東方殺意書   作:sru307

14 / 84
 狂オシキ鬼の存在が、地底を揺るがしていく物語。
 地底の事態が地上に出てくるとき、幻想郷崩壊のタイムリミットはさらに迫る…


第12話「逃走」

第12話「逃走」

 

「うわあああああ…」

 

 また一人、悲鳴が増える。

 狂オシキ鬼は目の前にいる者を見境なく殺していった。人間が住んでいないここ地底であるため、妖怪、または鬼ばかりではあるが。

 ただ道に身を任せて進んでいた狂オシキ鬼は1つの建物に近づいた。彼を突き動かす感情はない。あるとするならば、ただ殺すだけのために当てもなく放浪する殺し屋と同じ感情だろう。

 狂オシキ鬼は一切のためらいもなく扉を蹴り飛ばし、こじ開けた。それは、地底の中で上位の力を持つ者が住む地霊殿の入口であった。開けた先に広がっていたのはわずかな明かりが頼りとなる暗い玄関と廊下であった。

 狂オシキ鬼はまるで暗闇に目が慣れている人間のように、臆することなくずんずんと突き進む。しばらく進むと、どこからか声が聞こえた。声の高さからして、少女らしかった。

 

「何者かしら? 強盗なら、すぐにお引き取り願うわ」

 

 少女らしき声の主は見当たらない。おそらく扉をこじ開けた音を聞きつけているだけなのだろう。

 狂オシキ鬼はその声を黙って聞いていた。もちろんお引き取りすることはしない。むしろ狂オシキ鬼は構えていた。いつどこからでも、戦うことができるように。

 少女の声が再び聞こえてきた。

 

「そう、どう言っても引く気がないようね。なら、無理矢理にでもお引き取りしてもらうわ」

 

 その声とともに暗がりから姿を現したのは、地霊殿の主で心を読むことができるさとり妖怪、古明地さとりであった。ここまでは至って冷静さを保てていたさとりだった。地霊殿に来るお客はほぼいない。だから、地霊殿に来るお客には、ロクな者がいないと腹をくくり、冷静に追い出すというのが地霊殿のルールと化していた。

 

 だがさとりの冷静さがあったのは、狂オシキ鬼の前に姿を見せる前までだった。さとりは目を見開き、驚いた表情をした。

 

「その無法者、我、鬼神であったとしてもか?」

 

 さとりは狂オシキ鬼のその言葉に身の毛がよだった。狂オシキ鬼はさとりを見ながら、口をわずかに開ける。その顔は、敵の姿も見ずに判断を下すさとりを許さないとでも言いたげだ。

 だがそれ以上にさとりが驚いたのが、さとりが読んだ狂オシキ鬼の心であった。

 

(な、何なのこの鬼…心が、闘志だけしか読めない。しかも、その闘志が殺意しか感じ取れない…! それに、誰か他者の声まで、聞こえてくるっ…!!)

 

 さとりは思わず耳を塞いだ。さとりは自身の『心を読む程度の能力』を制御できないため、心の声を聞かないようにするには耳を塞ぐしかないのである。

 

 狂オシキ鬼はさとりの様子から、自分の心を読んでいることに気がついた。狂オシキ鬼はさとりを見る目をさらに細めてにらみつけた。

「汝の能力、制御できぬならそれ無力なり。疾く消えよ」

 

 さとりはその言葉に思わず背を向けて逃げたくなった。体が震え出す。さとりの頭には、狂オシキ鬼のある心の声が強く響いていた。

 

(弱者必滅、生者滅殺!)

 

 それはもはや狂オシキ鬼の目の前にいる、たとえ人であろうが妖怪であろうが命を持つ者には容赦しないという意識の表れであった。

 

(こ…怖い……!!)

 

 さとりが初めて、恐怖をその身をもって味わった瞬間だった。

 

 この状況が変わったのは、さとりがペットとして飼っている猫の妖怪、火焔猫燐、通称お燐の登場だった。彼女はすぐに帰ってこないさとりを心配し、何気なく玄関に来たのだ。

「さとり様~どうしたんですか―――」

 

 お燐の言葉は狂オシキ鬼を見た途端にぴたりと止まった。狂オシキ鬼はお燐にも鋭い眼光を向けていた。

 その恐ろしい眼光に、お燐はたまらず叫んでしまった。

 

「い、いや―――――!!!」

 

 お燐の叫び声が、地霊殿全体を揺るがした。その声が、地霊殿にいるもう2人の妖怪をこの場にかけつけさせた。

 

 まず1人目は、八咫烏の妖怪、霊烏路空。

 

「うにゅ!? お燐、どうしたの!?」

 

 続く2人目は、さとりの妹で同じさとり妖怪である古明地こいしだった。

 

「お燐!?」

 

 狂オシキ鬼の姿を見た途端、反応したのは空の方だった。空は反射的にこう考えてしまった。

 

(あのOni、お燐とさとり様を狙っているんだ! すぐ守らないと!)

 

 そしてこれも反射的に、スペルカードを宣言していた。

「爆符『ギガフレア』!!」

 

核融合を操る程度の能力―――霊烏路空の能力。人間科学では非常に危険な『核』を融合させるという、核を研究する人類にとっては夢のような能力。この能力で作った弾幕なら、少なくとも被弾すれば被爆からは免れない。非常に強力な能力であるが、空自身の力だけでは制御できないほど強力なため、空は右腕に制御棒をつけてコントロールできるようにしている―――

 

 空はお燐とさとりを守ろうとする意識から、いきなり手加減なしの能力全開を出していた。そのせいで、狂オシキ鬼に関係のない地霊殿の屋根も弾幕が直撃し、屋根が崩れ落ちてきた。

「…っ! 空のバカ、いくら私が叫び声を上げたからって…!」

 

 お燐がそう言うが、さとりがお燐の手を引っ張って狂オシキ鬼から離れようとしたことでお燐の表情が変わった。

 

「え!? さとり様!?」

 

 さとりはお燐に言った。

 

「逃げるわよ!!」

 

 さとりは空が屋根を崩れ落とした混乱に乗じて、この場から逃げだそうと考えたのだ。

 

「あのOniとは戦っちゃだめ! 私たち全員でかかっても、皆殺しにされるだけだわ!!」

 

 さとりの言葉に、お燐は慌てた。さとりの普段ともに生活する中では、こんなに地霊殿を捨てるような即決ぶりは見たことがなかったからだ。

 

「ちょ、ちょっとさとり様!? いきなりなんで―――」

 お燐が言葉を続けようとするが、こいしの大声が聞こえてきた。こいしもさとりの思惑と一緒だった。この狂オシキ鬼には、勝てないと。

 

「逃げよう、お燐! 空も暴れちゃってる今、私たちじゃ手に負えない!」

 

 こいしの言葉を聞いたお燐は、ようやく狂オシキ鬼の強大さを理解した。そして、ちらっと狂オシキ鬼の方を見ると

 

「ぬん!!」

 

 空の弾幕に対して、次々と片手から弾を出して空の弾幕を打ち消していた。

(空の弾幕を打ち消して…! 私1人だったらすぐにやられていたわね…)

 さとりはお燐の腕を引っ張ったまま、こいしと合流して地霊殿の奥へと逃げ込んだ。幸いにも狂オシキ鬼は空の弾幕をさばくのに精一杯で動くことができない。

 

「はあっ…はあっ…」

 

 だがいくら狂オシキ鬼が動くことをできなくしても、それは短時間だった。空が本能に任せて打ち続けた弾幕は、体力の消耗も激しかったのだ。空は息が荒れ、弾幕を撃つ手を止めてしまった。

 

 その瞬間、お燐がさとりの手をはじいて、空の腕をつかんだ。

 

「お燐!?」

 

 空はお燐が自分の攻撃の手を止めようとするのかと思った。だがお燐の言葉が、そうではないと教えてくれた。

 

「空、逃げるよ! あんたでもこいつには勝てない! さとり様とこいし様も言っているわ!」

 お燐はそう言った後、空の腕を引っ張って狂オシキ鬼から逃げた。その間、空はずっと狂オシキ鬼の姿が瓦礫に隠れるまで狂オシキ鬼を見ていた。

 

「裏口を使いましょう! あそこなら、ここから逃げられる! みんな、早く!!」

 さとりが号令をかけ、4人は一目散に逃げ出した。

 

 狂オシキ鬼は屋根からの瓦礫のせいで、さとり達4人を逃がしてしまった。しかし狂オシキ鬼は深追いしなかった。狂オシキ鬼は4人をあきらめたのか、別の方を向いた。そこには壁が立ちはだかるが、狂オシキ鬼にとってそんなものはないに等しい。右足で蹴り飛ばし、無理矢理道を作った。壁を破った先は庭が広がっていた。

 庭には深そうな穴が開いていた。そこからは熱を帯びた風が吹いてくる。

 狂オシキ鬼はその穴に目をつけると、ためらうことなく無言でその穴へと入っていった。

 

 穴の先には、灼熱の溶岩が流れる灼熱地獄があった。ここに水の入ったコップを置けば、たちまち水が蒸発するのではないかというほど暑かった。しかし狂オシキ鬼は暑さで顔をしかめるようなことはせず、灼熱地獄を見て回り始めた。

 すると狂オシキ鬼は、地下にはマグマが流れている足場を見つけた。その足場は衝撃を与えたら、今にもマグマが吹き出そうだった。狂オシキ鬼はそこに立ち、真上を見た。岩石に覆われており、日光の明かりは一筋も見えない。

 

 次の瞬間、狂オシキ鬼は真上に飛び上がり、落下しながら右拳を思いっきり地面に打ち付けた。

 

 その頃、永遠亭では―――

 

―永遠亭―

「…よし。これでとりあえずは動けるわよ」

 永琳が、負傷した紅魔館一同の手当を終えていた。霊夢一同が飛び去った後、レミリアが無茶を言って動けるまでの手当をしてくれたのだ。

 

「治療代は後払いでよろしいですか? 今あいにく、手持ちがないので…」

 咲夜が申し訳なさそうに言う。

 

「構わないわ。あなたたちの住居がない今、要求しても無駄だろうし」

 永琳は快く、かどうかは分からないが了承した。咲夜はほっと息を吐いた。

 

「レミリア様、まずはどこからフラン様を探しましょう?」

 治療費の問題が解決したところで、美鈴が口を開いた。パチュリーもレミリアに聞く。

「どうするの? 私達、何も手掛かりはないわよ?」

 

「なら簡単よ。待てばいいの」

 

 レミリアは即答してきた。その裏には、必ずフランを取り戻すという強い意志が流れていた。

 

「待つ? 一体どうしてですか?」

 小悪魔がレミリアに聞く。

 

「あの状態のフランが気にしているのは私が過去にフランにした過ち。つまり私を殺そうとして、私のところに来るはず。さすがにこの場からは離れなくちゃいけないけど」

 フランの問題は紅魔館一同の問題であり、これ以上誰かの手を借りるのは沽券に関わるというプライドが見て取れた。咲夜が納得して言う。

「お嬢様や私達が生きていると知ったなら、当然のことでしょうね…あの状態のフラン様なら…」

 

 レミリアは皆を見た。全員、フランを救うという覚悟の目を確認したレミリアは言った。

「さあ、行くわよ。ここからは離れて竹林のどこかに―――」

 

 レミリアがそう言ったその時だった。地面が揺れ始めた。

 

「な、何でしょうか、地震?」

 小悪魔が揺れる永遠亭の家具を見ながら言う。

 

「こんな時に? なんて都合の悪い時に…」

「自然災害と決めつけるにはまだ早いわよ。殺意の波動に飲まれた者の人為的な行動によるものの可能性は否定できないわ」

 

 霊夢から話を聞いていた永琳が言う。しかしパチュリーは、何か違和感を覚えていた。

(何? この感覚、地震にしては…)

 

 ドドォ――――――ン!!!

 

「!!!? ふ、噴火!!?」

 たまたま山を見ていたパチュリーが、噴火の瞬間を見ていた。かなり規模が大きい。

「なによもう! こんな大変な時に…」

 輝夜が地団駄を踏む。かなりいらついてしまったようだ。

「こっちに岩石が…!」

 永琳が指さした上を見ると、永遠亭目がけ火山岩が落ちてきていた。それは巨大で、直撃すれば永遠亭おろか、そばにいた紅魔館一同も巻き込まれるほどだった。

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!!」

 レミリアが火山岩目がけ槍を投げる。槍の弾幕は真正面から直撃して岩を砕き、消滅した。

 

「た、助かりました…」

 小悪魔が頭を両手で守りながらそう言う。

 

「しかし何という悪いタイミングで…」

 咲夜がそう言ったその時、美鈴が噴火口の近くにいる何かを目でとらえていた。

 

「!!? あ、あれは一体!!?」

 美鈴は噴火口を指差した。一同が遠くの噴火口近く、目を凝らして見ると―――

 

「オオオオオ!!!」

 

「「「「「「「!!!!?」」」」」」」

 

 狂オシキ鬼の姿を見た瞬間、紅魔館一同も、見たことがなかった永琳も輝夜もすぐに分かった。この噴火の原因は、殺意の波動だと―――

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。