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第19話「死合い」
―白玉楼―
妖夢、幽々子不在の白玉楼は、静かに時を刻んでいた。そこにやってくる殺意リュウという恐怖を知らずに―――
殺意リュウは白玉楼への長い階段を一歩一歩着実に上がっていた。階段を上がる程度で殺意リュウはへばる事は絶対にないうえ、ここまで連戦を続けた殺意リュウにとってはつかの間の休息だった。
殺意リュウは階段を登り切り、白玉楼へとついた。だがそこから生き物の気配は何も感じ取れない。
(…留守か…?)
殺意リュウはその場に佇んだが、何も変わらなかった。殺意リュウはあきらめたのか、後ろを振り向いて階段を降りていった。中程まで降りると――――
「太子様、いました! あれが、殺意リュウです!」
命蓮寺から急行してきた八雲紫率いる神霊廟組が到着していた。全員が、殺意リュウをにらんでいる。
「ほう…ぞろぞろと連れてきたか。しかも外れがないと見える」
殺意リュウはそれでもぶれずに紫一同を歓迎した。
「あなた、私の家である白玉楼に何かしていないでしょうね?」
幽々子が扇子を開き、口元を隠しながら言う。
「む、その言い方はさっきの建物の主か。安心しろ、俺が求めるのは真の死合い。ここにいるのは真の死合いをしてくれる者を探してのこと」
殺意リュウがニヤリと笑ってみせる。だがその笑顔は、殺意リュウの態度があまりにもいい加減な事にかっときた神子の力のこもった声を出させた。
「こやつ…自分のやったことを意地でも正しいと諭すつもりか」
神子の言葉に殺意リュウは答えた。
「俺ではない。真の死合いを求めるはこの殺意の波動。この殺意の波動は、俺に力を与える源。真の死合い…それこそが俺の力を高めるもの!!」
殺意リュウは既に構えていた。己の力を高めるためには、真の死合いは喉から手が出るほど欲しているのが如実に表れていた。
「…もう何を言っても無駄なようよ、神子」
青娥が静かにそう言う。神子は息を一つ吐き、そして言った。
「…そこまで死合いとやらにこだわるならば、思う存分やってやろう。ただし、死ぬのはお前になるがな!」
神子は手に持っていた笏を殺意リュウに向けて突きつけた。宣戦布告であり、殺意リュウの今までの行為を許さないという抗議を表していた。
「芳香、いくわよ! 通霊『トンリン芳香』!!」
芳香が前に出てくる。青娥はその後ろに位置し、2人で弾幕を一緒に展開する。
「ふん!」
殺意リュウは後ろに阿修羅閃空をして回避する。
「!? 何じゃ、あの移動は?」
布都が驚く。そのいとまもなく殺意リュウが攻撃に出た。
「波動拳!」
手を上に突き出し、そこから波動拳を出して相手に降り注がせる、守矢神社で起こした嵐の正体だ。波動拳は芳香の顔面を的確に直撃した。
「うぶっ!」
「芳香!」
青娥は弾幕を撃つのをやめ、芳香の復活に専念する。その間に殺意リュウが攻撃するかと思いきや―――殺意リュウは何と背を向け、階段を猛スピードで駆け上がった。端から見れば敵前逃亡だ。
「逃げ出した!?」
藍が驚くが、紫は殺意リュウの狙いに気がついた。
「いえ、私たちを白玉楼に入れるためだわ! リュウにとって、白玉楼は―――」
紫が言葉を続ける前に、妖夢が言った。
「白玉楼の庭は障害物も少ない上、平地なんです! そこで戦われたら、私たちの空を飛ぶ力はあまり役に立たなくなります! リュウはそれを狙っているんです!」
殺意リュウは波動拳という遠距離の対処法があるが、やはり要になるのは接近戦だ。しかし幻想郷のスペルカード戦慣れした猛者複数人では、弾幕を張られて肝心の接近すらできない可能性の方が高い。だから少しでも接近を容易にするため、地の利は必須だったのだ。
「ならば、足止めするのみ! 雷矢「ガゴウジトルネード」!!」
屠自古の矢のような弾が殺意リュウに襲いかかるが、殺意リュウは被弾する前に階段を登り切り、さらに奥へと姿を消した。
「くっ、間に合わなかった…!」
屠自古が悔しがる。紫はそれを聞いてすぐに判断した。
「こっちから白玉楼に行くしかないみたいね…そうしなければ…」
紫は何か予感しながら言った。その予感は大当たり、階段の頂上の先から、複数の波動拳が飛んできたのだ。
「やっぱり!」
紫は素早く結界を貼り、一同を波動拳から守った。
「藍! 橙! 私のことはいいから早くこの階段を登って! またあの嵐を起こされたらこっちが追い込まれる!」
紫は結界越しに飛んで結界にかき消される波動拳を見ながら藍と橙に指示する。藍と橙は結界の横から階段の先を目指した。神子も動く。
「皆の者、我に続け! 奴はこちらの姿は見えないままあの弾を打ち続けている。狙いは不規則なはずだ、臆せずに行け!!」
神子達も結界の横から階段の先を目指す。波動拳は階段を沿って降りてきているため、被弾するのは紫が張った結界のみ。おかげで被弾なく階段の先へつくことができた。
階段の先では、殺意リュウが庭の中央で波動拳を打ち続けていた。
「むっ!」
殺意リュウは波動拳を撃つ手を止め、弾幕に備えた。しかしすぐに弾幕は放たず、地面に降り立って様子見に入る。その間に、紫が階段を登りきり、殺意リュウと対峙した。
「さあ始めよう。お前達か俺、どちらが真の死合いを求めるにふさわしいかを!」
殺意リュウは吠えるように言い放った。
―太陽の畑―
一方、さとりが提供した情報内で言われていた太陽の畑では―――その情報通り、狂オシキ鬼がいた。そしてそこを住処とする風見幽香と戦っていた。
「ううっ…!」
優勢なのは狂オシキ鬼だった。彼は得意の接近戦を幽香にも仕掛け、あっという間に追い込んでいた。幽香はひまわりを傷つけた狂オシキ鬼を許せずに戦いを挑んだが、ここまで差がつくとは思わなかった。
「その程度か」
狂オシキ鬼は幽香に語りかけるように言った。その言葉には、幽香にはあきれたとでも言うかのように声にハリがなかった。
狂オシキ鬼はゆっくりと前に出て、幽香との距離を詰める。そしておもむろに技を出した。
「斬空」
狂オシキ鬼が出した技はどこか竜巻旋風脚に似た、移動する回し蹴りだった。狂オシキ鬼の足が幽香の腕、腹に次々と当たる。
「うぐあっ…!」
幽香の体が吹っ飛び、背中から地面にたたきつけられる。狂オシキ鬼はそのそばに着地し、そのままとどめを刺そうとする。その時。
「光符『正義の威光』!!」
突然空から弾幕が降ってくる。狂オシキ鬼は思わずバックステップを2回踏み、弾幕をすんでの所でかわした。そしてすぐ空の方をにらみつけた。
「当たらなかった…完全に不意を突いたと思いましたが…」
弾幕を放ったのは星だ。そう、はたてを加えた命蓮寺・地霊殿組が到着したのだ。
「あいつだよ! 私たちの家に襲いかかってきたのは…!」
空が狂オシキ鬼に指を指す。
「どうやら尻尾をつかむのは簡単だったようね…」
はたてが携帯電話のカメラ機能を狂オシキ鬼に向けながらそう言う。カメラを向けられても狂オシキ鬼はにらむのをやめない。完全に命蓮寺一同を目障りだと思っているかのように…
狂オシキ鬼の視線が空に向いている間、幽香は痛みに耐えながら這いつくばって距離を取った。幸い狂オシキ鬼が気づいている様子はなく、九死に一生を得た。
そこからその場は沈黙が続いた。じっと、お互いの顔を見続けながら硬直が続く。既に戦いは始まっている。
次の瞬間、沈黙に耐えられなかったのか、狂オシキ鬼が目をぎらりと輝かせ、大きくジャンプして襲いかかってきた。
「雲山!! 」
一輪が雲山を呼び出して狂オシキ鬼を迎撃しようとする。しかし狂オシキ鬼の狙いは命蓮寺一同ではなく、その真下で這いつくばっていた幽香だった。
「ぬん!」
狂オシキ鬼は一同の目の前で突然止まり、真下に拳を下ろして急降下した。
「ちょっ!?」
幽香は横に転がってかわす。狂オシキ鬼の拳が地面にめり込んだ。もしこれと地面のサンドイッチになっていたら、骨折の1、2本では済まなかっただろう。
「その人から離れなさい! 吉兆「紫の雲路」!!」
聖がスペルカードを宣言し、狂オシキ鬼は弾幕の中にさらされる。回避の間に合わなかった狂オシキ鬼は、両腕を防御に回すしかなく、攻撃の手を止める事になった。
幽香はマミゾウが救出し、空へ逃れた。
「大丈夫か?」
マミゾウが幽香に声をかける。幽香は顔に汗をにじませながら言う。
「く…何なのよあいつは…いきなり来て、私と戦えなんて…」
幽香の息は荒れており、目がショボショボしているのか、瞬きを繰り返していた。おそらく気をしっかり保つことができていないのだろう。
「話すと長くなるが、あやつはそれしか考えていないのは確かじゃ。油断すると、あっという間にあの世行きじゃぞ…!」
マミゾウの声は本気だった。それは狂オシキ鬼に対して戦い、生きて帰るにはもう狂オシキ鬼を殺すしか手段がない事の表れだった。
「私が行きます!」
村紗が思い切って狂オシキ鬼に近づく。弾幕は近距離の方が被弾数も多く、回避されにくいという特徴を考えてのことだ。
しかしその狙いは危険な賭けだった。狂オシキ鬼は右足を一歩前に踏み出し、右手で村紗の顔を引き裂こうとしたのだ。
「うわっ!?」
村紗は思いっきり後ろに飛び退き、なんとかかわした。そのまま飛び込んでいたら、村紗の顔はズバッと爪で切り裂かれていただろう。
(踏み込んで攻撃してきた! 接近を許さないってこと…!)
村紗は接近をあきらめ、上空に逃げ帰る。
「あのOni…間違いなく戦闘慣れしているよ。殺意の波動に飲まれる前から戦っていたのか…」
ナズーリンが自身の分析結果を出す。
「やっぱりあのOniの心は闘志に満ちています…それ以外に読めた心がありません。行動が、全く読み取れない…」
さとりは耳を塞ぎたくなるのを必死に押さえながら言う。狂オシキ鬼の行動は、幽香を攻撃した時点から読むことができなかった。
「…関係ないですよ、さとり様。心を読まずに戦うのは、私もですから!」
お燐がさとりを元気づける。
「お姉ちゃん、いざとなったら私もいるから、忘れないで!!」
こいしが姉、さとりの肩に手を置く。
「さとり様!」
空がただ一言だけ言ってこいしの手と手を重ねた。もうこれ以上の言葉をかける必要はなかった。
さとりは家族の言葉で、自然と耳を塞ぐのを押さえなくなっていった。目も少しおびえたような目から、キリッと鋭く、狂オシキ鬼に敵対する事を表すように鋭くなった。さとりは大丈夫、と思わせるように皆に向けてうなずいた。
その時、聖が狂オシキ鬼に向けて問いかけた。
「さあ、どうしますか? 今ここには、あなたの生き様に賛同する者はいませんよ?」
狂オシキ鬼は沈黙を保つ。
「…そうですか、そこまでして自分の道を進みますか。ならばそれは自らの破滅を歩んでいることを教えてあげましょう!! いざ、南無三!」
聖は狂オシキ鬼の沈黙を無言の拒否と判断し、争うことを選ぶ。今ここに、死合いが幕を開いた。
だがこの時、狂オシキ鬼が黙っていた理由は聖の問いかけの拒否ではなかった。
狂オシキ鬼が黙り込む理由、それはもう1つの殺意の波動を感じ取っていた、ただそれだけだったのだ―――