東方殺意書   作:sru307

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 ついに一同が掴んだ、殺意リュウへの対抗策。
 その施行から、ある2人が成長してゆく―――


第29話「成長」

第29話「成長」

 

 殺意リュウは足が一瞬ふらついたとはいえ、まだやる気は残っていた。今までの死合い、二度おろか一度も体に効いたことがなかったのだ、これぐらいで倒れてはならない。

 

「調子に乗るな…俺の肉体は、奇跡で出せた昇龍拳もどきでは倒せん!!」

 

 殺意リュウは荒れた声でそう言う。フランはじっと殺意リュウの動きを警戒して見続けるだけだ。

 

 その構えはなぜか自然と殺意リュウと似通ってきた。これも無意識だった。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! 何でフランが、リュウと同じ技を使えたのよ!?」

 はたてが疑問に思っていたことを口に出す。当然のことではあるが。

 

「今そんな事言っている場合じゃないでしょ!」

 アリスがそうツッコんだ上で、さらに言葉を続ける。

 

「使えるものは使わないと! 使えた理由を考えている時間なんてないわ!」

 この状況が状況だ、今考える事ではない。ようやく手に入れた対抗手段、そこに邪念が入っているうち、殺意リュウに対策を立てられたらせっかく近づいた勝利が水の泡と化してしまう。

 

「フラン、今みたいにリュウが飛んできたとき、すぐ合わせられる!?」

 レミリアはすぐにフランに聞いた。フランはじっと殺意リュウを見ながらこう言った。

 

「確実って保証はできないけど…やってみる!!」

 

 フランの目は決意にあふれていた。フランの想いをリュウの意識に届けるためには、ここで引くことは絶対にしないという決意だった。

 

 殺意リュウはまずは荒れた息を落ち着かせようとじっとしていた。もちろん一同を威嚇することは忘れない。そして一同も、殺意リュウの息が落ち着いてからが勝負とにらみ、下手な攻撃はせずににらみ返しを続ける。

 

(やっと分かったぜ…ここで頼りになるのは、あの時と同じ、接近戦!!)

 そのにらみ合いの中で、魔理沙は静かに覚悟していた。あの時と同じ展開で、殺意リュウと戦わなければならない事を。その手段は、自らの命を賭ける文字通り『死合い』だと―――

 

(弾幕では絶対リュウは倒れない…なら、使える手段は? そう、接近しての殴り合い!!)

 

 霊夢も気づいていた。殺意リュウにいくら弾幕を撃っても、阿修羅閃空・素早い身のこなしでかわされる、弾の軌道を見ぬかれ、両腕でさばかれる、この2択しかない。つまり殺意リュウに対する弾幕はただ殺意リュウに隙をプレゼントしているだけに過ぎないのだ。一同一斉に撃てば多少は被弾するだろうが、そうすれば今度は誰かが巻き添えになる、殺意リュウが誰かを盾にしてしまう可能性だってある。それを避けつつ、さらに殺意リュウに決定打を与えるには、接近しての攻撃しかなかった。

 

 しかし接近戦は殺意リュウの独壇場に等しい。つまり…

 そう考えていると、息が整った殺意リュウは隠れもせずに猛然と突っ込んできた。

 

「うっ!?」

 その狙いは美鈴だ。殺意リュウは霊夢や魔理沙の考えをできなくしようとまずは格闘の得意そうな者から排除しようと考えたのだ。

 殺意リュウは今までの剛腕を振り回す格闘スタイルから、細かく隙の少ない技で攻撃量を重視したスタイルに変わった。だが素の威力が高い殺意リュウの攻撃は、一撃一撃が普通の攻撃の比にはならないほど威力がある。

 

(何ですかこの攻撃…手の平サイズの石を投げられているような…!)

 美鈴は殺意リュウの攻撃は裁き切れてはいるものの、このままではいずれ負けてしまう。

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!! 美鈴、思いっきり後ろに!!」

 

 美鈴はレミリアの言うとおり、後ろに飛び退いた。その瞬間、殺意リュウ向けて槍の先が伸びてきた。殺意リュウは素早く槍の方を向き、ギリギリの所で槍を手で横にそらして交わした。だがその際に手が槍の先に触れ、血がにじみ出た。

 

「…! そうか、それなら…! 私たちにもチャンスがあるかも!」

 ナズーリンが一連の流れを見て分かった。それに答えるかのように、霊夢と魔理沙も行動する。

 

「霊夢、もう一回箒に乗るぜ!」

「了解!」

 魔理沙と霊夢はほぼ同時に箒にまたがり、空へと逃れた。殺意リュウがそれを見逃す訳もなく、波動拳の嵐を起こそうとする。

 

「よそ見はさせないわよ!」

 レミリアが槍で追撃に入ってくるため、2人に気を回す余裕が生まれない。

 

「…行くぞ霊夢!」

「ええ!」

 魔理沙は旋回し、殺意リュウの真正面から突っ込んでいった。

 

「死に迷ったか!?」

 殺意リュウは迫るレミリアの槍を蹴飛ばし、レミリアの体勢が崩れている間に2人を迎え撃つ。このまま突っ込んでくるのなら迎え撃てばいいだけ、そう殺意リュウは思っていた。

 

 しかし魔理沙の狙いは違った。箒を乗り捨てたのだ。

 

「!?」

 殺意リュウは箒もろとも魔理沙と霊夢を狙ったため、攻撃のタイミングがずれてしまった。そのため、素早く防御姿勢にできなかった。

 

 箒を乗り捨てた魔理沙はミニ八卦路を天高く構え、打ち下ろすように地上の殺意リュウに向けた。

 

「くらってみろ!」

 魔理沙が出したのは、スペルカードでもなければただの弾幕でもない、光弾一発だけだった。しかもその光弾は、殺意リュウ本体ではなく、その足元めがけて発射されていた。

 

 魔理沙の光弾は地面に着弾すると、爆煙を引き起こした。一瞬だが殺意リュウの視界が悪くなる。そこに霊夢が爆煙の中から右足を伸ばしてきた。

 

「うりゃあ!」

 霊夢は殺意リュウの穴の空いた腹めがけ蹴りを入れた。

 

「ぬぐおわっ!」

 殺意リュウは腹を押さえ、もだえ苦しむように後ろに下がった。

 

(手応えあり! やっぱりその穴あき腹は…)

 

 後ろに下がりはするも、その程度で殺意リュウは倒れない。爆煙は既に消えており、殺意リュウの視界に霊夢は捕らえられていた。

 

 殺意リュウが右ストレートを霊夢の顔めがけ伸ばしてくる。霊夢は紙一重であるがかわして、殺意リュウを転ばせようと足払いをかけるが、殺意リュウはさらりと避けてみせる。

 

 今度は殺意リュウ自ら後ろに下がり、距離を取った。茂みに隠れることはせず、じっと霊夢を見ながらの後退だ。もちろん波動拳を飛ばしてくる可能性が大いにあるので、警戒を続けなければならない。

 

「やっぱりそれしかない…リュウに対しては、接近しての攻撃しかないよ!」

 ナズーリンは1つの結論を出した。そう、狂オシキ鬼の戦いでも一時期は考えた、接近戦だ。

 

「でも弾幕慣れしている私たちじゃ、接近戦はあいつの独壇場だよ!」

 ぬえが反論するが、聖は乗る気だった。

 

「それしかありません! 弾幕を撃っても避けられたり、はじかれたりする以上頼りになるのはリュウと同じ行動だけです!」

 聖もそう判断した。危険な事に手を染めなければならないが、これが最善であり、最速の方法だ。

 

「となると頼りになるのは…妖夢、任せていいかしら?」

 

 幽々子が頼るのは、剣術を持ち接近戦が可能な魂魄妖夢だ。

 

「私が前に出るんですね…」

 妖夢は刀を握る両手にさらに力を入れた。殺意の波動に怖じ気づいてはいけないと、自分を心の中で励ます。

 

 殺意リュウはこちらが不利な状況になったと確信した。弾幕を見慣れている以上、一同の接近戦は何をしでかしてくるか分かったものではないからだ。早々に決着をつけなければ、こちらの命が危ない。

 

(落ち着け…接近してくるのはごく一部のはず…ならば残りが担当するのは援護、まずはある程度そいつらを…)

 

 殺意リュウがそう考え、狙いをつけて襲いかかったのは―――空だった。

 

「しまった!」

 

 殺意リュウはとにかく人数を減らそうとしたのではなく、考えて空を襲っていた。まず殺意リュウの距離から一番近くにいたこと(一番と言っても半歩分くらいの距離だが)、そして構えもせずにじっとこちらを見ていたことから、自分に対する警戒が緩んでいる事からだった。

 

 空が体のガードを固めるが、下半身はガラ空き、そこを逃さずしゃがんで足蹴り、素早く立ち上がり波動拳―――そこまでは良かった。だが次の行動に、一同は目を疑った。

 

 波動拳を撃った直後、殺意リュウが一瞬にして前へダッシュし、空との距離をさらに詰めたのだ。普通波動拳を放った直後は体勢を元に戻すため、どうしても隙がわずかながらに生じる。だかその時の隙をなしに、殺意リュウは前進したのだ。

 

 殺意リュウと空の距離が縮まった事で、追撃にかかる。しゃがんで空の右足に重い右拳、立ち上がって小さく竜巻旋風脚、そしてとどめは―――

 

「昇龍拳!!」

 

 その威力はフランのおかげで実証済みの、昇龍拳だ。空の体は力なく高く舞い上がった。

 

「お空!!」

 

 さとりが叫ぶが、既に手遅れ、空は無抵抗に地面へと墜落した。殺意リュウが次の標的を決めようと一同をギロリとにらんだため、心配して空のもとに向かう事はできなかった。

 

「くっ…ここにきてまだ攻撃手段を持っているなんて…!」

 

 さとりが殺意リュウをにらむ。だが殺意リュウの気迫にはどうしても劣ってしまう。

 その間にも、殺意リュウは次の標的を探す。空を選択したときと同じ基準で一同を見定めるが、その視線に霊夢が入ってきた。

 

(…っ!)

 

 やはり殺意リュウにとって、霊夢は目線に入るだけで感情的に苛立ちを覚える存在のようだ。体が逆らえない。殺意リュウは考える事もなく、霊夢に一直線だった。

 

「来なさい!」

 霊夢はどっしりと構える。どんな強烈な攻撃を受けようとも一歩も引かない精神が現れていた。

 

 殺意リュウは腕が届くギリギリの位置で立ち止まり、大きく振りかぶり始めた。その姿を、咲夜は見たことがあった。

 

「まずい、あの動きは!!」

 咲夜が投げたナイフを一度だけはじいた、謎の攻撃だ。このままでは、霊夢がカウンターをもらう。

 

 しかし次の瞬間、霊夢はとっさに飛び上がり、体を回転させながら回し蹴りを放った。

 

「竜巻旋風脚!!」

 

バリン!!

 

 ガラスが割れたような音がしたかと思うと、謎の構えをしたはずの殺意リュウが霊夢の竜巻旋風脚に負け、吹っ飛ばされていた。

 

(…!!?)

 殺意リュウはなぜ自分が竜巻旋風脚を食らったのか分からなかった。今まで攻撃を一度とはいえ受けて平気でいられていたはずの行動が、真似の攻撃で崩されたのだから、当然のことではあるが。

 

 殺意リュウは訳が分からないまま、受け身を取ることなく背中を地面に打ち付けた。

 

「うぐあっ…!」

 殺意リュウは立ち上がるが、どうにかという形で立ち上がったため、また足がガクガクしている。

 

「…!!」

 霊夢は地面に降り立ちながら衝撃を受けた。とっさとはいえ、この攻撃が通じるとは思ってもいなかったのだ。

 

「あの技は…! 霊夢も使えるようになっていたなんて…」

 うどんげが驚くが、そこはフランの時と同じ、検証している場合ではない。

 

「調子に…乗るなあっ!!」

 殺意リュウが再び霊夢に突っ込んで来る。霊夢は腰を深く落とした正拳突きの構えをした。

 

 その瞬間、霊夢の周りの空気が黒く変色したように見えた。そこから、霊夢の構えは明らかに普段のものではないことが容易にうかがえた。

 

 殺意リュウはそれに構わず、強烈な右フックを霊夢の体にかます。

 

「霊夢、避けて!!」

 紫がそう叫ぶが、霊夢は動かない。いや、もう動けないという方が正しいのか。

 

「ぬうあ!!」

 殺意リュウの強烈な一撃が、霊夢の体を直撃する。霊夢は正拳突きの構えのままで、守りを固めようともしないままだった。

 

 だがそこにあったのは、構えを崩さずに立ち続ける霊夢の姿だった。

 

「!!」

 

 何と、殺意リュウの一撃は霊夢に効いていなかった。

 

「せいっ!!」

 

 霊夢の正拳突きが、殺意リュウの穴が空いた腹に突き刺さった。

 

「おごはっ…!」

 殺意リュウは膝から地面に崩れ落ちる。霊夢は素早くしゃがみ、殺意リュウの腹に右の2連打、そして素早く立ち上がり―――

 

「もう一発!」

 

 霊夢は竜巻旋風脚を殺意リュウの顔面に当てる。殺意リュウは抵抗できず、体を捻りながら吹っ飛んでしまう。

 

「ぐはっ…!」

 

 殺意リュウは地面に頬を削り取られるように滑っていった。横に転がって勢いを抑えるが、立ち上がるのに時間がかかった。

 

「とおっ!」

 

 その合間にフランが跳び蹴りを顔面に食らわせた。殺意リュウは後ろにのけぞる。

 

「くっ…!」

 霊夢は膝をつく。一瞬だったが、とんでもない疲労感を感じたのだ。魔理沙がすぐに霊夢に寄り添った。

 

「大丈夫か、霊夢!?」

 魔理沙は霊夢の体を気にかけている。殺意リュウの攻撃を受けて平気でいられるのはどう考えても無理がある。

 

「…できたわ…あの時にやられた技に似た技…!」

 

 霊夢が再現したのは、敗れる直前に夢想封印を耐えられて食らったあの攻撃だった。あの時は夢想封印の弾幕全てを受けながらも攻撃してきたので、まだ完全ではないが、一応形はできあがった。

 

「…貴様…貴様ぁっ!!」

 殺意リュウは荒れた息のまま言葉を続ける。怒り狂っているのか、紫達と戦っていた時とは打って変わって落ち着きがない。

 

「焦っているわ…これなら、勝てる!」

 幽々子は妖夢の横に立った。それは必然的に前に出るということだ。ここは攻めに出なければ、勝利をものにできない。

 

「ついにこっちに流れが来たみたいね…」

 はたてが携帯電話をポケットにしまい込んだ。もう撮影をする必要はない。後は倒すのみだ。しかも対抗手段を手にした上、殺意リュウの動揺が誘えている今なら勝機がある。

 

「今が最初で最後のチャンスだ! このまま、押し切るぞ!!」

 神子が目を鋭くさせる。

 

 ついに1人の男との決着がつくときが来た―――

 


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