東方殺意書   作:sru307

16 / 84
 動き出す異変解決の歯車―――その動力となる出来事の物語。
 単調になった感じが否めませんがどうぞ。


第14話「決断」

第14話「決断」

 

 噴火の影響は、永遠亭と人里だけではなかった。患者を運ぶ、大切な役割のある者たちも、被害に遭ったのだ。

 

 その一同は、迷いの竹林近くの森の上空を飛んでいた。霧雨魔理沙と、アリス・マーガトロイド。負傷した八坂神奈子を背負う藤原妹紅、洩矢諏訪子を背負う東風谷早苗、周りの警戒を行なう鈴仙・優曇華院・イナバと、上白沢慧音。

 

 彼女らは、妹紅の案内以外はほぼ無言で永遠亭へ急いでいた。特に魔理沙は、まだ霊夢を失ったショックから立ち直れていないのか、守矢神社から今まで一言も言葉を発していなかった。その様子に対して、残りの者が声をかけることはなく、なんだか気まずい空気の中、一同は神奈子と諏訪子を運んでいた。

 

「もうすぐ永遠亭だ。うどんげ、慧音、警戒を怠らないでくれよ」

 

 妹紅がそう言う。それを聞いたうどんげと慧音の目つきがさらに鋭くなった。人を救う最前線に立つ医者のタマゴと、生徒の事を誰よりも大切に想う教師。職業が違えども、人の命を想う所は変わらないという、強い意志が現れていた。

 

 それに対して患者に対して何もせず、ただ帽子を目深にかぶって空を飛ぶ魔理沙と、その様子を気にしすぎて結局役目を担っていないアリスは、ただ黙って空を飛んでいた。だが、その沈黙は、あの事態で破れたのだった。

 

 アリスが何気なく山を見た、その時だった。

 

 ドドォ―――――ン!!

 

「!! 噴火!?」

 アリスが思わず空中で停止する。噴火の規模の大きさからして、ここら辺一体が巻き込まれるのがすぐに分かった。

 

「火山岩が降ってくる!! 妹紅、早苗、お前達は地上に降りろ! 空を飛んだまま、火山弾に当たったら神奈子と諏訪子もろとも死んでしまうぞ!」

 

 妹紅がすぐに高度を下げる。早苗もそれに乗じて高度を下げる。

 

「というか、なんでこんな時に限って噴火なのよ…!」

 

 うどんげが偶然の自然災害を恨む言葉を発するが、それは間違いだった。

 

「オオオオオ!!」

 

 狂オシキ鬼の姿は、竹林へ向かう一同の目にもはっきりと見えた。

 

「な!? あ、あれは…!」

 

 高度を下げていた早苗が言う。

 

「……!!」

 

 今まで目深に帽子をかぶり、無言だった魔理沙も狂オシキ鬼の姿に驚く。そしてすぐに気がついた。狂オシキ鬼は―――

 

「…ホントかよ…」

 

 アリスだけがその言葉に反応したが、何か聞く間もなく火山岩が襲ってきた。

 

「懶符『生神停止(アイドリングウェーブ)』!!」

 

 うどんげがスペルカードを宣言して落下する火山岩を砕いてゆく。落下してくる量は大量ではないとはいえ、1つ1つが大きく、ちょっとやそっとの弾幕を当てただけでは破壊できない。

 

 この事態に、ついに魔理沙も動き出した。

 

「恋符『マスタースパーク』!!」

 

 うどんげの弾幕とともに、次々と火山岩を砕いてゆく。

 

「アリス、先に行け!」

 

 アリスはうなずき、地上に降りた慧音、妹紅、早苗の元へ飛んだ。

 幸いにも、永遠亭のある迷いの竹林はすぐ近くだった。

 

―永遠亭―

 

 一方、狂オシキ鬼の衝撃に体が動かなくなっていた紅魔館一同、永琳、輝夜は―――

 

「…これも、殺意の波動の力だったなんて…!!」

 小悪魔が言う。

 

「…確か、あの山は地下に地底があったわね。まさか、その中にいた鬼が、殺意の波動に目覚めるなんて…」

 

 パチュリーも藍と同じく、地底の異変に関わっていた者の1人である。そのため、地底のことも知っていた。

 

「殺意の波動は、もはや人だろうが鬼だろうが関係なく、目覚めてしまうものなのね…」

 

 永琳が静かに言ったとき、妹紅と早苗が永遠亭に到着した。

 

「あ、危ねえ…魔理沙とうどんげに助けられたな。早苗は大丈夫か?」

「ええ…気づくのが遅れていたら死んでいたかもしれませんが…」

 2人の息は戦場から逃げてきた兵士のように荒れていた。

 

「あら、妹紅。また勝負に…なんて言っている場合じゃないし、気分も乗らないわ」

 

輝夜と妹紅の因縁―――その始まりは昔話『竹取物語』において妹紅の父、藤原不比等が輝夜の五つの難題である『蓬莱の玉の枝』に挑戦し、結局は偽物と言い放たれ不比等が恥をかいてしまったことによる。妹紅はそれを恨み、『不死の薬』を自ら飲み、不死の体となって永遠に終わらぬ輝夜との決闘を繰り返しているのである。そのせいか、周りからは『喧嘩するほど仲がいい』と茶化されたりすることもある―――

 

「おいおい…」

 妹紅はこんな時にそれを言うのもダメだろ、と輝夜に分かるよう、大ぶりな仕草をした。永琳が妹紅と早苗が抱えている神奈子と諏訪子を見て言う。

 

「それで、新しい患者さんを連れてきた訳ね」

 永琳はため息をついた。完全に私頼みね、という言葉が今にも出そうだ。

 

「お忙しいのは重々承知で、お願いできますか…? それと、さらに大変な事態が起きてしまったのです…」

 

 早苗の言葉には、事の重大さが見え隠れしているように聞こえた咲夜が聞く。

「さらに大変な事態とは?」

 

 そう言い終わると同時に魔理沙とうどんげが一同の元に降りてきた。

 

「お帰り、うどんげ。それで、リュウはどうなったの?」

 

 輝夜がそう聞くが、うどんげの表情が曇ったままなのを見た輝夜は察した。

 

「…その表情からすると、駄目だったみたいね」

 

 その言葉が終わった途端、うどんげが輝夜と永琳に頭を下げた。

 

「輝夜様、師匠、申し訳ありません。駄目だったのではありません。試す暇がなかった、いえ、忘れてしまったのです。早苗さんが言う、大変な事態を目の当たりにして…」

 

 うどんげの言葉は続けるたびに小さくなり、顔が下を向いていった。

 

「ど、どうしたんですか? そんなに大事な―――」

 

「待って美鈴、まさか…!」

 

 美鈴が話そうとしたところをレミリアが割って入った。レミリアは『大変な事態』の内容が分かった気がしたのだ。その様子を見た魔理沙が言う。

 

「…やっぱり、言わなくちゃいけないな」

 

 魔理沙は語り出した。人里に行った後の話を―――

 

「…これが、人里に行った後に起こった事の全てだぜ」

 

 魔理沙は自分の手で霊夢の様子のおかしさに気づけなかったのを悔やんでいるのが誰にも分かるようなしゃべり方をした。

 

「…まさか、霊夢まで…」

 

 パチュリーがそう言う。殺意の波動は、人が得ていい力ではない事を思い知らされた。霊夢ですら、殺意の波動にはあらがえないのだから。

 

「…今の霊夢は、今のフランと同じ状態になっている…」

 

 レミリアはつぶやいた。魔理沙の話し方からも分かることだが、同じ状況にある妹を持つ姉の立場のせいか、魔理沙の心の傷を深く感じ取ることとなった。

 

「ますます事態が深刻になってきたわね。それで、妖怪の賢者様は?」

 輝夜が聞く。霊夢と紫の関係を、異変を起こした側であった当時の記憶をよく覚えていたからこその言葉だった。

 

「別れたわ。今頃、白玉楼に―――いえ、この噴火じゃもう動いているわね」

 アリスが噴火した山を見ながら言う。狂オシキ鬼の姿はどこかへ消え去っていた。ただ気配から察するに、こちらには近づいてこないようだった。

 

「…それで? 特に白黒の魔法使い、これからどうする気なの?」

 

 永琳が鋭く魔理沙に聞いた。魔理沙がびくっと反応した。魔理沙はしばらくの間、無言のままだった。

 

「今決めろ、とは言わないし、私が決める事でもないわ。ただあなたの意思を聞きたいだけ。まああのOniが存在する以上、賢者様がどうするかは代々予想がつくけど」

 

 紫がすること、それはおそらく―――

 

 それを考えた魔理沙は、自然と口が動いていた。

 

「…霊夢を、救いたいぜ」

 

 静かな言葉だったが、決意した声だった。右手をしっかりと握る。

 

 その気持ちに、レミリアが答えた。

 

「…なら競争ね、魔理沙。フランか、霊夢か、どっちが先に元に戻せるか…」

 

 レミリアの言葉は冗談ではない。必ず2人を救う、その約束だった。

 

「待ってレミィ。フランを確実に戻せる保証は―――」

 

 パチュリーがそう言うが、魔理沙が言葉を止めた。

 

「ああ。確かに何の仮説も、証拠もない。だから、止めなくちゃ駄目なんだ。友として、な」

 

 レミリアが言葉を付け加えるように言う。

 

「もしフランを救えなかったら、後で私は死にたくなるだけ。なら戻せる見込みがなくても、私の手でフランをどうにかする。もう決めたの。パチェ、友人の意見があってもね」

 

 パチュリーはため息をついた。レミリアは頑なな面があり、それが出ていると友人の意見すらも聞かないというプライドの高さを知っていたからだ。

 

「…まったく、レミィも変わらないんだから。残念だけど、これだけは聞いてもらうわ。レミィ、私も連れて行きなさい。たった1人でフランを救うのは無謀だし、ずるいわ」

 

 パチュリーの声に咲夜も反応する。

「フラン様はお嬢様の妹というだけではありません。たとえお嬢様のあの扱いがあっても、私たちの『家族』なのです。ですから私からもお願いします」

 

 美鈴も。

「私もお願いします」

 

 小悪魔までも。

「力になれなくても、私だけ指をくわえて待っている訳にはいきません。私も、お願いします…!」

 

 レミリアは、何を言っても引く気がない皆の目を見て決断した。

 

「…いいわ! 早く行きましょう! あの賢者様が、幻想郷を捨てる決断をする前にね!!」

 

 紅魔館一同は飛び立った。

 

「…あいつら、即決だったな」

 妹紅が静かにそう言った。

 

 紅魔館跡地の方向へと一同の姿は小さくなっていった。

 紅魔館一同の姿が見えなくなると、魔理沙も動き出した。

 

「…魔理沙!」

 

 アリスが声をかける。魔理沙は黙ったまま、アリスに顔を向けた。

 

「私にも行かせて。霊夢を元に戻すために…いえ、幻想郷を取り戻すために!」

 

 魔理沙はアリスを静止させようとするが、アリスが言葉を続けた。

 

「このまま何もせずに幻想郷を離れるのは嫌だから、ね? 私の都合だから、魔理沙の事には一切触れないから…大丈夫でしょ?」

 

 アリスは魔理沙の目的である霊夢の救出を目的とはせず、個人的な幻想郷の危機を救う事を目的としているから、ついていってもいいだろう、というものだった。

 

「…魔理沙さん、私も行きます」

 

 早苗もそれに反応する。

 

「神奈子様と諏訪子様を怪我させたのと、守矢神社を倒壊させた責任…霊夢さんがしでかした事ですから、きっちり責任を取ってもらわなくちゃいけませんから」

 

 早苗の言葉には、神奈子と諏訪子を想う心と、殺意の波動をきっぱりと否定する心が含まれていた。その中で、こんな悪巧みもしていた。

 

(それに、これで異変解決に関わったら、神社の復興も早まるかもしれませんし、あわよくば以前よりも信仰が増えるかも)

 

 うどんげが永琳にお願いした。

 

「…師匠、まだ魔理沙についていてもいいですか?」

 

 うどんげの頭の中にあったのは、殺意霊夢が命を軽視しているようにとれる言葉だった。永琳はそれを察したのか、言ってくれた。

 

「行きなさい。うどんげ、あなたが納得するまで、帰らなくていいわ」

 

 輝夜もうどんげを励ます。

 

「うどんげ、あなたを信じているわ。殺意の波動に飲まれた霊夢を、元に戻して私たちに謝るよう言ってきなさい!」

 

 輝夜はうどんげの肩を強く叩き、そして押した。うどんげは数歩下がってから頭を下げた。

 

「師匠、姫様、ありがとうございます…!!」

 

 うどんげは頭を上げ、魔理沙達に振り向いた。

 

 そして3人は魔理沙の目を見て訴えかけた。連れて行ってくれ、と。

 

「…命の保証はしないぜ?」

 

 魔理沙は目を細めた。生半可な覚悟では殺意霊夢には太刀打ちできない、それを知ってのことかと口に出しそうな目だった。だが3人は怖じ気づかなかった。

 

「そんなこと百も承知よ」

「異変解決は時に命がけだって事はもう分かり切っていますから!」

「望む所よ!」

 

 魔理沙は帽子を上げて空を見た。噴煙が辺りを暗くし、もう昼か夜か時間の判断はできなくなっていた。

 

「…よし、行くぜ!」

 

 慧音が警告する。

 

「空を飛ぶなら気をつけろよ! またあの噴火が、起こるかもしれないからな…!」

 

 魔理沙は箒にまたがり、一気に高度を上げた。3人も続き、魔法の森方向へと飛んでいった。

 

 その様子を、残った妹紅、慧音、輝夜、永琳は黙って見ていた。

 

「…永琳、この2人の治療を頼む。後はあいつらを信じよう」

 慧音が負傷の神奈子と諏訪子を指さして言う。

 

「慧音はこれからどうするんだ?」

 妹紅が聞くと、慧音は即答した。

「里に戻る。おそらく紫達も、そこにいるだろうしな。紫が幻想郷を捨てる決断をするのを、なんとか説得してやめてもらうよう頼んでみようと思うよ」

 

 輝夜がその言葉に言及する。

「たぶん慌てるでしょうね、あの賢者様は。今さっき、あの決断をしたのだから…」

 

 永琳が割って入る。

 

「姫様、この2人を運んで治療しますよ。手伝ってください」

「はいはい」

 

 ついに動き出した異変解決への道。果たして彼女らは、幻想郷を救う救世主となれるのか―――

 




 活動報告にも書きましたが、来週はお休みにさせていただきます。
 ご了承ください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。