東方殺意書   作:sru307

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 ついに決着がつく2人の友の物語。
 離れた2人を再びつなげるのは、果たして…


第20話「2人にだけ」

第20話「2人にだけ」

 

―魔法の森・深部―

 

「……」

 

 魔理沙は荒れた息を落ち着けようと必死だった。

 

「……」

 

 殺意霊夢も呼吸を整えようとして何も言わなかった。

 

 ここまで殴り合いを続けてきた2人は、相打ちが続き疲弊していた。どちらもまともに動けるのは何分もないほどの疲労に襲われ、口数も減り、ただ相手を見ているのでさえ苦痛であるように思えた。

 魔理沙の援護に回ったアリス、うどんげ、早苗も持っているスペルカード全てを宣言しつくし、後できることは魔理沙の勝利を願うだけだった。

 

「ううっ…!!」

 

 殺意霊夢が殴りかかる。魔理沙は一歩も動かない。

 

「はあっ!」

 

 魔理沙の顔が横に吹っ飛ぶ。しかし魔理沙も負けていない。

 

「うああっ!」

 

 魔理沙は顔が吹っ飛んだ反動を活かして殺意霊夢の顔面にお返しした。

 

「あぐっ…!」

 

 殺意霊夢の足がふらつく。力を入れていなかったら、ちょっと押すだけで簡単に倒れてしまいそうだ。だが殺意霊夢は立ち続ける。魔理沙は後一押しが出せない。

 

「くっ…いつまで続くの、この戦いは…!」

 何もできずにただ戦いを見つめるアリスが悔しそうに言う。スペルカード全てを使い切った今、できることは信じる事だけなのが歯がゆかったのだ。

 

「アリスさん…」

 早苗が悔しそうなアリスを見て声を漏らす。神奈子と諏訪子のために戦いに挑んだのに、これ以降はもう撃つ手がないのは早苗も一緒だった。早苗も魔理沙に思いを託すしかないのだ。

 

「……」

 うどんげは両手を合わせ、無言で魔理沙の勝利を祈っていた。

 

 そんな3人とは対照的に、魔理沙と殺意霊夢は考えを巡らせていた。

 

(手に感覚がなくなってきた…足はあるけど、その足もいつまで持つか…!)

 

 魔理沙は手の攻撃をためらっていた。

 

(しぶとい…なんとか、次の一撃で仕留めなきゃ…体が、持たなくなってきた…!)

 

 殺意霊夢は必殺の一撃を入れようと魔理沙の隙を模索する。だが魔理沙の構えが戦いを進めるたびに洗練され、隙がなくなっていた。ここに不用意な攻撃はカウンターをもらうだけだ。

 

 その時、殺意霊夢の構えが変わっていた。腕をがっちりと固め、腹から口までを壁で見えなくした。守りを固めたのだ。

 

(!!)

 

 魔理沙は思わず動揺する。しかしそれが殺意霊夢の狙いだと考え、すぐに落ち着きを取り戻す。だがそうやって落ち着いて考えると気づいた。殺意霊夢の狙いを―――

 

 魔理沙が後ろに下がる。殺意霊夢は飛び込まず、ゆっくりと前に詰め寄る。その動きで魔理沙は確信した。このまま待って自分が倒れるか、飛び込んだところに溜めた攻撃を当てて倒す。この2択を迫っているのだと。

 

(間違いない…私が力尽きるのを狙っている…!)

 魔理沙は殺意霊夢の目を見ている。

 

(まだ…まだ動かないで、私の腕…我慢して溜めるのよ、こいつを一撃で倒す力を…もしこのままなら、残ったうるさい奴らも…)

 殺意霊夢は心を落ち着けることに重点に置きながらも、アリス達3人の始末も考えていた。

 

「…動かなくなった…」

 早苗が2人の様子をうかがう。そこで早苗も気づいた。お互いの狙いに。

 

「…次の攻撃が、当たった方が勝つわ…! 魔理沙…頼むわよ!」

 アリスが必死の願いを込めて言う。

 

(…アリス…)

 その声を聞き取った魔理沙は殺意霊夢を険しい目で見た。そして、この決断が出た。

 

(やるしかない! これしか、私にはない!!)

 

 先に行動に出たのは魔理沙だった。肩でパンチを出すふりをしながら、殺意霊夢に近づく。殺意霊夢はそれにつられ目を左右に振った。

 

(フェイント! あれなら、もしかしたら…!)

 うどんげが期待を寄せる。魔理沙が一気に詰め寄る―――と思われたその時。殺意霊夢が、思いっきり飛び出し、体をぶつけてきた。

 

「うっ!?」

 

 魔理沙の体勢が崩れ、肩の動きを止めた。殺意霊夢は心の中でほくそ笑んだ。

 

(これよ! これを、待っていたのよ! 死になさい!!)

 

 殺意霊夢はため込んだ力を右に集め、大きく下から上へと突き上げた。その拳は的確に魔理沙の顎を直撃した!

 

 バゴッ!!

 

 骨にヒビが入ったのではないかというほど大きな音が響く。魔理沙の首が地面と直角に90度垂直になり、引きちぎれるのではないかと思わせるほど大きく顔が上がった。

 

「魔理沙っ!!」

 

 アリスが悲鳴を上げる。魔理沙の足がぐらつく。ここまでかと思われたその時!

 

 バキッ!!

 

 殺意霊夢が顔をゆがめた。殺意霊夢のアッパーによってガラ空きになった右の横腹に、魔理沙の左が突き刺さっていたのだ。命運決まる両者の攻撃は、相打ちでまだ分からなくなったのだ。

 両者の体が離れる。殺意霊夢は口から血を吐き、顔が下に下がる。魔理沙は上に上がった顔を元に戻し、歯を食いしばって痛みに耐える。先に動いたのは魔理沙だった。

 

「おあああっ!!」

 

 男のような声を上げ、右ストレートを殺意霊夢の顔にたたき込む。殺意霊夢の顔は、今までよりも遠くに吹っ飛んでいた。かなり効いている証拠だ。それを見た魔理沙はすぐ追撃に打って出た。

 

(今だ! ここで攻めないと私に勝つチャンスはない! これが、最初で最後のチャンスだ!!)

 

 魔理沙は前に踏み出す。殺意霊夢が、一歩一歩踏み出すごとに近づいてくる。顔はまだ戻っていない。つまり魔理沙が今どうしているか、殺意霊夢には分からない。絶好のチャンス―――誰もがそう思ったが瞬間。魔理沙だけは気づいた。殺意霊夢に逃げられると。殺意霊夢の足に、力がこもっていることに気がついたのだ。

 殺意霊夢は苦しみながらも足に力を入れていく。

 

「っ!!」

 その時、空中に逃れようとする殺意霊夢の周りに、アリスが人形を操って阻止しようとする。

 

「おおりゃ!」

 しかし殺意霊夢は無理矢理竜巻旋風脚をしてその人形たちを蹴り飛ばした。そして残りの一本足で大地を強く蹴り、一気に上空へと飛び上がった。

 

「そんな! 最後の最後で、空に…!」

 アリスが殺意霊夢に向けていた両腕を下ろす。人形は魔理沙の進行方向にポテリと力なく落ちた。

 

「はあはあ…もうこれで…終わりよ…死になさい!!」

 

 殺意霊夢は魔理沙にとどめを刺される寸前の所で、スペルカードの事を思い出したのだ。この手を使うのは今までの戦いを否定する事にもなりかねないが、この状況ではやらなければ自分が負ける。それだけは嫌だった。

 

「霊符『夢想封印・滅』!!」

 

 渾身の想いを込めたスペルカードが魔理沙に襲いかかった。

 

「魔理沙さん――――!!!」

 

 早苗が叫ぶが、すでに手遅れ、魔理沙の姿は夢想封印・滅の爆発の中に消えていった。

 

 殺意霊夢は魔理沙の姿を確認するまでもなく、勝利を確信した。この爆発の中にいるなら、たとえ生きていたとしても二度と立ち上がることはないだろう。

 

 殺意霊夢は残る3人を見た。後の戦いは、おまけみたいなものだ。問題なく殺せる。殺意霊夢が3人の目の前に降りようとしたその時!

 

 ボン!!

 

 まだ消えていなかった夢想封印・滅の爆煙から、魔理沙が飛び出してきたのだ。不意を突かれた殺意霊夢はとっさに顔を腕で隠したが、魔理沙の狙いは腹、ガラ空きだった。

 

 ボゴッ!!

 

 魔理沙の左拳が、殺意霊夢の腹にめり込む。

 

「がっ…」

 

 殺意霊夢は悶絶する。空中で体をくの字に折り曲げ、顎が魔理沙の目の前に落ちてくる。そこを魔理沙は見逃さなかった。右拳をありったけの力で握りしめ、顎めがけ突き立てた。

 

「おおおおおおっ!!!」

 

 ミシミシと拳が顎にめり込んでいく。そしてそのまま―――

 

「昇龍拳!!!」

 

 魔理沙の腕は天に高く上がり、殺意霊夢の体全体を吹っ飛ばした。わずか10秒も経たない大逆転劇に、3人はただ開いた口がふさがらなかった。

 魔理沙は地面に降り立つと同時に、膝に地面をついた。やはり無理をしていたのだ。

 

「見よう見まねだったが…やっと届いたぜ、霊夢!」

 

 魔理沙は両手を強く握った。この握った拳で勝利をつかんだのだ。

 

「「魔理沙!!」」

 

「魔理沙さ―ん!!」

 

 3人が魔理沙の元に駆け寄る。

 

「!!!」

 

 アリスは魔理沙の体の至る所から血が出ている事に気がついた。魔理沙にとって最後の攻撃は、捨て身の行為だったのだ。

 しかし結果は大成功だった。魔理沙は膝がついているのに対し、殺意霊夢は仰向けに倒れたまま動かない。勝負に決着がついたのだ。

 

「やった…! やったわよ、魔理沙!! 勝ったのよ!!」

 

 うどんげが魔理沙にそう声をかけるが、魔理沙は息を吐きながら倒れている殺意霊夢を見たままで答えない。

 

「ほんと、死んだかと思いましたよ、魔理沙さん!!」

 

 早苗は泣きそうな目で魔理沙を見ていた。

 

「ほんとに無茶をするんだから…! でもどうやってあの爆発の中、生き残ったのよ…」

 

 アリスの質問に魔理沙は黙って指を指した。そこは爆発の起きた場所で、地面にはアリスの人形とミニ八卦炉が転がっていた。

 

「!! 私の人形…!」

 

 地面に転がっていたアリスの人形は、黒焦げになっていた。

 

「ごめんな、アリス。ちょっと失礼して、盾にさせてもらったぜ」

 

 魔理沙は操る力を失ったアリスの人形をとっさの判断で拾い、夢想封印・滅の弾幕めがけて投げ、爆発の衝撃をできる限り遠くで受けることで最悪のダメージを受けることを防いだのだ。その後、ミニ八卦路で起こした魔力を地面めがけ爆発させ、その勢いのまま見よう見まねの昇龍拳を浴びせたのだ。

 

 3人は勝利の余韻に浸っていたが、殺意霊夢の腕が動くと、それはぴたりと止んだ。

 

「そんな!? まだ、起き上がるって言うんですか!!」

 

 早苗が驚く。しかし殺意霊夢は腕を動かすと言っても上がらず、上体を起こすこともしない。歯を食いしばっている所を見ると、立とうとしているが立てないのが分かった。

 

「何で…何で、負けたの…」

 殺意霊夢は小さくつぶやく。

 

「…違うんだよ…」

 それに対し魔理沙も小さく返す。

 

「何…?」

 顔も上がらない殺意霊夢は目線で魔理沙をにらみつける。

 

「今のお前と私じゃ、戦いにかける思いが違うんだよ!!」

 

 魔理沙は言い切った。体が痛むが、そんな事は気にせず、言葉を続ける。

 

「今のお前は、ただ相手を殺すことだけしか考えていないだろ…そんなんじゃ、幻想郷のため…友達のため…自由のために戦っている私には勝てはしない。それだけだぜ、霊夢。お前が負けた理由は…」

 

 そう言いながら、魔理沙は立ち上がった。3人が無理に動かないでと言っているかのように手をさしのべたが、魔理沙はそれすら見ていなかった。

 

「生き物は皆平等じゃない、だから死を与えれば、皆平等になるだって…? そんな死を与えることが、平等を見ることか!?」

 

 魔理沙は諭すように言葉を出した。殺意霊夢はそれには返さず、ずっと魔理沙をにらむだけだ。

 

「分からないのか? 博麗霊夢!」

 

 殺意霊夢はそう呼ばれたことにいらついたか、腕の動きを盛んにした。だがやはり上体は起き上がらなかった。

 

「う…くあ…」

 殺意霊夢の口から苦しむ声が漏れる。その声はどことなく、元の霊夢の声に似ているように聞こえた。

 

 すると魔理沙は殺意霊夢の足元付近まで近づき、膝を地面に置いて言った。

 

「お前…躊躇してただろ」

 

 突拍子もない魔理沙の言葉に、殺意霊夢は反論した。

 

「な…躊躇…ですって…あんたは…私の力全てをつぎ込んだはず…」

 その声は、だんだんと霊夢の声に近くなっていた。

 

(!! まさか、魔理沙…)

 

 アリスが気づく。魔理沙は殺意霊夢を元に戻そうとしているのだと。

 

「私は確かに接近戦を戦えてたけど、思いっきり素人だぜ? いくらでも、昇龍拳とかで致命傷を与えられたじゃないのか?」

 

 魔理沙は殺意霊夢に問いかける。確かに今まで接近戦のみで戦い続けていたが、殺意霊夢の技の中で必殺の威力を持つ、昇龍拳を出していなかった。殴り合いという魔理沙にとっては不慣れな戦いなら、外した際の隙が大きい昇龍拳も気軽に使えたはずだが、殺意霊夢は魔理沙との接近戦中、なぜか1回も使っていなかった。その理由を魔理沙は殺意霊夢が躊躇していたのだと考えたのだ。

 

「霊夢…もう分かってるんだろ? 自分のやってることが、正しくないって…」

 

 魔理沙は今までの怒りっぽい荒げた声から、急に優しい声に変わる。

 

「!!」

 

 殺意霊夢が衝撃を受ける。魔理沙は殺意霊夢の上体を自ら両腕で持ち上げた。

 

「魔理沙!」

 

 うどんげが止めようとする。殺意の波動に目覚めた者に触れることは、殺意の波動に飲み込まれる危険があると考えてのことだった。だがそれを早苗が静止する。

 

(もう私たちが何を言っても魔理沙さんは聞きませんよ。黙って見守りましょう)

 

 早苗はこれ以上の2人への干渉は無駄だと目でうどんげに訴えかけた。

 

「…戻ってくれよ、霊夢…」

 

 魔理沙は、持ち上げた殺意霊夢の体に寄り添った。持ち上げた腕が、震えている。

 

「あの時、私がお前の嫌な予感を思いやって、魔法の森を独自に調査していればよかった。そうしていたら、今とは…違う…結果に…」

 

 魔理沙の目から涙が出てくる。霊夢のことを思いやれなかった後悔の涙だ。それを流しながら、魔理沙は言葉に詰まりながら話し続けた。

 

「…ごめんな、霊夢…!!」

 

 魔理沙は心から謝罪した。

 

「!! あ…あ…」

 

 次の瞬間、殺意の波動が天に昇り、少しずつ消えてなくなっていく。

 

「ま…まり…さ…」

 

 初めて口にする友の名を皮切りに、殺意霊夢の波動はさらに消えていく。

 

「…ごめんよ…私だって…あの時、すぐに調査しようって事、言ってないもん…。謝るのは全部、私だよ…」

 

 殺意霊夢の目から、涙があふれ出した。

 

「まりさ…魔理沙ぁ…っ!!」

 

 殺意霊夢は、元の目―――博麗霊夢の目に戻って泣いた。霊夢をとらえ続けた殺意の波動は、完全に抜けきったのだ。

 

 2人は泣いた。お互いの水分がなくなるほど、泣き続けた。残った3人は、天を仰ぎ、息を一つ吐いた。それはようやく1つが終わったのだと思い吐く、安堵の息だった―――

 




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