な治療をしてすぐに妖怪の山へ帰っていった。異変の終焉を、新聞にして伝えるために。

 

 豊姫と依姫とレイセンは皆の傷が癒えるのを待つことなく月へ帰った。それは月の民皆が穴を掘って過ごしている中、ここで休み続けるのは月の役人として失格という事からだった。また、帰る直前に紫が『また会ったときにはお互いのことをゆっくり話しましょう』と言ったことから、月と地上の関係をこれからは大切にしようという風潮が起こり始めたという。

 

 

 

 翌日―――はたてが作った号外によって、この異変の終焉が幻想郷全てに告げられたのだった。その号外を見た人里の人々は皆喜びに満ちあふれ、活気のなかった人里は一瞬にして大騒ぎになった。号外は妖怪の山にも届けられ、天狗達が歓喜に震えたのだった。こうして、数日にわたる異変は解決した。奇跡的に人里の被害は軽微、大きく被ったのは魔法の森の妖精、妖怪だけだった。一歩遅れれば幻想郷が一部の者を除いて訳も分からぬまま崩壊という寸前まで追い込んだこの異変は、人々の脳裏に記憶としてしばらく残り続けた。

 

 その後、この異変は稗田阿求と上白沢慧音によって『殺意異変』と名付けられ、この幻想郷の歴史の1つとして刻まれた。

この悲劇を、忘れぬために。幻想を生んだ人の力を恐れなくてはならないために―――

 


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