東方殺意書   作:sru307

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 1つの戦いが終わりを告げる―――その瞬間の物語。
 信じられないことを目の当たりにした一同は何を思うのか―――


第31話「現象」

第31話「現象」

 

 殺意リュウは声を出していない。それを確認した霊夢とフランは、必死に耳を傾ける。あの声は、聞き間違いではない。良くも悪くも聞いたら忘れられない特徴的なあの声は、すぐに頭から離れるものではない。

 

 謎の声を聞き取ろうとする時間は、現実的には短いものだが2人にとっては数時間に感じていた。なぜそう感じたのかは分からない。

 

 

…俺を…君たちの波動で…

 

 謎の声は、2人にしか語り掛けていないように耳に届く。

 

―――待ちなさい! 何であんたは殺せって言ったの!?

 

 霊夢が問いかける。自分を殺せというのは分かっても、明確な理由がない。

 

………

 

 謎の声は、何やら息をしているようだった。次の瞬間、2人の周りが真っ暗になり、見えているのは殺意リュウとお互いの姿だけになった。

 

…殺意の波動は…心に関係するもの…肉体的な損傷で倒れるものではない…波動に干渉できるのは、同じ波動、君たちの波動だけ…もしそれで…

 

 謎の声は少しずつ、荒く、小さくなっていく。苦しんでいるようだ。

 

…もしそれで…倒さなかったら…俺は…あの姿で…蘇る…

―――!!

 

 2人は衝撃を受けた。殺意リュウの生命を止めるすべは、2人にしかないのだ。

 

…頼む…君たちの仲間が…間違った…行動を…する…前…に……

 

 

「「―――ハッ!!」」

 

 いつの間にか、3人だけの空間はなくなっており、辺りはさっきまでの景色に戻った。2人はほぼ同時に殺意リュウの顔を見た。こっちを見ている。

「…やはりこの状況でも、霊夢とフランお嬢様の事を気にかけているのですね」

 美鈴が殺意リュウの視線を見ながら言う。この状況にまで持ってきた2人をやはり恨んでいるようだ。

「しかしこの状況はもう覆すことができなさそうですね」

 藍が殺意リュウの動けない状態を見ながらゆっくりと構える。使うのはもちろん弾幕だ。

 

「さあ、早急にとどめを―――」

 咲夜がそう言い出したところで、2人は声を上げた。

 

「待って!!」

「待ちなさい!!」

 

 2人の大声にその場は一瞬の静寂に包まれた。一同の顔がすべて2人に集中する。

 

「魔理沙…前言撤回だけど、私がとどめを刺していい?」

 

 霊夢の言い方は落ち着いていながらも、真剣なものだった。それを見抜いた魔理沙は、その理由を聞いた。

 

「…何だ? 何か、感じ取ったのか?」

 

 その答えを返したのはフランだった。

 

「…教えてくれたの。リュウの本当の意識が…」

 

 フランの言葉は、皆の耳を疑わせた。

 

「リュウの本当の意識!?」

 美鈴が驚いて殺意リュウを見るが、殺意リュウは結界を破ろうとしているだけで2人に何かを伝えようとする所作すら見られない。

 

「お姉様、最後まで私と霊夢にやらせて。もし教えてくれたのが本当なら、この異変は私と霊夢が決着をつけないと永遠に終わらない」

 

 フランの目には、真剣さが残っていた。このまま終わりにしてはいけないことを皆に伝えるかのように光か何かが宿っていた。

 

「…行ってきなさい!」

 

 レミリアはフランの身を殺意リュウの前に立たせるように肩を押した。その力強い言い方には、フランを信じる気持ちが根強く裏づいていた。

 

「…魔理沙…」

 

 霊夢は申し訳なさそうだった。もうすぐ、自分の想い全てをぶつけて晴らせるという所で、待ったをかけてしまったのだから。

 しかし魔理沙は違った。霊夢の想いをぶつけられて、自分の想いと一緒であることを知ったのだ。

 

「…殴ってこい! あいつに一発、殺意の波動に飲み込んでくれた分と、私の想いの分、まとめてな!!」

 

 魔理沙は少しだけ笑みを浮かべて霊夢を殺意リュウ向けて背中を押してやった。強く押しているのを感じると、霊夢は目を鋭くさせた。霊夢とフランは殺意リュウの真正面に立つ。そしてまじまじと殺意リュウの顔を見る。

 

「………」

 殺意リュウは無言で2人をにらみつける。まだ2人を標的として外していない。

 

「ぬお…おおおお…!」

 殺意リュウが力を入れ始める。だが今までとは比較にならないほど力を溜めているのが分かった。結界を破ろうとしている。

 

「…!! リュウの力が、復活し始めている!?」

 

 紫は慌てて結界に力を入れていく。まだ抑えられるものの、このままではまずい。結界を破られたら、せっかく積み上げてきたものが台無しだ。

 

「! あんた、本当に…」

 

 霊夢は反射的にリュウの元の意識と会話しようとするが、すぐに状況が違うことを思い出してやめた。本当か確認する方法はもうない。それに、時間もない。殺意リュウが結界を破ろうとしている今、悠長なことはしていられない。

 

 殺意リュウはさらに力を入れていく。紫は顔をゆがめた。

 

「くっ…もうこの結界は長く持たないわ! 2人とも、早く!!」

 

 紫の言葉に霊夢とフランはすぐ行動した。さっき言われたことが事実なら、することはただ1つ―――

 

 2人は構えていた。その構えは波動拳だ。だが今までと違い、すぐに弾を撃つのではなくしっかりと溜めている。

 

「くらってみなさい、リュウ!! これが、私とフランの決意…!」

「殺意の波動にみんなと一緒に抗う決意の波動!!」

 

「…!!?」

 殺意リュウが驚いた表情をするのは、これが最初で最後だった。

 霊夢とフランの手の中の波動が同時に反応する。波動が両手の中からあふれ出す。

 

「行け、霊夢!!」

「ぶつけてやりなさい、フラン!!」

 

 2人の友達と家族が、後ろから声をかける。

その時を待ってましたとばかりに、2人は波動拳を同時に放った。

 

 

「「双龍波動拳!!!」」

 

 

 2つの波動拳は、まさしく双龍のように弧を描き、1つとなって殺意リュウの腹に突き刺さった。

 

 

「いぎゃあああああ!!!」

 

 

 殺意リュウが断末魔を上げる。その瞬間、紫が展開した結界が粉々に砕け、殺意リュウが解放された。殺意リュウは宙を荒れ狂う稲妻のように2人の波動を纏いながらのたうち回り、最後は地面に墜落した。

 

「や…やった!」

 早苗が目を見開く。殺意リュウが地面にぶつかる衝撃で土煙が起きたため、姿をすぐ確認することはできないが、あの声を上げたならほぼ勝ちも同然だろう。

 

「まだ生きている可能性はあります…油断しないでください…!」

 聖が警告する。一同はじりじりと土煙の中に身を入れていった。倒れたとはいえ、いきなりとびかかってくる相手でもあることから、一切の油断は許されない。

 

 土煙の中央部までくると、うずくまるように影が見えてきた。

 

「…あそこにいます…!」

 妖夢が刀の鞘に手をかける。全ての目線が、影に集中する―――かと思いきや、霊夢とフランはその上に昇って消えていく殺意の波動に目がいっていた。

 

 まもなく土煙が晴れてきた。そして見えてきた、影の正体は―――

 

「…!!」

 

 うつぶせに倒れている―――リュウだった。殺意の波動を身に纏わない、元の意識を取り戻したリュウだ。

 

 そこで一同は、とんでもない現象を目の当たりにしてしまった。

 

「!!? そ、そんな!? あいつ、腹に穴が…穴が、空いていたはずなのに…!!」

 

 アリスは今見ていることが信じられなかった。倒れているのはリュウの体で間違いはない。問題はその体―――狂オシキ鬼によって開けられた腹の風穴が、見事に消えてなくなっていたのだ。間違いなく、どこにもない。今まで見てきた殺意リュウの姿は、幻影だったとでも言うのか。

 

 霊夢、魔理沙、フラン、レミリア以外のその場にいた者は、その衝撃に体が固まってしまった。死に至るはずの傷が、一瞬にして癒えたなんて、いくらここ幻想郷の現象でも信じられない。

 

「「………」」

 

 2人はうつぶせに倒れるリュウを無言で見続けていたが、おもむろに片方ずつ肩を貸してリュウを持ち上げた。リュウはそれにも反応しない。首をぶら下げるだけだ。しかしリュウの体が重いのか、2人は膝を曲げてしまった。

 

「…手を貸すぜ、霊夢。大の大人が、2人のか弱い女の子だけで抱えられるわけないだろうしな」

 魔理沙が自分の肩を霊夢に貸す。まだ体力に余裕がない霊夢では、リュウの体を支えきれないと見抜いたのだ。

 

「よいせっと…結構重いわね、どれだけ体重があるのかしら、こいつ」

 レミリアも肩を貸す。

 

「ま、待ってくれ。こいつは、まだ味方だと分かったわけじゃあ…」

 神奈子が4人を止めようとするが、霊夢が一同を向きもせずに答えた。

 

「どちらになるにしろ、私達にはまだ共通して相手しなくちゃいけない奴がいるでしょ?」

 霊夢が思い出させたのは、狂オシキ鬼の存在だ。そのことをよく知っているのは今意識のないリュウただ1人だ。戦いでは決してわかることのない、素性を知る手段。今は話を聞かなくてはならない。

 

「…ああ、すまないけどアリス! 薬草の方を頼むぜ!」

 魔理沙は思い出させるように言って去っていった。5人の背は、異変につながる何かを

知っているような雰囲気を醸し出していた。

 

 5人の姿は、ゆっくりながらも確実に遠のいていった。

 

「…行っちゃったね、さとり様」

 空が痛みに耐えながらさとりに言う。平気なそぶりをしているが、心を読めるさとりにはバレバレである。

 

「お空、無理してはダメよ。もしかしたら、最悪あなたの能力に頼らなくてはならない可能性もあるのだから…」

 

 空の能力『核融合を操る程度の能力』は当然ながら生命全てを絶滅させる力。狂オシキ鬼の強さに追いすがれない場合、その力で内部から狂オシキ鬼を倒す手段となる。それができるのは空だけだ。

 

「ささっと探しちゃいましょ、薬草。時間がないんでしょ?」

 ぬえが両手を頭の後ろに回した。そして何気なく周りを見渡すと、既に行動に移していた早苗が、茂みの中をごそごそと探していた。

 

「あ! あれって、永琳さんに言われていた薬草じゃないですか!?」

 早苗の目線の先には、まっすぐに地面から生えている植物が茂みにうまく隠れていた。細長い葉っぱが、間違いなく紙に描かれた薬草を示していた。

 

「危ない所じゃったな、この戦いで薬草が巻き込まれておったら、疲れた体で堂々と魔法の森巡りになっておったぞい」

 

 薬草が生えていたこの場所は、殺意リュウと戦いを繰り広げた場所の近く茂みにあった。戦いのさなかで踏みつけられてもおかしくなかった。

 

「速く持って帰ろう。リュウがまた暴れ出していないか、心配でならないからな」

 神奈子が人里の方を見た。リュウの存在が、気がかりになってきた。

 

 

 

―人里・仮治療部屋―

 

「…とりあえず薬は飲ませたわ。回復には明日までかかるでしょうけど、これで命の危険は免れたわ」

 永琳はすぐに薬を調合して綿月姉妹、サグメに飲ませた。

 

「綿月様、サグメ様。どうかごゆっくり…」

 うどんげはそっと祈りを捧げた。薬を飲んでも3人は身動き一つしなかったが、うどんげにはその顔が少しだけ微笑んでいるように見えていた。

 

 一方、今まで異変の渦の中心に限りなく近い位置にいたリュウは、別室で寝かされることになった。

 

 霊夢はリュウのそばで正座した。

 

(リュウ、あんたは何を知っているの? 私もフランもそれを知らなくちゃいけない。あのOniに勝つには…それしかないの)

 

 霊夢は目をつぶったままのリュウを見ながら、思いをぶつけるのであった。

 


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