この小説では、以後の話でもこちらの表示を使いたいと思っていますが、何か意見があれば感想欄にどうぞ。
舞台を変え、地底で起きた物語。
皆さんお察し(?)の、あのキャラが登場します。
第11話「新たなる元凶」
―地底・旧都―
ここは地底。いわば幻想郷に実在する地獄―――妖怪や鬼のたまり場である。地上から追放された者たちの、最後の都である。
新聞が届かないため、地上の情報はこちらには行き届かない。それゆえ地上が今大変なことになっていることを、無情にもここに住む者は知らない。
それは、地底の旧都のリーダー的存在の鬼、星熊勇儀と、普段は地上で住む鬼、伊吹萃香も同じことであった。
彼女らは、それぞれが好む酒を堂々と路上の脇で座って飲んでいた。普通この時間帯に酒を飲む行為は他者から見れば変に思われることだが、この2人の鬼にとっては普通である。
「あ~…。酒飲みだけじゃあ、退屈なんてまぎれないねえ…ヒック」
勇儀は独り言のように萃香につぶやいた。
「強者ほど退屈するもんさ。そう思わないようにするなら、今の日常的な、何気ないことを楽しむように生きるしかないのさ、勇儀」
萃香は諭したように勇儀に言った。
「そんなもんかい? よくわからないが、それは地上で思ったことか?」
勇儀は疑問を萃香に投げかけた。
実は勇儀は地底に住むようになってから、地上に出たことが一度もなかった。勇儀が地上の事を知る術は、萃香のような地上でも活動している友人から聞くだけしかない。勇儀は時折地底に来る萃香から地上での出来事を聞くという楽しみを最近になって始めていた。
「いや、私の考えだよ。生きている間に、考えただけ」
萃香は酒に酔って赤くなった笑顔を勇儀に向けた。鬼は思ったことをそのままに伝えるという心の持ちようがあり、嘘をつくことは滅多にない。それはお互いに分かっていたことだったので、勇儀も笑顔を返した。
今にも絶えそうな話をしながら雑談をしていると、2人の前に鬼が担ぎ込まれていくのが見えた。勇儀は一瞬で違和感を覚えた。あいつ…
萃香もその様子を見て、勇儀に言った。
「何か感じたかい。私もだけど。なんか騒がしいぞ」
萃香の言葉を受け、勇儀は2時間ほど前から降ろしていた腰を上げ、鬼が担ぎ込まれてきた方向を見た。にぎわう旧都の普通の光景に混じって、妖怪が慌てて逃げている。
「…どうやら何か騒ぎがあったみたいだね」
勇儀はその方向へ向かった。萃香も続く。その顔は酒が入っているせいか、笑顔だった。だがそれは一瞬で恐怖の表情へと変わることを知る由がない―――
旧都の中心から外れた、住宅地―――何やら妖怪や鬼が大量に集まっている。住宅地は集合地としては不都合が多く、地底では何者も集まらない場所だがこの日は違っていた。
2人は人込みをかき分け、進んでいった。その先で見た光景に、萃香が疑問の声を上げた。
「およ? 何があったのかね?」
その光景とは、完全に倒壊した家だった。屋根の瓦は粉々に砕け、柱と思われる木がボッキリと折れている。家の原型をほぼとどめていない。この倒壊は、自然現象の類や老朽化が理由ではなさそうだ。そうなれば誰かの手によるものと考えるのが当然である。だが誰かの手によるものだとして、こんな家一軒丸々つぶす理由は…
「おい、いったい何があったんだ?」
隣にいた妖怪の2人組の話が小耳に聞こえてきた。2人の鬼は耳を澄ませて一字一句逃さぬように聞いた。
「俺もさっき聞いたんだが、ここの家主、どうもヘンな鬼に襲われたらしいぜ。しかも何も言わずにだとよ。全く、なんか最近物騒じゃないか?」
やはりこの家の倒壊は何者かの仕業のようだ。しかもその犯人は鬼だというのなら納得がいく。鬼は当然ながら力自慢が多く、有力者の中には家を倒壊させるだけの力を持っている者がいてもおかしくない。
しかし萃香には引っかかる点があった。『鬼』の前に『ヘンな』とついていた事である。萃香にはその『ヘンな』というところが思い浮かばなかった。
「ヘンな鬼だって。どんな奴だろうね?」
小声で萃香が勇儀に話しかけた。勇儀に聞けば、何か思い当たる節があるのではと考えたが、勇儀は首をかしげるだけで、こう返してきた。
「…全然分からないね。何だって言うんだか…」
先ほどの会話の続きが2人の耳に聞こえてきた。2人は再び耳を澄ます。
「んで、どんな鬼だったのよ?」
「それが…なんだか怪しげなオーラを纏っていたって。威圧感とかそういうものじゃなくて、目に見えていたんだって」
「目に? いったいどんな?」
「その鬼の体と同じ青色だったって。ただ、襲われたときはそのオーラが黒く変色したらしいぜ。想像しただけで恐ろしいよ…」
萃香と勇儀は今までに聞いた話を統合して思い当たる人物を考えてみた。
「…私の中じゃ思い当たるやつはいないね。勇儀は?」
萃香は一定のめどがつき、思い当たらないという結論が出た。それは勇儀も同じだった。
「私もだな。鬼と言われたらすぐ浮かんだのはここにいないあの仙人だが、あいつが青い体の色をしているわけがないし…」
知っている人の中で、2人が思い浮かぶ者はいなかった。そうなると、可能性は必然的に1つになる。
「…新しい能力者、かな…?」
萃香が何気なくそう言ったその時。
ドグオォォォォォォォォン!!!
すさまじい爆音が地底のどこでも聞こえるくらい大きく響いた。そのあと、誰かの悲鳴が遠くで聞こえた。さらに妖怪がやってきてこう言った。
「た、た、大変だ! あ、あ、あの鬼が…!!」
その妖怪は恐怖で体が支配されているかのようにおびえていた。今の言葉も、ようやく絞り出した感じの声色だった。
「まずいぞ!こっちに来るっ!!」
別の妖怪が指をさした。そこには―――
「「!!?」」
その刹那、酒に酔って少しフラフラしていた足元に力が入った。鬼2人が見たのは、体から青く怪しいオーラ(?)を出す、逆立った白髪のOniがこちらに向かってくる姿だった。
「オ、オ、オオオオオ…」
濁った吐息のような声が、Oniから出た。手を見ると、鋭く生えた爪から血がわずかに滴り落ちているのが見えた。それに混じって、手が白く輝いている。上半身は深紫色の肌が肌けており、下半身には限りなく黒に近い濃紺色の道着らしきものを着ている。まるで、何者かが悪の何かに飲まれたかのようだ。
「な…何だい…コイツは…」
勇儀の体が、らしくなく震えていた。こんな鬼は見たことがない。
白髪のOniは、ギロリとこちらに目を向けてきた。見られるだけでこの威圧感。これでただ者ではないと分からない者は絶対にいないだろう。
「…あんた、何者だい?」
萃香が勇気をもってOniに聞いた。Oniはその声を聞き取ることができたらしく、答えを返してきた。変に濁った声だが、聞き取ることはできた。
「我は鬼神。災厄をもたらし、天を穿つ者」
狂オシキ鬼は静かに、萃香と勇儀をにらんだまま答えた。その表情には、明らかなる確信か何かが感じ取れた。
「ひ、ひぃ~! お願いです、命だけは…!!」
他の鬼や妖怪が次々に許しを請う。その声が多くなって大きくなっていくと
「…滅!」
狂オシキ鬼は両手から巨大な、いかにも邪悪な球を撃ち出した。その球が地面へと着弾すると巨大な爆発が起き、許しを請おうとした鬼たちを吹っ飛ばした。その爆風は勇儀、萃香をも踏ん張らなければならないほど強力なものだった。
「潔く消えよ」
狂オシキ鬼はただ一言こう言った。その言葉からは何も感じ取れない。ただただ、残忍という概念がこの場を支配していた。
勇儀はゴクリと息をのみ、言った。震えは止まっており、覚悟ができたようだ。
「…萃香、こいつに対して背を見せるのは無理そうだ。やるしかないね」
萃香の目が、より真剣になった。
「ああ。こいつは止めないと、かなりヤバそうだ!」
2人は構えた。それに呼応するかのように、狂オシキ鬼も構えた。
「汝ら鬼の力、この鬼神を揺るがすには及ばず。それでもやるというのなら、それ無知なり」
狂オシキ鬼は自分の勝利を完全に確信しているかのように、挑発をしてきた。
「言ってくれるね! こうなりゃ容赦なしだ! 萃香、頼む!」
「もちろん!」
勇儀は狂オシキ鬼目がけ一直線に突き進む。萃香は自身の能力『密と疎を操る程度の能力』で空気の密度を下げ、霧を発生させた。目的はもちろん、狂オシキ鬼の視界を狭めるためだ。
「いち、にの…さん!!」
強く踏み込み、霧で姿が隠れた狂オシキ鬼の腹めがけ強烈な一撃を放つ!
バシッ!!
手応えはあった―――が!
「!!? な、何っ!?」
勇儀は目の前の光景に驚いた。渾身の一撃が狂オシキ鬼の片手でたやすく受け止められていたからだ。
狂オシキ鬼は勇儀の腕をつかみ、引っ張る。
(ぐっ!? なんて力…)
抵抗できずに勇儀の体は引っ張られる。その首の後ろに強烈な手刀が振り下ろされた。
ゴッ!!
鈍い音が響いた。
「ぐっ…」
勇儀はうつ伏せに倒れた。しかし体が頑丈でもある勇儀はすぐに顔を上げて狂オシキ鬼を見た。狂オシキ鬼は勇儀の頭めがけ右拳を打ち下ろそうとしていた。勇儀は横に転がってかわす。狂オシキ鬼の右拳は地面にめり込んだ。それを間近で見た勇儀は思った。
(やっぱりまともに喰らうもんじゃないね。まだ首の後ろが、ジンジンしてる…)
いったん距離をとり、霧の中に姿を隠そうと考えた勇儀は、バックステップを踏んで霧の中へと逃げ込んだ。普通敵の位置が分からなければ誰でも焦りが出たり、余裕がなくなったりするものだが、狂オシキ鬼は地面にめり込んだ右手を抜くだけで勇儀を追いかけようとしない。
その様子を霧の中から観察していた萃香が思わず身構えた。今にも狂オシキ鬼がこちらの存在に気づき、襲いかかってくるような気がしてならなかったのだ。
(何だ…こっちの姿は見えていないはずなのに今にもこっちに襲いかかってくるように感じるこの感情は…)
萃香がそう思った時、突風が萃香の顔を襲ってきた。
(!? まずい、風が吹いたら霧が…)
突風は止まることを知らず、霧を吹き飛ばしてゆく。霧が晴れると、そこには勇儀と萃香に挟まれた狂オシキ鬼が、左拳を地面につけていた。どうやら突風はその衝撃で起こしたものらしい。
狂オシキ鬼はまず勇儀を狙いに定め、勇儀めがけ前へステップ移動しながら接近してきた。
(くっ、ここは避けるしかない!)
勇儀は正面から来る狂オシキ鬼の腕に警戒した。腕の軌道が読めなければ、私は確実に負ける、そう判断しての事だった。狂オシキ鬼の右腕は大きく振りかぶっている。しかし手は握ってはいないことから、勇儀を鋭い爪で切り裂こうとしている。
(左を使う気はないようだね。ならば、右だけを確実に回避する!)
勇儀は狂オシキ鬼が右手を勇儀の腹向けて切り裂くと予想し、腹のガードを固めた。狂オシキ鬼が右腕を勇儀の腹めがけ振ってくる―――と思われたその時。
狂オシキ鬼は勇儀から見て左側に足を踏み込み、後ろに回り込んだ。そう、右腕の動きはフェイントだったのだ。ガラ空きの勇儀の背中を、狂オシキ鬼は左手の爪で切り裂いた。ここまでにかかった時間、わずかに1秒。一瞬で勝負が決まるとは、まさにこのことであった。
「勇儀っ!!」
萃香が思わず叫ぶが、勇儀は既に意識が朦朧としており、返事ができなかった。勇儀はうつ伏せに倒れてしまった。
「浅はかな読みごとき、鬼神には通じず」
狂オシキ鬼は静かにそう言った。まるで、勇儀が敗北するのは自明の理とでも言うかのように…
残された萃香に狂オシキ鬼は体を向けた。やはり萃香も殺す気満々のようである。
(くそっ…弾幕を撃って被弾したとしても勇儀の一撃を片手で受け止めた以上、相当な回数被弾しないとあいつは倒れない。しかも小細工をするものなら、あっという間にそれを壊す。まずい…このままじゃ、私に勝ち目がないぞ!)
萃香がそう思っていると、狂オシキ鬼が萃香めがけ突っ込んできた。左手の爪を萃香の顔めがけひっかこうとする。萃香は後ろに飛び退いて避ける。
(…やるしかない! 今逃げずにこいつを倒すには、これしかない!!)
萃香は思い切ってあるスペルカードを宣言した。
「鬼符『ミッシングパワー』!!」
それは能力の応用による自らの体の巨大化であった。その様子を狂オシキ鬼は止めようともせず、黙って背丈の大きくなる萃香の顔を見上げていた。
(無言…大きさなぞ関係ない、とでも言いたげだね。確かにその通りだ。こいつに対してこれは、単なる腕力の増強にしか過ぎない!!)
萃香は腕をぐるぐると回し、右ストレートを放つ。拳は狂オシキ鬼の体全体に当たるほどの大きさに達している。
「とおっ!」
「…むん!」
受け止めるが、流石の狂オシキ鬼も後ろに交代する。
(この程度じゃあいつは隙を見せない! 足も使って…)
足を大きく振り上げ、強く振り下ろす。
ズズ―――――ン!!!
地が大きく震える。狂オシキ鬼はわずかに体を縮こまらせた。
(よし、体勢が崩れた!)
萃香は巨大化した右腕で、アッパーを狂オシキ鬼にぶちかました。手応えを感じる。しかしアッパーを振り切った後に狂オシキ鬼を見ると―――
「んなっ!?」
狂オシキ鬼は空中には飛ばされていたものの、体勢は地上にいるときと変わっていなかった。狂オシキ鬼はわざと空中に浮かされ、萃香のアッパーを体勢が崩れないように受け流していたのだ。
(しまった! この体勢じゃ横腹がガラ空きだ! 左を振り下ろして、体勢を立て直す!)
萃香は右のアッパーの勢いそのままに、左の拳を狂オシキ鬼めがけ振り下ろした。
狂オシキ鬼は地面に着地するやいなや、足に力を入れ、ジャンピングアッパーを繰り出した。
「豪昇龍!!」
「うっ!?」
萃香の拳に鬼の豪昇龍拳がめり込んだ。萃香は振り下ろした拳を反射的に離し、そのせいで右足が一歩後ろに下がった。
(そ、そんな! 大きさが明らかに違うのに、私の拳を吹っ飛ばした!)
さらに狂オシキ鬼は萃香の眼前向けて大きくジャンプした。すると狂オシキ鬼は突然体に電気を帯びだした。空中で両手を構え、電気を纏わせた波動拳が放たれる。バチバチと音を立てる波動拳は萃香の首元に直撃し、萃香は感電してしまった。その感電は鬼符『ミッシングパワー』のスペルを破り、萃香の体は元の大きさにもどった。
「あがっ…!」
萃香は普通の大きさに戻っても、体がしびれていた。思うように体を動かせない中、狂オシキ鬼がずんずんと迫ってくる。
体が動かない萃香に待っていたのは、狂オシキ鬼の手による強烈な切り裂きだった。散血が地面に飛び散る。一気に萃香の意識は飛び、体は倒れていった―――
鬼は意識のない萃香の顔を持ち上げた。
「汝の策、汝自身の力には至らず」
狂オシキ鬼はそう言うと、無慈悲に萃香の顔を地面に投げ捨てた。
誰もいない地底の住宅地に、静寂が訪れた。それは、これから幻想郷崩壊のタイムリミットが迫ることを暗示しているかのようだった―――