東方殺意書   作:sru307

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 語られ始める狂オシキ鬼とリュウの因果関係。
 そこで彼女たちが知ることとは…


第32話「真偽」

第32話「真偽」

 

 一同が薬草を持ち帰った、その夜の事―――

 

 男は目覚めた。ようやく取り戻した、元の意識と共に。その男―――リュウが最初に見たのは、屋根だった。どうやら仰向けに寝かされているらしい。

 

 その横から複数の気配を感じた。顔を向けてみると、霊夢とフラン、魔理沙とレミリアがそこにいた。

 

「お目覚めのようね。気分はどうかしら?」

 レミリアが床に転がって頬杖をついている。普通レミリアが床に転がるなんてありえない話だが、リュウを落ち着かせるためだろうか。

 

「………」

 リュウは腕を上げて、自らの右手を見た。あの時を思い起こしているのだろうか。

 

「怪我とかは直しておいたぜ? それも、跡も残さずにな」

 魔理沙はその動作を、リュウが怪我を気にしていると見えたか、こう言った。だがリュウは何も言わない。

 

「…何か言いなさいよ。謝るにしろ、私たちにあのOniの事を語るにしろ、言葉を口にしなくちゃ伝わらないわよ?」

 霊夢がリュウの言葉をせかした。言葉が通じない相手でないことはもう分かり切っている。なら、話さなければこの空気が変わることがないのも知っているはずだ。なのに何故口を堅くするのだろうか。

 

 その堅い口が開いたのは、霊夢がせかしてから10秒ほど経ってからからだった。

 

「…どう言ったらいいのだろうな」

 リュウは上半身を起き上がらせながら、昔話をするかのようにゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

 

「言葉を拗らせれば、伝わるはずのものも伝わらない。色々言いたいが、俺の口は達者ではない、どちらかを捨てなければならないというのが、俺が未熟だということを思い知らされる」

 

 リュウは4人の視線からそらしながらも、少しだけ笑顔になった。どこから話したらいいのか迷っていたのだ。

 

「…なら、話すのはあのOniの事が先決ね」

 レミリアが転がった体勢から膝立ちになった。ここから先、のんびりとした体勢で聞くことはできない。

 

「…いいのか?」

 リュウはまず謝罪からではないか、という顔をしたが、4人の気はそれどころではないようだ。

 

「謝るのは私とフランが殺意の波動に逆らえなかったのもあるから、お互い様よ。それに、いつあのOniが襲い掛かってくるか分かったもんじゃないし」

 

 霊夢は部屋の中からでは見えない月を気にかけていた。最後の難敵、狂オシキ鬼は月にいることが分かっている以上、気を抜くことができない。

 

「それに…リュウのおかげだよ、私とお姉様の関係が元に戻ったのは…」

 フランは顔を赤くしながら言った。

 

「私と霊夢もな! その意味では、こっちの方が感謝しているぜ」

 魔理沙がふっと笑顔を見せる。その笑顔にリュウは少し緊張がほぐれたようになったか、口角が上がってきた。

 

「…分かった、それならまず、あのOniの事から話そう。ただ、それを話すためには俺の師匠の時代まで遡ることになる。必然的に長くなるがいいか?」

 4人はほぼ同時にうなずいた。

 この時、リュウの頭の先の見えない位置で、スキマが不気味に開いていた。

 

 

 別室では紫のスキマを通して5人の会話を聞いていた。狂オシキ鬼を一番よく知る人物の語ることだ、絶対に聞き逃すわけにはいくまいと、全員の耳がスキマに近くなっていた。

 

(聞き逃すわけにはいかないわよ、リュウ。まだ、あなたを信頼しているわけではないからね…)

 紫が心の中でそう思っていると、リュウの話が始まった。だがその言い出しは、いきなり衝撃的なものだった。

 

 

「始めに言っておこう。あのOni…あれは殺意の波動に身を委ねた『人間』だ」

 

 

「!!?」

 衝撃を受けたのは、スキマを介して聞く者たちだけだ。

 

「な…あやつの言っていたことが、本当だと…!」

 布都が動揺を隠しきれず声を上げる。それを見た屠自古が慌てて布都の口を塞いだ。スキマからも声は聞こえるので、こちらの話し声が大きかったら盗み聞きがばれてしまう。

 屠自古は布都の口を塞いだ後、しーっと人差し指を立てた。

 

 

 間近で聞いた4人はいたって冷静だった。

 

「…つまりあのOniは人間だった、そう言うのね?」

 霊夢の口から出た言葉に動揺は感じ取れなかった。

 

「ああ」

 リュウは認めた。その簡単な返事には、偽りを感じなかった。

 

「その名は豪鬼。かつて、俺の師匠は俺の拳の源流となった『暗殺拳』をある人物から学んでいた…だがあるとき、豪鬼は当時からその暗殺拳にとっては禁断の力である『殺意の波動』に手を染めた…」

 

「!! 暗殺拳だって?」

 魔理沙が『暗殺拳』という言葉に反応する。それもそのはず、殺意リュウの使う拳は、どう考えても暗殺に使いそうな技はなかったからだ。

 

「なるほどね…だからあんな、紅魔館を壊す力があるわけだわ」

 レミリアはそう言いながら、リュウの太い腕を見た。その筋肉質な腕は、いかにも強靭な一撃を繰り出せそうだった。殺意の波動に飲まれていようがいまいが、強さに関しては一級品以外の何物でもない。

 

「禁断の力『殺意の波動』を手に入れた豪鬼は、師匠に暗殺拳を教えたある人物を殺した…」

 

 またも衝撃的な事実を知った。普通なら恩師として関係を大事にするはずの師を殺すなんて。

 

「な…教わった人間を殺したの!!?」

 霊夢の驚きにリュウはうなずいてから、続きを話した。

 

「以後、豪鬼は強い相手のみを求めて世界をさまよい始めた…その中で、自身の殺意の波動を行き過ぎさせてしまい、Oniの姿となってしまった…」

 

 4人の背筋がゾクッとした。人間が異形の生物に変わる例なんて見たことも聞いたこともないからだ。だがレミリアの仮説が最初の言葉で真実だったことが分かった以上、受けいれないわけにはいかない。

 

「…なるほど、あのOniの正体は分かったわ。でも1つ釈然としないところがあるわ」

 レミリアがそう言うと、リュウは疑問の顔を向けてきた。

 

「殺意の波動は、その暗殺拳にとっては禁断の力だといったわね。なら何で、そんな危険なものを生み出したの?」

 リュウは迷いながら、ゆっくりと答えを絞り出した。

 

「…師匠から聞いた話で詳しくは分からないが、超能力に対抗するために人が生み出した力と聞いている」

 

「…超能力? テレパシーとか、そんな類の?」

 フランがリュウに聞くと、今度は即答が返ってきた。

 

「そう思ってくれて構わない」

 

「お、おい、『そう思ってくれて構わない』ってことは…」

 魔理沙が体のどこかに汗を流しそうになる。そんなことをいとも簡単に言ってしまうということは…

 

「…リュウのいる世界も相当常識離れしているということね」

 霊夢が頭を抱えた。聞くべきだったのか聞かないほうが良かったのか、微妙なところだ。

 

 

「何よこの話…全部本当なの?」

 ぬえがリュウの話に対する疑惑を口にする。たった1人の、しかもついさっきまで異変を起こしていた側の者が言うことを、やはり全て信用するには話の次元が違いすぎる。

 

「……残念ながら本当のようです。心が読めるので読んでみましたが、嘘は言っていません」

 さとりが自身の能力をフル活用して情報の真偽を確かめた。

 

「話に嘘の内容はない…やっぱり、あの時の映像も本当に起こったことになるってことだね」

 村紗が困り顔でそう言う。あの映像は、本当だと思いたくなかった自分がいたのだ。だがリュウの話が本当である以上、紛れもなく起こった事象なのだ。

 

 

「………」

 話を終えたリュウは、なぜか不機嫌そうな顔をした。それを見逃さなかったのは霊夢だった。

 

「…まだ何か隠しているわね? 言いなさいよ」

 霊夢は強気に出た。リュウの話に納得がいく、さらにはその言葉に偽りがない以上、できる限り情報は聞き出さなくてはならない。

 

 リュウは一度を目をつぶり、開いてから顔を元に戻して言った。

 

「自分を偽っても仕方ない。最初に言った、謝罪の件について、もう1つ君たちに謝らなければいけない」

 

 リュウは申し訳なさそうだった。それにその謝罪には、何かわけがありそうだった。弁解ではない、何かの理由が。

 それは次の言葉で明らかとなった。

 

「殺意の波動は豪鬼から受けたものではないということだ」

 

「!!?」

 その言葉には、4人も衝撃を受けた。

 

「殺意の波動は、波動の素質がある人でもない限り、普通は人に移ることはない。目覚める原因は、その者の心にあるものだ」

 リュウの口調ははっきりとしていた。この話はさらに重要そうだ。

 

「じゃあ、霊夢とフランは波動の素質があったから、殺意の波動を飲み込んで受け入れてしまったってことだな」

 魔理沙がそう言うが、それより気になっているのはその前の言葉だ。

 

「待って。まさか、『その者の心にあるもの』って…」

 霊夢の考えていることに正解と答えるようにリュウはうなずいた。

 

「あの戦いの時、豪鬼の殺意の波動が俺の中で眠っていた殺意の波動を目覚めさせてしまった。これは間接的な原因であって、直接的な原因は俺が既に殺意の波動を持っていた事なんだ」

 

 

 リュウの言葉にスキマを介して聞く者も耳を疑った。

 

「!? つまり…あのOniと戦う前から、リュウは殺意の波動を持っていたということか?」

 慧音が目を見開きながらもそう言う。

 

「でもあの時のリュウさんは影を見る限り殺意の波動には目覚めていないはずです! となると…」

 早苗があの映像の黒い影―――おそらくリュウであろう者を思い浮かべる。

 

「リュウは元から、殺意の波動を抑え得る力を有していたということか」

 神奈子が言い終わると同時に、リュウの話の続きが聞こえてきた。

 

 

「既に殺意の波動を持っていた? どこからそれを自覚するようになったの?」

 レミリアが詳細を求めると、リュウはすぐに話してくれた。

 

「俺の中に殺意の波動が目覚めるようになったのは、今は友と呼べる人との戦いの決着でだった…どちらが倒れてもおかしくない状況で、俺は昇龍拳を出し、勝った。だがそれは俺にとって『格闘家としての死ではなく人間としての生を選んだ』ことでもあった。それが殺意の波動に目覚める要因になった…」

 

 リュウの目が悲しげになっていた。その目は自分の右手を見ていた。

 

「…格闘家、いえ、暗殺拳の運命を、受けいれたのね」

 レミリアの声が小さくなる。リュウの苦しみが少しだけ分かったような気がした。

 

「言葉で済ますのなら、そういうことになるな」

 

 リュウは致し方なく答えた。そして突然、こんな事を言ったのだ。

 

「俺が今話せるのはここまでだ。もう盗み聞きをする必要はないぞ?」

 

 リュウは突然スキマの方に顔を向けてきた。

 

「な…!」

 紫の驚きの声が、スキマから漏れる。

 

「リュウ…まさか最初から気づいていたの?」

 フランが聞いてみると、リュウはスキマに顔を向けたまま答えた。

 

「ああ。気配で気づいていたよ。俺が信用ならなかったのだろう?」

 

 スキマの向こうの紫が目を見開く。姿も現していないのに、彼は見抜いていたのだ。

 

「無理もない。さっきまで殺意の波動を抑えられなかった俺が、また暴れ出すことも考えられる…そう考えればむやみに姿を見せるのは危険だろう? そんなことはすぐ分かるさ」

 

 一同は思い知らされた。リュウの強さは腕力や殺意の波動の力ではない。相手の心理を読み取る心の強さだと―――

 

 

 全員の簡単な自己紹介を終えた後、とりあえず綿月姉妹とサグメの回復が先決となり、月は明日出発と決めたのであった。

 

「しかし、驚かないんだね。神とか、妖怪とかいるのに」

 諏訪子が後ろに手を回しながら何気なく言う。殺意リュウの時もそうだったが、一同の誰を見ても驚いた表情はしなかった。

 

「確かに、私や紫様が式神、妖怪といっても、動じませんでしたね…」

 藍がリュウの心の強さに驚かされている。

 

「…正直に言えば、俺が別の世界に来たのはこれが初めてじゃないからな」

 

 当たり前のようにリュウがとんでもないことを言ったのを、一同の耳は聞き逃さなかった。そして全員

 

「へっ?」

 

 とあっけにとられた声を出した。

 

「ど、どういう意味だ?」

 妹紅が訳を教えてくれと言わんばかりにすぐ聞いてくる。

 

「俺は、今まで何度も俺の住んでいる世界とは違う世界に行ったことがある。ある時は魔物が蔓延する世界、またある時はたくさんのヒーローが戦っている世界、さらにある時は電子世界…とにかく色々な世界に行ったよ。でもどの世界に行っても、己の未熟さを思い知らされると同時に、世界の広さを知るいい経験になった。今でも思い返せば、その世界で会った者たちと戦いたいと思えてくるよ」

 

 リュウの話すことはものすごい夢物語だ。だがリュウの言葉に嘘がないのは、さとりがいるのですぐ分かった。

 

「やはり嘘をついていません…ここまで真っすぐな人は初めて会いました…」

 

 さとりがじっと第三の目でリュウを見つめるが、リュウの心に変化はない。

 

「戦い好きな格闘家…か…」

 

 霊夢は、リュウの事をさらに気にかけるようになっていた。なぜなら、リュウの戦う理由が、とんでもなく大きなものだと思えてならなかったからだ―――

 

 




 2018年5月27日追記
 ストリートファイターの原作設定で、剛拳は豪鬼の実の兄である事をリュウに明かしていない設定になっていました。
 それに伴い、この32話の内容を一部改訂しました。
 読者の皆様に違和感を与えて申し訳ありませんでした。

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