散る桜、残る桜も、散る桜   作:みなみきずな

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四章

 

     四、

 

 境内に淡い月の光が差していた。

 本堂以外にも立ち並ぶ建物が、いくつか見える。

 道に沿って歩むと、そこは長い階段だ。まるで、先ほど後にしたばかりの白玉楼に向かっているような気がする。それほど長い階段だった。

 先頭に八雲紫、続いて西行寺幽々子、そして最後尾に自分、魂魄妖夢が続く。

 夜目は利く方だが、もう随分と暗い。人工の明かりが無い場所では、道を歩むのが精一杯だ。

 進み続けると、一軒の庵がシルエットだけを見せている。しかし紫は立ち止まらない。

 風が自生の笹を撫でると、山を歩んでいる実感が湧くざわめきが聞こえた。

 妖夢は足下に気をつけながら、辺りを見渡して行く。

 石碑が見える。もちろん文字などは読めない。

 由来のある場所なのだろうか。未だにこの場所がどこなのか、妖夢は分かっていない。

 今は紫の後ろに、ただ従うだけだ。

 白玉楼に息を少し荒げながらたどり着いた紫は、二人を見てほっとした顔をした。

 主に妖夢の方を見ていたので、きっと一部のやりとりは聞かれていたのかもしれない。だが妖夢は全く嫌ではなかった。

 自分と幽々子の方も、彼女の気配を感じながら話していた事に変わりはない。強いて言うなら、どちらも故意犯だ。

「待たせて、ごめんなさい」

 紫が二人に向かって詫びる。

「大丈夫よ。妖夢とお茶してたの。……ね?」

「はい」

「――ええ、そうみたいね」

 含みのある言い方ではあったが、紫の表情はいつも通りだった。そして彼女は続ける。

「準備が良ければ、行きましょう。――今年最後の素敵なお花見に」

 手を広げると、紫の後ろにスキマが開いた。

 暗がりの中、その中には不穏な眼がちらつく。開いた端が軋むが、可愛らしいリボンがそれを警めた。

「ここから行きましょう」

「スキマ? どこに行くのかしら」

「桜が素敵なら、どこでも良いでしょ?」

「――たしかにそうね」

「それじゃあ、行くわよ?」

「ええ」

 紫が手で指し示したスキマに入り、三人がそこから歩んだ先がここだ。

 不安が無いと言えば嘘になるが、しかし妙に気持ちが落ち着いてもいた。

 妖夢がそう考えていると幽々子が、

「何だか、懐かしい」

 代弁するように呟いた。すると紫は頷く。

「そうかもしれないわね」

「どうして?」

「実はね、ここ、西行妖が最初に根を下ろしていた地なの。だから、連れてきたの」

 妖夢は、思わず足を踏み外しそうになった。

 驚く自分とは対照的に、幽々子はいつもの調子でのんびりと答える。

「だからなのね。空気が似ているというか、何か名残があるみたいだから、どうしてかなって思っていたのよ」

「さすが幽々子ね、聡いわ。昔の話だから、随分と妖力も失われてるのに」

「私の空気みたいなものだもの、分かるわ」

「ふふ。そうね」

 紫が笑いながら、また角を曲がった。

 まだ足は止まらないまま、道を掻き分けて行く。

 昨日までは道無き道だったが、妖夢と藍、橙の三人によって道は人が通れるまでになっている。

 幽々子が言うまで気付かなかったが、確かに西行妖の気配が漂っている。あの時の自分は、相当切羽詰まっていたのだろう。

「もうそろそろ着くかしら。この辺りに確か――」

 紫の歩みが止まる。

 階段の先に、開けた場所があった。三人が階段を登りきる。

「わあ――」

 思わず、妖夢は声を上げていた。

 闇に紛れて、眼下一望。

 数えきれないほどの桜の木が広がっていた。

 暗さにも負けない、自ら淡く光るような木々。散らばる花びらの照り返しで、夜なのにあたりがぼんやりと明るいくらいだ。

「あったわ」

 紫が、山肌に見とれている二人に指し示す。

 その中に堂々と立つ力強い一本の桜。

 ――あれだ。

 花びらを器に入れたら、まるで夜道の蛍代わりになりそうなほど、荘厳で圧倒的な佇まいをして、そこにしっかと立つ桜に見惚れそうになった。

「良かった、――ちょうど、今日が満開ね」

 一陣の風が、それを示すように桜の上で舞い踊る。

 圧倒される人々に、花弁を散らしては自らの美を見せつける。

「――凄い」

「これが、かつての西行妖。あなたの忘れてしまった、春」

 紫が、歌うように言う。

 妖夢はすっと幽々子の後ろにと控え、二人を見た。

 ここからは、自分の場所ではない。

「近くで見て良いかしら?」

「誰にも遠慮する事はないわ。今は誰もいないし、ここはあなたの場所だから」

 幽々子が一歩ずつ、近づく。

 張り出した根にそろりと足を掛け、桜に向かう。

「西行妖……」

「……幽々子、覚えてる?」

 幽々子がそっと幹に触れると、紫が口を開く。

「自分だけの春が欲しいって、幽々子は言ったわ」

「ええ」

「だから、春を妖夢に集めてもらったのよね」

「――そうよ」

「だけど西行妖は、咲かなかった」

「紅白のお嬢さんに止められちゃったんだもの」

 幽々子は瞳を閉じている。

 後ろ姿に向けて、紫は近づく。

「たとえ止められなかったとしても、春をいくら集めても、あの桜は咲かないの」

「――……」

「私はその理由を知っているわ。幽々子には教えていなかったわね」

 二人の距離が縮まる。花びらが二人の足下だけを残して、景色を見事な桜色に染めていく。

 そして、もう、誰もに二人の表情は見えない。幽々子が呟く。

「……知らなかったわ」

「だから、これが私が幽々子にあげられるたった一つの最後の春の始まり。かつて、西行妖だったこの木が満開の今が、――あなただけの、春」

 紫の声が擦れている。

 今まで聞いた事の無い、声だ。

「あのね、幽々子は、もっと我侭を言えば良いのよ。

桜、本当は咲かせたかったんでしょ。そして、封印された誰かに会いたかった」

「――でも、叶わないのね」

「……幽々子。こんな話を知っているかしら、昔の権力者や全てを手に入れた人間は、最後に何を望んだか。――永遠の命よ。それは、不老不死であり幽々子の今生きている形とは違う。それなら死ななくなったものは次に何を願うのかしら? 平穏? 刺激? それとも別の何か? 私にはわからない。だけど、望んでも手に入らない物が誰にでもある事は知っているわ」

 淡々と語られる言葉を、他の誰もが静寂の中、聞いている。

 幽々子は何か言いたそうな様子を見せたが、そのまま押し黙った。紫の声が続く。

「――幽々子が決して見る事の無かった、満開の西行妖を私は見た。あなたは見ていない。

でも、百聞が一見にしかずというなら、一度見たようになれるまで、一緒に話せばいい。なし得ない願いを、なせるまで過ごせば良い」

「……紫は、それでいいの?」

「それでいいの、ではないわ。あなたが良いなら、私はそれが良いのよ」

 きっぱりと言いきられた台詞に、幽々子の肩が僅かに震えたように見える。

「私、また春を集めるかも知れないわ」

「そうしたらこの八雲紫が、先陣切って幽々子の元に向かうわ。そして、」

 紫が、桜の元に立つ幽々子の顔を覗き込み、額に自分の額をこつんと合わせた。

――あなたがうんざりして、その気がなくなるまでたっぷりどんな話でもしてあげるわ。

 最後の言葉は、少し意地悪そうに告げられる。

 だから、幽々子は目を伏せて言ったのだろう。

 意地悪の相手に、精一杯。

 

「紫。私、我侭言いたくなったかもしれないわ。

――あのね、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一言は、なんだったのか。

それは、もちろん彼女と彼女だけの秘密だ。




純潔、優美、高尚、淡白。
全部種類は違えども、桜の花言葉です。
桜にも色々な面があり、そして、原作にもプレイした一人一人の色々な思い出がある中、この話が一つの春雪異変後の可能性になるなら幸せです。

この作品を書いてから、随分のときが経ちました。
何回もの春を過ぎ、新しい東方作品に触れても一番最初に惹きつけられた妖々夢の弾幕、楽曲の良さは少しも色あせません。
作者が住んでいる場所では桜が満開になる時期はとうに過ぎましたが、ゲームを開けばいつでもあの桜舞い散る世界が見えるのはとても素晴らしくて、ちょっと泣きそうになります。

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