果たして、新たな対抗策で幻想郷軍は巻き返せるか―――
第30話「託す」
殺意リュウの不利が明らかになった一同は、全員が自然と殺意リュウとの距離を詰めていた。しかしすぐに飛び込むことはしない。いくら人数が多くても、接近戦は殺意リュウの十八番だということを思い返せばすぐに突入するのは無謀であることは分かる。
一同は少しずつ殺意リュウとの距離を詰めていく。じりじりと殺意リュウも後退する。明らかに霊夢とフランを恐れて行動できないのが目に見てとれた。
(さあどう来るかしら…持久戦なら、こちらに分があるわよ…)
霊夢は殺意リュウの顔を見続ける。一瞬の動きも見逃さないように目を光らせる。
殺意リュウはこのままでは埒が明かないと思ったか、波動拳を繰り出した。それも嵐を起こすものではなく、普通に正面に飛んでいく波動拳だ。
「「波動拳!」」
しかし波動拳を発射したのは殺意リュウだけではなかった。なんと、フランが上空から体制を見事に保ったまま波動拳を上から発射してきたのだ。波動拳同士は相殺される。
フランは一同の目の前に降り立つ。
「フラン!」
レミリアがフランの横に立とうとする。
「禁忌『レーヴァテイン』」
しかしフランは剣を出してレミリアの進路を阻んだ。決して、姉を信用していないわけではない。だが、ここから殺意リュウの相手になるのは自分だ、と言いたげだった。
「霊夢、力を貸して。私だけじゃ、リュウには勝てない」
フランは剣の先を殺意リュウに向けながら、霊夢にお願いした。
「もちろんよ」
霊夢に断る理由はなかった。フランの横に立ち、じっと殺意リュウに似た構えをとる。
「ま、待て、霊夢」
魔理沙は霊夢に向けて手を伸ばしていた。それは霊夢を止めようとしたのではない。ある言葉をかけたかったのだ。
魔理沙はただ一言、小さく霊夢に言った。
「…絶対に勝ってくれよ」
「…ええ」
霊夢は静かに返事を返した。その間にも殺意リュウと顔を合わせ続ける。しかし一瞬、紫と目を合わせた。
「…みんな、ここからしばらくは、私たちが入る幕はないわ」
紫は静かに皆に告げる。その声は殺意リュウの耳に届いていない。
「…あの2人が何とかしてくれる、という解釈でいいのだな?」
神子が目線だけを紫に向ける。神子もあの2人を信じていたい気持ちがあるのだ。
「…大丈夫です。あの2人になら、彼を任せられます」
聖も紫に賛同した。ここからの自分たちは、しばらくの見届け人になるのだと―――
一同のみの伝達に気付かない殺意リュウは、わずかに笑みを浮かべた。人数の減少からか、少しだけ余裕ができたようだ。
「ほう…? こちらが有利と踏んで、2人だけで戦う気か。果たして、そんなに死合いが甘い物かどうか、その身に刻み込んでやるぞ!」
殺意リュウは片足をずんと地面に降ろした。殺意の波動が、まだまだやれるぞとばかりに激しく揺らいだ。風圧が起こり、さらにこの場に近寄りがたい感覚を生み出す。しかし霊夢とフランは一歩も引かない。
殺意リュウは2人しか戦おうとしないと言いながらも、警戒していた。弾幕がある以上、遠距離からの攻撃は相手の十八番だ。2人だけ出てきたのは、作戦かもしれないと気を配っていた。
「…頼むわよ、霊夢、フラン…」
パチュリーが小さく言う。それを聞いていた友人、レミリアが小さく返した。
「大丈夫よ」
レミリアは2人の背を見ながら言葉を続けた。
「あの2人はもう、リュウに負けはしないわ」
「「波動拳!」」
殺意リュウとフランの波動拳の打ち合いから始まる。直線状に放たれる波動拳は、どちらも互角だ。再び相殺される。
波動拳が相殺された瞬間、霊夢が前に突っ込んでくる。素早く小刻みに拳の連打をしてくるが、殺意リュウはしっかりと見切って両腕で防いでいく。
殺意リュウは横に逃れようとするが、フランがすぐに追いついて攻撃する。フランの攻撃も霊夢と同じ、大ぶりではなく細かく刻んでいく。もちろん殺意リュウに防がれる。
激しく動き回る3人の接近戦は、最初の数分は被弾なしで始まった。殺意リュウは阿修羅閃空を使わずとも身のこなしが速いため、そう簡単に霊夢とフランが追いすがることはできない。
だが2人は焦らずに動き回る殺意リュウを見定めて少しずつ動いていく。殺意リュウがいくら動こうとも動じることなく殺意リュウの動きを目で追う。
(援護が来ない…やはり本気で2人だけで戦おうというのか?)
一方の殺意リュウは、2人に対しての援護がないことを気にかけながらも、2人の息の根を止めようとかかる。まずは2人の体力を減らして、隙が出てきたところを叩く、この戦法だった。だがこの戦法では、2人の援護をよけながらの厳しい戦いとなる。
しかし問題の援護が何もやってこない。何を考えているか分からないが、とにかく残りが何もしないのだ。祈るだけで結果が変わるはずはないというのに…
(ふん…ならば望み通りにしてやろう!)
殺意リュウは強気になり、前へ出始める。
(来た! ここからね…!)
霊夢はさらに気を引き締めた。ここからが勝負だ。
殺意リュウはいきなり斜め前にジャンプして飛び込んできた。
(…来た!)
すかさずフランは昇龍拳で迎え撃とうとする。しかし殺意リュウはそれを狙っていた。ジャンプの頂点で体を駒のように回転させて回し蹴りしたのだ。
「真空竜巻!!」
「昇龍拳!!」
殺意リュウはヘリコプターの羽根のように回り、空中に少しの間とどまった。こうなれば、フランの昇龍拳は狙いが外れて避けることができる。その通り、フランの昇龍拳は見事に殺意リュウの前を通過し、外れた。殺意リュウが心の中でほくそ笑む。後は着地して隙だらけのフランを狙うだけ―――そう思ったその時、回し蹴りした右足に激痛が刺さった。
(!!?)
この瞬間に足に痛みが来るということは、誰かが自分の動きに合わせてきたということだ。その者とは―――
(――!! き、貴様ぁ…っ!!)
その者とは、殺意リュウの右足にピンポイントで昇龍拳をぶつけた霊夢だった。回転している中、突き出した足だけを狙うのはかなり困難だが、霊夢は天性の勘を信じて昇龍拳を放ったのだ。その勘は大当たり、見事に的中した。
「昇龍拳!!」
霊夢の昇竜拳は殺意リュウを吹き飛ばしながら天に突き刺さった。空中で体勢を整えるすべのない殺意リュウは背中から地面に体を打ち付けた。その勢いで後転して立ち上がるが、右足に激痛が走り上体がガクッと崩れた。
「うぐ…っ!」
殺意リュウは思わず手をつきそうになるが、足に力を入れて踏みとどまる。しかし2人がすぐ目の前まで接近してくる。
(く、くそう…!)
殺意リュウは一か八かの昇龍拳をする。当たれば切り返して反撃のチャンスができる。
「昇龍拳!」
―――が、手ごたえはなかった。2人は昇龍拳の当たらないぎりぎりの位置で止まって待っていたのだ。そう、2人に昇龍拳を出すことを読まれていたのだ。
(なっ…!!)
いくら強烈な攻撃でも、当たらなければ隙を露出するだけの技と化す。2人同時のストレートを顔面から食らった。顔が吹き飛ぶその体勢はまさにイナバウアーだ。
このままではまた次の攻撃の的になるだけだ、そう殺意リュウの本能が告げる。何とかイナバウアーの体勢から脱却して前を見るが―――
(―――!?)
そこに2人の姿はなかった。あるのは離れた紫たちの姿だけだ。左右を見るが、どこにもいない。
その時、下と背後から気配を感じた。下から、霊夢が殺意リュウの懐に潜り込んでいたのだ。フランは殺意リュウの後ろ、背中の貫通している腹の穴を狙っていた。
殺意リュウにはなすすべがなかった。2人は既に殺意リュウを攻撃範囲にとらえており、もうすぐ攻撃しようというところだったのだから。
霊夢の腹をえぐり取るようなアッパー、フランの叩き潰すような右の打ち下ろしは、殺意リュウの腹をサンドイッチにするように同時に直撃した。
ドゴォン!!
ものすごい音が響き渡る。殺意リュウはとっさに腹に力を入れて耐えようとしたが、それ以上に2人の力が強く、悶絶してしまった。
殺意リュウはまだ足に力が入っているので、倒れるのは免れた。しかし背が丸まった体勢では素早い身のこなしもできない。だがそうしなければ腹に激痛が走って今度こそ動けなくなる。霊夢とフランは無理せず距離を離す。手負いの獣ほど厄介な奴はいないことを心得ているようだ。
(…このまま、ここで終わるわけには…!!)
殺意リュウはまだ冷静さを失ってはいなかった。まずは自身の状態の立て直しから始めなくては。とりあえず波動拳を撃って―――
そう考えて体を動かそうとしたその時、殺意リュウの体の動きが、ぴたりと止まった。
(な…どうした、俺の体!?)
殺意リュウは己の体に問いかけるが、答えが返ってくるはずもない。
体が動かない理由は目線を下にそらして初めて知った。星形の魔法陣のようなものが、足元に張り巡らされていたのだ。
「境符『四重結界』。体力に限界が来たようね」
結界を張ったのは、あの時霊夢からのアイコンタクトを受け取った紫だった。
「な、何だ…と…」
殺意リュウは結界の中で必死に体を動かそうとするが、動けない。力は入るが、それが結界を破るまでには及んでいないのだ。
殺意リュウが動けなくなったと判断したフランは、その場にへたり込んだ。集中力を切らさずに戦い続けたので、幼いフランにはまだ精神的に疲労が出てしまったのだ。だがそれぐらいしなければ、殺意リュウが弱ることもなかったわけだが。
「フラン、よく頑張ったわね」
レミリアがフランの左肩に右手を置く。左手には槍を構えている。槍の先を向けるのはもちろん殺意リュウだ。
「お、お前たち…狙っていたのか!!」
殺意リュウは口に力を入れて言う。結界は口の動きすらも制限しているのだ。
「正直、援護を考えたけど、あの2人の目が弱ったときにしろって言ってきてね。不安だったけど、ここまでとはね」
アリスが人形を浮かべながらそう言う。人形はすべて小さな剣、槍を構えている。
「粋な計らいをしてくれるぜ。私たちに美味しい所を譲るなんてな」
魔理沙がミニ八卦炉を殺意リュウに向ける。今までの鬱憤を晴らしてやると言いたげだ。
「やっとね…紅魔館を倒壊させた代償を、その命で払ってもらうわ」
咲夜が指の間にナイフを挟む。普段なら素早くやるものだが、動けない標的相手なら落ち着いてゆっくりと準備できる。
「紫、あの目合わせだけで私のやりたいことがよく分かったわね」
霊夢はゆっくりと構えを解きながら、紫に言った。紫は扇子を霊夢に向けながら、わずかに笑みを浮かべながら言葉を返す。
「仮にも幼いころからあなたを知っているのよ? これぐらいはすぐ分からないと」
結界の展開で気が抜けない中、ようやく余裕が出てきたようだ。
「さあ…追い詰めたぞ」
神子が結論づいたように言う。
「く…くそっ」
殺意リュウは力を入れ続けるが、結界はびくともしない。あとはこの状態のリュウにとどめを刺せばいいだけ―――誰もがそう思っていた。
だがその時、霊夢とフランには謎の声が殺意リュウから聞こえていた。
……俺を……殺せ…
―――!?
構えをほぼ解いていた霊夢はその声を聴いて慌てて構えなおした。まだ、あいつには策があるというのかと思ってしまったのだ。
膝をついていたフランは慌てて立ち上がった。これも霊夢と同じ気持ちを持っていた。
しかし2人の思いとは真逆に、殺意リュウから聞こえる声は2人の脳裏に届く。
…俺を…殺してくれ…
―――!!
2人は衝撃を受けた。殺意リュウの本来の意識が、今自分たちに語り掛けているのだと―――